32.王宮の事情、王の思惑
お読み頂きありがとうございます。
色々考えながら書いていた一週間経ってしまいましたね。
これからもお付き合いくだされば光栄です。
ではスタート-
磨き抜かれた大理石の床を歩けばカツンと足音が響き渡るほど、ここは人の気配のない静寂に包まれている。
9年振りに訪れた王宮はあの頃と変わらず荘厳で華やかな佇まいのままだった。
案内役の侍従に先導され緊張しながらも王宮の奥へと足を進める。
「今日は謁見の間ではないのですか?」
本来ならば国王との謁見は謁見の間と呼ばれる広間に通されるはずだ。
しかし今進んでいるところは普段ならば王族に関係する者しか立ち入ることのない居住区内。
不思議に思った私は思わず侍従に尋ねた。
「国王陛下は本日の面会はあくまでも私的なものだとお考えのようです。故に謁見の間ではなく、陛下の個人的な面会室にお通しせよと通達をうけております」
私的な面会……
私的という事はいつもよりも少し砕けた面会になるのかもしれない。
もしくは公にはできない何かを告げられるのか。
いずれにせよ、私たちは陛下の望む通りにでしか会うことはできないので余計な憶測はしないでおくとしよう。
「そうですか、ありがとう」
そこから少し進むと侍従は衛兵の立つある扉の前で止まった。
「ファンドール公爵夫妻をお連れいたしました」
侍従が衛兵にそう声を掛けると、衛兵は私達を確かめる様にこちらに体を向けた。
あらかじめ誰が来るのか先触れがしてあったのであろう。
私達の姿を確認すると胸の前に手を当て、「どうぞ中へお入りください」と扉を開けた。
陛下が指定してきた部屋は想像していたよりもこぢんまりしていた。
といってもあくまで想像よりは、といだけで面会室としては十分過ぎる広さではある。
そして広さよりも目がいってしまうのは、部屋の中央に置かれたテーブルセットを始めとした家具達だ。ロココ調で統一された家具はどれも優雅で洗練されたデザインで、おそらく美術館などに展示してもおかしくない一品ばかりなんだろうと思う。
「こちらにお掛けしてお待ち下さい。只今国王陛下をお呼びして参ります」
侍従に促されミントブルーの座面が美しい椅子に座ると、目の前に何代目かは分からないが王の姿と思しき肖像画が飾られていた。
王妃と思われる女性が座る椅子に手を掛け、威厳に満ちた表情で前を向く王の姿に目を奪われる。
短髪で前髪を逆立てた雄々しい王の姿はとても精悍で、正装姿でもわかるムキムキボディに私は心を掴まれてしまった。
だってしょうがないじゃない。
昔(前世ね)から筋肉見ると頬が緩んでしまうのよ。
理想は細マッチョが一番だけど、絵画なら誇張されているくらいが調度良いわ!
「これはいつの時代の王かしら?」
煩悩を押し込めると真っ当な疑問が浮かんできたので、首を軽く傾げてポロリとこぼす。
私の声を拾ったギルバートは検分するかのようにジッと絵を見つめた。
「これはきっと初代様だろうね。ほら、王の後ろに描かれている地図のマグノリアが今の形と違う。きっとまだ国が興って間もない頃なんだろう」
そう言われて再び肖像画を見直すと、ギルバートの指摘した通り、私の知っているマグノリアとは違う形の国が地図が描かれていた。
おお本当だ。
こんな小さな事に気付くなんてさすが-
「さすが博識だな、ギルバート」
私がギルバートのその知識力に感嘆するのと同じタイミングで、奥の扉から顎のラインで切り揃えられた金髪の壮年が入室してきた。
!!
