出発を前に
初投稿です。筆は遅いので、気ままに進めます。
――貴族とは何者であろうか。
この国の法で言えば、一万以上の領民を統べる者か、或いは年間一億ベルの税金を国に納める者、ということになる。親父は両方の条件を満たして子爵になった。
俺で二代目。なので、我が家は別に由緒も歴史もない。言ってしまえば単なる成り上がりだ。ただ、人を統べることを生業とする家に生まれた以上、俺にも何かやるべきことがあるのではないかと、漠然とした考えで生きてきた。
最終的に、腕っぷしばかりで頭が残念な奴に領主は任せられないということで、跡目は姉が継ぐことになった。まあ途中から、長男とはいえ俺が後継者になるのは拙いな、という気配は感じていたので、それは別に良い。
領地の守備隊長という、収まるべき立場に収まったこともあって、俺には何も不満は無かった。
――では弟は?
弟は庭先で、どこかぼんやりとした眼差しを遠くに向けている。何もしていないように見えるが、静かに練り上げられた魔力は足元で渦を巻いている。姉には及ばないが、魔術師としての素養は優れているのだ。ただ、それをひけらかす真似はしなかった。その能力を示せば、家が割れると知っていたのだろう。
思い返せば、弟は全く領主の地位を望んでいなかった。七歳の誕生日のとき、自分は跡目争いに加わらずいずれ家を出ると宣言し、書面にして家族全員に配ったほどだ。
だからこそ不思議に思う。
俺ですら多少の貴族意識を持っている。親父の仕事を見て育ったし、何かしらで俺もそうして生きるのだろうとも予想してきた。
だが、弟はかつて領主になりたいかを問われたとき、
『貴族として生きようという意思には敬意を表します。ただ、僕に他人の命を背負うのは無理です。やりたくない』
と言ったのだ。
その精神性は何処から来たのだろうか。
同じ家で貴族として生きてきたのに、どうしてそういう考えを持てたのだろうか。
解らない。解らないまま、弟が家を出る日が決まった。
/
さあて。
異世界に生まれてあと七日で十五歳、ついに成人を迎えて俺も家を出られる訳だ。少し浮かれている自分を自覚しながら、荷造りの作業を進める。
あまりに自由の無い生活が続いていたので、先のことを考えるだけで口元がにやけてしまう。父や姉の生き様には頭が下がるが、それを俺にまで求められても困るのだ。
領民の生活を守り、育んでいく。魔物や盗賊に襲われることも多いこの世界で、それは非常に重要な仕事だ。
だが、魔術なら姉が、武術なら兄が世界で十指に入るという過剰な戦力を持つこの地で、俺に何を誇れと言うのか。貴族としての責務があるので必死で鍛えはしたが、流石にそこまでの才能は俺には無かった。
「自己確認」
フェリス・クロゥレン
武術強度:5285
魔術強度:7842
異能:「観察」「集中」「健康」
称号:「クロゥレン子爵家」「魔核職人」「技巧派」
クロゥレン家の守備隊に加入する条件は、武術か魔術単独の強度が4000を超えていること。大体それくらいあれば、複数人を守りながらこの辺の魔物を狩ることが出来る。因みに、去年時点での姉や兄の単独強度は9000超えだった。
家臣達は特化した能力の無い俺をよく馬鹿にしたが、自分では結構頑張ったと思っている。まあ、これからは一人旅をするのだし、今までの鍛錬は決して無駄にはならないだろう。
「後の問題は一つかあ」
モノ作りをしたい、跡目争いに巻き込まれたくない、だから家を出る。
そこまではいいのだが、家を出るためには一人で生きられる力を示すことが、貴族社会の決まりらしい。勝負は三日後とは伝えられはしたものの、誰が相手になるのかはまだ知らされていない。
勝負のことを一度思い出してしまうと、不安で胸が疼く。
姉や兄が出てきたらどうするか、それだけを考えてしまう。
時間稼ぎくらいなら出来るのだが、まともに勝負出来る相手ではない。十回やって最高に運が良ければ三回勝てる、という程度の実力差だろう。
力を示す、であって勝つことは必須ではないにしろ、どうせなら五体満足で出発したい。
うちは貴族として浅いんだから、そんな決まりなんて無視すりゃいいのにと心底思う。
