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57.今日の貴族学園は非日常 sideネイリーン

お読み頂きありがとうございます。

新章スタートします!

私はマグノリア王国の由緒あるファンドール公爵家の長女、ネイリーンと申します。

沢山の知識を与えてくれた愛すべき我が故郷エンナントからこの王都ヴァーパスに移り住んで、早いものでもうすでに5年。


10歳になる年に、この国の次期国王であらせられるシャスティン・ウォン・マグノリア王太子殿下、愛称シャス様の婚約者に正式に選定され、現在、妃教育の真っ最中です。


シャス様とは幼い頃エンナントで一度交流を持って以来、文を交し合う仲ではありました。

出会った当初から私は『毒』に魅入られておりまして、それは今も全く変わっておりません。

知れば知る程奥深く、新たな魅力で私を虜にして、ほんっとうに可愛い……

……話がズレてしまいましたわね。


正直、私は貴族の令嬢としてかなり特異な性質だと思います。

この嗜好が貴族として褒められたものでないのは百も承知です。

毒に取り付かれた『毒姫』などと陰で揶揄する声もしかっり私の耳に届いておりますが、こればかりは誰に何を言われてもやめるつもりはありませんの。

幸い、シャス様はこの嗜好丸ごと含めた私のまま婚約者になって欲しいと仰ってくれましたし、国王夫妻も時と場所を弁えれば問題なしと許可してくださいました。

やはり国を背負う王家の方は器が違いますわね!

ありがたい、ありがたい。



しかし、幼い頃はあまり気にしていませんでしたが、金に輝く髪に、強い意志を宿す王家特有の紫の瞳、スッキリした顎のラインとスッと通った鼻筋。

誰もが振り返る美男子でありながら、さらに知性と優しさまで備えた完璧超人のシャス様は、わざわざ評判の悪い私でなくても他にも引く手数多、選び放題なのではないでしょうか?

この婚約には政治的な意味合いが多かったことは重々承知しておりますが、私が婚約者で本当にいいのかと今になって思ったりもするんですのよ。


だから先日のお茶会で『今からでも他に好きな方ができましたら迷わずそちらに行ってくださいね』ってお話ししたら、なぜだかものすごい顔をされてしまいました。

そもそもファンドール家は権力にそれほど執着する家ではないですし、私に『婚約破棄された令嬢』なんて汚名が付いたとしても、研究ができればそもそも結婚なんて興味がないので、遠慮せずシャス様が幸せになる道を選ん下さいねってお伝えしたかったのですが……。

上手く伝わらなかったようですね。

言葉にして伝えるって本当に難しい…。

シャス様はすごい勢いで私の肩を掴むと、『そんなことあり得ないから安心して』とそれはそれは真剣な顔で言ってくれましたが、先の事なんて誰にもわかりませんもの。


まあ私としてはシャス様の婚約者であると、なかなか立ち入ることの出来ない王家お抱えの研究所に密かに連れて行ってもらえたり、手に入りづらい素材も条件さえ満たせば用意してもらえたりするので、もうしばらくは婚約者であり続けたいですね。

面倒なお妃教育さえなければいう事ないのですが、こればっかりは我慢です。

ほんっとうに時間がもったいなくて、めんどくさいのですけれど……。




「お嬢様!聞こえてます??」


聞き慣れた声に呼ばれてハッと我に返る。

見上げればそこにはお馴染み幼馴染侍従のクロードが、見慣れた垂れ目をハの字にして私を覗きこんでいた。


「ええ、クロード、聞こえているわ。A定食にしましょう。今日はガッツリお肉を戴きたい気分なの」

「了解です。ここに来てもブレないお嬢様のお肉愛、素敵です。では持ってまいりますので先に席に着いていてください」


クロードは親指を立てると、そのまま人で溢れる受付口までそそくさと駆けて行った。


いけない、いけない。

ついボーッとしてしまったわ。

昨日ようやく手に入った本を遅くまで読み耽ってしまったから少し寝不足なのよね。

午後の授業で寝てしまわないよう、しっかり栄養を摂らなくちゃ。


私は大きく深呼吸をして機能が鈍っている脳に沢山の酸素を取り込んだ。


ここはヴァーパス王立貴族学園内の食堂。

広々とした空間にはさすが国中の貴族の子女が通う学校というように、綺麗にセットされたテーブルが整然と並んでいる。

奥にはガーデン風に植物に囲まれているテラス席もあり、自然に慣れ親しんでいる私やクロードはそこでランチを摂るのがお気に入りだった。


今年で15歳になる私もこの春めでたく、貴族の通過点でもあるこの学園に無事入学した。

入学式では真新しい濃紺の制服に身を包んだシャス様が新入生代表の挨拶をし、その王家の風格を遺憾なく発揮された堂々たるお姿で、新入生のみならず在校生、それも女子だけでなく男子まで軒並みノックアウトしていきました。

