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46.小会議室の尋問 4

いつもお読み頂きありがとうございます。

誤字脱字報告も本当に感謝&お詫びでいっぱいです。

見直しているのにあんなにいっぱいなんてちょっと泣きたくなりました。

がんばりますね‥‥


ではスタート―

急ぎの報せなのだろう、封書を持ってきた侍従は顔こそ平静を保っていたが、大きく肩が上下しているのを見るに早足でこの部屋に向かってきたのだろう。

内容が気になるその封書にはしっかりと赤い封蝋が押されており、途中で誰かに中身をすり替えられる心配はなさそうだった。

席が離れている私にはその封蝋に刻まれたマークまでは見えないので、どこから来たのかは勘でしかなかったが、この場に割り込んでまで渡さなきゃならないモノなど1つしかない。


「小瓶の検証結果が出たそうだな。ドベルスキー、確認せよ」

「はい。では…」


そう、この事件の鍵となっている小瓶の検証結果だ。

陛下に命じられたドベルスキー様が慣れた手付きで封書にペーパーナイフを入れ、中から一枚の書類を取り出す。

それを丁寧に広げて記されている内容に目を通していくと、わずかにだが細い琥珀色の目が見開いたのがわかった。


蜘蛛の痕跡はあったの?それとも何もなかったの??


事件の決定打を握るその内容を固唾を呑んで待つ面々それぞれに緊張が走る。

しかしドベルスキー様は一言も発さぬまま書類から目を離し、そのままそれを隣でこめかみを押さえながら待つ陛下へと渡した。

片手で書類を受け取った陛下はゆっくりとそれに目を落としていったが、ドベルスキー様とは違い一切表情を崩すことはない。

ただ、こめかみを押さえている指がトントンとリズムを刻み始めたので、何かをお考えになっているのだろうとは察せられた。

その間わずか数秒だったが、検証結果がどうなのかを早く知りたくてウズウズしている私にとっては、そんなわずかな時間ですらもどかしくてしょうがない。

ジッと陛下を見つめていると、ピタリと動きを止めた陛下の目が私達の方へと向けられた。


「…あの小瓶の中にヴァスパリアのいた痕跡が発見されたそうだ。研究所責任者のサインも入っているので間違いないだろう」

「!!!」

「っく!!」


やはり出たわね‥

これでこの事件はミュリエラ様による自作自演という事がほぼ確定されたわ。

ネイリーンが犯人という戯れ言もこれで消えるはず。


ネイリーンへの疑いが晴れる目処が立ちホッと安堵するも、もう1つの浮き彫りになってしまった事実に、まるでコーヒーの残りカスを飲み込む時のような後味の悪い気持ちになった。


「現場付近に落ちていた瓶だ。間違いなくこの瓶から蜘蛛が放たれたのだろう。そして、この瓶の所有者はベスパーバ、其方の家だな」


陛下の身も凍るような冷たい口調がベスパーバに牙を立て始める。


「さんざんネイリーンが犯人だと喚いておったが、この結果から導かれる犯人は其方の娘だな、ベスパーバ。我が夜会を踏みにじる許し難い行為を、まさか自らの手で起こしたとは‥。さて、どう説明するのだ?ベスパーバよ」


俯くベスパーバの額から瞬く間に汗がダラダラと吹き出し始める。

うるさいくらいにすぐ横槍を入れてくる口も今はギュッとすぼめられ、机に置かれた両手の拳はカタカタと震えていた。


「そんな……ミュリエラ……」


苦悶の表情を浮かべるベスパーバでなく、その隣で血の気を失い土気色になりながら口を押さえて震える夫人から嗚咽が零れる。


「ベスパーバ。何か申してみよ」


ゆらりと首元に突きつけられる刃のような一言を陛下が振り下ろすと、そのあまりの気迫に呑まれたのかベスパーバはガタリと椅子から立ち上がった。


「へ、陛下!誠に、誠に我が娘が申し訳ございませんでしたっ!!」


今まで聞いてきたどの声よりも大きく、まるで叫ぶような声でベスパーバが一心不乱に頭を下げる。


「娘はシャスティン殿下を大変慕っておりました!自分こそが殿下の婚約者になるのだと日々研鑽を積み、努力を重ねていた姿を私も見て参りました。ですが今宵の殿下とネイリーン嬢との仲睦まじい姿を見て焦燥感にかられ錯乱したやも知れません。しかし!!どんな理由であれ陛下の夜会で騒ぎを起こすなど言語道断!我が娘といえども決して許されざる行為ではありません!このベスパーバ、不甲斐ない娘の親として、心よりお詫び申し上げます!!申し訳ございませんでした!!」


