37.切ない縦ロール
お読み頂きありがとうございます。
新たな人物の登場です。
お楽しみ下さい。
2021.03.02 年表が大幅にずれてしまってました。ごめんなさい! 7年後→4年後です!!
他にもちょいちょい訂正いれてます。すみません
会場に響く美しい音楽の調べと、止むことのない人々のざわめき。
様々な陰謀渦巻くの夜会に少し疲れてしまった私は、身体と心を休ませようと一人バルコニーへと出ていた。
冬にしては暖かい夜でよかった。
いつもは刺すような冷たい風もショールを羽織れば火照った身体を覚ますには丁度よくて、水を与えられて息を吹き返す植物の様に私はしおれていた身体をぐっと伸ばした。
本来バルコニーの前には大きな中庭が広がっているのだが、夜の闇に包まれている今はその全容を目にすることは出来ない。
しかし歩道を示す小さな灯と、窓から漏れる会場の光がぼんやりと咲いている花々を照らし出す様は、まるで夜空を絨毯にして敷いているかのようにうっとりするほど美しい。
その神秘的とも言える光景は大好きな夜のエンナントの湖畔の風景を彷彿とさせ、疲れた心を癒やしてくれた。
右に左にゆっくりと視線を泳がせると、その中にうっすら椅子にもたれている人影に気付く。
あの影の方はどなたかしら?
何だか全く動かないけれどもしかして具合でも悪い?
他に誰かいるようにも見えないし。
私の様に疲れているだけならいいけれど、病気で動けなくなっているとかなら大変だわ。
ピクリとも動かないその人影に何か不安を覚えた私は、とりあえず安否だけでも確かめようとバルコニーから中庭に降りその影の方へと歩を進める。
段々近づいていくと、うっすらしていたその人影がはっきりとした輪郭を帯びてきた。
まず真っ先に目に入ったのは風に吹かれても形を変えないローズピンクの縦ロールだった。
…あれは…もしかして…ベスパーバ侯爵のミュリエラ様かしら?
私は会場でベスパーバの横でニッコリと深い笑みを浮かべていた少女の姿を思い出す。
そうそう、あのきっつい縦ロールと真紅のドレス。
間違いない、ミュリエラ様だわ。
となるとこのまま私が声を掛けても大丈夫なのかしら?
私は進んでいた足を一度止める。
なぜそう思ってしまうのかはあのベスパーバの娘だからだけではない。
その訳を説明するには少しだけ時を遡る必要があるのだ。
私がバルコニーに出る少し前のこと。
陛下との挨拶を終えた私達は王妃様、そしてシャスティン殿下と挨拶に回った。
4年振りに目にした殿下は、あの頃見た幼い少年の面影は消え、気品と威厳を充分に身につけたあのゲームの完璧王子の姿に随分と近くなっていた。
きゃーイケメンに育ったわねー!
スチルで見たあの愛しの王子の姿まであともう少しというところね。
こうやって一番推しだった王子の成長していく姿が拝めるのもゲーム転生の賜物だわ!
皆がいなければありがたやとひれ伏すところよ!!
