48.科学捜査 2
お読み頂きありがとうございます。
毎回誤字脱字がすごくて申し訳ありません。助かります。
さて、サモンさん活躍するのかなー
チクタクチクタク……
待ち時間というのはいつだって長く感じるもので、あれからまだそんなに時間が経っているわけでもないのに、一時間は優に待ったのではないかと思うほどだわ。
世間話でも出来るのなら少しは気も紛れるのかも知れないけれど、この面子で世間話など考えるだけで胃が痛くなってしまう。
どのような結果が出るのかと気持ちばかり急いてしまうが、こればかりは私がいくら思っても早くなることはないので今はジッと我慢するしかないだろう。
私はひたすら沈黙して目の前の照合作業の様子を眺めていた。
サモンに後から駆けつけた3人を合わせた4人の研究員が、フィルムと指紋を付けた用紙を合わせペラペラと何度も照らし合わせている。
今検証しているのはベスパーバ侯爵と夫人、ミュリエラ様の3人の指紋だ。
今?と思うかも知れないが実はこの3人以外にも宮内にベスパーバ家付きの侍女、侍従が合わせて3名残っていたので、こちらも参考までに指紋を採取しておき、順に検証する予定となったのだ。
サモン達はただでさえ慣れない作業の上、不正防止という訳ではないが立会人と言うべき私達が目の前にいて大変やりづらそうにしている。
しかし、集中力の試される照合作業でありながら、誰かが何かに気付けば4人で再確認という風に万全を期して進めてくれたのでその結果は信頼していいと思う。
「最初のお三方の検証が終わりました」
しばらくするとサモンが最初の検証の完了を告げた。
その声を待ちわびていた私の心臓は瞬間的にドクンと一気に跳ね上がり、そのまますごい早さで鼓動を打ち始める。
とうとうなのね。
とっさの思いつきとは言え、この事件を解決に導いてくれる大事な指紋。
どうか上手くいってベスパーバが共犯だという証拠を下さい!!
「報告を頼む」
すぐに結果報告を促した陛下の顔にも緊張の色が浮かんでいる。
もちろん他の皆の顔も一様に固まっていて、私に関してはドクドクドクと自分の鼓動の音はうるさいくらいだった。
「はい」
サモンは結果がまとめてある紙を両手に持って一度大きく呼吸をすると、一気にその先の言葉を言い放った。
「指紋の照合作業の結果、瓶に付いた指紋の中に、ベスパーバ侯爵の指紋と一致するものが数点ございました」
キタアアアアアアアア!!!!!
ヨッシャアアアアアアア!!!!!
思い描いていた通りの結果を聞いた私の血が一気に沸騰するかの如く体中を駆け巡った。
見えない脳内ステフィアちゃんに至っては諸手を挙げて万歳三唱をしまくっている。
『ベスパーバの指紋あり』の証言は会議室内にすさまじい衝撃を与え、全員の目がまさか本当に一致するとはと驚きに目を見開いていた。
そして次第に皆の視線は自然と名指しされたベスパーバへと注がれていく。
「そ、そんなのは、で、でたらめに決まっておる!!大体ポッと出てきたこんな方法が信用できるものか!!誰か私のとよく似た他の奴の指紋に違いない!!!」
ベスパーバは真っ青な顔をしながらボロボロと否定の言葉を垂れ流しているが、いつものような覇気はない。
それはこれは覆せないという事を本能で察知しているのかのようだった。
根っからの研究者であるサモンはそんなベスパーバなど一切見ず、自分達が調べた数点の資料を手に陛下へと進んでいく。
彼にとって一番大事なことは、早くこの研究結果を報告することにあるからだから。
「こちらがベスパーバ侯爵の指紋と一致したフィルムです。ご確認をお願い致します」