もともとガマガエルみたいな顔をさらにグチャグチャにして、ベスパーバは縋り付くように陛下に詫びた。


「陛下、並びに王族の方々に泥を塗るような娘は、今日この場を以て我が家から絶縁をし、明朝にも国外に追放致します!必要であればすぐにでも首を切っていただいても構いません!どうぞ、どうぞ、侯爵家断絶だけはお許しいただけますよう申し上げます!!」


そう言い放ったベスパーバは隣で顔面蒼白になっている夫人の腕をむんずと掴み、無理矢理立たせたかと思うとその勢いのまま頭を押さえつけ、まるで人形の形を力尽くで変えて遊ぶ子どものように強引に頭を下げさせた。

すでに力を失っていた夫人は、ベスパーバの力が加わったこの勢いを止めることは出来ず、あろうことか机に額を打ち付けることになった。


いくら精一杯の謝罪とはいえ、その様子があまりに悲惨で私は思わず眉を寄せる。

弾けた豆のようにいきなりまくし立てるのはベスパーバのお決まりだとしても、夫人に対するこのあまりに暴力的な行動は、同じ女の私には許しがたい行為だったからだ。

それはギルバートやドベルスキー様、そして陛下にも通じるようで、ベスパーバを見据えるそれぞれの目に嫌悪の感情がはっきり見て取れた。


「顔を上げよ、ベスパーバ。そしてすぐに夫人から手を離すのだ。其方の行動は女性に対する振る舞いではない。両名とも席に着け」


さすがにそのままにしてはおけないと陛下がベスパーバの行いを非難する。

ベスパーバは慌てて押さえつけていた手を緩めると、娘のしでかした不祥事の大きさに憔悴しきっている夫人は、ポロポロと涙をこぼしながらストンと糸の切れた操り人形のように腰を下ろした。


ネイリーンは犯人から外れたが、逆にベスパーバ夫人にとっては娘が犯してはならない罪に手を染めてしまったのが確定してしまったのだ。

しかも最もその手を向けてはならない王家へ向けて……

王家に直接手を掛けたわけではないけれど、国王主催の夜会での蛮行は陛下の名誉を傷つける大罪でしかない。

その罪の重さは貴族であれば震え上がるのは当然で、それに比例するように処分も厳重になるのは口に出さなくても想像するに容易いだろう。

愛する娘がそんなことをしでかしてしまったのなら、どんな親でも取り乱してしまうのはしょうがない。

それがわかるからこそ、目の前にいる夫人の痛々しい姿に胸が張り裂けそうになった。

だってこの姿は、この先待ち受けているであろう没落フラグを折れなかった時に辿る、自分の姿でもあるのだから……


「ベスパーバよ。まだミュリエラ自身の口から証言を取れていないので確定はしていなが、其方は此度の犯人が娘であると認めたと考えて良いのだな」

「はい」

「あれほどまでにネイリーンだと喚いておったのに随分と簡単に認めるのだな」

「……私は小瓶が発見されていない状況下ではネイリ-ン嬢しか事は起こせないと判断したまでです。今の状況では逆に、ミュリエラが起こした以外に考えられないでしょう」


陛下による尋問が始まると、ベスパーバは先程のように喚き散らすこともなく、事務的とも取れる態度で答えていった。

陛下は些細な感情の揺れも逃すまいというように、じっと逸らすことなくベスパーバの瞳に照準を定めて続ける。


「そうか。ただ1つ確認しておきたい」

「なんなりと」

「あの小瓶は確かにベスパーバ家から持ち込まれた物だが、会場内にはミュリエラ以外にもベスパーバ家の者はいたであろう」

「はい」

「……其方はこの件に関わりはないのだな?」


きっとこの一言が核心だろう。

より一層ギラリと睨み付けるように陛下の目が大きく見開く。


「…私はこの件に一切関わりございません。妻や他の子に関しましてもあの場に近寄ってすらおりません」

「あくまでもミュリエラの単独だと……」

「犯人がミュリエラなのでしたらそうなります」

「そうか…」


ベスパーバが一声もぶれることなくスラスラと答えると、その迷いなき態度に前のめりになっていた陛下の身体が椅子の方へと深くもたれかかった。


いやいやいやいや、ちょっと待って、陛下。

それで納得してらっしゃらないでしょう。

明らかに怪しかったよわね?

