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54.ファンドール全員集合!!

お久しぶりになってしまいました。

更新遅くなりますが今後も宜しくお願い致します。


裏口から外に出ると、雑木林に囲まれた細い砂利道があって、そこを辿ればお義父様達の家の裏へと繋がっているとミジルから教わった。

お互いの家だけを結ぶ小道があるなんて、ミジル夫婦とお義父様達は随分と仲が良かったのだろう。

それがいきなり前領主だなんて事実を突きつけられたのだから、ミジルのあの動揺っぷりにも頷ける。


「奥様、大丈夫ですか?お手をどうぞ」


慎重に進んではいるのだが、どうしてもでこぼこ道に足を取られてしまう私に、宝塚の男役ばりに颯爽と手を差し出してくれるシーネが眩しい。

そのあまりの王子様っぷりに3人も子どもを産んでおいてなんだが、私の中にある少女の部分が年甲斐もなくときめいてしまうのはしょうがないわよね。


「百合なら相手役はシーネしかいないわね」

「何か仰いましたか?」

「いえ、気にしないでちょうだい」


役得!役得!!とホクホク顔でシーネの手を取り再び裏道を進んでいくと、雑木林の影から一軒の家が姿を現した。

その家の大きさや造りはミジルの家とほぼ同じなのだが、組まれている木材がまだ比較的新しいのを見ると、ここに定住することを決めてから建てたと思われる。

家の周りには農耕具や薪割り道具が雑多に置かれていて、確かにここに人の営みがあることは分かるのだけれども、それがあの豪華な屋敷に暮らしていた義両親だと思うと何とも不思議な気持ちがした。


「あそこが裏口よね?」


私達は雑木林に潜みながら、数メートル先にある裏口を指差し固まった。

目にした裏口には小さな小窓が付いていたので、こちらの姿を見られる可能性があったからだ。


危ない危ない。

ここまで来ていきなり見つかってしまったら、ギルバートや子ども達に何を言われるか分かったもんじゃないもの。

さてどうしたものだろうか。

ここからでも正面でギルバートが騒ぎを起こせばわかるとは思うのだけれども…


「私が様子を見て参りましょう。奥様方はここでお待ち下さい」


悩む私を差し置いてシーネはそう言うと、かつて見たことがないほど俊敏な動きで裏口の前に進み、中の気配を探り始めた。

あまりにも慣れたその動きに、一体シーネは何者なのだろうかという考えが頭をよぎったりもしたが、あえてその答えを出そうとは思わない。

たとえ尋ねたとしても、にっこり微笑まれ煙に巻かれてしまうのが関の山だろうし。

ならばいっそ清々しいほどに、すごい人物が近くにいるもんだなと飲み込んでしまった方が精神的にもいいはずだ。

私は考えることを放棄し、わざわざ偵察を買って出てくれたシーネをありがたい気持ちで見守った。

しばらくすると、シーネの働きぶりによって、すぐ側には人の気配がないことがわかったので、私達3人は無事に裏口の前へと辿り着けたのだった。


さて、あとは正面突破の音が聞こえるまでここにいればいいのよね。

ミジルの家の隣と言っても、正面へ行くには直通の裏道よりもかなり大回りな道を通らなくてはならないから、どうしても時間が掛かるって言っていたし。

ああ、子ども達がはしゃぎすぎて辿り着く前にバレてしまわなきゃいいけれど…

でもあちらにはセドリックもいるし大丈夫ですよね。


「静かですね。あちらはまだ着いてないのでしょうか?こう待っているだけというのも緊張するものですね」


荒事に慣れているはずもないマーサはかなり緊張をしているのだろう、胸を押さえながらヒソヒソと囁く。


「10年ぶりの再会ですので始まれば派手にやるでしょう。もう少しの辛抱ですよ」


逆に百戦錬磨であろうシーネはにっこりと笑顔が出るほど冷静だ。


「まあ私達は最後の詰めでしょうから気楽に行きましょう」


本当はただの義両親宅の訪問なのになぜかこんな事になって、いらない苦労を背負わされた感が否めないが、もうしょうがないことだ、割り切ろう。

諦めにも近い脱力で息を吐くと、ふいに建物の中で何か気配が動き出したのがわかった。


とうとう始まったのかしら?!

