6.家族旅行は突然に
ご覧いただきありがとうございます。
お楽しみくださいませ。
8/19 一部訂正しました。
ごきげんよう、皆様。
あの日から早いもので5か月が経ちました。
私をアンニュイな気分にさせた秋の盛りはもうはるか遠く後ろに過ぎていき、雪解けのを温かさを感じられるようになった今日この頃です。
今、私は公爵家専用の豪華絢爛な馬車の中にいます。
2頭引きの大きな馬車の中は想像よりも遙かに快適で、まるで部屋の中を思わせる内装はカーテン1つ、クッション1つ取ってもラグジュアリー感漂う素晴らしい造りをしています。
心配だった振動も、そこは便利な魔法世界。
魔石を組み込んだサスペンションのおかげで全く揺れを感じません。
私は閉じた扇をトントンと自分の手に落としながら、窓の外に広がる美しい山の景色を堪能していた。
そんな私の向かいの座席にはニコニコと嬉しそうに笑い合うギルバートと、なんとびっくりハリオットの姿までもがあるのだ。
そう、私達親子3人は今まさに、サザノス鉱山を見に行く道の途中です。
話はピートから報告を受けた日まで遡る。
あの日の夜、いつものように私の元へ訪ねて来たギルバートは開口一番こう言った。
「よし、サザノスへ行こう!」
そうだね、それが私も手っ取り早いと思う。
でもね、私はまだ産後なの。
床上げだって終わっていないの。
早く見つけたいって言ったのは私だけど、いきなりは急すぎないかな?
困惑して固まっている私の考えに気付いたのか、ギルバートはハハハと笑いながら
「今すぐじゃないよ。さすがに私もそれは無理だ」と言って私の髪を撫でた。
「ピートからサザノスに決まったと聞いてね。確認の意味で言ったんだよ」
「はぁ、それならいいけど。びっくりしたわ、さすがにすぐは無理だもの」
「君が可愛いネリィのことを考えてやろうとしていることだからね。夫であり父である私が全面サポートすると言いたかったんだ。もちろん、サザノスには私も一緒に行こう」
「あら、ご一緒してくださるの?」
毎日仕事に埋没しているくせに、そんなことが出来るのか?
サザノスに行くとしたら最低でも5日は欲しいところなんだけど。
できないでしょう?とでも言いたげに私はギルバートを見上げて微笑んだ。
「行く。よく考えたら君と私はハネムーンさえ行けていなかったんだ。この機会にゆっくり休養を兼ねて自分の領地くらい行ってもいいだろう」
私としては敵情視察がメインなんだけどね。
でもギルバートが一緒なら色々と都合がいい。
それにハネムーンとか言われちゃうと普通に嬉しいし。
「フフフ、じゃあ楽しみにしているわ」
「ああ。ただ行くとしてもどんなに早くても5か月は先だ。この先冬を迎えるとサザノス辺りは雪が積もる。雪の中の旅なんてもっての外だし、5か月もあれば君の調子も整うだろう」
5か月先・・・結構遠いわね。大丈夫かしら?
でも確かに雪の中で山中のサザノスに入るのは危険すぎる。
ここはおとなしく従って、それまでに私なりにも何か調べてみたらいいか。
「わかったわ。雪解けになったら一緒に行きましょう。それまでにギルもキチンと仕事を片しておいてくださいね。いきなり行けないなんて嫌ですよ」
両手を腰に当て、あざとい顔でギルバートに告げると、ギルバートはそれはもう嬉しそうに私を抱きしめた。
「わかった。あぁ可愛いなーステアは」
こやつの頭はお花畑だ。
でもコロコロと私に転がされるギルバートが私は大好きなのだ。
「約束する。楽しみにしてて」
と、いうのが5か月前!!
そして今っ!!
有言実行のギルバート君はめでたくお仕事を片付けられて一緒にサザノスに向かうことができたのです。
いきなり王都ヴァーパスからファンドール領の外れに位置するサザノスに入るのは負担が大きいので、ファンドール公爵領邸のあるエンナントで一泊してから向かうことになりました。
いやー、エンナント、いいところです。
湖のほとりに建てられた風光明媚な白亜のお屋敷は、ヴァーパスのお屋敷と同じくらい大きくて立派でした。
サザノス帰りに何泊かする予定なので嬉しいです。
しかもこの旅、ハネムーンじゃなくて家族旅行になったのですよ。
理由は息子ハリオットの赤ちゃん返り!
ネイリーンのお世話でハリオットに構う時間が減ってしまったら、見事に赤ちゃん返りをしてしまったのです。
ヒマを見つけては私の部屋に来て足下にピトッとくっついてくる姿は大変可愛らしいのだけれど、動きが、取れない。
いくらハリオットの乳母であるシーネがいたって母親には勝てないのよね、嬉しいけど。
ハリオットの乳母であるシーネはダークブラウンのひっつめ髪にグレーの瞳。
長身でスレンダーな立ち姿はいつぞやのドラマで見た黒い教師の姿を彷彿とさせる。
じつはこのシーネ、ピートの息子セドリックの嫁なのだ。
次期当主であるハリオットには、立派な当主へとしっかりと導いてくれる乳母が必要だった。
故に、ファンドール公爵家を知り尽くした一番信頼のおけるピートの一族から選出させていただいたのだ。
とまあ、ちょっと寂しい思いをさせているハリオットの精神安定の為と、あとは後学のための社会見学として同行させることにしたのです。
じゃあもういっそネイリーンもエンナントまで連れて行きますか的なノリで。
そうもうほとんどノリで家族旅行になったのだ。
私達と旅行に行けると聞いたハリオットは大いに喜んで、ギルバートから魔石図鑑を借りては日夜読み耽り、「これはねー、あれはねー」と私に魔石についてレクチャーできるほどになっていた。
どうやらギルバートからも魔石の講義を受けているそうで、それはもうハマりまくっているらしい。
3歳児って何にハマるかわからないもんです。
そして今馬車の中でもサザノスで採れる魔石について、親子で図鑑を手に語り合っているのです。
エンナントを発ってから2時間。
随分と山奥まで進んできたようで、山の木々も広葉樹に代わって針葉樹が多く見られるようになってきた。
「旦那様、奥様。そろそろサザノス鉱山の管理邸に到着いたします」
御者の声が馬車に響く。
とうとう第一フラグである宝石事件のキーマン、オーガンとの対面だ。
ギルバートの前で出来るだけ怪しい所を指摘して、ギルバート自身に異変を感じ取ってもらう。
出来れば物的証拠をそれとなく掴めれば上々だ。
オーガンの悪企みの尻尾、絶対掴んで見せる!
私は手にした扇をパチンと閉じて、まだ見ぬオーガンに対し強く決意した。
次回!オーガン登場!
ハリオットの無邪気が刺さります。