罪をなすりつけようとしてるんでしょ?って疑いたくなるくらいベスパーバだけがネイリーンのせいだと喚いていたし、小瓶を見つけた時に見せたあの動揺っぷりもなかなかでしたわよ。

直感で貴方も共犯よね?って思いましたもの、わたし。

あ、でも陛下は遠くにいらっしゃたからベスパーバの些細な表情までは読み取れないわよね。

いえだめよ、このままではミュリエラ様お一人の罪にされてしまう。

あの子が一人でこんな事をするなんて考えられないわ。

私の中では事件の黒幕は絶対ベスパーバに違いないのに!!

しかも自身の娘であるミュリエラ様を簡単に見捨てて自分だけ助かろうなんて、同じ親として、人としても許せない!!!


「陛下!よろしいでしょうか?」


居ても立っても居られなくなった私は、意を決して陛下に口を挟んだ。


「どうしたんだ、ステフィア」


突然の私の乱入に、少々驚いた陛下が表情を崩す。

これから私が口にすることは綱の引き合いで膠着状態にある場所に爆弾を投下をするようなものだ。

それでも覚悟を決めた私は乾く喉に一度唾を流し込み、なるべく丁寧に、落ち着きながら口を開いた。


「お話し中申し訳ございません。あの時、ネイリーンとミュリエラ様の側にいた私が感じた事を少しお話しさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「許可しよう」

「ありがとうございます」


私は胸に手を当てて呼吸を整える。

ふと視線を感じ目線をやると、そこには『何を言うつもりだ!』と凄まじい形相で睨んでくるベスパーバがいた。


残念ね。ミュリエラ様お一人に罪を被せて親である貴方は逃げようなんて、そうは私がさせないわよ!!


すでに臨戦態勢の私は好戦的な笑みでベスパーバに応戦した。


「私はあの事件の起こる前、たまたま中庭で一人思い詰めるミュリエラ様に会ったのです。具合が悪いのかと声を掛けた私にミュリエラ様はいきなり涙を流され、何か思い悩んでいるご様子でした。そしてしきりに私に向かって申し訳ないと謝られたのです。あの時はシャスティン殿下との事なのかとも思いましたが、結局最後まで何のことかわからずじまいでした。が、今となって思えば、何か抗えない事を起こそうとしているような、切迫した状況に追い込まれているように思えたのです。そしてこの事件が起きました。陛下も仰るように、小瓶の発見によってこの事件はミュリエラ様によるものである可能性が非常に高いでしょう。しかし、私にはベスパーバ侯爵が仰ったような、ミュリエラ様お一人による犯行だとはとても思えないのです」

「その根拠は何だ?」

「はい。まず1つはミュリエラ様の犯行だとするならば、ネイリ-ンが指摘した犯人像とかけ離れているからです。自身で蜘蛛を用意したとするならば、自分の身体に触れさせる蜘蛛を適当で済ますとはまず考えられませんし、わざわざ激痛を伴う蜘蛛を用意するとも思えません。立派なご令嬢であるミュリエラ様が、我が家のネイリーンのように蜘蛛を見分けられる程の知識があるとも思えません。となると、あのヴァスパリアは誰かに用意された物で、どんな蜘蛛なのかも知らずに使用したと考えた方が腑に落ちるのです。それに…」


私は真っ直ぐに見つめていた陛下からベスパーバに目線を移す。


「夫が小瓶を発見しロット番号の仕組みを説明した時に見せた、ベスパーバ侯爵のあの苦悶の表情」


ベスパーバはあの時ギルバートに向けていたのと同じ憎悪の籠もった目で私を睨み付けている。

ここまで恨みの籠もった目を今まで向けられたことがあっただろうか。

とても恐ろしく、思わずおののいてしまいそうになるが、私だってこの男に散々言われて腸が煮えくりかえっているのだ。

頑として目を逸らすことはしなかった。

私は次の言葉を出す覚悟を決めるとグッと一度唇に力を込めてから口を開いた。


「私の目にはベスパーバ侯爵が犯人かのように映りましたわ」

「推測だけで私を犯人呼ばわりするとは!全ては貴方の勝手な思い込みでしかないではないかっ!!」


とうとう自身を犯人呼ばわりされた怒りから、直ぐさまベスパーバが机を叩きつけながら私に食って掛かる。


「その憶測のみでネイリーンが犯人だと散々喚いていたのはどちらの方でしょうか?こちらは正式な聴取の場で陛下の許可を得ての発言です。侯爵が今怒りで震えていらっしゃることを私はあの大勢のいる場でひたすら我慢しておりましたわよ!」


そうよ!

