31.久しぶりのヴァーパス
いつもお読みいただきありがとうございます。
生活リズムを整えたら書く時間が短くなってしまいました。
焦らず更新していきたいと思います。
ではスタート―
「長旅お疲れ様でございました。お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
「ピート!久しぶりだな。息災だったか?」
「ゆっくりさせていただいております。この度は誠にご苦労様でございますな」
「言うな、気が重いんだ、本当に…」
久しぶりに会えた元・筆頭執事のピートはあの頃よりも少し皺が増えた気もするが相変わらずの好々爺で、ギルバートも幼いころから世話になっているピートの前では少し子どもっぽい表情になっていた。
「ピート、元気そうで何よりだわ。これから数日間世話になるわね」
ギルバートとの握手を交わした後、私も両手でピートの手を握った。
私よりも大きく骨張ったピートの手はいくつもの胼胝ができている年期の入った手だ。
それはあらゆる事をしてこの家を支えてくれた証のようで私はこの手がとても好きだった。
「奥様もお元気そうで。おお、こちらがお子様方ですか。大きくなられましたな」
ピートは私の隣に並んでいる子ども達に目を向けると前と変わらない穏やかな笑みを浮かべた。
サザノスの事件が起きてからもう10年目になろうとしている。
王家からの夜会の招待状を携えて、私達家族は初めて揃って王都ヴァーパスにあるファンドール公爵邸を訪れていた。
結婚してから4年ほど住んでいた公爵邸。
エンナントの領邸も素晴らしいけれど領邸よりもより洗練されている公爵邸内には、あの頃暮らしていた思い出があちらこちらに散らばっていて、私は懐かしい気持ちでいっぱいになっていた。
「お久しぶりです、ピート」
「おや?ハリオット様、ピートを覚えておいでですか?」
「もちろん。ここで魔石の勉強を父上と一緒に見てくれたのを覚えているよ」
さすがハリオット。
魔石に関する事なら忘れはしないのね。
でもピートはハリオットが自分を覚えていてくれたのが嬉しいようで一層笑みを深くした。
「ネイリーンです」
ハリオットの横で軽くスカートを摘まむネイリーン。
「美しく成長なさいましたな。あの赤ちゃんがこんなに立派になられるなんて私も年を取るはずです」
「初めまして。マルクスです」
僕も知ってくれとばかりにズイッとマルクスが前に出る。
ギルバート二号のマルクスもいつの間にか5歳に成長していた。
インテリ系のハリオットやネイリーンと違い、体を使うことが好きなマルクスは子どもらしくやんちゃに、良く言えば天真爛漫に、悪くいえばちょっと我が儘に育っていた。
「お初でございます、マルクス様。公爵領邸を管理しておりますピートと申します。マルクス様にお会いできて光栄でございますよ」
わざわざ膝を突き目線をマルクスに合わせ丁寧に挨拶をするピートにマルクスはちょっと照れながらも喜んだ。
「さあ、こんな所で立ち話も何ですので、サロンでゆっくりされて下さい。すぐにお茶を用意しましょう」
そう言うピートを先頭にして私達は久しぶりに公爵邸内へと足を踏み入れた。
ああ懐かしい。
エンナントの屋敷も好きだけれど、ヴァーパスは本邸なだけあって見応えがあるわね。
住んでいた頃は当たり前になっていたけれど、やっっぱりすごいわ。
それに9年ぶりにも関わらず手入れが行き届いている。
私達がいない間もしっかりピートが管理していてくれたのね。
私は懐かしむように邸内をキョロキョロと見回しては思いを巡らせた。
「さて、大方の事はセドリックより報告頂いておりますので察しが付いておりますが、王家主催の夜会は本日より1週間後でしたね。しかしながら旦那様、奥様、ネイリーン様には王宮より明日、登城の要請が入っております。旦那様と奥様には陛下より謁見要請が、ネイリーン様はシャスティン殿下からです。」
「「え!?」」
名前を呼ばれた三人が思わず紅茶を吹き出しそうになる。
「聞いていないぞ、それは」
ギルバートの眉間に皺が寄る。