私とギルバートはその御仁の姿を見るや否や、椅子から立ち上がり頭を下げる。
「ああいい。面を上げい」
身が竦むような威厳に満ちた声が頭上から降り掛かり、私はゆっくりと顔を上げた。
「久しぶりだな、ギルバート」
そう言って微笑む御仁には5年前に初めて会った幼い王子と同じアメジストの瞳が揺れてる。
目の前に飾られた初代王の面影を色濃く残したような精悍な顔つきだが、雄々しさはなくどちらかといと柔らかな甘いマスクをしていた。
ヴァルブル・ウォン・マグノリア
この国で最も尊い御仁、マグノリア王国の国王陛下が私達の目の前に立っていた。
「お久しぶりでございます、陛下。ギルバート・ファンドール、陛下の命を受け御前にはせ参じさせて頂きました」
「帰還したばかりというのに突然呼び立ててすまなかったな。ああギルバート、其方もやはり老けたな」
フッと笑みをこぼす陛下を見ると、張り詰めていた糸が少しだけほどけていく感じがした。
「ステフィアも健在のようだな」
まじまじと観察するように紫の瞳がこちらに向けられる。
「お久しぶりでございます、国王陛下。ありがたくも元気にやらせていただいております。」
私は自分に出来うる一番優雅な動きで挨拶をする。
「9年ぶりだけれども二人とも変わりないようで安心したわ」
陛下の横から良く通る涼やかな声が響く。
やや暗めのダークブロンドの髪を綺麗に結い上げ、瑠璃のような濃い青の瞳を携えた王妃、エルミナル様だ。
「王妃様もお元気そうで何よりでございます」
「数年前はシャスティンが世話になりましたね。そちらから戻ってきたシャスティンはいい刺激を受けたようで一層勉学に励むようになったわ。ありがとう」
「もったいないお言葉でございます。私どもは何にも。シャスティン殿下の持っていた資質でございましょう」
私達よりも5歳年上の王妃は長年子宝に恵まれなかったこともあり、ようやく授かったシャスティン王子をそれは大切に育てていた。
ただ優れた人格者でもある王妃様は溺愛というような囲い込むような愛し方ではなく、まるで獅子の如く将来を思って放り出すような愛し方をされていた。
突き放しているようにも思えるが行き詰まればそっと手を差し出される、そんな愛し方だった。
今はシャスティン殿下の5歳下に可愛らしい姫が誕生して、公私共に忙しく動かれていると聞き及んでいる。
「シャスティンも別室でネイリーンと会っておるのだろう。どうやらシャスティンは其方の娘が気に入ったようだぞ。このまま婚約の運びになるかもしれんな」
陛下の放つ何気ない言葉が私とギルバートの胸にグッサリと刺さる。
それはお断りしますと言いたい所だが、この場でそんな事は口が裂けても言えないはしない。
私は頷かない代わりに無言のまま笑うしかなかった。
「そう思っていただけるのは光栄でございますがまだまだわかりません。1週間後の夜会は婚約者選定の夜会でございましょう。他にも優れた方が候補に挙がっていると聞いておりますし、皆が納得のいかれる方が望ましいと思われます」
「なんだ、其方の話を聞いているとネイリーンをシャスティンには与えたくないように思えるぞ」
決して気を悪くしたような素振りではなく、ギルバートをからかうように陛下は言う。
「いえ、そうではありませんが娘のネイリーンは少々変わっておりますので、王家に嫁ぐには荷が重いと思うだけです」
「ああ、ゼクソンから報告は受けている。なんでも毒に懸想しているとか。確かに変わり者ではありそうだな。後で私もネイリーンの顔を拝みに行ってみるかな」
「陛下、シャスティンの邪魔をすると嫌われますわよ。珍しく自分からご令嬢を誘ったのですから」
「ははは、それは困るな」
一見和やかな会話なのに、なぜだろう。
各々の手には見えない刃が見え隠れしている気がする。
「さて、前置きはこれくらいにして本題に入るか」
そう言うと先程までの陽気な雰囲気が一変して陛下の声色が真剣なものに変わった。
本題とは何なのか私にはわからないが、ただ事ではないような気配を感じて自然と背筋がピンと伸びる。
「ギルバートよ、其方がエンナントに謹慎してもう10年目になるな」
陛下はギルバートの目を見据え、ゆっくりと話し始める。