そう言って資料を手渡すと、陛下は目の前で研究員が何度も行っていたのと同じ動きを取り「ほほう」と嬉しそうに小さく呟いた。
「こちらは参考までに別の指紋とフィルムです。数個お試しになられるとその整合性がよりお分かり頂けると思います」
陛下の笑顔に気を良くしたサモンは、まるで投げられた骨を拾ってきて『どうだ』と見せつける犬のように目をキラキラさせて追加の資料も手渡す。
研究者って誰も彼も自分の成果を話すときって同じ顔になるものね。
ネイリーンやハリオットがよく見せる嬉しそうな顔とそっくりだわ。
追加資料を受け取った陛下は言われた通りそれを代わる代わる重ねると、サモンの言葉に納得がいったのかニヤリと口を上げた。
まあなんて怖い顔…
笑っているにも関わらずその顔はサモン達と違いあまりにも黒い笑顔であった為、陛下の胸中に渦巻いているものを思うと背筋が冷たくなった。
そしてそれは次の瞬間だった。
「ベスパーバを捕らえよ」
「!!」
何の前置きもなく陛下はベスパーバの捕縛を命じたのだ。
いきなりの捕縛命令に私はギョッとするだけだったが、陛下の忠実な兵達は主の命令にすぐさま反応し、瞬く間にベスパーバを後ろ手に縛って床に這わせた。
「陛下っ!!」
突然の展開について行けないのはベスパーバも同じで、床に倒されながら必死に陛下を呼び続ける。
「話を、話を聞いて下さい、陛下!!侯爵たる私にいきなりこのような仕打ち!酷すぎます!!」
必死の形相でもがくベスパーバ。
私達は呆気にとられながらも床に転がったベスパーバを見つめた。
ベスパーバは何とか事態を打開しようと陛下の姿を捉えるべく首を上に上げる。
しかし見上げた先に鎮座する陛下を見るや否やその息はひくりと凍り付いた。
「お主は何を申しておるのだ?このような仕打ち?酷いだと?」
今までに聞いたことがない地の底が震え出すような低い声が響く。
その尋常ならざる声に私はバッと陛下の方へと振り返ると、その姿に衝撃を受け声を失った。
なぜならそこにいらっしゃる陛下の身体が、禍々しい至極色の煙のような靄に覆われていたからだ。
これは魔力闘衣!!初めて見るわっ!!
そう、あの靄は極めて強い魔力の持ち主が感情を昂ぶらせた時にのみ顕れる魔力の塊ともいうべきもので、身体の中の魔力が目に見える形に漏れ出して起こる現象だ。
身体を覆う様子が鎧を纏っているように見える事から通称『魔力闘衣』と呼ばれている。
持ち主の魔力によって色は変わるが、濃ければ濃いほどその魔力は多いとされており、陛下から漏れ出している至極色は紫の中でも極めて濃い色なので、陛下の魔力の多さが窺える。
しかし陛下クラスの方なら訓練で魔力コントロールは完璧なはずなのに、今漏れ出してしまっていると言うことは、それだけ現在の陛下の感情が抑えられないでいるということだろうか。
大体にして魔力闘衣を纏う時は戦闘時が多く、敵対勢力に対する威圧に使われるのであって、余程の事がない限りこんな所で見られるわけもない。
だからこれほど濃縮された魔力は近くにいるだけでも相当な圧があって、訳もなくごめんなさいと土下座したくなるのです。
すでに耐性のない私など離れた場所にいるはずなのに身震いが止まらないのだ。
それを真正面に向けられているベスパーバなぞ、もはや大口を開けた猛獣の前に立たされているようなものなので想像しがたい恐怖に駆られているのではなかろうか?
ちびっちゃうんじゃない?
ああっそんな奴よりも近くにいるサモン達なんか顔面蒼白ですでに半分ほど意識を持って行かれてるじゃない!
あっ!!まずいわ!!ベスパーバ夫人も口から泡を吹いている。
ひ弱な私達にはあまりにも刺激が強すぎるのよ!!
陛下あああ!!落ち着いて下さ―――い!!
