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49.浅はかな舞台裏

いつもお読み頂きありがとうございます。

そして!!誤字脱字がひじょーに多いようで本当にごめんなさい。

報告いただきとても助かっております。

何を言っても言い訳なので、どうにかへらしていけるよう努力します。

では、今回は長丁場です。スタートー!!


作者の時間軸がいつのまにか大幅にズレておりネイ+シャス再開までの期間が間違ってました。

正しくは7年→4年です。本当にどこから間違っていたのか…ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

色々盛りだくさんだった婚約者選定の夜会から一週間。

ようやく様々な事に目処が付いたので、明日エンナントへ帰還する運びとなった。


はぁーようやく帰れる。

ほんっとにこの一週間は目まぐるしくて、次から次へと頭を抱えることが降ってきたわ。


癒やされたい!

とりあえずエンナントに戻って湖を臨みながらゆっくりじっくり癒やされたい!!

派閥やら婚約者選定やら権力闘争とかもうたくさんだから!!

でもエンナントに帰還と言ってもあくまでヴァーパスに引っ越す準備のための一時帰還なのよね。

引き継ぎや準備が済んだら、またここヴァーパスにとんぼ返りよ。

しかも今度は短期訪問ではなく、どっしりと本腰入れた生活のスタートで、本格的な貴族社会、社交界への復帰となるのだ。

さよなら、10年の楽しい日々…

でもサボりすぎた感はあるから、これからは引き籠もって楽していた分、国の為、家の為に頑張って行こうと思えるのです。


しかしまぁ、あっちもこっちも問題が山積みなのよね。



まずはベスパーバの件だけれども、この一週間で大きく進展、スピード解決となった。

その一番の要因はやはりミュリエラ様の証言だろう。

事件翌日、目を覚まされたミュリエラ様は指紋照合により父であるベスパーバ侯爵が捕らえられた事を治安維部隊員と王宮の役人から告げられた。

指紋照合という新しい捜査にとまどいながらも、事態を受け入れられたミュリエラ様は潔く自身の罪を認められたという。

そして維持部隊の騎士から自分の知っている事を包み隠さず全て証言すれば、ミュリエラ様の処罰も少しは軽減されると告げられ、ミュリエラ様は自分の知りうる情報を全て話されたらしい。

さらに、サモン達が継続していた指紋照合でも共犯者と思わしき人物が特定され、事情聴取が行われた結果、共犯者にベスパーバの侍従が一人関与していたことを突き止めた。

おもしろいことは小瓶に付いていた指紋の中にミュリエラ様の指紋がなかったことだ。

これは追々説明をすることになるのだが、この二人から明らかにされた事件の真相は私を怒りに震えるさせ事になったのだ。



事の発端はあの夜会のダンス。


夜会開始早々にシャスティン殿下が暴走して始まったネイリーンとのダンスを見て、誰よりも焦ったのはミュリエラ様でなくベスパーバだった。

確かにベスパーバは殿下のエンナント訪問時の二人の仲の良い様子は見ていたし、殿下自身がネイリーンを愛称呼びをさせるくらい気に入っているのも知っていた。

けれどもそれはあくまで4年も前のことで、幼い子どもが旅先で会った子と仲良くなるのは珍しいことではない為、最初こそ警戒はしていたが年月が経つにつれてさして思うことも少なくなっていた。

