50.酒は飲んでも呑まれるな
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字も相変わらずでホントにすみません&ありがとうございます。
とうとう50話到達。
感慨深いです。
今までのを再チェックしたら夜会で7年後となっていた部分が実は4年後でした。
数字に弱いとは言えこれはないなとショックで泣きそうになりました。
本当にすみません。
年齢がおかしな事になってて焦ってしまいました。
まだまだやらかしたりすると思いますが、今後ともどうぞ宜しくお願いします。
ヴァーパスを発つ日を明日に控え、マーサを始めとする侍女達は最後の荷造りに追われていた。
またすぐに戻ってくるとはいうものの、領主の引き継ぎがそう易々と済むはずがないので季節1つ分くらいは掛かるだろう。
どれをここに置いておいて、どれをエンナントに持っていくかは大層骨が折れる仕事なので私も手伝うと言ったけれど、夜会以降心身ともに休まる日がなかったのですから今日くらいはお休み下さいと、過保護気味の侍女達に叱られてしまった。
まぁ夜会前に発熱してぶっ倒れたのを見ているのだから、そこはしかたないかと諦めよう。
心配されるウチが花なのだ。
それでも屋敷の中に私が居ては忙しい皆が気を遣いそうなので、私は一人で離れにある温室へとやって来た。
ここなら暖かいし植物は疲れた心身を癒やすのに最適でしょ。
温室の中心にはゆったりと時間を過ごせるようにテーブルセットが設置されているので、私は数冊の本と筆記用具を持ってそこへ深く腰掛けた。
一人で良いと言ったけど、どうしてもここまでは送ります!と付いてきた侍女のライラにお茶だけ淹れてもらい、後は大丈夫だからと下がってもらう。
静まりかえる温室で私は、一人の時間を噛みしめるように周りを取り囲む緑をぼんやりと眺めた。
温室内には植物の維持にも一役を買うビビットカラーの小鳥も数種類放ってあるので、その小さな囀りが心地よく響いている。
「あーいきかえるー」
ガラス越しに降り注ぐ陽光のあたたかさに目を瞑ると、目まぐるしかったこの数週間が嘘のように穏やかな時間が流れていった。
昨夜、寝室でギルバートがベスパーバの国外追放が奇しくも私達がヴァーパスを発つのと同じ明日になるのだと教えてくれた。
ミュリエラ様に関しては体調の回復もあるのでもう少し先になるそうだ。
これであの事件もほぼ終息となるだろう。
さて、ではこちらも気持ちを切り替えてこれからのことを考えていかなきゃね。
ちょうど時間も出来たことだしギルバードから頼まれてた件でも詰めておこうかしら。
私は持ってきた数冊の本の中にこっそり忍ばせておいたのノートを取り出す。
さすがに侍女達がいる前でおおっぴらにこのノートを開くことは出来ないからだ。
ネイリーンを産んでから何度も引っ張り出してきたので、少し古い上に角が少し痛んでいるノート。
そう、これは私が前世を思い出した時にその内容を忘れないよう書き付けた例のノートである。
そのノートの隣にもう一冊新品のノートを並べて私はその内容を書き写す。
なぜこんな事をしているのかというと……
なんと!!!
前世の記憶があることがついに!!ギルバートにバレてしまったからなのです!
あれは予想だにしないところからの爆弾発言だったわ。
あの小会議室の一件が片付いた夜、私達は王宮内に用意された部屋へと通された。
ネイリーンもその部屋で待っているはずだったのだが、やはり初めての夜会とその後の調査で疲れ切っていたのだろう。
私達が着く頃にはもうすでにぐっすり夢の中にいた。
私とギルバートもさすがに疲れたねとお風呂を早々に済ませ、いざ寝ようとしたのだが、あんな事件の直後なだけあって寝付きは悪く、それならいっそ気を紛らわせましょうかと少しだけ二人でお酒を嗜むことにしたのだ。
テーブルに用意してもらったお酒と軽いつまみを並べてグラスを合わせる。
気は昂ぶっているが身体は疲れているのでいつもよりもお酒の回りは早かったのだろう。
二人揃って口の蓋が緩くなっていた。
今日の夜会で誰があーだったとか、子ども達の中でやはりうちの子達が最高だろうとか、果ては陛下の腹黒さについても口を滑らせてしまい、扉の向こうで誰かが聞いていたらどうするつもりなんだと思ってしまうくらいだ。
そして一通り話して満足すると、まったりとした心地よい沈黙が訪れる。
私はすでにかなり酔っ払っていてグラスを両手で握りながらギルバードの肩にもたれていた。
ギルバードはそんな私を愛おしむ様に肩に手を回し頭をなで続ける。
「色々あった一日だったけど無事に乗り切れたわねぇ-。はぁ―よかったわ… あとの事を考えると怖いけど、とりあえず今回のフラグもなんとか折れたはずだし、一安心ねぇ」
お酒による気の緩みと幸福度が上がったことによる緩みが相まって、私は何の気もなしにそう呟いてしまっていた。
「………」
「ねぇギル。そう思わない?」
「………」
??
