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55.狐の性根はねじ曲がっている

頭の隅に追いやっていたあの日の記憶が揺り起こされる。

オレンジに照らされた岩肌。

その壁にべったりと浮かんだ赤い斑点。

ふいに目の前に落ちてきた金髪の奥に光るグレイの瞳は、感情の一つも映してはいなかった。

10年程前、初めて一人でフラグを折ろうと必死にサザノス鉱山を探ったあの日の記憶が、走馬燈のように頭の中を掛け巡る。


『さて、ファンドール公爵夫人、どうやって死にますか?』


狂気じみた笑みを浮かべ、飄々と尋ねてきた男にどれだけの恐怖を感じただろう。


『さようなら、公爵夫人様』


温度のない声と共に、ゆっくりと私の首元に近づいてくる黒い靄を纏った手。

もうダメだと絶望した記憶がフラッシュバックし、私はヒュッと息を詰まらせた。


「いや、ディノンじゃない、マハルトだ。マハルト・サラーナ。だがしかし、なぜここに…」


少しふらつく私の肩をそっと抱き寄せながら、ギルバートが目の前にいる人物に怪訝な目を向ける。

それもそうだろう。

マハルトはあの事件後、王都はずれにある塔に幽閉されたはずで、特別な理由も無しに外に出るなんて事は有り得ない。

仮に無断で出たとしたら誰の手引きだと王宮内は大騒ぎになっているはずだ。

しかし今朝、王都を出るまでにそんな報せは届いていなかった。

ではどうして、どうやってここにマハルトがいるのだと私達は混乱していた。


青ざめる私達を前にした彼の人物は、そんな私達の様子を見て、どうしたらいいのかと助けを求めるように義両親に視線を向ける。


「ふふ、安心なさい。彼は貴方達が心配するような人物ではないわ。せっかくステフィアが正解を言っていたのにギルバートが訂正するから」


口元に指を添えてお義母様が優雅に微笑む。


正解?

穏やかなお義母様の言葉に疑問符が浮かぶ。

私が口に出したのは『ディノン・ソーサー』という名前だけだ。

ん??……と、いうことは


「彼こそが本物のディノン・ソーサーだ。マハルト・サラーナは双子だったのは覚えているだろう?」


なぜか得意気に口角を上げてお義父様が言い放つ。


「「……えっ!」」


予想だにしていなかった答えに、私とギルバートは驚愕の声を上げた。


「あの時保護していた双子の片割れか!」

「そうだ。危険はない。安心しろ」


サザノスで私を襲ったマハルトには、いつか何かの役に立つだろうとマグノリアに住む同胞に引き取らせた双子の片割れがいた。

敵地とも言えるマグノリアでの魔石探索を命じられたマハルトは、スムーズに探索を進めるために戸籍を疑われる必要のないディノン・ソーサ―に成り代わろうと目論み、本物のディノンを殺すよう養父母に指示を出したらしい。

だが、長年親子として暮らし、心からディノンを慈しんだきたディノンの養父母は、その要請をキッパリと拒否した。

断る事は祖国を裏切るという事だ。

そしてエジルブレンでの裏切りは死。

ディノンの養父母ももちろんそれを分かった上で拒否したので、このままでは殺されると思い身を隠していたらしい。

そしてちょうどその所を、サザノスの件を調べていたファンドールの手の者が発見し保護した。


そこまで聞いていたわ。

保護したとは聞いていたけれども!

このタイミングで、しかも義両親のところ登場してくるなんて、誰が思うのよ。


「一体どうしてここにディノンが?偶然この村に居合わせたのですか?」

「いや、ディノン達一家はあの事件以来わしらと一緒に旅しとってな」

「は?」

「たまたまサラーナがこの村の前で動けくなって世話になってみたら、なに取扱注意人物を置いておくのにちょうどいい村だと思ってな。以来ここに住まわしとるんだ」


あーーー、ミジルの言ってあの話に繋がったわ。

なるほどね。

あの廃村危機を救った人員がディノン一家だったってことなのね。


「旅をしておったら事情を抱えた周辺国の爪弾き者によく会ってな、困った時はお互い様だろう?なんなら我が領土でひっそりとお助け村でも作って集めれば面白いんじゃないかと……」

「それでこの村に呼び寄せたというわけですか…」


ギルバートは半目になりながらお義父様をジトリと睨んだ。


「人道支援としては間違ってはいないでしょう。だがしかし、なぜこんな大事なことを黙っていたのですか?事情のある者達を匿うということは、我が領、ひいては国家間の問題にもなりかねません。陛下が知ったら何と仰るか…」


