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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央職人編
104/223

人の望み

 誤字脱字の報告ありがとうございます。

 大変助かっております。

 ヴィドは黙り込んだまま、固まってしまった。

 いきなり家族を切り捨てろと言われても、簡単には頷けまい。

 そしてすぐに答えの出ない問題に対し、いつまでも相手を待っていたところで仕方が無い。ひとまず先送りとし、俺も気になっていたことを質問する。

「こちらも訊きたいことがあります。伯爵に霞酒を飲ませているのは何故ですか?」

 俺の問いが予想から外れていたのか、ヴィドは多少困惑しているようだった。それでも、本音を訊くなら相手が弱っている今が好機だ。

「あの酒かい? あれは父上が胃痛の対策として、自発的に飲み始めたものだ。……そうか、フェリス君はアレを知っていたんだね」

 妙に穏やかな顔で頷く。取り繕う余裕も無いらしい。

「クロゥレン領に霞酒の製法があったのかな?」

「いえ、アレを知っていたのは知り合いの薬師です。貴方なら霞酒の飲み過ぎが体に良くないことくらい、知っていると思いますが」

「そうだね……ああ、そういうことか。すまない、頭が回ってないな。別に僕は、父上の暗殺をしたい訳ではないよ。ある程度飲む量は抑えるよう調整している」

 僅かな苦笑が返る。

 なるほど、何故俺に酒を渡したのかと思ったら、そもそも警戒する必要が無かったのか。ただそれでも、効能を理解しているのであれば、飲酒を続けさせる筈が無い。

 茶を一口含んでから、ヴィドは続ける。

「非情と取られるかもしれないが……酒は敢えて断っていない、というのが正しいね。今の父上が執務に耐えられると思うかい?」

「無理ですね。何故続けているのかも解りません」

 あの状態で来客対応するのが常ならば、伯爵はもう破綻を通り越している。まともな仕事など期待出来ない。

 ヴィドも俺の回答に同意する。

「うん、僕もそうだと思う。でも父上は仕事というか……今の地位に拘っている。それでどうするべきか考えたら、いっそ領地に引っ込んでもらった方が良いんじゃないか、って結論になってね。今の生活を続けていれば、遠からず父上は仕事が出来なくなるだろう? 中央での職務を失っても、領地に戻りさえすれば充分生活はしていける。今の権威に執着しなければ、ゆっくりと体を治す時間はある筈なんだ」

 どうしても働いてしまうなら、下手に体を治すより壊した方が結果的に早いと踏んだのか。是非はさておき理解は出来る。

 たった一度の遣り取りで何を、という話ではあるものの、伯爵はあまり中央政治に向いていないように思えた。レイドルクの一件で俺に対して敵意を抱いてもおかしくはないのに、かなり穏便な対応を取ってくれた。単に感性が真っ当なだけかもしれないが、他人を慮ることのない、むしろ人の裏をかく世界では浮いてしまうだろう。

 今手中にある利益を手放すことは、そんなにも難しいことなのか。

「因みに……失礼ながら、伯爵は中央ではどのような職務を?」

「研究塔は知っているかな? あそこの財務担当だね」

 話に聞いたことはある。薬学等あらゆる分野の、王国の頭脳の頂点達が集う場所だ。

 最先端を行く分、発生した利権が血みどろの奪い合いになりそうな場所でもある。

「ヴィド様も研究者ではありませんでしたか?」

「そうだよ。ただ研究は自宅で充分だから、所属はしていても出入りはほぼしていないね。事務方がどんな感じなのか、詳しくは知らない」

 これだけでは、あまり参考にならないな。

 しかし内情がどうあっても、領地に戻るつもりならあまり関係は無いか。

「ヴィド様からすれば、伯爵家が中央での職務を失っても差支えはありませんか?」

「無い。レイドルクの件で幾ら侮られようと、領地があれば富は生み出せる。貧していなければ、領民に寄り添って歩んで行けるさ」

「伯爵が退けば、ヴィド様も塔での居場所を失うかもしれませんよ?」

「そもそも塔を利用していないんだ、そちらも拘ってはいない。僕はただ、家族で穏やかに生きていきたいだけなんだ」

 目を正面から覗き込む。嘘は……ついていないようだ。

 そこまで言い切れるのなら、俺にも打てる手はある。

 基本に立ち返って、物事を考えよう。

「お話は解りました。……暫くラジィを抑えてください。まずはいただいた依頼を終わらせます」

「そうだね。場合によっては報せを出すから、すまないが中央を離れてくれ」

 弟を殺さないでくれ、とは言えないか。俺が消えたところで、根本的な問題は解決しないのに。

 まあ、今回の遣り取りで方針は出来上がった。

 伯爵はなるべく状態が悪化する前に領地へ飛ばす。ヴィドとラジィも一緒に戻ることになれば、文句は無い筈だ。

 ……元より、あの王子が統べている土地に友人知人を置きたくはない。こうなったら、伯爵家には中央から丸ごと退場してもらおう。

「なるべくヴィド様の希望に沿うようにしますよ」


 /


 ヴィドは何処となく気を落としたまま、一人歩いて帰って行った。

 訓練を中断してしまっているので、フェリスを連れて外へ戻る。近所の空き地ではミケラが何故か、素養の無いであろう火術をクインに教えていた。クインは爪先ほどの火を懸命に生み出し、細い薪を炙っている。