きっと子ども達が玄関扉を叩いて義両親を呼び出している所かもしれないわね。

でも、ギルバートの言っていた『合図』はまだ…よね…?


ギルバートは『合図』について、明確にこれだという指示は出していない。

本人曰く『分かるようにやるから』だそうだ。

となれば聞き漏らしがあっては任務が失敗に終わってしまうことになる。

それは一大事なので、私達は糸を張ったような緊張感の中、自分達が乗り込むタイミングを今か今かと待ちわびるのであった。



「……おお!……」


一瞬驚いたようなしゃがれ声が上がる。

あの声はきっとお義父様だわ。

聞き覚えのある懐かしいその声がハッキリと聞き取れたのはこの一回きりで、後は何か話をしているのはわかるのだが、内容までは聞き取れない。

でもあの声の調子ではきっと、感動の孫との初対面が叶ったのだろうか。

ネイリーン達が名乗ったのが先か、それともお義父様達が気付くのが先かはわからないが、どちらにしても感動のご対面になっているはずだ。

ビックリしつつも目を輝かせて、そうね…きっとこんな感じかしらね…


花畑をバックにキラキラと見つめ合う子どもと祖父母のシーンを頭に描いていると、丁度それを狙ったかのようなタイミングで待ちに待っていた声が辺りに響き渡る。


「皆の者!!掛かれ――――!!」


ここは戦場なのかと勘違いしてしまいそうな雄叫びをギルバートが上げると、次はドカッ!バタバタッ!ドカン!!と絶対にただ事ではない騒々しい音と振動が私のいる裏口にまで届いた。


「なんじゃぁああーーー!!」


一体あちらでは何が行われているのだろうか。

ギルバートのあの魂の雄叫びに勝るとも劣らないけたたましい叫び声が辺りに響き渡ると、同時に家中のガラスがビリビリと振動した。


「奥様、今です!参りましょう!!」


シーネが弾むように素早く裏口を開け、あまりの声に固まっていた私の背中をグイグイと押して部屋の中へと押し込んだ。


「あ、ちょっちょっと待って」


シーネの押す力の強さにふらつきつつも、あれよあれよという間に人様の家に侵入し、一つしかない通路をなだれ込むように進んでいく。

すると、目の前には予想通りというか、予想よりも酷い絵面が広がっていて私は目を丸くしてしまった。


「おおっ!!ステフィアまで来ていたのか!!」

「おひさし、ぶりですわ…お義父様…… その、大丈夫ですか?」


思わず顔が引き攣ってしまった私の前には、足をセドリックの鞭で拘束され、左右の腕のそれぞれを騎士に押さえつけられ、仁王立ちのギルバートと3人の子ども達に囲まれている、大柄の初老の男性が床に転がされていた。

かろうじて動かせる顔を私に合わせ嬉しそうに目を輝かせているが、あまりにも悲惨なその姿に尊敬すべき御仁とわかっていても引くしかない。

そう、この男性こそがギルバートの父親であり、前ファンドール領主、前公爵であるガラム・ファンドールだとしてもだ!

もう一度言っておこう。

床に羽交い締めにされ転がっている御仁が、まぎれもなくマグノリア王国有数のファンドール前公爵であるガラム様だとしてもだ!!


「はははっ!!熊、討ち取ったりー!!」

「「討ち取ったりー!!」」


その御仁を前にして得意気に勝鬨を上げているのは、もちろん息子であるギルバートとその孫達である。

皆で御仁の前に仁王立ちし、晴れ晴れとした顔で笑っている。

それを微笑ましそうに筆頭執事のセドリックと騎士達が見守っているが、それぞれが一切その手を緩めないあたりはさすが有能だ。

セドリックなど若干恍惚としているようにも見えるのだが、お義父様との間に過去何があったのかはこちらも聞かないでおこう。


「地獄絵図ね」


あんまりな光景を前にした感想に私も同感だとつい頷いてしまったが、頷いてからふと違和感に気付いて身体がピシリと固まった。


??