「王宮よりこちらに旦那様方の帰還はいつかと再三連絡が入っておりまして、昨日も使者が来られたので今日こちらに着くことをお知らせしましたら、明日にでも登城するよう言われました。旦那様達は移動中でしたので連絡は出来ませんからねぇ」
ご愁傷様ですとばかりに、しかしながら少し愉快そうな顔でギルバートに告げるピート。
ピートとは逆に私とギルバートは顔を曇らせる。
ただ3人の内一人だけ、ネイリーンだけは頬を紅潮させて喜びの表情を浮かべていた。
「やったー!シャスったらいきなり約束を守ってくれるのね!!研究所に連れてってくれるのね!ふふふふふ、やったー!王宮の研究所~♪」
小躍りでもするように両手をひらひらと振ってネイリーンはご機嫌だ。
「いきなり研究所はないんじゃない、ネリイ。それよりも貴方いきなり殿下の前で失礼なことをしでかさないでちょうだいね。それに絶対に王宮では愛称でお呼びしてはダメよ!わかって??」
私の知らないところでいつも盛大にフラグを立て続ける二人を引き合わせるのは恐怖でしかないが、殿下や王族全体から不興を買うのも恐ろしい。
「大丈夫ですわ、お母様。私はこれでも優秀なのです!立派に猫を被って目的を果たして参ります」
意気揚々と宣言をしているけれど、その意気込み自体も怖いのよ。
立派な猫被りも毒を前にすればいとも簡単にペイッと剥がしてしまうじゃない?きっと。
「帰還の挨拶は行かねばと思っていたけれど、まさか陛下から直々に、しかもこんなに早くお声が掛かるとはな。しょうがない。ピート、用意は頼んだよ」
「かしこまりました、旦那様」
私の隣でギルバートが小さくため息を吐いた。
「サザノスの件以来、陛下とは直接会っていなかったから緊張するな。書面でのやり取りは多々あったし、言葉もいつもこちらを気遣ってくださるものばかりだったから、今さら何か処分されたりとかはないとは思うが…」
いつも飄々としているギルバートもさすがに陛下の招集には戸惑っているようだ。
「大丈夫よ、そんな心配しなくても。処分なんてあったら5年前にシャスティン殿下をエンナントに出したりしないし、そもそもネリィを婚約者候補に入れる訳ないでしょ。今回は私も一緒に行くのだし、大手を振って登城しましょう」
久し振りで重たい気持ちにもなるのもわかるがここはとりあえずプラス思考で行こう。
私はギルバートの不安を拭うように努めて明るく振る舞った。
「そうだな、考えてもしょうがないことだしな。よし、堂々と行くとしよう!」
うんうんとギルバートも自分を鼓舞するかのように気合を入れる。
「さて、長旅で疲れたし今日はゆっくりと休むとしよう。ハリオットとマルクスは明日何かしたいことはあるのかい?」
私達3人の登城が急遽決まった為、居残り2人の予定をどうするか当事者に希望を聞く。
「私はヴァーパスの街へ行きたいです。初めてファンドール領以外の都市に来たので魔道具屋や素材屋を見て回りたいです」
「お前はどうする、マルクス?」
「あ、僕も兄上と行きたいです!」
ギルバートはピートに目をやると、ピートはハリオット達の後ろ手に回って言った。
「では恐れながらこのピートがヴァーパスをご案内いたしましょう。ヴァーパスについてはこの中の誰よりも精通しておりますし。そうですな、屋敷の護衛を務めている者も同行させましょう。よいですかな、旦那様?」
「ありがとう。ではそうしてくれ」
ハリオットとマルクスは街への許可が下りたことを大いに喜び、すぐさまどこに行きたいとか、こういう所はあるかとかピートにあれこれ質問をぶつけ始める。
うんうん、君たちは私達の分まで楽しんでくればいいよ。
好きな事が出来てうらやましい。
私もそっちに加わりたい!
私なんか陛下と面会……うう、緊張するわね。
何を言われるのかしら。
ああ、こうしてはいられない!
「マーサ!明日の支度をしなくてはならないわね。ギルバートと私とネイリーンの礼服を用意して頂戴!」
ゆっくりしている暇はないわ。
とりあえず、武装準備だけは恙なく済ませておきましょう。
皆がゆっくりしている間、私はとりあえず運び入れた荷物の整理に追われることになったのだった。
お久しぶりのピートさん。
次回は王との謁見だー(予定)
では次回お楽しみに!