現にあの日から今日までの間二人は一度も会っておらず、二人の仲はその後当たり前のように離れたと思われたからだ。

なによりも二人が会わなかった4年の間で王子と最も一番親しくしていたのはミュリエラ様で、それはヴァーパスに住む貴族達にも周知の事実であった。

貴族達はこぞって次代の王妃はミュリエラ様だとベスパーバに囁き、ベスパーバもそれは当然であると自負していた。

しかも対抗馬として宰相派が担ぎ上げたのは、機械人形のような面白味のかけらもない宮中伯の娘。

ベスパーバは『華やかで賢いミュリエラの足下にも及ばない!誰が見ても殿下の隣はミュリエラしかいないな!』と声高らかに宣言していたほどだった。


しかし念には念をだ。

ベスパーバは婚約者選定の夜会の招待状が送られてくると同時に、陛下や殿下の最新の動向を把握すべく、これまで以上に王宮内の情報を集めることにしたのだ。

すると最近の派閥争いの激化を懸念した陛下が、あらゆる所で中立派を擁する可能性を示唆しているらしいとの情報を掴んだ。

婚約者候補で中立派と言えば4年前に会ったきりのファンドールの毒娘・ネイリーンだ。

ベスパーバの脳裏にあの日の仲睦まじい二人の姿が蘇ったのだろう。

ミュリエラ様で安泰と思いたいが、万が一夜会で再会した二人があの時のように意気投合し、殿下の気持ちがネイリーンに傾いてしまったら……

ベスパーバはいくらなんでもないとは思いつつも、最悪の場合も考えなくてはと対策を講じることにした。

それこそがあの蜘蛛だったのだ。



ベスパーバはネイリーンを手っ取り早く陥れるには、幼少期より嗜んでいる毒を使って何か事を起こせばいいと考えたらしい。

直ぐさまネイリーンの現在の動向を探ってみると、花などの植物毒からは離れ、昆虫や生物の毒の研究をしているとの事だった。

それを聞いたベスパーバは『公爵令嬢だというのに何て無様な趣味なのか』と吐き捨てるように笑ったという。

しかし自分がかつて会った事のある毒に傾倒しているネイリーンが、今も変わらずその性質を保っているのは好都合であり、やはり毒関連で進めていけばいいのだという確信を得たようだ。

国中の貴族が集まる選定の夜会で毒の問題が起きれば、毒に通じているネイリーンが疑われるのはしょうがないことだろう。

貴族達にネイリーンがやったのかもと疑念を持たせるだけでいい。

そうすれば誰かしらが王妃にふさわしくないと喚きだしてくれるだろうから。

最悪誰かを使って噂でも流せば容易いことだ。

ただ問題は王家の夜会でどうやって毒による問題を起こすかという事だった。


始めは外で雇った誰かに蜂でも放ってもらおうかと思ったらしいが、蜂の場合は持ち込む事も放つ事もそうとうな危険に見舞われるのが分かるので却下になったらしい。

蛇も同じ理由で無理になったとのことだ。


では何なら出来るのかと考えたところ、浮かんできたのが蜘蛛だった。

小振りなものなら小瓶に入れて持ち歩けるし、動きも鈍いので放ってから距離を取ることも出来る。

刺激しなければそうそう噛まれることもないはずだ。

いや、いっそやるのならば、弱い毒を持つ蜘蛛を捕まえて本当に噛まれてみてはどうだろうか?

