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51.深夜の打ち上げ話

お読み頂きありがとうございます。

誤字脱字報告もいつもすみません、

助かっております。


ギルさんは果たして受け止められるのか。

ではお楽しみください

ホーホーと梟の鳴き声が風に乗って微かに聞こえる。

きっと近くの雑木林の中で囀っているんだろう。

寝付きを良くしようと軽く飲み始めただけなのに、時間は既に深夜を回り、ざわついていた王宮内ももはや静まり返っていた。

暖炉にくべた薪のバチバチと爆ぜる音が響く部屋の中では、神妙な面持ちで語る私の話を、ロダンの『考える人』ポーズをとったギルバートがじっと耳を傾けている。


「…と言うわけで、私は前世の知識を活かして指紋認証を行ったのよ…」


思ったよりも時間が掛かってしまったが、ようやく一通りの事をギルバートに説明することができた。

信じてくれると言ってはくれたけど全てを言い終えた後はやはり不安で、やっぱり病院に行った方がいいと薦められるのではと内心ビクビクしてしまう。

未だに『考える人』から脱しないギルバードの様子をちらりと横目で窺っていると、何を納得したのか「なるほどな」と一言だけ小さく呟いた。


「ギル…大丈夫?信じてくれる?」


あの一言以外の反応を見せないギルバートだが、よく見てみると体勢こそ先程のままだが肩が小刻みに揺れているのがわかった。

そうこうしているうちにも、「ふっ」「くっ」といった泣いている子の声そっくりな嗚咽も漏れてきたので、これは想像以上にショックを受けているなと私は青ざめる。


「…そうよね、自分がゲームの中の住人だなんてショックよね。人生を誰かに遊ばれているようなものだものね…」


真実はいつだって残酷なものだとはよく言ったものだ。

何をどう言えば今のギルバートにとって正解なのか迷う私は、震えるギルバートの隣でやはり言うのではなかったのかもと胸が苦しくなった。


「…ステア…」


ギルバートがぽつりと私の名前を呼ぶ。

私は罵声でも何でももう言ってくれと覚悟を決めてギルバートの方へと振り返った。

すると突然、ドスッと大型犬が突然飛びついてきたのかって思うくらい強い衝撃が私を襲った。


「あはははっ!!!すごいじゃないか!ステア!!本当に君には驚かされてばかりだな!!こんな君を妻に出来た私は何て幸運なんだ!」


!!!!


そう、あの衝撃はフワフワの髪の毛が大型犬によく似ているギルバートで、しかも泣いているどころか謎の爆笑を決めこんでいたのだ。


????

なんで爆笑してるのよ?


予想外の反応に激しく混乱する私をギルバートはギュッと抱きしめたまま、それはそれは嬉しそうに笑い続けた。

頬がちょうど私の耳元の当たる位置だったので、その愉快でたまらないという声がダイレクトに耳に響く。


「ちょっ、ギル…声、大きい」

「ああ、ごめんごめん。あまりにも嬉しくてね。つい興奮しすぎてしまったよ」


ギルバートはそう言いながら背中に回していた手を緩めるが、今度は肩をがっちり掴まれ、ずいっと勢いよく私の顔を覗き込んできた。

私の目の前にあるその見慣れた顔は、パア―っと後ろに後光が差してますよってくらい眩しい笑顔だったので、私は思わず目を瞑ってしまう。


「な、何をそんなに笑っているのよ?気持ち悪くないの?この世界がゲームの世界だなんて言っているのよ?訳の分からない知識も持っているし、頭がおかしいとか」

「何を言っているんだい、ステア?こんなにすごいことはないよ」


私の話の途中にも関わらず、ないないと手を振りながらおどけてギルバートは話を遮る。


「君が未来を知っていたから我が家は危機に陥らずに済んだって話だろう?いや危なかったな。そのシナリオ?通りになっていたら、私や子ども達のみならず、ピートやマーサ達だって今頃路頭に迷っていたはずさ。それを感謝こそすれ、気持ち悪いなんて思うはずないよ」


さすが奇人変人のハリオットとネイリーンの父親だけあって、私の想像の斜めをゆくリアクションを突いてくる。

信じてくれるとは言っていたが、こんな動揺一つもせず諸手を挙げて受け入れるとは思っていなかった。

ちょっとくらい半信半疑で穿った見方をされても仕方ないと思っていたのに、いい大人がこんなにもすんなりこの奇想天外な話を受け入れちゃっていいものなのだろうか。


「この世界がゲームの世界だって言われて嫌じゃないの?作り物の世界って事なのよ?」


世界の成り立ちに関する事は自身のアイデンティティにも関係するデリケートな問題だ。

誰かの手によって予め定められた道を歩かされていることに嫌悪や恐怖はないのだろうか?