「どうすっかねえ」
魔術も武術も、もっと言えば道具の使用も無制限だとは聞いている。素の俺で立ち向かうには無理があるのなら、道具に頼るべきだ。かといってあの二人に有効な道具を今から用意するのは難しい。というか、有効な道具ってなんだ。
場所は守備隊の訓練場で、二人が相手だった場合を想定してみる。
姉が相手だとすると――開始と同時に火属性魔術が飛んできて視界を奪われ、防御魔術を組み終えた辺りで二発目が来て、それに対処していると三発目が来て、後はじり貧だろうか。防ぐだけならしばらくは防いでいられるが、勘で避けた方向が合っていた、という偶然でもなければ攻めには回れない。回れたとしても、姉の防御を崩せるかはまた別問題だ。
では兄ならば――開始と同時に一気に間合いを詰められ、必死になって剣を何回か受けた辺りで処理しきれなくなってバッサリ、が一番ありがちだろう。ただ、接近されるまでに何らかの魔術が間に合えば、少しは勝負になる可能性がある。
誰にも見せていない切り札はある。それを切れば可能性が少しは増えるが、あれは一種の搦手だ。周囲に好まれるものではないので、あまり見せたくはない。
難しい。
頭を捻っていると、部屋の扉が不意に叩かれた。
「おーいフェリス、いるか?」
「ん? いるよ、どうぞ?」
ジィト兄の声だ。何かあったろうか。
俺の招きに応じて、ジィト兄とミル姉、そして魔術隊のグラガス隊長の三人が部屋に入ってきた。三人とも微妙に困った表情をしている。
「どうかした?」
「いやあ、ちょっとこれを見て欲しいんだけど」
ジィト兄はグラガス隊長から短刀を受け取り、俺に手渡した。グラガス隊長が魔物の剥ぎ取り用の刃物が欲しいと希望したので、俺がかつて作ったものだ。
何か不具合でもあったろうかと確かめてみると、持ち手はさておき、刀身が奇妙な形に肥大していた。
「……なんだコレ? もしかして、追加で魔力込めた?」
「その通り。で、こうなった」
ジィト兄の返答に、ミル姉が顔を背ける。その様子を見て、慌てたようにグラガス隊長が声を上げる。
「元々は、俺の扱いが悪かった所為なのです。骨にぶつけて刃が欠けたのを、ミルカ様は直すと言ってくださいまして」
「ああ、それでか。元が魔核だから、確かに魔力を込めれば直せないことはないよ」
「そうなのですか?」
「うん。魔核は込めた魔力量に応じて、形でも硬さでも変えられるからね。やったことそのものは間違いじゃない」
ただ、なんだってそうだが、素人が本職の仕事を適当に真似しても巧くはいかない。ミル姉は魔力量が多いので簡単に刃毀れは直せたろうが、刃物としての形を整える能力が無かったのだ。
俺は魔力を流して短刀の形を整え、砥石でちゃんと研磨し、刃物として蘇らせてやった。結構前に作ったものなので、出来が気に入らない部分もこっそり合わせて直す。
試しに机の上に置いてあった紙を刃に添えて引くと、特に引っ掛かりを感じることもなく綺麗に切れた。
「こんなもんかな? ひとまずこれでどうぞ」
「おお、素晴らしいものですな」
「器用ねえ」
いや、器用ねえというか、貴女が不器用なんですよ姉上。
そうも言えないので、曖昧に濁す。
「まあ、問題があったら専門の職人に任せたほうがいいと思うよ」
「任せようにも出ていくんでしょ、専門家」
「それはそうなんだけど、俺以外にも魔核職人はいるだろ」
「領内に貴方を含めて四人しかいないんだけど……」
そんなに少なかったろうか? 魔核の加工はある程度の魔力量が無いとやれないが、それなりに需要のある仕事でもある。領民の人数からしても、もっといていいはずなのだが。
まあ、いないものは仕方がないか。人がいないなら、定期的に俺が見るしかあるまい。
「問題があったら呼んでくれりゃいいよ。俺は確かに家を出るつもりだけど、領内に踏み込まない訳じゃないし」
「そうなの?」
「そうだよ。そもそも、独り立ちしたら帰省出来ないのか?」
俺はそこまで家を嫌っているつもりはないというか、別に家族間での関係性は悪いと思っていない。派閥争いでギスギスしてるのは、一部の家臣たちくらいのものだ。そいつ等が煩わしいからあまり外で姉兄と交流しないようにしているだけで、今だって普通にしている。