さすがとしか言いようがありません。


一方の私と言えば、そんなシャス様の正式な婚約者としては名を知られていますが、それと同じくらいあの『毒姫』という名も知られているので、大抵の方は遠巻きで見ているだけで近寄ってきません。

次期王妃に今のうち近づいておこうと思う方もいるにはいるのですが、ほら、私も何かと忙しい身ですし、いちいち興味もない今流行りのファッションや色恋沙汰の話に合わせるのも億劫なので、ついつれない態度を取っていたら、皆さん自然と離れていってしまいました。

とても快適です!!


いえ、別に一人が好きとかではないのですよ。

何と言いますか、なかなか気の合う方に出会えていないというか、一緒にいたいと思えるような方が見つからないというか、だからしょうがなくぼっちになっているのです。


そんな私を気遣ってか、学園内ではお互いの学生時代を謳歌しようと言っていた今年4回生のクロードが、『ランチだけは一緒に摂りましょう、お嬢様!』と誘ってくれるようになりました。

私は別にいいのだけれど、クロード曰く『私の主人たるお嬢様が、この広い食堂の片隅でひっそりと食事を摂る姿なんて見たくないです』だそう。

気遣いはありがたいけれど、ちょっと過保護ですね。

そんな訳で今日もテラス席に陣取り、ランチタイムとなったのです。




「確か今日からじゃありませんでしたっけ?例の転入生が来るのって?」


私と同じお肉ガッツリA定食を頼んだクロードが、肉汁滴るステーキを頬張りながら尋ねてきた。


「……ああ、シャス様がお世話をするって言っていた聖女様よね。朝にもお母様からあまり関わらないようにと釘を刺されたわ。詳しい理由は話してはくれないけどきっと何らかの思惑があるのでしょうね。というか私よりもお兄様よね、近づいて行きそうなのって。常々魔石やら魔力やらの研究に血眼になってらっしゃるんだから」


「もちろん奥様はハリオ様にも口酸っぱく仰ってましたよ」


少し前の話だが、ある日突然ヴァーパスの城下町から天を貫くように真っ直ぐ伸びる魔力の光が確認された。

あまりに強いその光は離れたこの学園からも見えて、誰も彼れもがあれが何なのか、誰が放ったのか、もしかして何処かの国からの襲撃かと大騒ぎになった。

すぐに城は調査団を派遣し原因の究明に当たったところ、あの光はある一人の女の子が、しかも貴族ではなく平民の子が放ったものだということが判明したのだ。


『平民がとてつもない魔力を放った』


この事実は貴族達にとても大きな衝撃を与えた。

なぜなら魔力とは貴族にのみ受け継がれるものであり、逆を言えば魔力こそが貴族を貴族たらしめるものだからだ。

それが一平民に、しかも国で一番魔力の強い王族にも匹敵…もしくは凌いでいるかのようなあり得ない強さの魔力を放ったのだから、大混乱もいいことだろう。


直ぐ様少女は城に連れていかれ様々な分野の研究所で詳しい検査が行われたと聞いた。

そしてその数日後に、彼女は学者の一部でのみ知られていた『聖女』だと断定されたのだった。


なんでも平民から突然現れる規格外な魔力の持ち主は、過去にも2、3人確認されていたようだが、国のほとんどの人達はその存在すら知らずに過ごしていた。

もちろん私もそんな存在は知らなかったし、エキサイル先生ですら聞いたことがないと言っていたのでしょうがないと思う。

少ない資料によるとその子達は皆、並外れた魔力を使って国の危機を救ったり、新たな技術をもたらして国を発展させたりと多大なる貢献をしたようだが、その力があまりに規格外すぎたことから、時が過ぎるにつれて実在した人物というよりも、神話や伝承のようなものとして認識されていったそうだ。

