58.私、友達ができました! sideネイリーン
お読みいただきありがとうございます。
そしていつも誤字報告ありがとうございます。
ネイリーン視点、もういっちょです。
「フンヌッ!!」
お兄様の勢いに押され茫然自失となってしまったシェリー様があまりに居た堪れなくて、思い切りお兄様の手に必殺の手刀をお見舞いする。
「痛っ!」
「いい加減になさませ、お兄様。女性の手を軽々しく握るなど紳士の風上にも置けませんわよ。まだやると言うのなら私特製の最新型催涙剤の実験台になって頂くことになりますがよろしくて?」
お兄様から頂いた薬剤携帯用ブレスレットをさすりながら凄むと、以前強引に付き合ってもらった同様の実験を思い出したようで、お兄様の顔が冷凍マグロのように固まった。
「まず謝罪をしましょうか?」
お兄様は口を真一文字に結び小さく何度も頷くと、シェリー様へ向き直り頭を下げるべく腰を折り始める。
「あ、いえ、大丈夫ですので顔を上げて下さい!」
それを慌てて止めたのは被害者のシェリー様だった。
両の掌をお兄様の前に出し、頭が下がりきらないよう必死に食い止める。
「驚きましたが謝って頂くほどのことではありません。お気になさらずに。それよりもどちらかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
あんな礼を欠いたお兄様に嫌な顔一つもせず、さらに慈愛に満ちた表情で切り返すシェリー様はまさに聖女様ですね。
見ているだけで心が洗われるような気持ちになりますわ。
それはお兄様も同じなのか、聖女オーラを浴びてようやくお兄様も平時の顔つきへと戻っていった。
「5年ほど前にヴァーパスの下町で君に助けて貰った。覚えていないか?魔道具屋で『ぼったくり』に合いそうになっていた子を?」
「……5年前…ぼったくり……あっ!」
お兄様の返答はシェリー様にも覚えがあるようで口元を手で押さえながらお兄様を凝視する。
「確かに前に一度王都に来た時、魔道具屋で適正の価格でなく高い金額で買わされそうになっている子がいて、つい口を出してしまったことがありました」
「それは私だ!君はあの時すぐに行ってしまったけどずっとお礼がしたくて何度か探しにも行ったんだ。だが私もあの後すぐに領地に帰ることになってしまって…。 たけど、家の者に頼んで下町の捜索は続けていた。こっちに戻ってきてからも探しいたんだ。でも見つからなくて、半ば諦めていたんだけれど聖女降臨と聞いてね、もしかしたらと思っていたが…」
「なぜ聖女様が探していた方だと思われたのですか?」
確かにお兄様に『ぼったくり』なるものから助けてくれた女性がいることは当時の記憶を思い出しても明らかだ。
それからずっと探していたとは思わなかったけれど。
我が兄ながら随分な執着だと若干引いてしまう…。
しかしそれが何故『聖女降臨』』と結びつくのかわからない。
「それは、瞳の色さ」
「瞳?」
お兄様が人差し指をご自分の目に当てながら得意気に口角を上げた。
「そう。ネリィにはあの時にも言ったんだけど覚えていないかい?私を助けた少女の瞳の色が青と緑と黄の3色だったってことを」
グルグルと再び5年前の記憶を辿ってみる。
あれは確かエンナントに帰還したお祖父様達を歓迎する宴の席だったかしら?
お兄様は3色の瞳が珍しいとか言ってらしたわね。
気になって調べているとも。
「シェリー嬢の3色の瞳は本当に珍しいんだよ。2色までは確認されているけで3色ともなるといくら探しても載ってないんだ、あらゆる文献を漁ったんだけど。だからこれはもう突然変異なのだと結論づける事にしたんだけど、最後の望みと思い頼み込んで見させて貰った国立図書館内の古の本の中に、ほんの少しだけだけど記載されている部分を発見してね!」
「お、お兄様!古の本まで読み漁ったのですか?よくお父様が許可なさいましたね! 」
さらっといい顔でお兄様は言い放ったが、これは捨て置けない爆弾発言よ??