噛まれてしまえばその瞬間から事件の被害者になり、加害者からは一番遠くなる。

そして被害者が『ネイリーンが放った!』と騒ぎ散らせば、それだけでネイリーンは犯人として皆に疑われることになるはずだ。

弱い毒ならばたとえ噛まれても王宮内にいる医師が飛んで来て、すぐに治療をしてくれるだろうから安心だ。


なんて妙案なのだろうとベスパーバは意気揚々と口髭を撫でる。

そして、善は急げとばかりに自分の侍従に、毒性が弱く見た目の不気味な蜘蛛を捕まえてくるように命じたのだった。

侍従は当主の考えに困惑しつつも、逆らえるはずもなく渋々蜘蛛を捕まえることにした。

ただこの侍従は蜘蛛について何も知らなかったので、蜘蛛に多少知識があるであろう庭師に対象となる蜘蛛に覚えがないか聞いてみる事にした。

すると庭師は近くの森に対象に当てはまる蜘蛛がいるといい、下手くそだが絵まで添えて懇切丁寧に教えてくれたのだ。


それがあの有毒蜘蛛 ヴァスパリウスだったのである。


しかし所詮は庭師の知識。

まさかその蜘蛛に性質のまるで違うそっくりな蜘蛛がいる事など知るよしもなかった。

そして不幸にも侍従が捕まえてきてしまったのは、噛まれると激痛に見舞われる無毒のヴァスパリアだったのだ。


そうとは知らない侍従は毒蜘蛛を求めるベスパーバに、お望みの蜘蛛を捕まえてきましたと誇るようにして二匹の蜘蛛が入った小瓶を手渡した。

この時の二人の手にはもちろん、夜会の時のように手袋など嵌めてはいない。

故に、このやり取りのおかげであの小瓶にしっかりと二人の指紋がくっつく事になったのだ。


小瓶に蠢く黒い蜘蛛を見てベスパーバはその気味の悪さに眉を顰めたが、これがミュリエラ様と自分を望みを守る保険になると思うと不思議と可愛く思え、うっとりと小瓶を眺め始めたという。

その奇っ怪な様子は目にした侍従は、その時のベスパーバがあまりにも不気味だったので、とんでもないことに自分は加担してしまったのだと狼狽したらしい。


まさかこの蜘蛛こそベスパーバの計画を大きく狂わすことになるとは、この時は誰一人として露にも思っていなかったことだろう。

しかし、まぎれもなくここがこの事件一番のターニングポイントだったのだ。


そして時は進み夜会当日。

そこでベスパーバが目にしたのは万が一と恐れていたありえない光景だった。

まさか挨拶もそこそこで殿下がネイリーンを連れて踊り出してしまうとは。

しかも殿下の表情ときたら今まで見たこともないくらい嬉しそうで、二人の踊る姿は不覚にも目を奪われてしまう程美しかった。

ミュリエラ様こそが王妃にふさわしいとあれだけ言っていた大勢の貴族達が、その舌の根も乾かぬうちに『なんてお似合いのお二人なんだ』と口々に漏らしたのにも腹が立ったが、一番許せなかったのは一瞬だが自分もほんの少しだけそう思ってしまったことだ。

それはこれまで何でも自分の思うがままを通してきたベスパーバにとって、久しく忘れていた屈辱でもあった。


こうしてはいられないとネイリーンとのダンスの後、ミュリエラ様を引っ張って殿下と強引にダンスを踊らせたが、あの二人の後で踊るダンスは殿下の表情一つとっても何か物足りなかった。