その通りよね。

国内のみの事でならファンドールが追及されるだけだけど(いえ、これも立派にアウトだけれどもね)、

細かい事情はさておき、国を追われるような訳あり人物を抱え込むということは、その事情に深く関わるということだ。

万が一、何か問題が起きてしまえば、相手国が我が国に内政干渉だと責任を追及したり、下手をすれば戦争に発展してしまう可能性だってないとは言い切れない。

しかし、義父の爆弾投下はまだまだ続く。


「いや陛下は知っとるぞ」

「なっ!!」

「儂だってこれでも貴族の端くれ。筋くらい通しておるわい。陛下も『いい考えだな』と背中を押してくれたわ!ははははっ」


つまり知らなかったのは、現当主であるギルバートを始めとした面々だけだったと言うことか…

これにはギルバートもがっくりと項垂れるしかない。

暗転の中でスポットライトを浴びているかのような悲壮さが漂っている。


「だから…なぜ私に言ってなかったのですかああ!!くそきつねーーー!!」


ギルバートの雄たけびは部屋を通り越し、山中にまでこだました。


◆ ◆ ◆


「というわけであらためまして紹介します。エジルブレンの厄介者、ディノン・ソーサーくんです」

「厄介者って…」


胡散臭いほど爽やかな笑みでお義父様に紹介されたディノンの表情は完全に死んでいる。


「申し訳ございません。まさか御当主様に知らせていないとは思っておりませんでした」

「いや、いいんだ。君は悪くない。全てはあそこに座っている人物が元凶なのだから」


平身低頭で謝るディノンの肩を、ギルバートがこれでもかとターゲットにのみ毒をまき散らしながらポンと叩いた。


「兄の事でも御当主様には重ね重ねご迷惑をお掛けし…。本来ならこうやって顔を合わすことすら憚れますのに…奥様におかれましても本当に危険な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」


先程はディノンを見てサザノスの事を思い出しまったのは事実だが、今、目の前にいるディノンの姿を見ていると、マハルトとはあまりに掛け離れた雰囲気を纏っているのに気付く。

ギラついた野望の欠片すら見当たらない、柔らかく純朴な空気を放つディノンに、もう恐怖を抱くことはないだろう。


「大丈夫です。気にしておりません」


私が微笑むとようやくディノンもくしゃりと顔を綻ばせた。


「で、なぜ私にこの村の存在を隠していたのかお教え願えますか?ち・ち・う・え!」


怒りが隠せないギルバートが思い切りお義父様に凄む。


「んー。だってあの時のお前、しょんぼりいじけっておったし、ようやく立ち直ったところに余計な心配は無用じゃろ?一応陛下には言っておいたし、落ち着いてから文で伝えればいいかと思っておったんじゃが…」

「だが?」


一瞬の沈黙が痛い…


「黙っていた方が面白いかなーっと思ってな!」

「やっぱりそんなことでしょうね!くそおやじっ!」


再び拳を机に叩きつけたギルバートのキャラが、自身を蔑ろにされたことにより完全に崩壊している。


「もういいです。どうせ陛下の後押しが取れているのなら、異国の者を引き入れることの清濁を上手く有用しろということでしょう。わかりましたよ、やってやりますとも」


やさぐれたギルバートは私の理解が及ばないことも口にしながら、ハハハと笑っている。


ちょっと怖い…壊れちゃったわね。


部屋にいる誰もが(一部を除くが)そんなギルバートを哀れんだ目で見つめていた。

居た堪れない空間の中、この場をどう取り仕切っていいものか、皆が探り探りといったところであろう。


「さぁ、じゃあお昼も近いし、さっき狩ってきた鹿肉でも御馳走しましょうかね。ディノン、手伝ってくれる?」


やはりこういう時に頼りになるのは、ファンドールの影の支配者であるお義母様だ。


「今日は人数も多いし庭でバーベキューにしましょう。さぁやることはたくさんあるわ。子どもたちはおじい様について薪の準備を。女性陣は私と一緒に食材を用意しましょう。男性陣はディノンと鹿を捌いてちょうだいね」


こうして、お義母様の的確な指示の元に催されたバーベキューによって、色々な事情は数あったけれども、なんとか久方ぶりの家族対面は無事に(?)済んだのであった。

ご覧いただきありがとうございます。

誤字脱字報告もいつも助かっております。


ゆっくりになりますが更新していきますのでお付き合いいただければ嬉しいです。


どうにかお義母さんのおかげで着地に成功しました。

やれやれです。


ではまた次回です!

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