52.次なる目的地
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誤字脱字報告もいつもすみません。助かります。
新天地スタートします。
今日はとうとう待ちにまったエンナント帰還日。
色々と慌ただしかったヴァーパス訪問もこれで一応は一段落。
また数ヶ月後には戻っては来るのだが、主のしばしの旅立ちを見送るべく、玄関ポーチにはたくさんの使用人達が見送りに集まってくれた。
整然と並ぶその列から一人一歩前に出ているのはもちろん、ヴァーパス邸の管理人であるピートだ。
「万が一、ガムラ様がエンナント行きに難色を示されましたら、ピートが秘密を一つづつ暴露すると言ってください。きっとそれで大丈夫でしょう」
馬車へと乗り込もうとするギルバートに、眼鏡の奥の目を穏やかに細めながらピートはありがたい助言をくれた。
この一言はこれから寄る場所での強力な切り札になるだろう。
「ああ、それから多分少々驚かれる事があると思いますが、害はないのでそっとしておいて頂ければ幸いです」
「…なんだそれは?」
「ほほ、着いてからのお楽しみですよ。何もかもここでお伝えしては旅の楽しみも半減してしまいますから」
「…わかった、気に留めておこう」
最後の最後で中途半端な情報を与えられ眉を顰めるギルバートを満足そうにピートが見送る。
「また春が来たら戻ってくる故、それまで頼んだぞ」
ギルバートは踏み台の頂上まで登ると最後にもう一度皆の方へ振り返り、集まってくれた使用人達に声を掛けた。
「ヴァーパス邸はここにいる者達でしっかりお守り致しますのでご安心ください」
手を胸に当てたピートが綺麗なお辞儀をするとそれに倣い、後ろに控えている者達も一斉に頭を下げた。
「出発!」
威勢のいい御者の掛け声を号令にして、ゆっくりと馬車が次なる目的地へと動き出した。
王都ヴァーパスからファンドール領エンナントへ帰るには、国王直轄地を跨いで移動しなければならない為、どんなに急いでも馬車で半日ほど掛かってしまう。
本来なら朝食を済ませてすぐに発たなければ夕刻までの帰還が困難になってしまうのだが、今日はいつもよりのんびりしたスケジュールで、今は10時過ぎくらい。
その理由は単に早起きが辛いといった我が儘ではなく、夜会前の重役会議でも議題になった、国王陛下の『ヴァーパス召還命令』のせいだった。
私達がヴァーパスに戻るとなると、エンナントで領主代理をする人間を急遽手配しなければならない訳だが、長年領主代理を務めて下さっていたメイデルテン様は既に隠居されおり、もう呼び出してくれるなよとも釘を刺されてしまっているので、その人事に我々は頭を抱える羽目になった。
しかしその時ピートの思いがけない告白により白羽の矢が刺さったのがギルバートの親である前公爵夫妻だ。
ずっと放浪の旅に出ていると思いきや、なんと数年前からひっそりとこの近辺に定住しているらしい。
そりゃこんな機会を逃すわけないわよね!
結婚と同時にまだまだ若いにも関わらず若輩者の私達に公爵の地位をほっぽり投げて、自由な旅人へと変貌してしまっていた義両親様。
すでに会わなくなって軽く12年は経ちましたので、ここいらで久しぶりの一家団欒と行きましょうかね!
しかもこんなに可愛い3人の孫に一回も会ったことがないっていうのもどうかと思うし。
是非とも会って頂きたい!