あの二人から醸し出された楽しげな雰囲気もない、なんとも味気ないダンスだったからだ。


『これはまずい。このままでは本当にファンドールの娘に婚約者の座を奪われてしまう。』

そう思い至ったベスパーバは、あくまで保険として持ってきただけの蜘蛛の使用を早々に決めた。

ただ、一点計画に変更を掛けたのは蜘蛛を放つ人物だ。

いい大人の自分が幼いネイリーンに蜘蛛を放たれると言うのは考えてみれば情けない話で、その前にどうやって蜘蛛を放てる状況に持っていけるのか、考えつかなかった。

そもそもファンドールの令嬢を呼び出すのもおかしな話になってしまう。

手足となる侍従がいないこの場所で、一体誰が自分の望む結果を出してくれるのか。

ベスパーバは探るように会場内をぐるりと見回し、あれではない、これではないと頭を悩ませる。

その中、一筋の光明が差した人物こそが、自分の娘であるミュリエラ様だった。


ベスパーバは直ぐさまミュリエラ様を人気のない中庭へと誘い出した。

大事な夜会の最中の父のいきなりの呼び出しに、ミュリエラ様は何か嫌な予感を覚えたという。

そして、その予感は見事的中してしまう。

ベスパーバは自分の娘であるミュリエラ様に向けて『この蜘蛛を自身に放ち、ネイリーン嬢の前で「ネイリーン嬢にやられた!」と騒ぎを起こしてこい。』と命じたのだ。


父の突拍子のない命令にミュリエラ様は混乱を極めた。

まずもって自分に蜘蛛を付けるなんておぞましい真似は無理だと涙ながらに訴えたらしい。

さらにネイリーンや他の貴族達の目がある中で、どうやってそのような事が出来るのだとも必死に伝えたという。

何より懇願したのは、このように大きな夜会で自ら騒ぎを起こすなど絶対にしたくないということだった。

そんな娘の必死な訴えは真っ当にも関わらず、父であるベスパーバは頑として聞かず、さらに嫌がるミュリエラの腕を掴みこう突っかかった。


「そもそもお前がしっかりと殿下を捕まえておけなかったからこのようなことになるのだ!私とてこのような事などしたくない。が、お前を王妃の座に座らせるためには綺麗事だけではいかぬのだ。人の目があってできないと申すなら、ネイリーン嬢の前でわざと何かハンカチでも落とせばいい。きっと目の前に落とせばあの娘は自分で拾って届けに来るだろう。お前はその隙にこの小瓶に入った蜘蛛を手にでも出して握っておけ。そして拾ったものを受け取った後にその蜘蛛を自分に付けてこう叫べばいいんだ。『ネイリーン嬢が私に蜘蛛を放ってきた!』とな。ああ、瓶から出すときには少し振って刺激するのもいいかもな。上手くいけばいいタイミングでお前に噛みついてくれるかもしれん。そしたらますますあの娘の罪は重くなる。さすればもう王妃の座はお前で決まったようなものだ。なに噛まれても弱い毒だから心配などいらんぞ。国で一番の王宮の医者がすぐに治療をしてくれるからな。」


娘にまるで新しい遊びを教えるかのような気軽さで毒蜘蛛を自分に噛ませろと言い放ち、それを心底楽しそうに笑う父親をミュリエラ様はどんな気持ちで見ていたのだろうか。

ネイリーンも言っていた通り弱い毒でも毒なのだ。

それをわざと自分の娘にだなんて、常軌を逸した行動としか思えない。

いくら権力を我が物にしたいとは言え、なぜそこまでの事ができてしまうのだろう。

ミュリエラ様はそれでも嫌だと相当ごねたと聞いた。

が、貴族の家の者にとって当主とは絶対的な存在だ。

そして自分が断った時の父の怒りの矛先は全て、こんな娘によくも育てたなと最愛の母へと向かってしまう事をミュリエラ様は知っていた。

過去、自分がベスパーバの思うように振る舞えなかった時、父は必ず母に対して酷い罵声を浴びせていた場面を何度も見て来たからだ。

ミュリエラ様の母であるベスパーバ夫人は、あの通りか弱く儚げな方であり、強情な父にはいつも絶対服従で口答えなど聞いたことがない。

そんな夫人は何かしら問題を起こしてくる父のいいストレスの捌け口として、日常的に抑圧されて過ごしていたようだった。

大きな暴行こそなかったが繰り返される罵倒に夫人の精神は病んで来ているのを、ミュリエラ様は見ていたのだ。


だからこそ、自分が父の怒りに火を注ぎ、それが母に向いてしまう事を恐れたミュリエラ様は、父の望み通りに蜘蛛を自分に放ちネイリーンに罪を着させることを承諾したのだった。