声に出せない悲痛な願いなど陛下に届くはずもない。
それよりも怒り心頭とばかりに陛下はベスパーバを怒鳴りつけた。
「ベスパーバ!其方、先程私に何と言ったか覚えておるか?自分はこの件に一切関りないと申しておったのだぞ!貴様の言動に違和感は感じておったが、仮にもこの国の侯爵。何の確証もなく臣を疑うのは私の信念に反し、信じることも私の責務であると目を瞑っておったのに。貴様はそれを易々と破りおった!それだけでなく自身に不利が生じれば信用ならないと喚くのその無様な振る舞い。もはや一刻も見たくない!牢にて自身の行いを恥じるがよい!!」
「陛下っ」
「連れていけ!!」
「ル、ルベリオス殿下!お助けください!!私はっ!私はっ!!」
衛兵に腕を掴まれ扉へと引き摺られるよう歩かされるベスパーバは、自由にならない身体をよじり絞り出すように叫んだ。
しかし悲痛なその声は怒りに震える陛下だけでなく、最後の最後で縋ったルベリオス殿下にも届かなかった。
子飼いの部下が牢へ連れて行かれるというのに、ルベリオス殿下は目で追いはするものの眉一つ動かない。
本当に彼らは忠義を誓った主従関係なのだろうか。
あまりに冷たいその態度は二人の関係性に疑問を覚えるほどだ。
しかしルベリオス殿下はともかくとして、ベスパーバの方は殿下に縋り付くほどなのだから忠を尽くしているのだろう。
だが、もしかすると皆が思うような関係ではなく一方的なものなのかも知れない。
それとも自滅をする部下などには露程の興味も失せてしまうのか。
どちらにしても自業自得とは言え、誰一人として庇ってもらえないベスパーバはひどくあわれだった。
程なくしてベスパーバの声も聞こえなくなり会議室は気まずい静寂に包まれる。
となると次にどうしても皆の意識が行くのは取り残されているベスパーバ夫人だ。
夫人はもはや何をどうしていいかわからず魂が抜けたようになっていた。
しかし夫と娘が事件に関わっていると判明した以上、夫人だけ何の調査もせずに済むはずはない。
いつの間にか魔力闘衣を解いていた陛下が夫人に向けて声を掛ける。
「夫人よ。気落ちしているところすまないが、其方にも問わねばならん」
夫人の目は虚ろっているものの、まだかろうじて意識はつながっているようで、陛下の問いにコクリと頷いた。
「此度の事件に其方は関わっていたか?もしくは前もってこの事件のことを知っておったか?もし関わっていたのなら正直に申せ。偽れば其方も夫同様、捕らえることになろう」
「……わたくしは、何も知らないのです。夫と娘が、このような大それた事を犯していたなど…なにも…知らなかった…わたしは…なにも… 陛下…大変…もうしわけ、ございませんでした…」
何度も途切れながらそう告げると夫人は力なく椅子から立ち上がり、その場で深く深く頭を下げた。
生気を欠いた目から大粒の涙がボタボタとこぼれ、咽び泣くその痛ましい姿はとても演技とは思えず、誰もが夫人の関与はないだろうと思った。
「ベスパーバ夫人の関与はないようですが、念のため事件の真相が明らかになるまでの間は宮内の部屋に待機していただきます。よろしいですね?」
どうしようもなく重い空気を割るようにドベルスキー様が夫人の処遇について話し出す。
もっともなその判断に陛下もすぐさま首を縦に振った。
「夫人の心労は既に限界を超えているようですので、すぐに部屋へ移動して休まれてください。また何かわかりましたらすぐに報告させて頂きますので」
ドベルスキー様のこの提案が夫人の耳にきちんと入っているとは思えないが、すぐに来た案内役の侍従に伴われながらフラフラと覚束ない足取りで夫人は会議室から退室していった。
「うむ。では残った問題を洗い出すとするか」
事件当事者であるベスパーバが捕まり全容解明に大きく近づいた為か、先程と打って変わって明るい声の陛下がこれからやるべき事の指示を出していく。
この切り替えの早さはさすが毎日たくさんの仕事を裁いている陛下ならではだろう。
まずサモン達だが、引き続き照合されていない指紋の解明をして貰うこととなった。
小瓶に付着した指紋すべてを判明させ、二人以外にもいるであろう共犯者をあぶりだそうということだ。
しかしこれはその対象範囲がより広範囲になると思われるので、一旦研究所に戻り人員を割いて作業にあたってもらうこととなった。
他には、騎士団内にある現代で言うところの警察のような役割を果たす「治安維持部隊」に連絡を取り、ベスパーバ家の最近の動きを洗い出すよう指示が出た。
これで万が一ベスパーバやミュリエラ様が黙秘されたとしても、他の共犯者や事件当日までの流れを抑える事で、外堀から容疑を固めていくことができるだろう。
そして話は今後のベスパーバ侯爵家の処遇についてに変わった。
今会議室に残っているのは陛下、ドベルスキー様、ルべリオス殿下に私達夫婦の5人だけ。