国立図書館内の奥深く、厳重に施された封印の中にある、マグノリア王国の根幹を守る魔道具の本と並んで我が家の、ひいてはこのマグノリア王国の宝の一つである古の本群まで手を出していたとは…。
一体何と言えばお父様の許可が下りるというのか。
私だってファンドールを背負う家族の一員。
事の重大さに思わず開いた口が塞がらなかった。
「そこは次期後継者という肩書きをいかんなく発揮して…と今はそれはいいよ。それでね、あったんだよね、3色の瞳を持つ存在の記述がさ。セーベルスティナ様の手記の中に」
お兄様にとっては古の本に手を出した事実よりも、そこから導かれた結果の方が重要なようで、ようやく落ち着きを取り戻していた目に再びギラついた炎が揺らめき始める。
「何て書いてあったんだ?」
隣にいるシャス様までもがそんなお兄様の熱量に引っ張られてしまったようで、封印された本を読んだという重大さよりもそこに記された内容への好奇心が勝ち、お兄様に先の言葉を促した。
「殿下も気になりますよね!」
自分に追従してくれる大きな後ろ盾を得たお兄様は、飛びかかりそうな勢いでシャス様の方を向くと、限界まで詰め込んだ鞄の中身が飛び出すように話し始める。
「まだ周辺国との諍いが絶えなかったあの当時、隣国から急襲されて国が乗っ取られそうになるという窮地に陥ったことがあったらしいのです。敵はあっという間にヴァーパスまで攻め込み、抵抗する我が軍も手負いの者ばかりで、降伏するしか道がないように思われました。しかしちょうどその時、神官として国に仕えていたある女性が王と共に大規模な魔術を使い、見事敵軍を粉砕。国を救ったそうです」
「へぇ、そんな事があったのか、知らなかったな…」
ええ、そうですね。
それは私が習ってきた国史の中でも知り得なかった事実です。
もういいです。
細かい事は気にせず、シャス様と一緒にお兄様の努力の結晶を見届けましょう。
「ええ。この女性の行いが事実であれば、これは少ないながらも伝えられている『聖女伝説』の一つだと思われます。しかしセーベルスティ様も手記はこれだけではないのです!」
お兄様の握り締めた拳がブルブルと震えながら段々とお腹に、そして胸の前にと昇っていく。
「聖女伝説ではいつも聖女の詳しい容姿についての記述はありませんでした。『天使のように美しい』だとか、『神々しい少女』としか記されていないのです。しかし!この手記には!!この神官の女性に付いては名前とかは全て不明なんですがただ一つ!『瞳の中に3色花を咲かせた乙女であった』と記されているんです!!」
刮目せよ!!と脳内に直接お兄様の声が響いてくるような錯覚に陥るほど強い圧を帯びた視線が、私を襲う。
「なるほど。それでハリオットは過去に会った3色の瞳を持つシェリー嬢を今回の聖女と結びつけて…」
さすが、完璧王子のシャス様はそんなお兄様の圧もさらりとどこ吹く風で、満足そうに納得の頷きを一つした。
「はい…私の探していた3色の瞳を持つ者が、聖女であるシェリー嬢なのではと思い、それを確認すべくここにいると…」
てん・てん・てん
全員の視線がシェリー様へと注がれた。
事の顛末を聞かされたシェリー様はどう反応したら正解なのだろうかと一瞬迷ったが、とびきりの聖女スマイルで場を流すことを選ばれたようだ。
細められても尚輝くその瞳の中には、確かに青、緑、黄の3色の花が美しく咲き誇っていた。
「当たりましたのね、お兄様」
「ああ。万感の思いだ。伝説の聖女の存在が現れただけでもひとしおなのに、それが長年探していた相手ともなれば…… この喜び、ネリィならわかってくれるだろう」
「そうですわね。言うなればどうしても欲しかった素材が実は未解明だった化学反応式の答えだった的なことでしょう。それは興奮してしますのも頷けます。ただ非常識な事をした事実は許せませんが」
お兄様のシェリー様に対するあの喜びように理解はできたが、それでもあの失礼極まりない行いを正当化するつもりはないのだ。
「いやしかしシェリー嬢は長年見つからなかった。ヴァーパスだけでなく近辺の街まで虱潰しで探して貰ったのに情報の一つも掴めなかった」
3色の瞳を持つ少女などどこにいても目立ちそうなのに、ファンドールの力を以てしてもシェリー様を見つけることが出来なかったお兄様は、不思議そうに首を傾げる。
「それは私の家が行商人だからですね。私もあの後すぐに他の地に移動しましたし」
サラリと出てきた答えは意外なもので、お兄様は目を丸めた。
「シェリー嬢の家は行商を営んでいるのか」
「ええ。我が家はマグノリアの国内だけでなく他国へも回りますから、一カ所にそれほど長くは留まらないのです。ヴァーパスに来たのもハリオット様と会ったあの年ぶりですので、どんなに探されても見つからないのは当然ですね」
『行商』とは特定の店舗を持たず、街から街へと客を求めて渡り歩く商人の事だ。
一定の顧客を持って決まったルートを取る者もいるがその形態は様々。
シェリー様の家は先程の説明を聞く限り、随分と広域を移動しているようなので、行商の中でも珍しいタイプなのかも知れない。
「なるほど…それでだったのか。ヴァーパス以外にも探してはいたのだが、情報がなかったのは定住すらしないからか」
長年の疑問に納得がいったようで、お兄様は満足そうに微笑んだ。
そのとろけるような笑みに、私達の様子を遠巻きに観察していた一部の女生徒達が腰砕けになっていることなど、当の本人は知るよしもない。
「その地その地の特産品から珍しい物を仕入れて売りながら流れていくので、父ならともかく子どもの私にはそこまで親しい方はいませんし、瞳の色に関しては物珍しがられるのも億劫だったので、父特製の色付き眼鏡をいつも掛けていたので知る人もあまりいないと思います。ハリオット様に会った時は、ちょうどその前に人とぶつかって壊れてしまい、たまたま掛けていなかったんですよ」
情報が掴めなかった理由が段々と明らかになり、なるほどなと感心してしまう。
色眼鏡まで掛けていたのなら、ますます3色の瞳という部分だけでシェリー嬢を追っていても、見つからないのは当然だった。
しかし私にはそれよりももっと私の琴線に触れたことがあった。
「シェリー様は色々な地を巡られましたの?」
エンナントとヴァーパス以外の地を訪れたことのない私は、様々な場所に行っているという事のほうが気になってしょうがない。
「はい。国内は粗方回りました。隣国のエジルブレンにも行きました」
「!!もしやあの、エジルブレンに入る前のジャグリ密林にも?」
まさかの答えに私が一番気になってしょうがなかった核心に迫る。
「ええ、あそこは珍しい素材の宝庫ですから」
!!!!