内心は前世の記憶に引っ張られたミーハー部分が炸裂してテンヤワンヤな状態になっていたが、外面だけはどうにか保って特段おかしな事を言うこともなく、さくさくっと挨拶をしてこの場を離れようとした。
しかしシャスティン殿下へ全員が挨拶を終え、次に控えているベスパーバに場を譲ろうとすると、突然殿下は席から立ち上がりネイリーンの手を取るとこう言ってきたのだ。
「さあ挨拶は終わった。ネイリーン、踊るぞ!」
眩しいほどの満面の笑みを浮かべ、ズンズンとネイリーンを連れて壇上を降りていく殿下の姿に、その場にいた3家族の面々は何が起こったのかわからずポカーンと呆けてしまったわよ。
だってウチは挨拶し終わったとはいえ、他家はまだ挨拶の途中よ。
後ろがいるのよ。
陛下も王妃様さえも殿下のいきなりの行動に思わず頭を抱えていらっしゃったわ。
そしてまーたざわめくのよ、場内が。
「音楽を!」
嬉しそうな殿下の声に反応し楽団が慌てて軽快なワルツを奏で始めると、4年前とは比べものにならないほど堂々としたダンスを二人は踊り始める。
軽やかにフワリと舞うネイリーンと、そんなネイリーンにピッタリと寄り添いエスコートする殿下の姿はファーストダンスを披露した陛下と王妃様を連想させるほど見事なダンスであった。
いや、いいよ、上手だし、お似合いだとも思えるわ。
でもね殿下。
どうしてくれるんですか、この空気。
私の後方から痛いほどギリギリと注がれる嫉妬と怒りの視線を。
怖くてホール以外に目を向けられない。
もうこうなったら皆の視線がそちらに向いている間にこの場からそそくさと離脱しましょう。
私はギルバートに目で合図を送ると、ギルバートは「了解!」とばかりにハリオットとマルクスを引っ張ってそおっとこの場を後にする。
その時にちらりと目に入ってしまったのだ。
ベスパーバの隣にいるミュリエラ様の目が怒りを浮かべているのではなく、笑い合う二人の姿に深いショックと悲しみの混じった目をしているのを。
あの目で私、気付いたんですよね。
あーこの子本気でシャスティン殿下が好きなんだなーって。
親に言われて婚約者を狙っているのではなく、この子自身が殿下に恋をして自ら殿下の婚約者になろうとしているんだってことに。
私から見てもあの殿下の嬉しそうな顔ったらないわ。
ネイリーンを前にするまではキリッと感情を表さず冷静沈着な王子を完璧に装ってらしたのに、いきなりあんな犬が全力で尻尾を振っているような顔をなさるんだもの。
愕然とするわよね。
きっとミュリエラ様もあんな殿下を見るのは初めてなのでしょう。
自分には向けない殿下のあのどう考えても好意がダダ漏れの表情を見て、困惑と悲しみが隠せないでいるようだった。
-と言う訳で、殿下をあんな風に変えた女の母である私が、ミュリエラ様に声を掛けるのはかなり微妙な気がしてならないのです。
私は今一度、薄暗いベンチに佇むミュリエラ様の様子を見つめる。
俯いたままやはりピクリとも動かない。
…風も少し冷たくなってきたし、とりあえず中に入るようだけは伝えた方がいいわよね。
私は意を決して再び止まっていた足を動かした。
「もし、そこにいるのはミュリエラ様でいらっしゃいますか?」
小さく囁くと、ビクッとミュリエラ様の体が反応する。
そしてまるでスローモーションを見ているようにゆっくりと顔を上げて私に目を合わせた。
「…あなたは……!!ファンドール公爵夫人!!」
ミュリエラ様は私を認識するとまるでお化けにでも遭遇したかのように体をのけぞらせる。
やだ。
そんなになるほど嫌われてるなんて地味に傷付くわね。
しょうがないのかも知れないけど悲しいわ。
「え、ええ、ステフィアと申します。バルコニーから貴方の姿を見つけまして、全く動かないので何かご病気なのかと思いましたのよ。大丈夫ですか?随分と風も冷たくなって参りましたしこのままでは体を冷やしますわよ。」
嫌われていてもここまで来た目的は忘れずに伝えよう。
私はミュリエラ様の前まで行き、まずはその顔色を窺った。
「……ステフィア様…ネイリーン様の…お母様…」
??
どうしたのだろうか?反応がいまいちおかしい気がする。
もっと怪訝な顔をされると思ったのに、どこかぼんやりとしたまま確認するかのように私を見ている。
「はい、ネイリーンの母です。あの、大丈夫ですか?」
「!は、はい。大丈夫です。ご心配をお掛けしましたわ」
私の再びの問い掛けに意識が戻ってきたのか慌てたようにミュリエラ様は答えた。
でも今度は私の顔をジッと見つめてくる。
……一体どうなさったのだろうか。
ショックが大きすぎて思考が停止してしまったのだろうか。
視線を逸らすことも出来ずに、私はミュリエラ様が動き出すまでそのまま目線を合わせ続けた。
「あ、すみません。なんか色々と考え込んでしまって。ええ、あの病気とかではありませんのよ」
そうですよね、あんな事があれば色々と考えますよね。
殿下とネイリーンのダンスの後、「今度は我が娘と。」とベスパーバに連れられて半ば強引に殿下とダンスされてましたものね。
その時には殿下の表情は穏やかではあるがいつもの王子様の顔に戻ってらしたし、きっとそういうのも含めて考えてしまうのでしょう。
ネイリーンとはライバル?に当たる…
私からしたらミュリエラ様が強引にでも殿下を引っ張ってくれればいいとも思うのですが、まあもう国の安定の為にはそこは諦めますが…
そのライバルの母親である私が目の前に現れて、処理が追いつかないのだろう。
なんだか申し訳ない!!