と言う訳で私達は今エンナントではなく、ピートから教わった義両親様がいるという国直轄地とファンドール領のちょうど境目にあるシシリ村へと向かっているのです。
「まさかお義父様達が僻地とはいえファンドール領に戻られているとは思わなかったわ」
「本当だよ。しかも実の息子にはそんな事を1つも教えずにいるなんて抜けているというか、マイペースというか…」
ガラガラと車輪の回る音が響く馬車の中で、ため息に近いぼやきがこぼれた。
「お祖父様とお祖母様ってどんな方なのですか?」
同じ馬車の中にいるハリオットが子どもを代表して素朴な疑問をぶつけてくる。
そうよね。
ハリオット達からすれば義両親は、誕生日にどこからともなく手紙とプレゼントを贈ってくる謂わばサンタの様な存在で、生まれてこの方一度も会ったことがない人物だ。
両邸内に飾ってある姿絵で外見は把握しているけれど人物像は全く謎。
そんな人物にこれから会うのだからどんな性格をしているのか興味が湧くのは当然だろう。
とはいえ私も結婚前から顔を合わせていた間柄と言え、家族として深く付き合う前にすぐ旅に出られてしまったので二人の性格について多くを語ることは出来ないのだが…
「そうだな。まずお前達のお祖父様であるガラム・ファンドールはだな、一言で言うと」
「「一言で言うと…」」
困窮する私でなく、そこは長年親子関係を築いてきたギルバートがじっと子ども達を見つめて口を開くと、3人の子ども達もその言葉をなぞるように繰り返す。
「陽気な熊の皮を被った狐だ!!」
「「くまの…キツネ??」」
子ども達は予期せぬ祖父の人物像に口をポカンと開けた。
どんな人物なのかの答えがよりにもよって『熊と狐』
どう考えても合わさらない組み合わせに、三人とも頭に「??」が浮かんでいる。
しかしガラム様を囓っている私もギルバートの出した人物像があまりに当を得ていたので、失礼だとは思いつつもうんうんと頷いてしまった。
「ああ。一見、身体が大きいから熊のように見えるんだが、常に笑顔を浮かべているので怖い熊というよりも、皆、陽気な熊という印象を持つんだ」
ギルバートの説明を祖父像の処理が追いつかない3人はじっと聞き入っている。
「しかしよく付き合っていくとね、段々とわかってくるんだよ。これは熊じゃない。狡猾な狐だなとね」
「どういう事ですか?」
「うむ、例えばニコニコと笑顔で話をしているだろう。お互いの近況なんかを話しているはずなのにいつの間にか、お祖父様の願望の話にすり替わっているんだ。そしてね、その願いを叶えるにはキミがこうすればいいんだなと、有無も言わさぬ圧を伴った笑みを浮かべてポンと肩を叩かれるんだ。断れない様に逃げ道を塞いでね」
ギルバートは何度となくこういった経験をしてきたのだろう。
見上げる視線は何処か遠い所を見ている。
「その時思うんだ。やられたな、とね。全てが巧妙に張り巡らされていた罠だったんだなと…」
哀しいほど哀愁たっぷりな告白だわ。
子ども達もかける言葉が見つからないわよね。
「お優しくて愉快な方ではあるのよ。ただそうね、時折周りが見えていないというか、びっくりするような行動をとる時があるだけで…。公爵の地位をほっぽり出して旅人になるって言った時も驚いたものだわ」
せっかく会えるというのに、変な印象が付いてしまうのは宜しくないとすかさずフォローを入れる。
しかし自分でこう言いながらも、我が家全員がどちらかというと自分の欲に忠実に生きていることを思い出し、これは家系だなとつい苦笑が出た。
好きな事にまっしぐらのネイリーン、ハリオットは言わずもがなだが、日々理性的に行動をしているギルバートさえ、家族の事となると一気にそのゲージを振り切れてしまうしね。
マルクスはまだ未知数だけれども、ダントスに突撃してしまう辺り将来は有望。
かくいう私もサザノスの暴走を見るにやはり該当するのだと思う。
……突撃暴走一家ってことかしら?