だから、二度と帰ってこないなんてことは思っていない。
俺の考えが初めて解ったのか、三人は何処かしら気の抜けた表情を見せた。
「なんだ、普通に帰ってくるつもりだったのか。俺はてっきり家のことが嫌だったんだと思ってた」
「自分が貴族社会に向いてないとは思ってるけどね。まあ、それを言ったらこの中でギリギリ貴族をやってけるのは、ミル姉だけじゃない?」
「そうね。二人がもうちょっとしっかりしてれば、私が領主になる必要はなかったわね」
仰る通り。
ミル姉はきっと、ジィト兄が領主となり、自分がその補佐をするというつもりだったのだ。だが、ジィト兄が予想を超える脳筋で、俺が貴族に興味無しという現実を目にして、取れる手段が限られていた。女領主は余所から舐められるということを知っていてもなお、自分が立ち上がるしか無かったのだ。
損な役割を押し付けた自覚はある。その分、なるべく出来ることは協力するつもりはあった。
「まあ、俺ももうちょい腕を磨いたら、お抱え職人でも目指すから」
「五年あげるから、上級取りなさいよ」
「フェリス様ならやれるかもしれませんな」
「無茶を言うな」
職人に対する技能認定は十段階評価で行われており、上級は七階位以上の腕前のことを指す。なお、職人組合の試験で認定されるのは七階位までとなっており、その先は国家等からの判定となるため、上級を取れというのは最難関試験を突破しろということと同義である。
今の俺は魔核職人としては五階位、ど真ん中の中堅である。筆記は生まれ変わる前からそれなりに得意だったので、中級まではどうにかなった、というのが自己分析だ。師匠からも、手は早いが雑だという苦言を受けている。
自分や周囲で使うものを自分で作るということは今までもしてきたが、それはほぼ金の絡まない仕事を続けている、ということの裏返しでもある。職人としては経験が足りない。上級は当然顧客に揉まれて来た職人たちの世界なので、そう軽々に踏み込めるものだとは思えなかった。
机の引き出しから手をつけていない魔核を取り出し、針を作る。それなりに頑丈で、形だけのものならすぐ出来る。
それだけ。
かつて目にした師匠の作品を思い出す。師匠の作るものはなんであれ、とにかく美しかった。ただ使えるだけの俺のものとは大違いだ。
「お見事ですな」
「見事なもんか。師匠なら針に装飾までこなして見せるだろうな」
「領内最上位の職人が比較対象なのね。ならまあ、外に出るのも許そうって気にはなるわ」
「随分と俺を買うね」
俺の言葉に、三人がまた気の抜けた顔をする。ジィト兄はどこか呆れたように口を開いた。
「守備隊とやりあえる腕前の人間が、なんで侮られてるんだか未だに俺は解らんよ」
肩を竦めて返す。
両隊の頂点から評価されるのは嬉しいものだが、俺は結局職人であって、守備隊の人間ではない。たまに訓練に参加するだけのお客様だ。
「まあ、お前がいいならいいが。……さて、では守備隊長としての伝言だ」
「む」
いきなりジィト兄が真面目な雰囲気になったので、俺も居住まいを正す。
「三日後の話だ。武術隊第四位、サセット・シルガがお前の相手を希望している。お前のほうで余程の問題がなければ、彼女が対戦相手だ」
心臓が跳ねる。
まず、姉兄が相手でなかったことに対する喜び。そして、サセットが知らない相手ではないという喜び。
訓練で勝ったことはないが、俺より一枚上手といった腕前で、練習には非常に丁度良い人間だった。彼女はこちらを嫌っているようだったので、俺のことを嬲るか恥をかかせたいか、まあどちらかなのだろう。
敵の思惑はさておき、いい流れだ。
「フェリス。その口元をどうにかしなさい」
「ん?」
「笑いが隠しきれてないわ」
口元を思わず手で隠す。俺は笑っているのだろうか。
ただ、そう告げたミル姉の唇もまた、どうしようもなく吊り上がっていた。
今回はここまで。
勝手が解らず進めてるんですが、章立てってどうやるんですかね。
11/2追記
章立てはやり方が解りました。