「この王宮内の勢力はあの当時からドベルスキーを中心とする宰相派と我が弟のルべリオスを中心とした王弟派に大きく分かれているのは其方も知っているであろう」
「はい、存じております。私はいち、尚書官でしたので派閥とは縁遠いものでしたが、仕事を振る際には気を揉んだ物です」
「なにがいち尚書官か、よくいうわ。其方が抜けた後の尚書は酷いものであったぞ。皆が死にそうな顔をしておったわ」
ギルバートと陛下はお互いの腹を探り合うようにニヤニヤしながら言葉を紡いでいく。
「まあよい。ならば知っているだろうがこの2大派閥の特徴は簡潔に言えば周辺国、特にエジルブレンへの対応の違いだ。ドベルスキーらは利害の一致を対話で摺り合わせてようとする対話重視の穏健派。対するルベリオス達は自分達の利を武を以て得ようとする武力行使の開戦派だ」
-知らなかった。
ギルバートは王宮の、特に仕事に関する事などは私に話してはこないタイプだ。
もちろん派閥があるのは私も茶会に招待客を呼ぶ際に気を付けなければならないので把握していたが、対立原因がまさか外交方針を巡っての事などとは思ってもみなかった。
単なる王宮内での権力争いなんだろう位にしか考えていなかったのである。
私はヴァーパスにいる間、忙しさにかまけて重要な事まで気が回っていなかったのだと今更ながら自分を恥ずかしく思った。
「それでだ、其方が謹慎している間にその2大派閥の対立が激化した。原因はわかるか?」
陛下がギラリと射貫くような視線をギルバートに向ける。
その視線を正面から受け止めているギルバートは、きっと思い当たる節があるのだろう。
しかしすぐには言い出さず、少し間を置いて、苦悶の面持ちで口を開いた。
「……サザノスの一件ですね。捕縛したディノン、いえマハルト・サラーナは口を割っていませんがエジルブレンが我が国に侵攻しようとしての行動だったのは目に見えて明らかですし。開戦派からしたらマグノリアから攻め入るこれ以上ない機会だったのでしょう」
ああ、こんな所でサザノスの影響があるなんて…
私はガクッと力が抜けていくような感覚に襲われた。
ギルバートが苦々しく言う訳がわかる。
私達がエンナントに謹慎したのはサザノスの一件を上手く収めようとしたからだ。
責任を取る形での自主謹慎。
しかし私達が去った後でも王宮にはずっと、サザノスの落とした火種が燻り続けていたのだ。
「エジルブレンにマハルトの起こした事実を突きつけたところで“マハルトが勝手にしでかしたことだ。国とは何の関係もない”と突っぱねられてしまうのが落ちだ。しかし開戦派は多少強引でもやるなら今だと息巻いてな。ドベルスキーが可能性だけで行動を起こすべきではないと何とか諫めたのだが、今も虎視眈々と開戦の期をを待っているであろう。私としてもドベルスキーと同じく簡単に戦は起こすべきではないと考えている。戦を起こせば真っ先に犠牲になるのは民だ。それはエジルブレンも我が国も変わらない。推測だけで攻め入るなどもってのほかだ。戦など避けられるのなら避けるに超したことはないのだからな」
ヴァルブル陛下が真っ当な考えの持ち主でよかった。
国の頂点に立つ者の力は巨大で絶対だ。
国王の考え方1つで、国という大きな船の舵はいくらでも切れてしまう。
エジルブレンなどはその最たるもので、いくら自国をより豊かにしたいからと言っても大した外交努力もせず、王の気分で幾度となく戦争を仕掛けてきているのだから、付き合わされる国民にとってはたまったもんじゃないだろうと思う。
民のことを一番に考えてくれる国王で本当に良かった。
「しかしこのまま派閥同士の争いが続けば、王宮内は荒れ果て、内政にも影響が出て来るやもしれん。今王宮内には両派閥とも上手くやれる緩衝材の役割を果たせる者がいないのだ。私もドベルスキーと同意見だと申したがそれを押し通せば今度は開戦派がますます強固になり、王の座をルベルオスにと反旗を起こすやも知れん。今でさえ次期王となるシャスティンを取り込もうとベスパーバなどは躍起になっているくらいだからな」
陛下は額に手を当て眉を顰めると、そのままギルバートを見据えた。
「そこでだ、ギルバート。其方、ヴァーパスへ戻ってこい」
「!!!」
「もうまるまる9年は謹慎したのだ。10年目の節目だ。そろそろ第一線の復帰しても良かろう」
陛下!何を仰っるの!!
