39.三者三様の娘
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更新がちょこっと遅れてしまいました。
ではどうぞー
警備員も兼任しているダントスが見回りの為にこの場を後にすると、ようやく私達の周りに群がっていた人達にも一区切りがついた。
「父上や母上はいつもこのように人々に囲まれていらしたのですか?」
エンナントの穏やかな集まりしか知らないハリオット達は、今日の強引な挨拶の応酬に些か驚いたようで、周りに人がいないことを確認すると張っていた肩の力をガクッと抜いた。
「いいえ、私達もこれほどの人に囲まれるのは初めてだわ。長年離れていたものだから初めて挨拶を交わす人も多かったのよ。まあ皆様いろいろなお考えの下に動かれているのでしょうけど」
「それにしてもお父様は女性に対してはへっぽこなんですのね。酔っ払いくらいお一人で処理できませんと立派な紳士とは言えませんわよ」
「厳しいね、ネリイ…」
「あーダントス様、かっこよかったなー」
それぞれがそれぞれの意味合いで大きく息を吐くと、誰からともなく笑いが漏れ始める。
「それにしてもお母様がいきなり吹き出して現れたのには驚きましたわ!」
「しょうがないのよ、あれは。ダントス様達の姿を見たでしょう?正面でいきなり来られたら貴方も吹き出すわよ」
「父上の困り顔もなかなかでしたけどね。ねえ、マルクス」
「はい。情けなかったです」
「マルクスまで…」
雨降って地固まるではないが家族で共通のネタがあると大いに盛り上がり、さっきまで淀んでいた空気が和気藹々としたものに変わっていった。
「お楽しみの所失礼します、ファンドール公爵」
そんな中で再び後方からギルバートを呼ぶ男性の声が響く。
挨拶も粗方終わったと思っていた所だったので正直うんざりした気持ちになったが、そうも言っていられない。
私は緩んでた顔を引き締め直すと、声のする方へと振り返る。
すると、そこには濃紺の夜会服に身を包んだ黒髪で細身の男性とそのご家族が揃って立っていた。
「おお、ジャブル伯爵!」
すぐにジャブル伯爵と認識したギルバートは声を掛けると同時にジャブル伯爵に近づき握手を交わす。
一方の私ときたらあまりに予想外の人物の登場だったので一瞬固り、出遅れてしまった。
陛下への挨拶時に同じリング内に居たため失念していたが、他の候補者の家々には一切挨拶をしていなかった事に今更ながら気がついたのだ。
まあひっきりなしに他の方々に囲まれていたのでどっちにしろ動けなかったが、完全に忘れていたわ。
危ない、危ない…
私は内心冷や汗を掻きつつも、外面は何食わぬ顔をしてギルバートの隣に立った。
「中々お忙しそうだったので挨拶が遅れました。お久しぶりでございます、ファンドール公爵、そしてステフィア夫人」
ジャブル伯爵とは9年前にも何度か夜会で顔合わせをしていた仲だし、対立派閥でもないのでベスパーバのように我が家を目の敵にしている体ではなかった。
どちらかといえば我が家に同情的な目を向けているとピートの資料には記してあったはずだ。
ただ残念な事に今の伯爵は、王子の婚約候補者を擁した宰相派の今後を左右する存在。
挨拶時の陛下のお言葉やシャスティン殿下の態度のおかげで、もはや最大の好敵手となっている我が家に対し、持ち前の柔和な笑みを浮かべてはいるが完全に線は引かれていた。
お人柄が良いのを知っているだけに、派閥という枠があることで踏み込めない壁を作られるのはなんだかさびしい気持ちがする。
いくつか当たり障りのない世間話をすると、ジャブル伯爵はご自分の前に美しい黒髪の少女を呼び寄せた。
「お初にお目に掛かります。ジャブル伯爵家・三女のアニエスタと申します。以後お見知りおき下さいませ」
ミュリエラ様と同じネイリーンの1つ年上にあたるアニエスタ様が私達に向かってドレスの裾を摘まみ頭を下げた。
山吹色の涼やかな目元のアニエスタ様は11歳とまだ少女と言える年齢にも関わらず、堂々とした見事な振る舞いで、その姿はまるで一本でも凛と咲き誇る百合の花のようであった。
さすが候補者に名を連ねるだけあって、きちんと教育をされたご令嬢であることがわかる。
ただ一点気になる所があるとすれば、笑顔が、頬の筋肉が、表情が、あまり機能していないことであろう。
「ご立派なレディでございますね、ジャブル伯爵」
笑顔があれば100点なんだけどと危うく言いそうになるが我慢だ。
遠目では伯爵と同じような気質で大人しいのかと思っていたが、こう近くで見るアニエスタ様は大人しいというよりも感情の乏しいお人形のように映った。
「いえ、まだまだ幼いものです。ファンドール公爵のご令嬢の方がよっぽど完成された淑女でございましょう」
その言葉に今度はギルバートがネイリーンを呼びジャブル伯爵達に挨拶をさせた。
「お初にお目に掛かります、ジャブル伯爵様。ファンドール公爵家のネイリ-ン・ファンドールと申します。お会いできて光栄です」
アニエスタ様が百合ならばネイリーンは牡丹かしら?