今、誰が言ったのかしら??

マーサでもシーネの声でもないわよね。

あれ?この声は…確か…


耳元をかすめた声の主に驚き、思わず振り返る。


「お義母様!!」

「ほほほ、ステフィア、久しぶりね。元気そうでなによりよ」


私のすぐ横にいたのは藍色の髪を一つにまとめ穏やかに翡翠色の瞳を細めて笑う、ギルバートの母親で私の姑、サンナス前公爵夫人だった。


いつのまに私の横にいたのだろうか。

ファンドールの人は気配を消すのが上手すぎる。


「10年ぶりかしら?貴方ももうすっかり立派な貴婦人になって、私も鼻が高いわね」


久しぶりに会ったお義母様はシシリ村の人達と同じような質素な洋服に身を包み、最低限の化粧しかしていないにも関わらず、その佇まいから滲み出る気品は昔と変わらず貴婦人そのものであった。

高貴な育ちはどうしたって隠しきれないのだろう。

どう見ても逃亡してきた貴族の夫人で、一介の村人には見えはしない。

挨拶に行った時に思わず見惚れたあの柔らかな微笑みを浮かべながら、私のすぐ隣に立っていた。


「サーナ!見て見ろ!孫が会いに来てくれたぞ!!」

「はい、そうですね。喜ばしいことですね」


当たり前のように夫婦の会話を始めたが、お義父様が息子達の手によって今も床に転がされているのは構わないのだろうか。


「母上、ご無沙汰しております。この度は急な訪問、誠に申し訳ありませんでした。ですが、どうしても緊急で話さねばならぬ事ができましたので、父上の性格上このような措置を取らせて頂きました」

「ええ、いいのよ。そろそろ来るんじゃないかとは思っていたの。まずは座って落ち着いて話しましょう」


うん、だからどうして転がってる父親を無視して普通に会話しているの??

私がおかしいのかしら?


私のそんなモヤモヤした疑問などお構いなしに、お義母様はギルバート達を居間へと案内し始めた。

子ども達もセドリックもシーネまでも何も言わずそちらへ追随していく。


「ステフィア」

「はいっ、なんでしょう?」

「解けるか、コレ?」


そう言ってお義父様が視線を向ける先にはギッチリと固く結ばれたセドリックの鞭があった。



「いやー、ようやく自由になれたわ。セドリックの鞭の腕前は相変わらずけしからんな」


拘束を解かれた肩や首をバキバキと回しながら、お義父様がのしりと居間へと入っていく。

老齢に関わらず、全く老いを感じさせない鍛え上げられた厚い体躯は、元の身長の高さと相まってまさしく熊のようだ。

こちらはお義母様と違い、どこぞの狩人と思わせる完全なる擬態に成功している。

ギルバートと同じシルバーヘアーはこの10年で随分と長くなり後ろで1つに束ねられているが、狩りをしてきたからなのか、それとも今拘束されていたからなのか少し乱れていて、それが余計に荒々しく狩人っぽさを引き立てていた。


「さて…」


テーブルの上座にドカリと座ったお義父様が、まるで品定めでもするようにぐるりと周りに座る私達を見回した。

赤銅色の瞳を光らせ黙って座るその姿は、ギルバートよりも数段厚い身体のせいか威圧感が半端ではない。

こうなると先程は完璧だと思った狩人の姿はやはり擬態であり、本質は長年国の中枢に座していた権力者のままなのだと肌で感じられた。

そんな圧を放ちながらじっと一人一人に目を合わせていくので、子ども達だけでなく私ですらも目が合った瞬間はゴクリと喉が鳴ってしまう。


さすがに怒っていらっしゃるかしら?