ヴァーパスに戻るなんて我が家にとっては百害あって一利なしよ。
『近づきません、王宮は』が我が家が安全に過ごせる一番確実な方法なのに。
エンナントで静かで平和な余生を過ごそうと決めていたのに!
「私が戻るなんてことになれば、それこそ開戦派の火に油を注ぐことになりますよ、陛下。サザノスを思い起こさせる一番の要因は私です」
よーし、良く言った!!そのとーり!!
ベスパーバなんか目の色変えて怒り狂いそうだわ。
「それはわかっている。だからなギルバート。まずはネイリーンとシャスティスの婚約を決定しようとも思う」
「え?」
思わず私から声が零れた。
「シャスティンが各候補者と顔合わせを始めてもう5年になるが、会った回数こそ1回しかないネイリ-ンに一番惹かれていると申しておった。ゼクソンが王宮を取り巻く状況を説明しているから中立のネイリーンを選ぶことが国にとって一番安泰だと知っているのもあるだろうが、それとは別に興味深いそうだ。だからな、夜会は建前として開くが婚約者はネイリ-ンだともう思っていい」
外堀がどんどんと埋まっていく気がして目眩がする。
王子、違うだろ。
ネイリーンは可愛いけどあの子はどちらかというと珍獣ですよ。
婚約者に未発見の動物を求めるのはだめでしょう。
あなた今気に入っていたって、学園で出会うヒロインに一発ノックアウト決められますからね!
ネイリーンを足蹴にして邪魔者にしますからね!!
くっそー調子良いこと言いやがって!!こんちくしょー!!!
「ネイリーンが正式に婚約者となればいつまでもエンナントに置いておくわけにもいかんだろう。王妃教育は登城が必須だしな。娘一人ヴァーパスに行かす其方らではないだろう?一家全員で戻ってこい」
陛下はしたり顔で私達に微笑んだ。
これは決定事項だ。
国王陛下は私達に頼んでいるわけではない。
声色は優しいがあくまでも命令なのだ、これは。
さっき思った国王の力を今、まざまざと見せつけられている格好だった。
「ギルバートが戻ることにより騒ぎ立てるであろう開戦派も、それでも宰相派の婚約者を立てるよりはと逆にネイリーンや其方らに近づいてくるかも知れんぞ。宰相派も同じだ。それでも其方が戻ることに不安なら1つ何か手柄をあげてもらうか。そうだな、何をさせるか…」
やだ、黒い!
陛下の後ろにどす黒い影が見える気がするわ。
ああ、もう、どうあがいたって婚約者にはなってしまうのね。
ネイリーンを産んでから約10年、色々やってきたけれど一番潰しておきたかった婚約者の座からはとうとう逃れられなかった。
そしてエンナントで隠居生活もなくなってしまった今私は、これからいくら自分があがいたところで無駄だぞと強制力に決められた運命を叩き付けられている気がして、体中から力がなくなっていくのを感じていた。
頑張れステフィアさん!鮭のように這い上がるんだ!!
ではまた次回!!