本性は別としてすましているいるネイリーンにはふんわりとした華があった。
人目を引く華には違いないが、他を圧倒するバラのような華ではなく、どことなく優しい気持ちにさせてくれるような華だ。
悪役令嬢と言うと黒いバラがお似合いだと思うのだが今のネイリーンにそれは似合わないだろう。
試験管を片手に高笑いを響かせながら毒を生成している時は、バラでも牡丹でもなく、毒々しい花。
それこそ食虫植物などが背後に咲き誇っているのが見えるけれども。
こうしてみると随分と穏やかな空気を醸し出す娘に育ったなと感心する。
そうね、黒ではないがバラの雰囲気を持っているのはどちらかと言うとミュリエラ様の方だわ。
頭の中で3人の少女を並べてみると、三者三様、随分と個性的な候補者が揃ったものだと笑えてしまった。
「近々お戻りになられるとは知りませんでしたな。陛下から直々に命ぜられたのですか?」
私の考えをよそにジャブル伯爵はずっと気になっていたのだろうか、陛下の言葉を探るようにギルバートに問い掛ける。
「そうですな。陛下の手に余る事柄が増えたとのことで、手を貸せと隠居を許してもらえなくなったのです。いやはや、困ったものですな」
「ははは、それは大変。復帰を果たされるファンドール公爵のご活躍をお祈りしておりますよ。私にも何かお手伝いすることがあれば何なりと言って下さい。私の力の及ぶ範囲でですが微力ながらお力添え致しますよ」
ギルバートとジャブル伯爵はお互いに口の端だけ上げた顔で笑っている。
こういうやり取りを見てると貴族社会って本当にめんどくさいって思うのよ。
核心は突かずに回りくどい言い回しで聞くのよね。
『陛下から婚約決まりって言われた?』
『お前らのせいで呼び戻されたんだよ』
『こっちの派閥に付いてくださいよ』
簡単に言ってしませばこれだけのことなのにまどろっこしい事この上ない。
大っぴらで言えないのはわかるし、うさんくさくても笑顔を絶やさないのはすごいけど、副音声が聞こえすぎるから隅にでも避けて腹割って話せって言いたくなる。
そうよ、その方が清々しくて案外上手くいくんじゃないかしら?
腹の探り合いばっかりしているからこじれてめんどくさくなるに違いないわ。
やれやれとした気持ちで殿方を見守っていると、後方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「お揃いのようですな。遅くなりましたが我が家もご挨拶に伺いました」
耳の奥でダース○ーダーのテーマソングが掛かる。
ギギギと動きが悪くなった鉄のドアのように声の主の方へ振り向くと、出来るだけ接点を持ちたくなかったあの方達が、まるでそこにあるだけで謎の威圧感を擁するドリアンのように立っていた。
来ちゃったのね、ベスパーバ…
挨拶してなかったのはわかるけどこのタイミングにわざわざ来るあたりに底意地の悪さを感じるわ。
ジャブル伯爵とギルバートのいる所へカツカツと近づいて行くベスパーバは、少し酔っているのか先程よりも顔が赤く染まっていた。
4年前に比べて随分と恰幅も良くなり、髪の後退も進んでしまったようだ。
人となりは顔に出て来ると言うが、ぎょろっとした目に口ひげを蓄えた人相が以前よりも悪くなっていたのを見ると、かつて我が家に向けて放っていた悪態をこの4年の間で随分とまき散らしていたのだろうと窺える。
「こうして顔を合わせるのは4年ぶりですな、ファンドール公爵。おお、あちらにいるのはネイリーン嬢ですな。あの頃よりも美しくなられて…どうです?4年前の情熱はまだ傾けたままですか?」
ネイリーンを視界に捉えたベスパーバがわざとらしくネイリーンに尋ねる。
どうせまだ毒好きなのかと嘲笑しているくせに。
「お久しぶりでございます、ベスパーバ侯爵。体は大きくなりましたが私は私のままかと思います」
「おお、それでこそネイリーン嬢ですな」
素直なネイリーンは嫌みなどはさらっと流して(いや、気付いてない??)曇りなく答えた。
しかしその答えはベスパーバの望む答えだったのだろう。
ニヤリと大きく口元を歪ませそれは嬉しそうに笑った。
ベスパーバよ、気付いているか?