でもさっきの感じでは大丈夫な気がしたのだけれど……

少し悪ふざけが過ぎたかしら?


「皆の者…」


貫禄あるしゃがれた低い声の呼びかけに、背筋がピンと伸びる。


「よーーーーーーく来たのーーーー!!!ようこそ、シシリ村へ!!わはははっ!!!」


溜め込んだ空気を一気に放出するかのような豪快な笑い声が部屋中に響き渡った。


「ハリオット!ネイリーン!!マルクス!!!初めましてだな!じいちゃんじゃぞ!ほれっ言ってみろ。じいちゃーんとな!」


キーンと耳鳴りを引き起こしかねない程どんどんとヒートアップしていく声に、ギルバートやセドリック達は慣れたものだと前もって耳を塞いでいたが、初めて矛先を向けられた子ども達はお義父様のその勢いに口と目を見開いて固まってしまっている。


「あなた、うるさすぎますよ。皆の迷惑です」


そんな孫の様子を察知したお義母様が笑顔のままで、興奮に揺れるお義父様の肩をバシッと強めに叩いて制止してくれた。


「おお、すまん。つい興奮してしまってな。なんせ初めて会う孫だから嬉しくて嬉しくて」

「そんなに会いたかったのなら旅の途中だろうとなんだろと顔を見に来れば良かったじゃないですか、まったく。何の連絡もなく領内に戻られているとは本当に薄情な親ですね」

「ん?なんだ寂しかったのか?ギルバートもまだまだ子どもだな」

「んなっ!」


ニカリと歯を見せるお義父様をカッと赤くなったギルバートが睨み付ける。

冷静なファンドール公爵も親の前ではこうも子ども扱い、形無しだ。

10年振りというのにガヤガヤと言い合える二人の姿に、やっぱり離れていても家族の絆はしっかりとあるのだとにこやかな気持ちになる。


「それでギルバート。この人とじゃれ合うためにわざわざここに来たのではないのでしょう。本題に入りなさい」

「そうでした。父上に構っている暇などないのです。まどろっこしいことは後にして、結論から言わさせて頂きます」


お義父様にペースを崩されたギルバートは、お義母様に促されるとハッといつもの彼の顔に戻し襟を正した。


「ご隠居中申し訳ないですが、早急にエンナントに入っていただき、領主代行に就いて頂きたい」


お二方を真っ直ぐ見つめそう告げると、お義父様は何かを考えるように立派な顎髭をゆっくりさすり、鋭い眼光をギルバートに向けた。


「ピートからこの10年の私達の事は伝え聞いていると思いますが、サザノスでの事件を機に私達一家はヴァーパスではなくエンナントに居を移しておりました。ですが先日、陛下より帰還の命令が下され、近々にヴァーパスに戻る事になったのです。以前まで領主代行を務めて下さったメイデルテン叔父は既に引退しております故に、次の代行を父上達にお任せしたいのです」


ギルバードは簡潔に事情を述べると、お義父様達に向かって深々と頭を下げた。

そんなギルバートの姿に私も急いで後を追うように頭を下げる。


「………いやじゃな」


背もたれにふんぞり返るようにもたれながらお義父様がぽつりとこぼす。

そのこぼれた言葉がギルバードの耳に届くと、予想通りだったのか、はたまた予想していなかったのか、ピクリと下げたままの頭が動いた。


「いえ、いやでは済みません。他に託せる者はいないのです。お願い致します」

「儂だってメイデルテン同様引退済みだろうが…」


嫌そうにごねるお義父様に、うっすらとギルバートのこめかみに青筋が浮かぶ。

ギルバートはゆっくりと頭を上げると、再び真っ直ぐお義父様を見つめた。


「広大なファンドール領と大切な民の生活を守るには、どうしても父上のお力が必要です。メイデルテン叔父は父上の代より長年エンナントを治めてくださいました。父上はエンナントで領主業務に専念したことはないではありませんか。どうかお願い致します、父上」