あらぁ?返事がないわー
さすがのギルバート君も疲れて寝ちゃったのかしら?
しめしめ、寝顔でも拝んでやろうじゃないかともたれていた頭を上げ、どれどれとばかりにギルバートの顔を覗き込む。
私の予想では少し赤く染まった顔でゆったりと目を閉じているはずだったのだが、実際目にしたギルバートと言えば、遠くに視線を泳がして何か考えふけっている顔だった。
???
「どうかしたの?ギル??」
何か気に障ることでもあったのだろうか?それともふと心配事でも思い出したのかしら??
「ステア。ずっと気になっていた事なんだけどね」
「ええ」
「うん、ちょうど良い機会だから今聞いてしまうんだけれどもさ」
「なにかしら?」
ギルバートは一度言葉を慎重に選ぶかのように天井を見上げると、翡翠色の優しい瞳を私に合わせて一言こう言った。
「きみ、ずっと長い間、何か僕に隠してることあるよね?」
……………!!!!!!
ギルバートのまさかの言葉に私の思考も身体も一瞬にしてフリーズしてしまう。
えっ?えっ?
何で今?
えっ?
さっきまでほんのりと回っていた酔いも頭の先からサァーと音が聞こえるんじゃないかってくらいな勢いで引いていく。
鏡がないので確認は出来ないが、目は見開き、口もパカッと半開きの完全なるマヌケ顔がギルバートの前にはあっただろう。
握っていたグラスは膝の上だったので落とさなかったのが、それでも力の抜けた手からスルリと転がりそうにはなったので、それに気付いたギルバートが手ごと握ってくれた。
「あ、な、なにを おっしゃってるの かなぁああ?」
ようやく絞り出した声はこれだった。
もうこれじゃ何か隠してることがあるのは丸わかりだと思われるが、この時の私にはコレが精一杯。
まずいわ!どこのことを言ってるのかしら?
前世の記憶があるってこと?それはいくら何でも分からないわよね?
じゃあどれを指しているの?
ていうかなんでいきなりこんな事を言い始めたのよ!
固まった思考が徐々に回転し始めるが浮かんでくるのは疑問ばかりで、この場を切り抜ける方法を考えるには至っていない。
「いやね、今日行った指紋照合をステアは何かの文献で読んだって言っていたけど、君が読んできた本は私も大体網羅しているはずだが見た覚えがないんだよ。もしそんな本があったのなら二人で話題にしてるはずだろう?」
やばい!!
やはり指紋照合で怪しまれちゃった?!
そうよね、学生時代はお互い読んでた本を共有して話題にしてきたから、ギルバートの知らない知識を私だけ持っているのに疑問を持ってもおかしくないわよね!
ていうかギルバートの読む本の方が小難しく私の方がパスしていたもの。
指紋照合なんてギルバートが興味を持ちそうな題材があったら、絶対に話題に出しているはずだものね?
怪しまれるのは納得だわよ。
でも、これならどうだぁー!
「や、やぁねぇー!子どもの時に読んだ本よー。さすがに子どもの時に読んだ本までは知らないでしょ?」
「いやだってステア、子どもの頃は読書が嫌いで嫌いで、学園に入るまでは避けてたって言ってたじゃない?僕が薦めてからようやく読書するようになったてさ」
はぁあああいいい!!そのとぉおおりぃいい!!
読書を避けてきた私のばかぁあーー!!
そしてそんなことまで打ち明けていた私のばかー!!
ああ、どうして文献などと言ってしまったのかしら?
一番尤もらしい解答だと思って言っちゃったけど、私の本性を知るギルバートにだけは通用しない答えだったわ!
「それは…ですね…、あの、ですね」
しどろもどろになる私にギルバートが更なる追い打ちを掛ける。
「それにさっき言っていたフラグも折れてって何のことなんだい?」
ああああああああああ!!!
言ってたぁあああ!!私ポロッとそんなこと言っちゃてたねぇえええ!!
どうしよう。
どう説明すればいいの?
ギルバートに何をどこまで?
いえ、その前に説明をすれば受け入れてくれると思っているの?
この世界は私が前世でやっていたゲームの世界で、ネイリーンによって我が家は没落するのよって?
普通に考えたらそんな事を言う私は狂人扱いされるでしょうよ。
信じてもらえるはずなんてないわ、こんなおとぎ話のようなことなんて。
それにギルバートに正直に言ってもし見放されてしまったら?!
私、この世界で生きていく自信をなくしてしまう…
そんなのいやよ!
でもどんな風に躱せば納得してもらえる?
フラグはともかく指紋認証についてはもう出所で嘘を吐いているのがバレてしまっているのに!