確かに、長年慕っていたシャスティン殿下が、今日二回目の逢瀬というネイリーンにあそこまで表情を崩されるのは切なかったし辛かった。

シャスティン殿下の隣はいつも自分であり、今後もそれは続くのだと父も周囲も口を揃えて言ってきたから、そうなるが当然なのだと慢心していた。

いつも優しくされているように思えたのはあくまでも外面であって、ネイリーンにだけに心から幸せそうに微笑む殿下の姿に、足下が崩れそうになるくらい絶望したのは確かだ。

しかし、本当に好きだからこそ殿下には幸せになってもらいたい。

あんな顔をしている殿下を見られるのなら、その隣にいるのは自分でなくても良いのではないかと思ったのは本当の気持ちだ。


そう、思っていたのに…

それをよりにもよって自分の手で、その場所に行く為に壊していまうなんて…

なんて、恐ろしい…


ミュリエラ様は自身の身に蜘蛛を放つ恐怖よりも、自分の手で大事な人の幸せを壊すことの方が何よりも辛かったと言う。

しかし母がこれ以上ひどい扱いを受けるのもまた、彼女にとっては耐え難い事だったのだ。

どちらにしても苦しいのならせめて自分を産んでくれた母に、毎日一緒に暮らしている母に安息をあげたい…そう思ったらしい。



そして蜘蛛を放つ決心をした直後に会ったのが、これから自分が陥れようとしているネイリーンの母である私だった。


『私がこれから行うことを考えれば、優しく声など掛けて欲しくはなかった。

父にさえ心配されなかった私を気遣ってくれればくれるほど、罪悪感が重くのしかかり申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

私はこれからあなたの娘に濡れ衣を着せて、貴族社会での居場所をなくそうとしているのですと、あの時打ち明けられたらどんなによかったか。

いくら泣いて謝罪を述べても気が晴れることはありませんでした。』


こうミュリエラ様はあの時のことを話されてたという。


私はこの話を聞いた時、あの涙の裏側にはミュリエラ様のこんなに辛い決断と懺悔があったなんてと涙が止まらなかった。

まだ成人にも満たない少女の気持ちを、もう少し汲んでやることはできなかったのかと後悔すらした。

ただあの時に感じた異変はやはり間違えではなかったし、こんな思いをされたミュリエラ様だけが罪を被ることがなくて良かったと思った。

その分娘を駒のように扱うベスパーバには、憎悪に近いどす黒い感情でいっぱいになったのは言うまでもない。


そして話はあの事件の真相へと辿り着く。


ラストダンスでの衝突も、その後の単身で謝罪に来られた事も、全てはベスパーバが描いたシナリオだった。

あくまでも目的はネイリーンへの接触、そして二人きりになり蜘蛛を放つこと。

ネイリ-ンの前でハンカチを落とし、単身でミュリエラ様の元へ届けるよう仕向けたのだ。

ハンカチを落とす前に、ミュリエラ様はあらかじめ振って刺激を与えた蜘蛛をハンカチで隠すようにしてその手の中に収めた。

その後のハンカチを落としてネイリーンが届けに来る間は生きた心地がしなかったと聞かされた。

いくら手袋越しといっても、その手の中にはもぞもぞと蠢く蜘蛛の存在を確かに感じられるのだからそうだろう。


そんなことなど全く知らないネイリーンはただの善意でハンカチを届けに声を掛ける。

差し出してきたハンカチをいつものように両手で受け取ろうと思ったが、今は蜘蛛を隠しているので不躾だとわかっていながらも片手でハンカチを受け取る。

そして今度は受け取ったハンカチを隠れ蓑にして手に持っていた蜘蛛を自分の腕に付けたのだ。

見たくはなかったがきちんと出来ているかが気になって蜘蛛を付けた部分に目をやると、自分の白い手袋の上に確かに2匹の蜘蛛が這っていた。

その姿は小瓶を介して見るよりももっとおぞましく不気味な蜘蛛の姿で、その想像以上の気持ち悪さに自分でも驚くほど自然に叫び声を上げていたという。

そしてそんな自分の声を皮切りに、周囲の人々も一気にパニック状態に陥ったのは確認できたが、正直そんなことはもうどうでもよくなるくらい手を這う蜘蛛が怖かった。

すぐさま周りにいた人々はその場から離れていき、狙い通り自分の前にはこの騒ぎの責任を押し付けなくてはならないネイリーンただ一人になっていた。

しかし、ミュリエラ様の思考はすでに自身でコントロールできない所まできてしまっていたのだ。

手袋を超え素肌へと忍び寄る黒い蜘蛛への恐怖で体中がブルブルと震えだす。

いつ噛まれるかわからない恐怖に、本来ならばすぐにでもネイリーンの名前を出して離れた場所にいる貴族達にネイリーンが蜘蛛を放ったと認識させなければならないとわかっているのに、声が震えて上手く出すことが出来ないのだ。