「えーー、めんどくさい。儂はここでの暮らしが気に入っておるのだから放っておいてくれ」


お義父様はまるでわがまま小僧のように口を尖らせてプイッと横を向き、あっちに行けとばかりに手を払う動きを見せた。


いきなり訪ねて来て領主やれって言うのは私たちの我が儘かも知れないけれど、仮にも元領主がこんなにも領民達のことに無関心だなんてひどいわ。

まともに取り合ってさえくれないなんて…


あまりに無関心なその態度に私だけでなく、ギルバートも苦悶の表情を浮かべている。

膝の上の拳がギュッと握られるのを見た私は、もしやさっきのやりすぎた拘束への意趣返しなのではとさえ思え、助けを求めるように思わずお義父様の隣に座るお義母様へと視線を向けてしまった。

しかしお義母様は目の前の緊迫したやり取りなど目に入っていないかのように、優雅に一人、淹れたお茶を愉しんでいた。


「10年も自由を謳歌したでしょうが!早すぎる爵位の譲渡も、元を辿れば父上の我が儘から始まったことなんですよ!」


しびれを切らし始めたギルバートの口調がどんどんと強いものに変わっていく。


「………」


がしかし、お義父様は依然として横を向いたまま黙ったままだ。

埒のあかない議論に怒りを感じたギルバートは、とうとうバンッと机を叩くと席を立ち上がりこう言い放った。


「父上の我が儘はもう聞き入れられません!いいですか?!これは現ファンドール当主である私からの命令です!エンナントに戻り!領主代行を務めてください!!いいですね!!!」


反論は認めないという強い意志を載せた人差し指を勢いよくお義父様に向ける。

その勢いに誰も口を開けず静まり返った部屋には、ギルバートの興奮した息づかいだけ聞こえた。


「フッ…」


その空気を割るようにお義父様が満足そうに一つ笑いをこぼす。


「ふははははっ!ようやく命令を出したな!」

「?」

「こんな老いぼれ一人にさえ強気に出られないようでは、お前、これからヴァーパスで苦労するな!ははっ!!」

「?…!!まさか…」


緊迫した空気を壊しゲラゲラと笑うお義父様とは対照的に、何のことか分からないギルバートは一度大きく目を張ったが、お義父様の行動に何か思い当たる節があったのだろう、今度は深いため息を吐きながら片手で柔らかに波打つ前髪をくしゃりと掻き上げ目を伏せた。


「…また私をいいように誘導しましたね、父上…」


手の隙間からジトリと恨みがましい目を向ける息子の問いを、心底嬉しそうに顔を歪めながらお義父様が答える。


「サザノスからのお前の行動はある程度把握している。お前の内に入れた人間への甘さが原因ということもな。まあ儂らがいきなり放りだしたせいもあるのだろうが、どうもお前は要所要所で強く出られない所がある。相手を慮ることも大事だが、公爵家当主ともなれば周りを捻じ伏せるくらいの気概をもう少し持たんとな」

「………」

「このままだと王宮の連中にいいように使われて、またあくせくするのが目に浮かぶわ。どうせ帰るのなら今度はやんわり躱すだけでなく、自分からも仕掛けていかないと辛くなるだけだぞ。どうだ?ハッキリと口にすればスッキリするだろう?」