婚約者の座はほぼほぼこれから何もない限りネイリーンに決まったのよ。
破棄の切り札に使えるはずだった毒好きも、陛下や殿下の前ではあっけなく折られてしまったのよ。
まだ冷静なジャブル伯爵ならまだ知らず、直情的なベスパーバならもっときつい嫌みを言ってくると踏んでいたのに、思ったよりもおとなしめの対応だった。
というよりも令嬢としてどうなんだくらいは言ってくると思ったのに、そんな満足そうに微笑むなんて…
酔いが思った以上に回って思考がまとまっていないのかしらね。
お酒は怖いものだもの。
「お父様。私にもご挨拶させて下さいませ」
カオスな大人の中にズイッと前に出てきたのは、先程中庭で出会ったミュリエラ様だった。
あの時は体調を崩していたようだがどうやら回復したようだ。
第一印象のようにギラついた気を辺りに放ちながらギルバートとジャブル伯爵に向けて礼を取る。
「お初にお目見え致しますわ、ファンドール公爵様、ジャブル伯爵様。ベスパーバ侯爵家のミュリエラと申します。宜しくお願い致しますわ!」
やはり思った通りこの子はバラだわ。
真紅のドレスに見劣りしない強烈な個性。
その艶やかな容姿もさることながら、容易に手を出せば刺してくる棘をびっしり身体に巻き着けているようなところまでもそっくりだ。
中庭の弱々しい彼女も1つの側面なのかも知れないが、この他を圧する華やかさが一番の彼女らしさなのだろう。
ミュリエラ様は次にネイリーンの前まで行くと片手を腰に据え、もう片方の手で扇を持ち高らかに言った。
「あなたがネイリーン様ですわね。あなた、ちょっと殿下に親しくされたからと言って調子に乗るんじゃありませんことよ。殿下と私は幼い頃から何度も逢瀬を重ねている間柄ですの。あなたはたった1回会っただけ。今はただ物珍しくて遊んでいただいてるだけなんですからね」
フンと鼻を鳴らしネイリーンを睨みつける様はまさに正道の悪役令嬢のようだった。
シャスティン殿下とネイリーンのダンスを見て全てを悟ったかのような悲しい顔をしていたが嘘のようだが、まだまだ負ける気はないという事だろう。
中庭で見かけた時はまだ情緒不安定っぽかったが、どうやら諦めない方向で心が決まったのかもしれない。
報われない恋でちょっと切ない気持ちもあるが、私はひっそりと心の中でミュリエラ様にエールを送ろうと思う。
だって候補者の3人の中で、王子のことを心から好きなのはきっとミュリエラ様だけだと思うから。
その証拠にミュリエラ様の言葉にちっとも動じずキョトンと呆けていらっしゃるもの、我が娘は…
だから今のネイリーンに対する暴言もベスパーバとは違って寛大に聞き流そうと私は思った。
「まあ私が一番優れているのはこの後のラストダンスで皆様にも分かって頂けると思いますわ。ええ、私が誰よりも殿下にふさわしいと。楽しみにしてらしてね!」
言いたいことを全て言ってスッキリしたのか、ミュリエラ様はオーッホホホーと再び高笑いを浮かべてそのまま会場の奥へと消えていった。
「………」
まあ皆どう切り出していいかわからなくなるわよね。
嵐のように去っていたミュリエラ様に対して、それぞれが苦笑いを浮かべるしかない。
「いやぁ、これは失礼した。娘はシャスティン殿下の事となると少し気が大きくなってしまうようでして。私の顔に免じて許してやっていただけますかな?」
一呼吸置いて父親であるベスパーバが娘のフォローに回る。
初対面の公爵や伯爵の前で、いきなり公爵令嬢であるネイリーンに啖呵を切ったのだ。
冷や汗の1つくらい掻いてもいいはずなのに、娘が目に入れても痛くないほど可愛いのかその表情は生き生きとしたものだった。
「気にしておりませんよ。可愛らしいお嬢様ではありませんか」
「おお、寛大なお言葉を聞けて良かった。ではそろそろラストダンスになると思いますのでこれで私も失礼させていただきます。では、ファンドール公爵、ジャブル伯爵」
ベスパーバはそう言うと用は終わったとばかりにミュリエラの後を追ってそそくさとこの場を後にする。
「…では私達も失礼するとします。行くぞ、アニエスタ」
ジャブル伯爵もその流れで私達と別れ宰相達がいる方へと去って行く。
ようやく家族だけになった私達5人は、もう疲れたなとばかりに大きな溜め息を一斉に吐くのであった。
バナナフィッシュという漫画にハマり、しばらく浸っていたので書けなくなってしまいました。
力のある物語はすごいなー。
ようやく再開できそうです。
次回もお楽しみに―