「ははははっ!この世界が君の前世で作られたゲームの世界だって言われたって、今ここに生きている私にとっては大した問題じゃないだろう」

「いえ大した問題ではあるでしょう?」

「いやだって世界の成り立ちなんて壮大なものを考えるよりも、今私達がここで生きているって言う現実の方が何倍も重要だよ。例えばそれが定められたレールの上だったって言われても、私達からしたら自分で選択して辿ってきた人生だ。まぁ我が家は危なかったし、今もまだ安心とは言いきれない状況下にいるんだろうけどね。でも誰だって目に見えない危機とはいつも隣り合わせだ。気を付けていたって墜ちてしまう者はいるし、反対に何かの拍子に運を掴み取る者だっている。我が家にしてみればステア、君がこうやって存在してくれている事はもはや天に感謝しかないよね?恐れるどころか天に祈りを捧げた気分だよ」


本来ならギルバートの方が困惑してていいはずなのに、何故か私の方がギルバートの明るさに圧倒されて

眉がハの字になっている。

そんな私を窘めるようにギルバートはこう言葉を紡いでいく。


「この世界だって今いきなりポンと出来た訳じゃない。過去何百、何千年の歴史の上に成り立っている世界だ。ファンドールの歴史1つ取ったてそうさ。私達の祖先が1つずつ積み重ね紡いでいった歴史の上での今だ。世界の成り立ちなんて言われたってただの人にはわからない。神が作ったとされた世界が、どこかの世界の人が作っていたっていうだけなのさ。強いて言うなら神が君の前世の住人だったってことくらいかな?出来上がった世界について、出世がどうとか考えたってしょうがないだろう。例えば君の母君が別次元から来た人物だって後から聞かされても、君自身が消えるわけでも、君の本質が変わるわけでもない。結局君は君だと言う所に辿り着く。それと同じだ。色々言われたって、私自身の意思が消える訳でもないし、私が私であることに変わりはない」

「確かにそうだけど、もうちょっと戸惑ったりとかすると思ってたわ…」


そうはいかなかったなと言いたげな得意顔でギルバートはこう一言付け加える。


「君の前世の世界だって、もしかしたら誰も言わなかっただけで本当はどこかの世界のゲームだったかもしれないだろう?」


この一言に私はハッとした。


「君が知らなかっただけで前の世界のどこかにだって今の君と同じように覚醒した者がいたかも知れない。事故で死んでしまったのだって誰かの手の上だったかもしれないんだ。でも知らなければ君だけの物語でしかなかっただろう?」


…目から鱗だった。

そう言われてみればそう、なのかも、しれない…

あの地球だって、もしかしたらどこかの世界の神様か、はたまたどこかの知らない世界軸で作られたゲームの世界だったのかもれない。

いくらだって想像出来るし、それを違うよって否定出来る証拠もない。

たまたま『貴方が暮らしているこの世界はこうやって出来たんだよ』って言っている人に出会わなかっただけで、私の知らないどこかに、この世界がなんだと知っている人がいたのかもしれないんだ。

しかもそう唱える人の事情を知る人なんて本当に数人しかいなくて、その他大勢の人にとってはギルバートの言った通り長い時間を掛けて歴史が作り上げた世界でしかない。

世界の成り立ちなんていつまで経っても根拠も正解も見えない、壮大なミステリーなのだから。


「ただ君が知るそのシナリオと言うのは非常に興味深いよね。預言書みたいな物と捉えた方がいいかな?これから起こるであろう事がわかるんだから。この国にも徳の高い神官が『お告げ』として未来予知をしたりもするけれど、君のそれはちょっと毛色が違うだろう。この世界を作った君の前世の住人…面倒くさいから神とするけど、その神が作った運命そのものなんだろうし。しかも君が抗って見せても、え…と強制力?だっけ?それが働いて元の道の戻そうとしてくるんだから怖いよね」