何をどう言えばいいのか、完全に迷走状態になってしまった私は、見つめてくるギルバートから思わずあからさまに視線を外してしまった。
どんなに考えても何かに勘づいてしまったギルバートを騙すことなんて出来そうにないし、でも言ってしまったら今までのように側にいられなくなると、胸の奥底から得も言われぬ恐怖が湧き上がってくる。
酔って赤らんでいた顔がどんどんと青ざめていく様は、誰が見ても明らかなくらい挙動不審だ。
でもこれほどわかりやすいくらい私は動揺し、取り乱していたのだ。
「ステア、大丈夫だから。落ち着いて」
小刻みに震える私の頬をギルバートの大きな手が包み、再び私の瞳に優しい翡翠色が飛び込んでくる。
「君に何か異変が起きたことは、もうサザノスの時から気付いていたんだ」
それはとても心に染み入るような穏やかな声だった。
え?サザノスの時から気付いていた?
パニック状態の私に穏やかな口調で飛び出したギルバートの予想外の言葉は、また違ったショックを私に与える事となり、思わず呆気に取られてしまう。
「いつか何が起きたのかを聞こうと思っていたんだけども、領地運営やマルクスの出産が重なったりとお互い忙しかったからね、タイミングを逃してしまっていたんだ。サザノスの…いや正確にはネイリーンが生まれてからか。君がまるで未来で起こることを知っているかのように動くようになったのは」
ポカンとしている私を見てギルバートは笑みを深めた。
「ピートにサザノスの不正に気付かせようとしたり、勝手にオーガンの執務室を調べ回ったり、あの時すぐにどうしてそんな行動を取ったのかを聞けば良かったのだろうけど、恥ずかしながらあの時は私自身にそんな余裕がなかったからね。それから少しずつだけれども君の言動に違和感というか、なんとなく君が我が家の危機を察知してそこから避けようとわざと皆を誘導しているように見えたんだ」
ぼんやりとあの頃の記憶が頭に蘇ってくる。
あの頃も今も一人で息巻いて右往左往してばかり。
いつもこれでいいのか本当は不安でいっぱいで、どれだけ足掻いてもそれをあざ笑うかのように何一つ想い通りに進んでいってくれない。
今だって、こんな風になるはずではなかったのに…
「君が長年私にすら打ち明けられなかったことだ。きっと相当な事情があるのだろうとは思っている。だがそんなに怯えなくても大丈夫だ。私は私なりにこの10年ずっとそんな君を見てきたのだから。それでもどうしても私の事が信じ切れないのならサザノスで私に言ってくれた言葉を君にも送るよ」
ギルバートはそう言うと頬に添えてた手にグッと力を込めて、コツンとお互いの額と額を合わせた。
「どれだけ愚かだと他の人が笑っても、どれだけ君のことを嫌いな人がいても、私だけは君の傍にいよう。君の心を覗くことは出来ないから、私は私が思う君を信じて、ずっと君の手を握り続けよう」
ギルバードの口から零れてきたのは、あの日、オーガンに裏切られ今にも砕けそうになっていたギルバードに私が掛けた言葉だった。
あの時はネイリーンの性格破綻原因の大元となる宝石事件を止めたくて、前世を思い出してから初めて行動を起こしてみたけれど、時間的にギルバードが傷付かずに済む方法は取れなくて、彼の心に大きな傷を負わせてしまった。
そんなギルバードを救いたくて、孤独にしたくなくて掛けた言葉だ。
「私は、君の傍にいるよ」
ぽろりと涙が頬をつたった。
ギルバートが私に掛けてくれた言葉は、無意識の内にこの世界で生き抜かなければと恐怖していた心にあたたかな光となって降り注いだ。
誰にも打ち明けられず、用意されているはずの破綻された未来に打ち勝たなければと必死になっている自分に、寄り添ってくれると言ってくれたようで…
言っていいのかな?
誰にも言えなかった全てを、私一人だけで背負っていた恐怖と不安を、ギルバートにも預けてもいいのかな?
「何を言っても信じてくれる?」
「ああ」
「絶対私を見放したりしない?」
「このままだと私の方が君に置いて行かれそうで不安だよ」
「本当に?」
「絶対だ」
嘘偽りがないかジッと目の前の瞳を見つめるけれど、その瞳はずっと優しく細められたままだった。
私の大好きな切れ長の優しい翡翠の瞳。
するとその瞳が少しずつ閉じられながら私の方へと近づいてくる。
それに呼応するように私も自分の目を閉じると、唇にフワリと柔らかな感触が降りてきた。
「私を信じてくれないか、ステア。私は君の全てを愛しているのだから」
こうして私はギルバードにネイリーンの出産時に前世の記憶が蘇ったこと、この世界がかつて自分がハマっていたゲームの中の世界だと言うこと、そしてネイリーンが本来なら悪役令嬢として生を受け、ファンドール家没落の原因となることなどの全てを打ち明けたのだった。
はい!
ギルバートさんに気付かれましたね。
まだこの話は続きますよー