客観的に見たらかなり厄介な家族だわ…
「お祖母様もいつも笑顔を絶やさない人だが、こちらはお祖父様と違い裏のない朗らかな笑顔だ。ただあのお祖父様の妻を長年務められるだけあって、ここ一番の時の大胆さは家族一だな」
「お会いするのが楽しみですわ!初めてお会いするわですもの!」
「楽しい人ではあると思うが…会ってみてのお楽しみだな。私も長年会っていないから、この十数年の間に変わっているかも知れないし」
「早くお会いしたいです」
久しぶりにゆっくり家族の時間となった車内は、義両親との思い出話に花が咲いた。
その間にも馬車は進み、車窓の景色は栄えていた街を抜け、どんどんとのどかな田舎町の風景になってきた。
目的地であるシシリ村はエンナントへ続く街道から少し外れた田園地帯にある小さな村だと聞いている。
領地の境界線としてよくある川を越え、すぐだったはずだ。
エンナント謹慎中に領内の主立った町村はあらかた回ったが、広い領内全ての街や村を回れるはずもなく、シシリ村に関してはその付近にある大きな農村までは足を伸ばした記憶はあった。
まさかその近くの村に前公爵夫妻がいるなんて誰が思うだろうか。
きっと本人達は邪魔されたくなくてひっそりと住める環境を…とこの地を選んだのだろう。
そんな小さな村に公爵家の長い隊列全てが押し寄せては村に迷惑が掛かってしまうので、シシリ村に行く馬車は私達家族の乗っているこの一台と、前公爵にも面識のあるセドリック、シーネ、マーサ達を乗せた馬車の2台のみとし、それを数人の護衛が囲むという少数精鋭方式を取ることにした。
そして他の馬車は先にエンナントへと帰路について貰い、私達が着いた後にすぐ動けるようお願いをしておいた。
何よりも今回の訪問はシシリ村には失礼と思いつつも万が一、義両親に逃げられては敵わないので、先触れなしの突撃訪問。
目立たぬように行動をしたのだった。
辺りに刈り取られたままの大地が広がると、シシリ村までもうあと少しだ。
農閑期である今は大部分が剥き出しの土のままになっているが、その合間合間の畑には冬野菜が植えられていて、僅かだが作業をしている人達の姿もあった。
もう少し季節が進めばきっと土を堀り起こして活力の漲る大地へと生まれ変わるのだろう。
そんな事を考えていると、遠くにだが集落が見えてきた。
しかし慎重を期す為、このまま村に入るなんて事はしない。
少し手前で馬車を停めると、後ろの馬車からセドリックが降りてきて私達の馬車に声かけた。
「ギルバート様。先に村長に話を通して参りますので、ここでしばらくお待ち下さい」
少しでも公爵家族襲来の衝撃を緩めるため、セドリックのみで村長の所に赴き事情を説明するのだ。
その場に待機命令を出された私達は村には入ってはいないが、近くの畑で作業をしている数人の村人には丸見えである。
遠目にも関わらず普段は見ることもない小綺麗な馬車とそれを囲む兵士の姿に、村人は皆一様に驚いるのがはっきりとわかった。
これでもシンプルな馬車を選んできたつもりなのだが、どうランクを落としてもさすがに滲み出る高貴な造りは隠すことが出来ない。
かといって国を代表する公爵一家の乗る馬車が、王都ヴァーパスを抜けるのにあまりに見窄らしくしては体面を保てないので、ギリギリの所を選んではみたのだが…
「怯えてるわね」
「ああ、申し訳ないな、本当に」
いきなり貴族がこんな村に何の用だと恐れを成しているのがよく分かる。
先触れを出来なかったばっかりに余計な不安を与えて大変申し訳ない。
でも義両親の捕獲はファンドール領全体に関わる事だからちょっと我慢してちょうだいね。
これはサクッと捕まえてサクッと連れていかなければならないわ。
「お、セドリックから連絡が入ってきたな」
ちょうど私の正義感に火が付くところで、ギルバートの耳に付けているイヤカーフの飾りがポウと光った。
実はこれ、離れた相手にも声を届ける事が出来る、いわばトランシーバーのような通信魔道具なのです。
対になっているイヤカーフを1つづつそれぞれの耳に装着し、垂れ下がった魔石に魔力を流すと自分と相手が繋がるという優れもの。
しかもなんとコレ、我が家の何でも発明家、ハリオット君お手製なのです!
