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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
10/207

戦友との語らい


 夜も更け酒宴が終わると、クロゥレン家の三人は帰っていった。最初こそジィト殿もグラガス殿も巧く言葉を発せないようであったが、酔いが回り難しい話もなくなれば、徐々に家人達とも馴染んでいった。

 宴席の片付けも終わった辺りで、私は追加の酒を口に含む。

「ふう……」

 熱い息が胃の奥から溢れる。ようやく人心地ついた。

 報酬が現物払いになったことは予想外ではあったものの、全体としては悪くない取引だった。保存方法が確立されていないため、作物の一部はどうしても腐る。どうせ捨ててしまう不良在庫で、武の名門の力を借りられるなら上出来だ。

 あの少年も、自分がいいようにあしらわれたことは、半ば気付いているのかもしれない。それでも、相手が自分で頷いた以上、簡単に翻すことは出来まい。

「……まだ飲んでいるのですか?」

 今日のことを振り返っていると、呆れた様子のビックスに声をかけられた。私は溜息をついて、器の酒を飲み切る。

「話が巧くまとまったからな。あの次男坊のお陰で、こちらに有利な形で進められた。貴重な戦力を安売りする辺り、凡夫というのは本当らしい」

「はてさて、それはどうでしょうか」

 珍しく、息子が異を唱える。

「私は何か間違っているか?」

「いや、間違っているいないというより、私はお互いにとって損の無い取引だったと思っています。宴の時に聞きませんでしたか? クロゥレン家は平時の戦力が余っているそうなので、遊ばせておくよりは余程有益ではないかと」

 それは聞いていなかった。であれば、彼があまり戦力の移動に拘らなかったのも理解出来る。

 更にビックスは続ける。

「それに、得でも損でも、あまりフェリス殿には関係ありませんよ」

「む、何故だ?」

「フェリス殿は今回の一件が済んだら、家を出られるそうです。いなくなってから今回の件がこじれたとしても、彼にはそう影響しないでしょう」

 では何だ。損をしない線引きだけを守って、後は勝手に話を決めただけか? 

「――ク、ハッハッハ! なるほど、あしらわれたのは私の方だったか!」

 図面を描いたのがフェリス殿かミルカ殿かは解らない。だが、こちらの気分を良くしつつ、自分の得も取った辺りは好感が持てる。

 自分の利しか見ない貴族とは、やり口が違う。

 ああそうか、そういえば。

「クロゥレン家の前身は、商人であったな。……なるほど、普通の貴族とは違う訳だ」

「お気に召したのなら何よりです」

「うむ、満足した。ただな」

「はい?」

 一つ、忘れてはならない大事な問題がある。

「お前はモノを食ってるだけで、何の貢献もしなかったな。うむ、まあ落ち着け、そこに座れ」

 ビックスの肩を掴み、無理矢理に椅子へ押し付ける。フェリス殿をどうこう言うよりも、この評価対象外をどうにかしなければならぬ。

 夜はまだ長い。


 /


「いやあ、いい目覚めだ」

「全くですな」

 しくじったらどうしたものかと悩んでいたのが嘘のようだ。

 宿に戻ってから俺達は、色んなものを忘れてとにかく眠った。普段よりも遅い朝を迎え、顔を洗い、久しく無かった清々しさで俺とグラガス隊長は顔を突き合わせた。なお、ジィト兄は平常運転で、日課の走り込みに行ってしまったらしい。

 まあ、今後の話をするなら俺らだけで充分か。

 伯爵家でもらった果物を朝飯代わりにしながら、ミル姉へどう報告すべきかを話し合う。

「取り敢えず、先方の要求通りで行くなら、魔術隊多めで進める必要があるな。ジィト兄とグラガス隊長は確定。後は……戦場のことを考えると、火術の使い手は避けた方が良いのか。……うーん、影響が少ない順に、風、水、光かね」

「土もよろしくないと?」

「植物だって生き物だからな、寝床は引っ繰り返すもんじゃない。あそこは山からの吹き下ろしが強いし、川も近いから、風と水ならそう環境をおかしくしないはずだ。あと、光は直接攻撃に使うよりは、強化に使うことを想定している。……まあ、最終的には加減が出来る奴じゃないと厳しい、ってことだ」

 俺の発言に、グラガス隊長は厳しい表情を見せる。

「むむ……そこまで望むなら、十位以下を連れていくことは難しくなりますな」

「ああ。でも、いずれはやれるようにならないと、魔術師としては話にならん。下の連中も使ってもらう」

 ただ殺すだけで済むなら、誰が出ても同じだ。守備隊に入れているなら誰だって精兵なのだし、仕事は任せられるだろう。しかし、ただの精兵の枠から抜け出そうとするなら、自分に付加価値をつけてやらなければならない。

