36.リングの上の化かし合い
お読み頂きありがとうございます。
夜会では書きたいことがどんどん増えてきます。
長くなりそうですがお付き合い下さい。
ではスタートー
右手に動、左手に静。
相対する陣営の間に見えない火花が散っているような、そんな光景だわ。
ベスパーバが言わずもがな動。
顔は笑っているけれど後ろに本音がだだ漏れしている。
餌を捕んだ肉食動物の如く、これは俺の獲物だと辺り一帯に撒き散らす牽制が凄まじい。
いや、挨拶の順番なんかで競わないから。
1番になりたいのかも知れないけれど陛下の御前でその空気を出す方が問題だからね。
続いて静のジャブル伯。
こちらは逆に猛獣を檻の外から眺めているかのような感情のない目でベスパーバを見据えている。
うん、これが今の王宮の縮図なのね。
ここまであからさまに対立しているんだとしたら、陛下が今後の内政を憂うのも頷けるわ。
あからさまな対立構図を前に、私の背中にひやりと嫌な汗がつたう。
「これはこれはジャブル伯爵もご家族での参加でしたか。いつもは誰かの影に隠れているのに今日は隠れ蓑がなくてお心細いのではないのですか?」
ああいつも通り嫌みたらしいベスパーバね。
宰相ドベルスキーの腰巾着とでも言いたいのかしら。
今少しだけジャブル伯爵の眉が上に動いたわよ。
さてさてジャブル伯爵はどう返すかしら?
私はゴングの鳴ったリング上の戦いを生唾を飲み込みながら見守る。
「お気遣いありがとうございます、ベスパーバ侯爵。そちらは些か興奮しすぎているように思えますよ。子どもと同じ目線に立てるのは羨ましいですが、親の威厳も保たねばね」
おとなしそうな顔をして結構ジャブル伯爵も辛辣だわ!
ベスパーバに子どもと程度が同じですとやんわり言うなんてやるわね。
さあ次は誰がいくのかしら?
ん?あれ?もしかして??
ここにきて私は我が家のいる位置にはたと気付く。
ジャブル伯爵とベスパーバに挟まれたこの位置。
まるで今後のギルバートの立ち位置を示す様に二つの派閥に挟まれているこの我が家の位置だ。
最前列でバトルを観戦しているような気になっていたけれど、ここも立派に同じリングの上だとういう事にたった今気付いてしまった。
こ、これはどう動くのが正解なのかしら?
異様に順番にこだわっているベスパーバにお先にどうぞと譲る?
我が家が折れたらでジャブル伯爵はどう思うかしら?
下手に動いたらファンドールはベスパーバに付いたのかとか勘ぐられたりしないわよね。
高速で色んなことを考えているとふと誰かの視線がこちらに注がれているのを感じて、私はその視線の元を辿った。
まぁ陛下!
そこには、先程まで自分がいると思っていた本当の観覧席から悠々と闘いを見下ろしている陛下の姿があった。
よくこの場でその笑顔出せますね!
こちら側は結構キツイんですよ!
いえ、この状況下であの余裕の表情を浮かべられるとは逆にさすがと言うべきなのかしら?
きっとこの戦いの決着がどうなるのかを楽しんでおられるのだろう。
そしてその笑みはお手並み拝見とばかりに明らかにギルバートに向けられていた。
「ふぅ、めんどくさいな」
ギルバートは隣にいる私にしか聞こえない小さなため息を吐くと嫌々ながら一歩足を踏み出した。
「ベスパーバ殿、ジャブル殿。お話の最中申し訳ないが我が家はご存知の通り久方ぶりの招待なので、お先に陛下の元へご挨拶させて頂きますよ。」
おおっ!対立する二人の戦いに我関せずといった素振りでギルバートのお先に失礼が入りました!
仲裁など一切せず肩すかしをさせて逃げ切るつもりね。
久し振りを強調して特別感を出し、オタクらとはちょっと違う立ち位置なのでと争点をズラしたやり方。上手いわね!