なんと!!!!
私が今憧れてやまないジャグリ密林にも行っていたなんて!!!
ジャグリ密林とは私が最近本気で時間を見つけて採取旅行に出掛けようと計画している、有毒、猛毒植物と生物の聖地なのだ!
まさかこんな所で現地の生の情報が手に入るなんて、思っても見ない収穫だわ!
「まああああああ!!!!ではっ!ではっガンナの花やケサノの茎を知ってらして?もしかしてサヴァナバをご覧になったことは??」
ガンナの花やケサノの茎はもちろん有毒植物(猛毒)。
サヴァナバも猛毒を持つ真っ赤な蛙で、どれも私が直接採取したくてしょうがない逸品である。
「ネイリーン様、よくご存じですね。ええ、手にしたこともありますわ。ただ数は少ないのであまり手に入りませんが」
!!!!!
神よ!!!
同じ年頃の女性で初めて私の言葉が通じる方がいらっしゃいましたわ!!
私は思わずテーブルの先にあるシェリー様の華奢な手に掴みかかる。
「シェリー様!!是非!!是が非でも私とお友達になってくださいませ!詳しく!ジャグリ密林について詳しい情報を私に!」
こんな方を逃す手は無いわ!
初めて私は心の底から友達になって欲しいと懇願する相手に出会えたのだから。
「は、はい。こちらこそ宜しくお願い致します」
私の勢いにやや押され気味ではあったが、シェリー様もそっと私の手にご自分の手を添えて、嫋やかに了承して下さった。
「ありがとうございます!!シェリー様の友達として私、一生懸命務めて参りますわ!!」
もう嬉しくて涙がこぼれそうよ。
お母様!聞いて下さい!
私にとうとう女の子のお友達が出来ましたのよ!
しかも今国中で騒がれている聖女様ですのよ!!褒めてください!!
私はあまりの感激にいつも友達がいないことを嘆いてらしたお母様に向けて念を送った。
なんか大事な事を忘れている気もするが、この大事の前では些細なことに違いないので放っておきましょう。
「あ、じゃあシェリー嬢、ついでに私とも仲良くしてくれないか?私の研究の手助けをしてもらいたいんだが」
あんなにシェリー様に執着していたお兄様を差し置き、先にシェリー様をゲットしていた私に続けと、お兄様も改めてシェリー様に交流を求める。
「研究のですか?」
きっと檻に入れられ凄惨な実験をされる事を想像したのだろう。
シェリー様の表情に影が揺れる。
「いや怖がるようなことはしない。君の魔力を調べたり、私の作っている魔道具用の魔石に力を込めてもらいたいだけだ。君が嫌と思ったらもちろん行わない事を約束するよ」
すぐにシェリー様の不安を感じ取ったお兄様が、慌ててご自分の研究内容を説明すると、それに安堵したシェリー様は「それなら…」と小さく零す。
「お役に立てるのなら是非…」
「よしっ!!」
あまりの嬉しさからお兄様はその場でガッツポーズを決めると、そのまま私と喜びのハイタッチを決める。
「じゃあ早速近いうちに我が家の研究室に招待しますね!いやぁー嬉しいなぁー♪」
善は急げとばかりに手帳を出して日程のチェックに入るお兄様。
「まぁそれは名案ですわね!それでしたらついでに私の研究室にも寄っていらして!お見せしたい物がありますのよ」
私もお兄様に便乗してシェリー様に子犬のようなキラキラとした目でねだった。
「え、あ、はい。是非」
ひゃっほう!
シェリー様から了承頂きました!!
感極まった私はあまりの嬉しさから握っていたシェリー様の手をブンブンと振ってしまう。
「うんうん。ネリィにもようやく女性の友達が出来たか。良かった良かった」
笑顔めいいっぱいの私を見てシャス様も満足そうだ。
「殿下…この惨状でよく笑顔を…。…お嬢様、ハリオット様。奥様の言われたこと、まるで無視なんですね…」
この中でただ一人。
クロードだけはまるで遠くから眺めているかのように呆けていた。
似た者暴走兄妹でした。
クロードは苦労しますね。