侯爵家の処遇について話す場に私がいる必要があるのか甚だ疑問だけれども、退室命令が出ないのに勝手をすることはできないので、ここは物言わぬ貝にでもなったつもりで参加しようと思う。
私的に知りたいのは、この事件の全容で、誰がどうなるといった処遇は二の次なのだけれどもね。
「全容はまだ解明されていないが、主犯であろうベスパーバ侯爵家への処遇は厳しくならざるを得ないな」
陛下が机に組んだ手に頭を埋めて呟いた。
身分社会のこの国で、侯爵という高い身分への処分はただでさえ注目が集まる。
直接でないにしろ王家に手を出すことはもちろん重罪。
爵位の剥奪や侯爵家そのものの取りつぶし、ひどければ斬首などもありえる。
とはいえ侯爵家一つを潰せばそれは国力低下にも直結してしまうし、影響力の大きい家なら内政にもその波は広がっていくだろう。
しかしだからといって甘い処分では他の貴族や国民から批難されてしまう。
陛下自身もどの程度が適当なのか、難しい判断を迫られるのだ。
「陛下、そのことなのですが…」
ここに来ての意外な人物の参戦に一瞬だけ皆が目を疑った。
そう声を掛けてきたのは、本日初めて口を開いたルべリオス殿下だったからだ。
野性的な雰囲気と逆にハスキーな低音ボイスで語る丁寧な口調は、やはり王族。
育ちの良さが窺える。
「なんだ?申してみよ」
弟の呼びかけに反応した陛下は、興味深そうに埋もれていた顔を上げる。
「ベスパーバがどの程度この事件に関わっているのか、そしてその動機などはまだ不明ではありますが、この事件は被害者も当人のみと事件としては規模は小さいものです。一番の問題は陛下主催の夜会を汚したこと、そしてそこへの関与を偽ったことだと思われます」
今までの無関心が嘘のように、真摯に事件について語り始めるルベリオス殿下。
その言葉は簡潔ながらも非常に当を射ていてわかりやすい。
「そうだな。私を始めとする王家の名誉が傷つけられ、私の信用を裏切ったことは許せることではない。即刻斬首にでもして聞かない貴族どもへの見せしめにでもするか」
お怒りごもっともですが、温和な陛下の言葉とは思えないほど物騒なワードが出て、もう本当に怖いんですけど。
「陛下。それでもベスパーバ家は長年王家に仕えてきた忠臣であります。死者のない事件にて斬首とは逆に陛下のことを残虐な君主だと揶揄する者も出てきますでしょう。ここは一つ寛大なる処罰をお願いしたいのです。その方が慈悲深き賢王として陛下の為にもなるでしょう」
「……ルべリオス、私も馬鹿ではない。が、ベスパーバが其方の忠臣であっても私に誠の忠誠を誓っていたのかは疑問がある。まさにこの件が物語っているではないか。其方、ベスパーバが自分の子飼いの部下だからと言って私に温情を掛けろと言っているのではないだろうな?」
隣り合って座っている二人はその裏に潜む真意を探るように、より近い位置で鋭い眼差しを交わしている。
お互い血を分けた兄弟なのに、その光景に肉親に対する甘さなど一切感じられない。
いや、むしろ兄弟だからこそ距離だけは近いが、その分わきまえるべき分別の線の濃さが際立っていて、複雑な二人の仲を引き立ているように思えた。
「そう取られても仕方がないとは思います。が、一番は陛下の為です。陛下が愚かな王ではなく、賢王であらせられるためにも、此度はベスパーバの首ではなく、国外追放までに留めていただきたいのです。もちろんベスパーバが私の可愛い臣であったのは認めましょう。直情的で馬鹿な奴でしたが、私に取っては幼き頃より世話になった長年の友です。ですので、兄上には唯一の弟のささやかな望みを何卒聞き届けて頂きたくお願い申し上げます」
最後になって『陛下』から『兄上』呼びに変えるとは、なかなかあざとい殿下だわ。
でも上手い所を突いているわね。
死者も被害者もない案件で国外追放ならば貴族達にとっては脅威だし、侯爵家は取りつぶさずに済むので国内外のダメージも最低限でしょう。
スキャンダルによる侯爵の代替わりは、ベスパーバ家自体にもかなりのダメージを負うことになる。
這い上がってこられるかは次代の当主に掛かっているところも救いがあって丁度良い落とし所だろう。
ルベリオス殿下、やるわね。
ほんの少しのやり取りだが、ルベリオス殿下の有能さが垣間見えた。
これが二大派閥・王弟派の頭首なのだ。
感情を全く表に出さない鉄仮面のような人物かと思いきや、しなやかに自身の考えを訴えてくる手腕。
まるで木の上で悠々と獲物を見下ろしている豹のような人物だわ。
「……検討はしよう。これからの調べでこれ以上のことがなかったらだがな。動機次第では私は即斬首もいとわない」
「ありがとうございます。ご検討くださるだけで結構です。宜しくお願い申し上げます」
「わかった」
斯くして、長時間に渡った会議室の尋問は、とりあえずだが幕を閉じたのだった。
ようやくここまできましたー。
思ったよりも長くなってしまったような……
次回から雰囲気変わるかな?
どうだろうな??
ではまた次回ー