私が一人ギルバートの繰り出す新しい考え方に感心していると、ギルバートもどんどんと持ち前の分析力を発揮して私の話したことを整理し始める。


「となると我々はいち早くその強制力を察知して回避していかなければ没落道に真っ逆さまという訳か。なるほど、かなりの綱渡り状態だね。だから君は色々と先回りして動いていた訳だね」


鋭い問いにコクリと頷くと、ギルバートは再び顎をさする。


「ねえステア。君はこれから起こる未来の事をどの程度把握しているんだい?」

「え?そうね、詳しくいことは屋敷に置いてあるノートにまとめてあるけど、本格的に物語が動き始めるのは五年後、ネイリーンが学園に入学してからよ。しっかりシナリオ通りシャスティン殿下の婚約者に決まってしまったから、入学前の条件はすでに整ってしまっているし」

「となるとそれまではそこまで気を張ることもないのか」

「いえ、それは違うわギル。この五年は非常に重要よ。ネイリーンが悪役令嬢として学園に降臨しないようにしっかり性格矯正をしていかなければならないわ。ここで間違って気が触れて周りに悪意を撒き散らす娘になってしまったら、もう手が付けられなくなってしまうもの」

「なるほど…」


今は毒好きではあるけれども、ネイリーンは基本的には優しく真っ直ぐに成長してくれた。

ちょっと周りが見えなくなったり、目を離すととんでもない行動に出たりはするけれど、誰彼構わず当たり散らすなんて事はしていない。

このままいってくれればもしヒロインに会ったとしても大丈夫だと安心出来るはずなのだが…

ただやはり、ネイリーンにはいつ着火するかわからない爆弾があるような気がしてならないのだ。

何かをきっかけにしてドカンとゲーム上の非道な性格に墜ちてしまう可能性を否定出来ない。

一番怖いのはシャスティン殿下に恋をしてしまった場合だ。

ヒロインに走るであろう殿下の姿に、嫉妬と怨嗟が渦巻くなんてことになりかねない。

故に慢心して悠長に眺めているなんて事はせず、逐一見張ってるくらいが丁度良いに違いないのだ。


「となると、ここは手が多い方がいいだろうな」


ギルバートが一言零して私の手を取った。


「ねえステア。こうなったらいっそピートやセドリックにも打ち明けてネイリーンの監視体制を整えてみないか?」

「え?何を言っているのよ?」


まさかのギルバートの提案に驚いた私は、瞬間的に強い口調で言い返す。


こんなおとぎ話みたいな話を貴方以外にも打ち明けるって言うの?

離婚しろって言われない??


「ファンドールの重鎮皆で情報を共有すれば、目が多い分何らかの変化もすぐにわかるし、いい回避方法も出してくれるかも知れない。ウチの執事達は優秀だしね」


言っていることはわかる。

確かに人数がいれば出来ることも数段増えるだろうし、リスク回避率も飛躍的に伸びるとは思う。

ただ、やっぱり心配なのだ。


「ピートは笑ってくれそうだけど、セドリックは私の話を信じてくれるかしら。こんなファンタジーなお話を。軽蔑なんてされたら私、屋敷で身の置き所がなくなってしまうわ」


私の懸念に対しギルバートはまた、あははと声を出して笑った。


「大丈夫さ。セドリックなんかあんな顔してるけど頭の中は誰よりもメルヘンに出来ているよ。すんなり信じるさ。サザノスでの君も見ているし、やはりなと思われるのが落ちだよ」


え?セドリック、メルヘン脳なの??

待って、どういうこと??知りたい!!