私がハリオットに送った『こんなのがあればいいのにリスト』の一つで、以前ネイリーンが蜂の捕獲時にもクロードと使ったりと我が家では重宝されているグッズ。
小さくて持ち運びも容易なので、我が家では出かける際の必需品として持ち歩いているのだ。
しかもコレはあくまでもハリオット自作だから、我が家の関係者以外の人が見ても何なのかがわからない。
時期を見て製品化していく予定だが、これから行われる王宮内の情報戦に大いに役立ちそうなので今しばらくは秘密にしておこうと思う。
ここで気になるのは何故貴族でないセドリックやクロードがコレを使えるのかってところよね?
魔力は貴族に許された物で平民にはないんじゃないかって。
うん、わかるわ、その疑問。
でもよく考えてみてね。
ピート達が代々仕える我がファンドール家は王国でも屈指の由緒正しき公爵家。
その公爵家を取り仕切る執事にいきなり平民が採用される訳ないのよね。
それなりの教育を経なければ執事という職は勤まらないし、その教育を受けるには財力も必要。
とても一介の平民が勤められる職業ではないのだ。
となれば誰から採用していくのかっていうと、下級貴族の跡取りになれなかった3男、4男などや分家の流れを汲んでいる者達だった。
もちろんそれはピート達執事一家も同じ。
爵位こそないがその血統は紛れもなく貴族の血を引いていて、強くはないけれども魔力だってその身に宿っているのだ。
まあ公爵家を管理するのに魔道具は必須だから、魔力がないとお話にならないのよね、実際。
だからセドリックやその息子のウォルトル、クロードにも魔力は備わっていて、魔力が備わっているっていう事は、あのゲームの舞台である貴族学園にも入学できるって事なのよ。
ああ、心強い!!
学園内に味方を増やすことができるんなんて、嬉しい限りよ!!
『旦那様。村長に話を通しておきました。今ガラム様達は村の外に出られてとのことですので、今のうちに村に入ってきてください。入口までお迎えに上がります』
「わかった。今から向かう」
セドリックとの通信を終えると、ギルバートは御者に声を掛けて馬車を村へと向かわせた。
村の入り口といっても以前訪ねたサザノスと違い、アーチが掛かっているわけではない。
ただぽつりとしかなかった家屋が徐々にその数を増やし、ある所までいくととうとう集落と呼べる景観になったので、きっとここが指示された入口なのだろうと思う。
待ちきれずに馬車から降りて周囲を見渡すと、奥からのどかな村の風景に全くそぐわない黒いロングコートを纏ったセドリックが数人の人を従えてザっザっとこちらへ向かってきた。
わっ!悪の帝王みたいね、セドリック。
もっとにこやかにしていないと、ほら、窓から見ている村民も怯えているわよ!!
悪い人じゃありませんからね~
脳内ファンタジーらしいので怯えなくても大丈夫ですよ~
セドリックを見慣れている私でも一瞬なにか悪いことでもしたかしらと考えてしまう位、物々しい雰囲気を醸し出しているので、初めて見る村人にしたら、完全に生贄を強制連行しようとしている役人?いえもっとアウトローな方に見えるでしょうね。
笑顔!笑顔よ!!セドリック!!
「お待たせして申し訳ございませんでした」
「あ、あ、あのようこそおいでくださいました。私はシシリ村で村長をやらせていただいております、ミジルと申します。こ、こんな田舎ですが、領主様、どうぞお寛ぎください」
帝王に引き続き挨拶をしてきたこの赤毛の壮年は、先程生け贄のように連行されてきた男だった。
いきなりの領主の訪問にセドリックから事情を説明されたとはいえ完全に委縮してしまっている。
「と、とにかくここではなんですので、私の館まで案内させて頂きます。こここちらへどうぞ」
右手右足を揃えて先導するミジルの姿に、私とギルバートは思わず目を合わせてしまったのだった。
次回はファンドール・オールスターなはず!
横道に逸れなければ!!