すると次の瞬間、驚くことにミュリエラ様の目から大粒の涙がぼたりとこぼれ落ちてきた。
!!!
きゃーこの場に出てきてごめんなさい!!
ライバルの母なんていやだったよね!!
今すぐいなくなるからね!!
ボロボロと泣き出すミュリエラ様を前にして、大の大人である私は軽くパニックに陥る。
「えと、あの、なんだかごめんなさいね。おばちゃんがしゃしゃり出てきてしまって。い、今すぐいなくなりますからね。あ、でも、落ち着かれたら中に戻って下さいね、風邪を引かれてしまいますから」
「え?あ、あの違います。ステフィア様のせいではないのです。これは…これは全く…別のこと…で…」
「別のこと?えと、それはそれで大丈夫なのかしら?その、いきなり泣かれるなんて何かとてもおつらいんじゃありません?」
私が原因ではないとの告白にホッとしつつも、今度は私じゃない理由で何をいきなり泣くなんてとそれはそれでと心配になってくる。
私は膝を曲げてミュリエラ様に対峙すると、真紅のドレスの上でカタカタと細い手が震えているのが目についた。
思わずその震える手をそっと自分の手で包み込みさすってあげると、驚いた顔のミュリエラ様と目が合った。
最初の印象ではベスパーバの雰囲気を踏襲した気の強そうな子だったが、こうしてわずかに触れあってみれば、表情がくるくると変わるどちらかというと庇護欲をそそる子だと思った。
はてさて、一体この子は何をそんなに泣いて、震えているのだろうか。
私が見つめている間も彼女の涙は途切れることはなく、かすかに何かしきりに呟いていた。
その声はあまりにも小さかった為、目の前にいる私にも何を言っているのかはわからない。
きっと彼女が自分自身に言い聞かせているようだった。
少しの間、手をさすってあげるとようやく落ち着いてきたのか、今度はハッキリとした声で話しかけられた。
「いきなりこのように取り乱してしまい本当に申し訳ございませんでした。もう、大丈夫です」
目は赤いが最初のようなうつろな姿はもう無くなっていたので、私はホッとする。
「いいえ、落ち着かれたのならよかったですわ。何があったのかは存じませんがあまりご無理はなさらないで下さいね」
「はい、申し訳、ありません」
結局何故いきなりあんなに泣いたのかはわからない。
言わないだけで本当はネイリーンと殿下とのことが悲しくて泣いているのかも知れない。
本人には決して言えないが、いくら彼女が殿下を慕っていてもその思いが成就することはないのだ。
今の相手であるネイリ-ンでなくも、この先には本当に殿下と結ばれるであろうヒロインのシェリーが控えているのだから。
「…では…私は会場に戻りますので、ミュリエラ様も少ししたら必ず中にお戻り下さいね」
いつまでも私がいてはミュリエラ様も戻りづらいだろう。
一緒に会場に戻るのはちょっと恐ろしいことになるだろうし。
私はスッと立ち上がるとミュリエラ様に笑顔を向けた。
「はい、ありがとうございます。本当に、本当にごめんなさい。ごめんなさい」
ミュリエラ様はやり過ぎですよとこちらが思うほど深く頭を下げてくれた。
人の本性って本当にわからないものね。
ここでの彼女を見る限りでは本当に礼儀正しい低頭平身の人物でしかないわ。
私も人の見える部分や先入観に惑わされずに付き合っていかなくてはいけないわね。
うん、いい経験だ。
そんな事を思いながら私は元来た道を辿り会場へと戻っていった。
ただ私は知らなかったのだ。
あのミュリエラ様の涙には、大きな大きな訳がある事を。
そして私が聞き取れなかった彼女の小さな呟きが、ひたすら『ごめんなさい』と繰り返していた事を。
題名を付けるとき、これでいいのだろうかと悩みましたが、まあわかりやすいからいいかとこれに決めちゃいました。
ではまた次回-!