こっちは散々ネイリーンからファンドールの過去まで持ち出されて言いたい放題言われていたのだ。

あの時頑張って堪えたのだから、少しくらい言い返したところで罰など当たらないだろう。


「!!で、では貴方があの時に話していた『確たる証拠』とやらが私にもあるのでしょうな!!それもなしに私のことを追求するのであれば、貴方の発言とてただの侮辱でしかない。さあ、証拠を出して見ろ!!」

「落ち着けベスパーバ!!」


興奮したベスパーバを陛下が止める。

フーフーと毛を逆立てる猫のようなベスパーバは、ずっと私を睨み続けていた。


「ステフィア。ベスパーバも申しておるが、ベスパーバも犯人と申すならそれなりの証拠がないと話にならん。一人の心情だけでああそうかと鎖に繋いでしまっては国は立ちゆかんからな。それはわかるであろう」


それはとても正論だ。

でも、絶対ベスパーバはこの件に噛んでいる。それはもう真っ黒黒に違いないのに!

きっとギルバートも、もしかしたら陛下達すらもそう気付いているのかも知れない。

でも言われたとおり、ベスパーバがやったという証拠がないのだ。

どうすればいい?

このままでは黒幕はこのままで、年若いミュリエラ様だけが一人罪を被るはめになってしまう。

何か、何かないの??


私は何か見逃したり、何か手掛かりになりそうなものはないか、今日の出来事をグルグルと巻き戻して思い返す。

そしていつしかその思考は、どうしたら犯人に結びつく証拠を得られるのかという事に切り替わり、今までの人生で培ったことから、さらにその先。

前世での知識まで総動員して考えを巡らせていった。


犯人の姿がない時、前世では一体に何が行われてた?

現場検証‥監察官‥‥

TVや漫画で何度も見たじゃない。

小学生の探偵モノだって、じっちゃんが名探偵だって全部網羅していたじゃない!!

眠っていた記憶をどんどんと掘り起こし、今、この時に活用出来そうな記憶を探し出す。


焦る私の周りには、前世のあの頃とは似ても似つかない煌びやかな衣装に身を包んだ人達が、次に私が何を言うのか平静な目で見ていた。

中でも陛下は机の上で両手を組んだ状態だったので、顔全体ではなくアメジストに輝く瞳だけが見えて、私は余計に追い詰められている気がした。

しかし、ふとその瞳と共に目に入った陛下の手を見て、私はピンと何かが繋がったような感覚になる。


「あ‥‥あるかもしれない」


ぽつり、またいつもの様に言葉が零れる。


「何?」

「陛下!あるかも知れませんわ!ベスパーバ侯爵がこの件に関わっていたという証拠が!!」

「!!!」


私の言葉に会議室にいる全員に衝撃が走る。

しかし私はさっきまでここで得意気にしていた娘のように、そんな皆の顔には目もくれずに、頭の中に浮かんでいるコトについてあれこれと確認していった。


もしかした、この方法を取れば、ベスパーバが蜘蛛を用意した事が明らかになるも知れない。

よし!!いけるかも!!!


私は息を吹き返したかのようにカッと目を見開くと、持っていたメモとペンであることを書き付けた。

そしてそのメモを手に持ち陛下にこうお願いをする。


「陛下、ここに書かれた物を今すぐ用意して頂きたいのです。あとはそうですわね、例の小瓶の検証に関わったどなたか一名にここまで小瓶を持ってきて下さらないか、お願いしても宜しいでしょうか?」

「わかった」


陛下はさっと手を上げると、主の意図を十分理解している侍従が私の下に来てメモを受け取り、颯爽と会議室から出て行った。


「一体君は何をするつもりなんだい?」


今までは場の空気を読んで一言も口を開かなかったギルバートも、さすがに何が始まるのか不安になったらしく小声で私に尋ねる。

そんなギルバートとは対照的に私は非常に楽しげな顔をしてこう言った。


「夏休みの自由研究よ!!」

「???」

久しぶりにステフィアさん自身が頑張るようです。

ギルバートに出番取られないように頑張ってくれると良いのですが‥


ではまた次回!!

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