これなら相手方もこちらが先だろうと言えまい。
我が家は攻撃の矛先が向かないうちにさっさと用事を済ませられるし、残った二人も私達が動けばあとは流れで動くこともできるだろう。
ギルバートは睨み合っている2人それぞれに隙のない笑顔を向けると、そのままツカツカとを一人前に進んで行った。
迷いのないその姿に思わず目を奪われてしまったが、すぐにハッと我に返り私は子ども達と共にギルバートの後を追う。
「この度は栄えある王家主催の夜会に家族共々ご招待頂き、誠にありがとうございます、陛下」
「なにこちらも急な招待で悪かったな。久方ぶりの王都はどうだ?楽しんでおるか?」
「王都も王宮も良し悪しは別として随分と様変わりしていたので楽しむよりも驚いてばかりですよ。変わりのない方に会えると懐かしくて嬉しい限りです」
ギルバートは陛下に礼をすると苦々しい顔で答えた。
今繰り広げられている茶番にももううんざりですよとでも言うかのようだった。
「そうか。してステファ。其方が倒れたとネイリーンから聞いたが体はもう大丈夫なのか?」
「有難うございます、陛下。すっかり良くなりましたわ。ご心配をお掛けし申し訳ございませんでした」
さらっとネイリーンの名前が入ってきましたね。
実は初日の王宮訪問以後も何だかんだとネイリーンはシャスティン殿下に連日呼び出され、その様子を見に来た陛下と王妃様とすでに会っていたのです。
私と会った時もネイリ-ンの事を気にしていた節があったから我慢がならなかったのだろう。
ネイリーンと一緒に王宮について行ったクロードから陛下に会ったと聞いた時は肝が冷えたが、どうやら教え込んでいた礼儀作法がきちんと作用したようで何事もなく済ませられたらしい。
変な暴走がなくて本当に良かった。
粗相していなくて本っ当に良かった!!
「後ろに控えているのがハリオットとマルクスか?」
「はい、陛下」
ギルバートは子ども達を自分の横へと呼ぶ。
「本日はお招き有難うございました。お初にお目にかかります。ギルバート・ファンオールが長子、ハリオット・ファンドールと申します。以後お見知りおきください」
国王との初対面にも臆した様子もなく堂々とハリオットが挨拶をする。
「うむ。賢そうな子だ。ああネイリーンはいいぞ。この前挨拶したからな」
ネイリーンは笑顔を浮かべカーテシーだけで済ませると、今度はガチガチに緊張したマルクスが一歩前に出た。
「お、お初にお目にかかります。同じくギルバート・ファンドールの末子、マルクス・ファンドールと申します。い、以後お見知りおきください」
国王陛下の出すオーラには圧倒されてしまい挨拶を少し噛んでしまったマルクスは、失敗した!と思ったのだろう。
いつもは溌剌としている顔がみるみるうちに青くなる。
そんな血の気の引いたマルクスの心情に陛下もすぐ気付いたようで、いつもよりも柔らかい声で挨拶に答えて下さった。
「よくできたな、マルクスよ。このような場は初めてであろう。これからも兄姉に倣いよく励むが良い」
「!! は、はい!」
失敗を咎められることなく、逆に陛下から激励を頂けたマルクスはさっきまで青くなっていた顔を今度は赤く染めて喜んだ。
その手に取るような感情の動きに私やギルバートはもちろんだが、陛下も微笑ましく思ったのだろう。
さっきまでギスギスしていた辺りの空気がほっこりとしたものに変わっていく。
小さな子の素直な感情はいつだって大人の心を浄化してくれるのだから。
「近々王都に戻ってくると聞いた。今後はこのような機会も増えるやも知れん。ファンドールの子らの成長を私も楽しみしているぞ」
!!!!
陛下の言葉に私達の周りにいた人達が一気にざわめく。
「ファンドール公爵がお戻りに?」
「陛下のお許しが得られたのか!」
もちろんいがみ合っている両サイドのお二方も例外ではない。
こちらを見る顔にはまさかと驚愕の表情が貼り付いている。
わざわざ皆に聞こえるようにこの場で話すなんて、本当に良い性格をしていらっしゃるわ。
このタイミングでファンドールが王都に戻る事がどんな意味合いを持つのか、少し考えれば分かるようなものを…
私達からすれば王命でしかたなくのヴァーパス復帰だが、それを知らない皆からすれば我が家が本格的に婚約者の座を狙って乗り込んできたのか、はたまた戻らざるを得ない状況下、つまり婚約内定を打診されたのか…と映るだろう。
どちらにしても今までは我関せずと田舎に引っ込んでいた公爵家が第一線に復帰するのである。
エンナントから全く出て来ず、権力争いからも外れていた我々が、元々持っていた大きな影響力を引っ提げて戻ってくるのだ。
2大派閥に与しない新たな力の誕生は今ある勢力図を大きく揺るがすことには間違いないので、今後を考える貴族達はどう動くべきなのか頭を悩ませることだろう。
陛下はざわつく会場を満足そうに見渡すと再びギルバートと目を合わせる。
「今宵は久しぶりに会う者も多いだろう。これまで疎遠になっていた縁をしっかり繋いでくるがよい」
「…お気遣いありがとうございます。今後に繋いでいけるよう私もマルクス同様励むことに致しましょう」
そう言い向き合う二人の顔にはこの華やかな雰囲気とはあまりにもかけ離れた不敵な笑みが浮かんでいた。
宮廷内には狐も狸も腹黒もたくさんいるんでしょうね。
頂点ももちろんそうでしょう。
大変そうです。
では次回!!