今辛うじて立っていられるのは、悲しいかな中庭で言われた父であるベスパーバの言葉のおかげであった。


『大丈夫よ。たとえ噛まれても大丈夫。お父様は弱い毒だと仰っていたし、国で一番の名医が揃っている王宮の医者なら何が起きても対処してもらえるはずだから。早くネイリーン様の名前を出さなければ。』


意を決して声を絞り出そうと決心したその時だった。

常軌を逸した鋭い痛みがミュリエラ様の腕を襲ってきたのだ。

その痛みはこれまで感じたほどのない痛みで、焼けた鉄を肌に当てられたかと思うような刺すような痛みだった。

そのあまりの痛さにもう何も考えられない。

どうしようもない痛みは、観衆の前でなんとはしたないと怒られる程の涙を勝手に零れさせるが、もう自分ではどうしようもないのだ。

痛みに意識も何もかもが持っていかれ、とうとうその意識はもろくも消えてしまったのだった。


あとはご存じの通りだ。

予想外の展開に再び驚愕し、血相を変えたのはベスパーバだった。

ミュリエラ様が絶叫と共に意識を失ってしまっては、当初の計画であったミュリエラ様自身にネイリーンの犯行だと言わせることが出来ない。

このままではよくわからないただの事故として処理されてしまう可能性もある。

焦ったベスパーバは急いでどうにか方向転換をしようと試みたのだ。

その結果があの大立ち回りだった。

わざとらしく何度も大声でネイリーンのせいだと騒ぎ立て、周りにいる貴族達の意識下に無理やりでもその事実を植え付けさせようと躍起になったのだ。

途中までは思惑通り、ベスパーバにのせられた貴族達がネイリーンにあらぬ疑いを持ち始めたので、しめしめとほくそ笑んだに違いない。

しかし、ここでも大きな計画崩壊が起きてしまったのだ。


それはギルバートによって発見されてしまった、ミュリエラ様に持たせたはずの小瓶だった。

おそらく蜘蛛に噛まれ倒れたはずみで、ミュリエラ様のドレスのあった隠し場所から飛び出してしまったのだろう。

しかも小瓶に付いたロット番号のせいで、あの小瓶はベスパーバ家から持ち込まれた物であるという立派な証拠品になってしまったのだ。

こうなるともうさっきまでのように犯人はネイリーンだと騒ぐことが出来ないばかりか、よりにもよってミュリエラ様による自作自演と疑われるのは明白で、さらにはベスパーバ家としての罪となってしまう可能性も出て来た。


それだけは絶対に阻止せねばならない。

これまで自分が築いてきたこの牙城を崩すことなどさせてなるものか。


あくまでも自分は関係ないと主張したいベスパーバが、捜査の手が自分に伸びる前にあっさりとミュリエラ様にだけに罪をなすりつけ捨て置いたのは、あの会議室時にいた者なら見たはずだろう。

いくらでも塞げる自分に絶対服従のミュリエラ様や侍従の口以外に、自分が関わったという証拠など出てくるはずもないとベスパーバは思い込んでいたはずだ。


しかし、そんなことなど許されるはずもない。

誰が許しても私はぜったいに許さない!!


そう強く思う私考案の指紋照合が油断するベスパーバへの最後の決め手となって、あれだけ王宮内で栄華を誇っていたベスパーバはあっけなく牢へと送られたのだった。


思い付くままで描いたベスパーバの計画は、何が起きても遂行できるような綿密さがある訳もなく、ひとたび大波を受ければあっけなく崩れ去る砂上の城でしかなかった。

自分の望みを叶える万が一の保険だなどと安易な気持ちで用意した事のせいで、ベスパーバは取り返しの付かない破滅への道へと転がり落ちていったのだ。


ベスパーバが牢に捕らえられた後も事件の全容を解明すべく調査は続けられた。

指紋照合で共犯者として捕まったのは蜘蛛を捕まえてきた侍従だ。

瓶に付着していた複数の指紋はこの二人以外は商会側の人物しかなく、こちらは無関係との処理となった。

この結果から見えてきたのはやはりミュリエラ様の指紋がなかったことだろう。

それはつまり、瓶を渡されたのは夜会時、早くても手袋を着用する邸内での準備時という事になる。

それは前もってご自分で準備した物ではないという事になるので、ミュリエラ様が単独で犯行に及んだというベスパーバの証言を覆す証拠にもなるし、ミュリエラ様の証言の信憑性も高くなった。