そしていつしか彼女達のことは『神様の意思を持って遣わされた使者』、敬意を込めて『聖女』と呼び、伝説として語り継がれるだけの存在になったのだった。



そんな伝説の存在がいきなり現れたのだから、当然の如くその少女は国が手厚く保護することになった。

いずれかは国の有力者の家に養子縁組され、貴族として生きることになるだろう。

要職に就くお父様もそうなるだろうと仰っていたし。

そういえばその時にお母様が『とうとう来たわね』と小さく呟いたが、あれはどういう意味だったのでしょうか、不思議です。


まあ今それはいいでしょう。


そして今日、とうとうその少女が魔力の扱いを学ぶためという名目の元、特例中の特例でこの学園に入学してくるというのです。

次期国王たるシャスティン殿下を世話役として…。



「いくら国王陛下の命とはいえ、殿下がお嬢様以外の特定の女性の世話役を務めるというのは、お嬢様も気が気じゃないんじゃありませんか?」


「??何を言ってるかわからないわ。国で保護をすると決めた人物なのだから同じ歳のシャス様が世話役を務めるのは当然じゃない」


「いや、そうなんでしょうけど、感情的にお嬢様の婚約者である殿下が他の女性とずっと一緒にいるのは、なんかモヤモヤ~とかしたりしま…せんか…ねぇ?」


探るようにヘラつくクロードが鼻についたので思いっきり冷めた目で返してあげた。


クロードはいつも私に一般論だか何だか知らないが、女性心はこうだろうとつついてくる。

そのたびにそれが通じない私をやれやれといった風に残念がるので、その前兆であるあのヘラヘラ顔には辟易しているのだ。


「ネリィに色恋心を求めるのは無理だと思うよ、クロード」


「お兄様!」

「ハリオット様!」


呆れた口調でふいに参戦してきたのは、ヘルシーお野菜プレートを手にしたお兄様だった。

ここ数年で随分と身長の伸びたお兄様だが、食事量は昔からさほど増えてはおらず線は細い。

その身体に纏ったどこか浮き世離れしたふんわりとした空気は、私が慣れ親しんでいる研究所の所員によく見られるものと同じだったので、そう思うとお兄様はもうれっきとした研究者なのだなと思う。


「殿下が不憫に思えることが多くなってきたよ。少しくらいは殿下に興味を示して上げればいいものを…」


苦笑いを浮かべたお兄様は、スマートな動作で私の前の席に腰を下ろすと、クロードよりもよりあからさまな残念そうな目を私に向けてきた。


「ハリオット様もそう思われますよね?」


「もちろんだよ。殿下の好意を笑顔で受け取っては、それを確認するでも投げ返すでもなく直ぐ様足下に積んでいくネリィはちょっと、いや、かなりひどいよね」


男二人でうんうんと納得の頷き合いをすると、最後に私を見て『はぁ―』と溜息をついた。


「なんですの、二人して!王族の務めを果たすシャス様を応援こそすれ、邪魔などするわけがないじゃないですか。といいますか、お兄様。随分と久しぶりに食堂でお会いしましたけどようやく研究に区切りでもつきましたの?それとも行き詰まってしまったのですか?」


言われっぱなしは悔しいので、今度は私からお兄様に仕掛ける。

お父様に似て知的で涼やかな目と、あの柔らかな独特の雰囲気を持つお兄様は、学園内でも一部に熱狂的なファンがいるようだが、本人は何よりも自分の研究に没頭しきっているので、特定の女性とお付き合いをしているのは見たことがない。

自分だって色恋など無縁の場所に君臨しているくせに、私だけを残念そうに見てくるのは許しがたいことなのだ。


そんなお兄様の今の研究対象は、専ら国中を騒がしている聖女様だそうで、あの光柱を目にしたその日から自宅のアトリエや学園内に設けてある研究室に籠っては何かを黙々と調べているようだった。

こうなるとお兄様は授業を受ける以外は全て研究中心の生活になってしまうので、家ですら姿を見かけることは稀になり、もちろん学園内の食堂でなど会えるはずもない。

なのに今日ここに現れたということは、研究に目途がついたか、迷宮入りにでもなって行き詰まったか…。

という事になる。


「ああ、実はその件でネリィにちょっと聞きたいことがあってここに来たんだよ」

「聞きたいことですか?」

「ああ。ネリィはさ、今日来る『聖女』の子の容姿について殿下から何か聞いてないか?特に目の色とか」


苦手なトマトを私のお皿に移しながら、お兄様は私に聞いてきた。


「聖女様の容姿、ですか?いえ、特には。シャス様からは聖女様は平民にしては自分を前にしても臆することなく意見を言ってくる珍しいタイプでおもしろいとしか…。ずっと王宮にいらしたから限られた方しかまだお目に掛れてないようですものね。え?と言うかお兄様、何をいきなり仮にも女性の容姿を確認されてますの?なんですの?手当たり次第に婚約者探しでも始めましたの?気持ちわるい……」