 そのための第一歩が、魔術の細かい制御だ。爽快感は無い、鍛錬としては地味、成果が出るまで時間がかかるという三重苦を超えた先にこそ、魔術師としての地力はつく。

 そう、やればやっただけ、人は成長する。

 これは比喩ではなく、素質の有無によって『成長が遅い』ということはあっても、『成長しない』ということは無いと神自身が言っていた。そして、成長限界というものも創世時に設定はしていないということだった。

 だから、成長したいのなら、自分を信じて鍛錬を続けるしかない。これに関しては前世も今世も同じなのだ。

「フェリス様は厳しいですな」

「そうか? 結果を出せとは言わざるを得なくても、すぐに出せとは言わないよ? 始めたことが形になるには、どうしたって時間が必要だしね。ジィト兄ならその辺解ってくれるんだけどな」

「ジィト様は、意外とそういう所は見ているんですよねえ」

 努力が実を結ぶかを問わず、ジィト兄は挑戦する人間に対して寛容だ。そういう意味で言えば、ジィト兄が上に立っているうちに、現場の人間は積極的に失敗をした方が良い。真面目にやった結果であるなら、あの男が部下を見捨てることは無いのだから。

「取り敢えず、だ。十位以内を三人くらい出せば、若手の訓練に丁度良いんじゃないかとは思うんだよ。下の人間が伸びてくれないと、上の連中も危機感を持たないしな」

「いや……そういう意味で言えば、フェリス様の決闘は守備隊の人間の危機感を煽ったようですが」

「ならその調子で、ミル姉に稽古を頼めばいい。現場に未練あるみたいだし、喜んで相手してくれるだろ」

 俺はもう、あんな辛い勝負は真っ平だ。

 グラガス隊長も少し思案げではあったが、誰もミル姉の相手は出来ないし、しないだろうと悟ったのか、ゆっくりと首を振った。

「まあ、誰があの人を満足させるかはさておき。大体の方向性は決まった訳だし、二人はちょっと早めに戻るのかな?」

「ジィト様次第ですが、滞在してもあと二日くらいでしょうな。あの方も退屈しておられるようですし」

「そうだろうなあ……」

 ジィト兄が身の入った稽古をしようと思ったら、強度5000以上の相手が必要だ。俺が調べた限りにおいて、伯爵領にそんな人間は三人しかおらず、しかもその三人は市井の人間だ。部外者に戦ってくれとは頼めない。あと一日くらいなら骨休めをしても、その次の日には飽きていそうなので、二日くらいという読みは多分正しい。

 そうなれば、俺もお役御免という訳だ。

「あと二日かァ……」

「ええ、あと二日です。……寂しくなりますな。他の者達はいざ知らず、俺にとってフェリス様は同志でしたから」

「……ああ、そうだな」

 ミル姉やジィト兄の無茶に付き合ってきたのは、いつだって俺とグラガス隊長だった。別に俺達はあの二人のお付きでもないのに、大体の騒動には巻き込まれたものだ。

 ある時は急な思い付きで、領の端から端までの掃討戦に付き合わされたり。ある時は謎の金満ババア(後に誘拐犯と判明)の家に侵入させられたり。他にもまだまだ思い出がある。

 辛かった訳ではない。

 苦しかった訳でもない。

 ただ不意に、やけに忙しなくも滅茶苦茶な日々が襲い掛かってきて、それを二人でどうにかしていただけ。

 ――だから、グラガス隊長は、同志であり戦友でもあった。

「何かあったら、組合を通じて連絡をくれればいいよ。グラガス隊長が呼ぶんなら、それなりに俺だって都合をつけるさ」

「ありがとうございます。何かあっても、何事も無くとも、近くに寄ったなら顔を出してください」

 家を出るという目的のために、がむしゃらにやってきた。家は煩わしいことも多かったし、決して環境が良かったとは言えない。

 でも、俺はあの日々を悪くはなかったと思っている。

 戻れる場所がある。それはきっと幸いなことなのだ。

「……五年で上級を取れ、って言ってたな。一人前になって、また顔を見せる。だから、引退はするなよ」

「ええ、お待ちしております」

 穏やかに笑いあう。

 別れが静かに、そして確かに近づいていた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございます。

 日刊更新はこれにて限界。以降は週一回以上の更新を目指します。

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