ベスパーバは取り調べに対し、初めこそ知らぬ存ぜぬで頑なに口を噤んでいたが、ミュリエラ様の証言に続き、元々ベスパーバの計画に反対だった侍従の証言も加わって逃げ道がなくなると、とうとう観念したのか自らの罪を告白したという。

罪を認めたベスパーバは、今までのようなある意味生気の満ち満ちた横柄な態度と逆に、まるで魂が抜け落ちたかのように茫然自失としていたという。

聞いたところによると、面会に来たルべリオス殿下とのやり取り後から、一気に呆けてしまったんだとか。

支援してくれると思っていたルベリオス殿下から絶縁状でも叩き付けられたのだろうとの事だった。



そして3人の犯人それぞれから自供を引き出した後の陛下の判断は早かった。

指紋照合という証拠に加え、ミュリエラ様と侍従による証言でこの事件の主犯はベスパーバだと確定し、すぐさま処断を下されたのだ。


その処断内容とは、ベスパーバの爵位剥奪の上、即時国外追放 であった。


いくら王への侮辱罪や王宮への危険生物持ち込みなどの罪があるとはいえ、毒は弱毒性で殺人目的ではない。

さらに死人も被害者も出ていない以上極刑として扱うのは重すぎるのだ。

かといえ王宮内での悪事を軽い量刑で許すことは出来ない。

となるとルべリオス殿下自らの嘆願も手伝って、爵位剥奪の上、即時国外追放が適当と判断されたのだった。


それはいいのだ。

散々悪巧みをして自己の欲望に自分の娘や他人を巻き込んだベスパ―バなぞは、悪いが国にとって一利もない。

何処かの地で勝手によろしくやってくれ。

そんなことよりも私が気にしていたのは、無理やりに近い形で事件に加担せざるを得なかったミュリエラ様と侍従の処罰の方だった。

できれば少しの謹慎で日常に戻れるなんて事にはならないかしら?なんて事も思っていたのだが、無理矢理とはいえミュリエラ様に関しては実行犯である。

可哀想だが無罪となれるはずもなく、国の外れにある戒律の厳しい修道院へ入られることが決まったという。

あの様に恵まれた令嬢が、これからの長い人生を神に捧げるだけの人生になってしまった事は非常に残念でしかたなく、もったいないとさえ思った。

親は選べないと言うが、人生とはあくまでもその子自身のものである。

自分次第でいくらでも切り抜けて行けなくてはならないはずである。

それなのに、ミュリエラ様の人生はまだ成人にすらならない時点で、大きくその可能性を潰されてしまったのだ。

その事実がどうしようもなく私は辛かった。

いつか機会を頂けたら、陛下に嘆願したいと思っている。

とりあえず、少なからず中庭で繋いだ縁もあるので、落ち着いた頃にでも手紙を認めよう。


ちなみに侍従は数年の禁固刑を経た後、市井へと戻されることになった。

面識もない彼に対しては今後頑張って生きて行きなさいと心でエールを送るに留めることにする。


ようやく夜会編、とりあえず終了です。

なんとか形になって良かった。

次回からはドタバタが戻ってくるかな??

では次回お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 改めて幼い頃に出会った相手を7年思い続けた王子にちょっと重い執着心を感じる 親が国外追放で当人は修道院送り 仕方ないとはいえ現代的感性持ってるだろう転生者には納得出来ないわな
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