トマト仕返しに多すぎて手付かずになっていたステーキをお兄様のお皿に放りながらも、突拍子もない質問をしてきたお兄様に引いてしまい自然と眉間に皺が寄る。


「いや違う違う!そんな目的なはずないだろう?僕なりに聖女の研究をしたら気になる記述が出てきたから、ちょっと確認しておきたかったんだ。まあいいや、ここにいれば嫌でもお目に掛れるだろうし」


そう言うとお兄様は動揺を隠すように好物のヤングコーンを口に運んだ。


その後は気を取り直してしばらく3人で和やかに食事を摂った。

私にようやく扱い許可の下りた密林の猛毒生物の採取計画を初めて明かしてみたら、二人の顔色が蒼白になったのでおもしろかった。

一方お兄様は最近、歴史に埋もれていた聖女の軌跡の痕跡を探すのに夢中になっていたそうで、各地に伝えられていた民話を掘り起こしては、その伝承の裏付けなどを行っていたのだそうだ。

相変わらず手間の掛かることが好きだなと感心してしまう。


しばらくすると俄に食堂の入り口の方がざわつき始めたのに気が付いた。

なんとなくその原因に見当は付いていたが、念のため確認しておくべく、視線をざわめきの中心へと向かわせた。


ああ、やはりシャス様がいらしたのね。

となると……。

隣にいらっしゃるのが聖女様…。


そこには数人の取り巻きと共に、仲睦まじく話をしながら食堂へとやってきたシャス様と聖女様の姿があった。

シャス様は相変わらず隙のない貴公子然としていたが、聖女様はそんなシャス様の隣にいても引けを取らない清廉とした雰囲気を醸し出してる。

二人の並ぶ様はそこだけが切り抜かれた美しい絵画のように光り輝いて見えて、誰しもが思わずホウっと息を呑んでしまうほどだった。


周りがあれほどざわつくのも頷けるわ。

取り巻きの方々も皆美形なはずなのに、あの二人の前では一般人に成り下がってしまっているもの。


シャス様の隣で微笑む聖女は、艶のあるピンクゴールドの髪を可愛らしくハーフアップで編み込み、サイドからの後れ毛が掛かる肌は、今まで平民の暮らしをしていたとは思えない程白い。