「……何してるの?」

「あ、終わりました? 時間かかりそうなんで、お昼食べようかって話になりまして」

 見れば、傍らには串に刺した肉や野菜が用意されていた。訓練というよりは食事の支度だったらしい。

 まあ、自分でやれることを増やす分には問題が無い。本人も楽しそうだし、こういう遊びも悪くはないだろう。

「火術はどう?」

「水と風よりもずっと難しいです。火を強く出来ません」

「少しでも火が点いたと思ったら、息を吹きつけてみなさい。着火だけでも出来ると、今後が楽になるから」

 素直に頷いて、クインは必死に作業を続けた。やがて努力の甲斐あって、薪が燃え広がり始める。ミケラは火の勢いを確かめてから、串をくべていく。

 脂の弾ける良い匂いがする。

「腹減って来るなあ」

「追加持って来ようか。ちょっと火を見ててくれる?」

「お願いします」

 ミケラはクインを連れて、一度家へと戻って行った。フェリスと並んで、ぼんやり焚火を囲む。

「……どうするの?」

「決まってる。依頼が終わったら、伯爵家の全員を領地に戻すだけだ」

「彼らが素直に従うかしら?」

 各々が各々の拘りに従って動いている所為で、彼らは全くまとまっていない。ヴィドだって比較的話が通じるというだけで、勝手なことに違いは無い。フェリスが何を言ったところで、意固地になるだけだろう。

「従わせるさ。抵抗を許さないような方法なら良いんだ」

「随分と大きく出たこと。ちゃんと考えて言ってる?」

「一応。……ただ、確実に成功するとは限らんし、甚だ不本意な方法ではある。頭の中でもうちょっと筋道が決まったら話すよ」

 そう呟いて、非常に気難しい顔のままフェリスは黙り込んでしまった。何の根拠も無しに大言を吐くような男ではないし、実際にあれこれと考えてはいるんだろう。

 ……この手の機転が利くかどうかが、貴族として向いているかの尺度になると思うのだが……つくづく惜しい。

「アンタが領地に戻って来たら、私引退して良い?」

「何だ急に。妙なことを言うなよ」

「いや、だってねえ。アンタ、各地の有力者と自力で縁を作ってるじゃない。当主は冗談としても、外交くらいやれるでしょうよ」

「行く先々でろくなことが起きていないんだが」

 心底疲れ切ったような溜息が漏れる。確かに、聞いている分には面倒事ばかりだ。ただそれだって、自分が距離を置こうと思えば置けた話に思える。

 嫌なら逃げれば良いし、自分でもそう口にするのに、何故か状況に逆らおうとする。暴力にも権力にも屈しない分、目をつけられやすい。他人を力で思い通りにしてきた人間からすれば、なかなか癇に障る存在だろう。

 まあ、そういう連中とはこちらも付き合いたくはないが……待てよ? むしろ交渉を任せると、揉め事が増える?

 今のままでいる方が良いかもしれない。内心で考え直す。

「真っ当に生きていきたいなら、今後は有力者から離れた方が良いんじゃない? 相手方から接触があったら仕方が無いとしても、普通は継承権も無い下級貴族の次男なんて、上から見れば平民と大差無いんだし」

「好きで近づいてる訳じゃない。俺だってモノ作りに集中したいから、今は環境を整えてるだけだ」

 言い訳にも聞こえるが、確かにラジィが中央にいたままでは、創作活動も覚束ないか。

 何度目かの溜息をついて、フェリスはふと両腕を水で覆う。何かと思ったら、そのまま焚火に手を突っ込んで串の位置を変え始めた。良い具合になってきているらしい。

「ガルドにも会いに行かなきゃなあ」

「ああ、伯爵家にまだ探りを入れてるかもしれないものね」

 近衛と一般兵では立場は違えど、同じ兵士ということで職場の距離感は近いだろう。本人も無理はしないつもりのようだが、現状、下手にラジィを刺激することは避けたい。

 伯爵家の戦力はどの程度のものなのだろう。

「因みに、ガルド殿とラジィを比べるとどう?」

「ガルドは……ラジィ一人が相手なら、まず不覚は取らないね。そうか、ラジィが短気を起こしてガルドに仕掛けてくれれば、解雇されて領地に戻される可能性もあるな」

「その前に、城内で暴れたら近衛に粛清されるんじゃないの?」

「じゃあ駄目だなあ」

 考え疲れているのか、愚にもつかないことを語る。

 ……いや、単に空腹なだけかもしれない。肉の端が焦げて、食べ頃になっている気がする。

「そろそろ良いんじゃない?」

「これは大丈夫だな。ほれ」

「ありがとう」

 串を一本貰い、熱々を頬張る。肉汁が口の中を満たし、思わず目を細める。鼻から香ばしい匂いが抜けて行った。

「美味しい。私はこれくらいでもう幸せだわ」

「ミケラさんの仕込みが良いんだ。美味い飯が食えるだけでも、恵まれてるもんだけどなあ」

 食べながら同意する。

 大それたことは求めない。小さな喜びで良い。

 煩わしい人間関係から解き放たれて、好きな物を好きなように食べる。時々本気で体を動かしたりもしたい。それだけで私には充分過ぎる。

 高望みする人間が多いものだと、ありふれたことを思いながら肉を飲み込んだ。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伯爵家も知人枠に入ったっぽいんですかね? ヴィド様普通に良い人でしたし裏がないことを祈ります。
[一言] ミル姉さんも何を普通人ぶってるんですか。時々本気で体を動かしたりするだけで、大災害でしょ。前科ありありなんですからね。 もちろん、普通回も楽しみですよ。
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