どうやら一連の行動はお義父様なりのギルバートへの指導だったらしい。

周りから有能ともてはやされていても、親であり長年公爵家の当主として君臨していたお義父様にすれば、まだまだ甘ちゃんのお坊ちゃんだということなのだろう。

確かに面倒が嫌いで、人に対し一線を引きがちなギルバートは、命令を下して従わせることよりも、謙って願いを伝える事の方が多い。

これから再び踏み入れる有象無象の巣窟では、それだけではまかり通らない場面が増えるとお義父様は知っているのだ。

この先待ち受けるであろう苦難の数々を乗り越える為にも、それを見越して柔なギルバートの心根に喝を入れるような行動を取られたのだった。


「はぁ―…ご忠告傷み入ります。肝に命じましょう。それで?私の命令は受けて下さるんですよね?」


久々の父親の洗礼に心底疲れたギルバートは嫌みったらしく最終確認の言質を求めた。


「謹んでお受けしよう。愛するファンドールの為に、この老骨をお役立て下さい」


少し前までの不遜な態度が嘘のように、お義父様は胸に手を当て優雅にギルバートに頭を下げる。

立ち上がっているギルバートに対して頭を下げるお義父様の姿は、父親と息子の姿ではなく、ファンドール現当主に今仕える事を誓った臣下の姿のようであった。

その光景はちょうど二人の後ろにある窓から日が差し込んできたのも相まって、まるで絵画にでも描かれそうなほど神聖な儀式のように見えた。


「出発は明日です」

「明日だと?!」


そんなこちらの感動などはお構いなしに、ここぞとばかりにぶっ込んでくるセドリックにお義父様が噛みつく。


「本日でもいいのですよ?本当は私達が帰る時に縄で縛り付けて連れて帰りたいのですから」

「儂らにだってここでの生活があるんじゃ!せめてひと月後とかにならんのか?!」

「ひと月も先だと逃げるでしょう。信用がありません」

「なんだと、貴様!このセドリックめ!!」

「逆らうと父が大旦那様の秘密を暴露すると言っていましたよ」

「ぐぬっ!くそっピートめ!!」


せっかくの良い雰囲気だったのに、それを見事にぶっ潰してガヤガヤと言い争う二人はもうしばらく放置でいいだろう。

気が済んだらなんだかんだとキッチリ予定は組んでくれるはずだ。

それよりも…


「お義母様、突然の申し入れ、大丈夫でしたか?」


『ギルバート対お義父様』でも、『セドリック対お義父様』でも全く動じることなく微笑まれ続けていたお義母様に私は声を掛ける。

お義父様の意見は聞いていたが、お義母様の意見は全く聞かずに話が進んでしまったからだ。

ここでお義母様がノーと言えば、このファンドールでそれを覆すことは木で岩を割るよりも難しいことになってしまう。

それほどにお義母様の意見は強いのだ。


「ええ、あの人が決めたのなら問題ないわよ。こちらのやらなくてはいけないことも大方片付いているし」


お義母様の笑顔の返答に、私はホッと胸を撫で下ろす。


「ああ、でも貴方達が帰る前に会わせておきたい人物がいるのよね」

「会わせたい人物?ですか??」


不思議なことを言うものだわ。

このシシリ村に知り合いなど、お義父様達以外にいるはずもないし。

有能な人物の斡旋かしら?

お義母様達が紹介して下さるような人物なら、さぞかし有能だと思うけれど…


「ええ、呼びにいってこないといけないわね。ちょっと待ってらっしゃい」


そう言ってお義母様が席を立とうとした時だった。

玄関の扉が閉まる音がしたと思った次の瞬間、あっという間にこの部屋に入ってきた人物を見て、私は信じられないとかつてない程の衝撃を受ける。


「ガーム様。来客ですか?先程狩ってきた鹿が捌き終わりましたよ…と…え?」

「え…?」

「え??」


私に続くようにギルバートもその人物を見て、まるで時が止まったかのように固まった。


「お…まえは…」


見覚えのある金髪は彼の人物と違い長髪で後ろに一つに結ばれているが、その顔に光るグレイの瞳やその他のパーツはあの時と全く変わっていない。

いや、あの時から随分と時間が流れているから、よく見れば全体的にあの時よりも落ち着いた印象にはなっている。

だがしかし、やや褐色の肌とその顔は間違いたくても間違えられるものじゃなく、記憶の底に沈めて忘れておこうにも、あまりにも強烈な出来事だったので忘れられるはずもなかった。


「ディノン・ソーサー…」


思わずその名を零したのは、私だったのか、ギルバートだったのか…

ようやく全員集合しました。

そしてお懐かしい人物が登場?

さてどうなるか。


ではまた次回~

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