瞳の色までは確認できないが、シャス様を捉えている目は大きく煌めいていて、柔らかく微笑んでいる顔はまるで雅びやかで優美な白いダリアのようだった。


「はぁ~…なんかすごい二人ですね…あそこだけ別世界……。って!お嬢様が一番可愛いですよ!!」


「別に気にしてないわよ。というかやめて、別に勝ちたいとか思ってないから」


「うんうん、うちのネリィが一番可愛い」


「お兄様まで……」



謎の慰めを二人から受けているとシャス様がこちらに気付いたようで、ゆったりとした速度で悠然とこちらに向かってきた。

どんどんと近づいてくる殿上人オーラは慣れているとはいえ目が痛い。


「ああ、やっぱりだ…」


眩しさに少し目を細める私の横で、お兄様がぼそりと呟いた。


「やあ、ネリィ!ハリオット!クロード!今日は随分と滋養が付きそうな食事をしているね。私もそれにしようかな。ここに座っても?」


クロードのいない方の席に手を突きながら、シャス様が私の顔を覗き込む。


「ご機嫌よう、殿下。もちろん座っていただいて結構ですわよ。どうぞお座りになって」


私の隣にシャス様が、向かいのお兄様の横に聖女様が座られ、取り巻きの方々は注文をしに受付口へと向かっていった。


「久しぶりに食堂に来るのもいいものだな。ネリィ達はいつもここで食事を摂っているのか?」


「ええ、何もない時は大抵ここで食事を摂っておりますわ。それよりも殿下、そろそろ私達に前の方をご紹介して頂いてもよろしいですか?」


いつものように照準を私に定めると他がおざなりになる悪い癖をお持ちにシャス様に、いきなり馴染みのない私達に同席させられた聖女様を紹介するよう促す。


「ああ、そうだよね。こちらはシェリー嬢。君達も知っての通り先日の魔光柱を出現させた伝説の聖女様だ。シェリー嬢、こちらはネイリーン・ファンドール。君も会ったことがあるだろう?ファンドール公爵のご令嬢であり私の婚約者だ。そして君の隣にいるのが、ネイリーンの兄君、ハリオット。ネリィの奥にいるのは彼等の幼なじみで侍従を務めるクロードという。この3人には私と行動を共にしていれば、否が応でも顔を合わせることになるから覚えておいてくれ」


それぞれに手を向けて紹介をすると、聖女様、改めシェリー様はその場に立ち上がりスカートの裾をちょこりと摘まんで頭を下げた。


「ご紹介に預かりました、シェリーと申します。この度は国王陛下のご配慮を賜り、魔力の扱いを学ぶべくこの学園に入学させて頂きました。至らぬ所も多いと思いますがどうぞ宜しくお願い申し上げます」


聖女とはいえ、まだ実績も後ろ盾さえない平民の娘だ。

国有数の公爵家の子女を相手に気楽な挨拶などできるわけがない。

きっと王宮で教育係に学園内ではこう挨拶をするように言われたのだろう。

一度座ったにも関わらず正式な場でもないこんな学園の食堂で、わざわざ立ち上がってまで頭を下げるなんて少々やり過ぎな気もしたが、ここは権力のうずまく貴族社会のいわば縮図。

馬鹿丁寧くらいの方が、これから貴族社会の荒波を渡っていく処世術としては正解なのかも知れない。


かといえここでは同じ学生という立場だし、そのまま座って挨拶を返すのは私的に偉そうで好きじゃないので、私も同じように立ち上がりシェリー様にお辞儀を返した。


「ネイリーン・ファンドールと申します。伝説の聖女様にお会いできて光栄ですわ。こちらこそ宜しくお願い致します」


お妃教育で嫌と言うほどやらされて染みついてしまった心からの愛想笑いに、純粋な好奇心が織り交ざる。

値踏みとは違うが、シャス様がおもしろいと言った『聖女』の肩書を背負う彼女がどのような性質なのか、ただただ単純に興味があるからだ。

顔を上げたシェリー様の表情は、このメンツ、この状況にも関わらず少しも揺らがず堂々としていて、「なるほど、肝が据わっている」と感心した。

なによりも私の目をしっかり捉え凛と微笑む姿にとても好感が持てる。


シェリー様、良い顔で私に笑ってくれるのね。

媚びるでも、卑下するでもない、私を真っ直ぐに見つめてくる強い眼差しだわ。

まだ私についての噂が耳に入っていないのかしら。

『毒姫』のことが知られれば、きっとこの笑顔も歪んだものになるのでしょうけど。


学園内で次期国王の婚約者である私に向けられるのは、出世欲に駆られたものか、噂を真に受けて『毒姫』に怯える目ばかりだったので、シェリー様のようなまっさらな視線は心地良かった。

期間限定かもしれないが悲しくなるほどに…。


シェリー様は続いて隣にいるお兄様へ挨拶をするべく身体をゆるりと回した。

するとここでお馴染みの人物が予想外の行動を取ったのだ。


「ハリオット様で」

「その瞳!!やっぱり聖女は君だったのか!!」


ガタッと勢いよく立ち上がると、そのままあろうことかシェリー様の両手をがっしりと握り、この場に相応しくない大きな声をお兄様が発した。


「え?」


さすがの聖女様もこの言動にはついて行けないようで、処理落ちしたパソコンの様にぷつりと顔から表情が消える。

ついでに私やクロード、シャス様までもがお兄様の奇行に驚き、表情が凍り付く。


「忘れもしないその虹色虹彩の瞳!探していたんだ、ずっと!やっと会えた!!神に感謝する!!!」


お兄様は喜びを爆発させながら満面の笑顔でブンブンと掴んだままの手を上下させた。

私もシャス様もクロードも、果ては少し離れた場所からこちらを観察していた誰もが、この状況を正しく理解出来ずに固まっている。



おにいさま…

手、て、手を軽々しく握るなあああああ!!!!

みんな大きくなりました。


いつも誤字報告ありがとうございます。


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