まさかのカミングアウトに鞭を握る冷徹ドSなセドリックの印象にバリンとヒビが入る音がした。

しかし今はそんなことは二の次なので追求は我慢。

そしてあっけらかんと笑うギルバートをこう何度も目にすると、私は今まで隠し続けていた自分の秘密がなんだか思ったよりもたいしたことないのではないかという思いに襲われた。

それならいっそ、というようにだ。


「ピート達に言うのならマーサとシーネにも言いたいわ。私といる時間も長いし、何より彼女達の協力を得られたらとても力強いと思うのよ。もうファンドール重鎮みんなを巻き込んで重役会議とでもいきましょう」

「お、いいねー。三人寄れば文殊の知恵と言ったものだし、ファンドール一丸となってやっていこうじゃないか」

「そうね。せっかく全部打ち明けたのだもの。公爵家の権力も遺憾なく発揮してもらった方が回避できることも多くなるわよね」

「そうそう、これでも王国有数の公爵家だ。使える物はがっちり使っていこうじゃないか」


わはははーっと馬鹿みたいに大笑いしあう私達。

深夜の酔っぱらい二人のテンションは怖いのだ。

しかし有能ギルバートはここでも冷静な部分は失わない。


「ではステア。明日屋敷に戻り次第、この事を彼らに打ち明けよう。ベスパーバ侯爵の件もあるからそれと一緒に話をするよ。でだ、君にお願いしたいことがある」

「何かしら?」

「君がシナリオを記した預言書があるだろう?それをなるべく早く、出来るだけ細かい内容を書き足して私にもくれないか?これからはお互い単独で動くことも多くなる。何かが起きた時にいつでも照らし合わせて確認出来るようにしておきたいんだ」


確かにこれからは二人で行動を共にしていたエンナントでの生活と違い、王宮務めで忙しくなるギルバートと、社交に力を入れて情報を得ようとする私で時間が合わなくあるだろう。

それでもお互いにアンテナを張って、何かに気付けばすぐピートやセドリック達を使って連絡を取り合う、きっとこんな感じになるに違いない。

ならば互いを挟まずにある程度の予測を付けるためにも、シナリオ内容を共有しておいて損はない。


「わかったわ。時間を見つけてすぐに取りかかってみる」



という経緯があったわけなのです。

あの夜微かに聞こえた梟の鳴き声とは違い、甲高い小鳥の声が響く温室で、私はようやく書き上げたノートの表紙に『危機管理 手引書』と書き付けた。

あのギルバートが不用意にこのノートを人目に触れされるとは思えないが、ただのノートのままだと万が一何かと混同して紛失してしまうかもしれない。

『重要』とかだとかえって目を引くし、かといって『ステフィア日記』なんてものを机の上に置いて誰かに発見されたら可哀想だ。

とりあえず無難なこの表題にしておいた。


あの夜の翌日、屋敷に戻った私達はギルバートの宣言通りにファンドール重役会議内でピート達にも私の話が伝えられた。

ドキドキと緊張をして臨んだ私だったが、マーサを除く執事一族は「そうですか。では今後は共に対策していきましょう」とあっさり過ぎるくらい普通に流され、もはや笑うしかなかった。

唯一、マーサだけは「前世でゲームで没落…悪役令嬢??」と拒絶はなかったがキャパオーバーだったようで、整理がつくまでは一人でブツブツと呟いていた。

それでも処理が追いつけば私の手をギュッと握りしめ「お一人でそのような秘密を抱えて、さぞお辛かったでしょう。これからは私達も力になりますので安心して下さいませね」と優しく声をかけてくれたので、ほろりと涙が出てきてしまった。


とはいえ普通にこれからのファンドールは引っ越し、引き継ぎなどで各々が頭を抱えるほど忙しくなるので、今回の重役会議では今後の大まかな流れの確認に留めることとなったのだ。

嬉しいことに監視強化をしていけば、大きなフラグはしばらくはない、はずである。

少なくとも学園入学まで時間はあるので、今はヴァーパスでの足場固めを優先に行おうということだ。

もろい屋台骨は少しの風雨にも耐えられないものね。


次の秋が来れば私が前世を思い出してから丸10年になる。

記憶が蘇った当初は、誰かとこの事を共有するなんて考えてもいなかった。

だから当たり前のように孤軍奮闘で頑張ってきたけれど、どうやっても不安が消えなくてきっと自分が思う以上に辛いかったのだと思う。

実際しんどいなと思う事は何度もあったし。

でも、今は違う。

こんなにも頼りになる味方が5人もできたのだ。



「ウンッ」と作業をして固まった身体を大きく伸ばす。

外はきっと寒いのだろうけど、この温室は本当に暖かくて気持ちがいい。

一人でいるはずなのに私の心はこの部屋のように暖かかった。


強力な味方をまとめてゲット完了です。


さて、次は何が出るかなーー

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