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30.再来!王家の手紙

いつもお読み頂きありがとうございます。

とうとう30話になりました。あっという間でした。

何話で終われるのか検討も尽きませんが、これからもお付き合いください!


では30話!いってみよー

ブーン、ブーン、ブーン…

耳に付く不気味な低音の羽音が近づいては離れていく。


「お嬢様!これでいいですか?」

「中に煙を焚かないと貴方刺されるわよ」

「えー、痛いのは嫌ですよ」


ネットを被った少年が慣れた手付きで発煙筒を斑模様の大きな茶色の塊に突っ込むと、急いではしごから降りてその場から離れた。

しばらく待っていると先程までうるさかった羽音が止んで、代わりにはしごの脚元にピクピクと痙攣して動けなくなった卵大の蜂が大量に落ち始める。


「上手くいきました」


少年は手首に装着していた腕輪に向かって小さく囁く。


「よくやったわ!私も今からそっちに行く」


右耳のイヤカーフを通して嬉しそうな声が少年の耳に届いた。


「いや、まだこちらは危険ですのでそこで大人しくしていて下さい!」


焦って返答するけれど応答はない。

きっともうこちらに向けて駆けてきているのだろう。

せめて到着前に少しでも安全を確保しておこうと、辺りに落ちている蜂を用意しておいたトングで次々に捕まえ、こちらも前もって用意して置いた瓶の中に放り込んだ。


「お待たせ、クロード。手伝うわ」


柔らかな栗色の髪をなびかせて少年の横に駆け寄ってきた美しい少女は、手袋をしているとはいえ怯える素振りもなくひょいひょいと蜂を掴んでは瓶に投げていく。


「ネイリーンお嬢様は危ないので下がってて下さいー」


クロードは情けない声を出して注意を促しはするが、こうなったネイリーンが聞き入れない事は経験上もう分かっているので、一刻も早く片付けてしまうに限ると忙しなく手を動かした。


「まさかこんな近くに大黒蜂が巣を作っているなんてラッキーだったわ。しばらくはこの蜂の研究で忙しくなるわね」


せめてこちらで捕まえて下さいとクロードから渡されたトングを器用に使いこなすネイリーンの表情は非常に明るい。


「庭師にも言わずにご自分で退治しようなさるのはお嬢様だけですよ、もう!」


慣れたこととは言え本当にこのお嬢様は変わっているとクロードは呆れ果てた。


シャスティン殿下の視察から約4年後。

9歳になったネイリーンは相変わらずだった。

すらりと伸びた手足に、腰まで届く栗色の髪はふんわりと波打っている。

あどけなかった大きな目は幼さが抜け、代わりに知的さが加わったが瞳の奥に宿る強いまなざしはあの頃のままだ。

見た目こそ美しく成長してはいるのだが、心はというと4歳の時とそうは変わらず自分の好きな事にのみ痛いほど真っ直ぐな情熱を注いでいる。


今日もいつものようにアトリエ研究所に籠もっていると、ふと窓の外に大きな蜂が飛んいるのを発見した。

ネイリーンはすぐさま侍従のクロードを連れて蜂の後を追うと、脇に茂っている雑木林の古木の幹にそれは見事な大きさの巣が作られているのを見つけてしまう。

こんな屋敷の近くに蜂の巣が出来ているなんて危険だと驚愕したクロードは、すぐに庭師に駆除を頼んできますと駆けていこうとしたのだけれど、ネイリーンに裾を掴まれ「これは良質な素材の大量捕獲のチャンスでしょ!」と自分達だけで蜂を捕まえる羽目になったのだ。


「だって庭師に言ってしまったら捕獲ではなくて駆除されてしまうのよ。そしたら取れたての毒は手に入らないじゃない。時間経過は大切なのよ」


ネイリーンの言葉に「はいはい」と適当に相槌を打つクロードは、落ちている蜂を集め終わると今度は大きな袋を取り出して巣に手を掛けた。


「あ、丁寧にお願いね。その巣はエキサイル先生にも差しあげたいから」

「はいはい」


巣の根元をナイフでザックリ切り落とすとドサッと袋が重たくなる。


「はい、完了です」

「お疲れ様でした。よし、戻りましょう」


ネイリーンの手足のように使われているこの少年はエキサイルの授業を共に受けていたあのセドリックとシーネの息子のクロードだ。

ネイリーンに付き合わされて早4年。

12歳になったクロードは嫌と言うほどネイリーンの横でその毒熱を浴びせられ、何度もこのようなネイリーンの無茶振りに付き合わされている。

時には断崖に生えている草を取りに行かされたり、穴に潜む蛇を捕まえさせられたりと様々な事をやらされてきた。

ただ誤解しないで欲しいのはこのような事はクロードが自ら進んでやっているということだ。

なぜならクロードがもしこれらをやらなかった場合にはネイリーンが自らそれを実行してしまうから。

さすがに主人に危険な真似はさせられないと、まだ少年でありながら両親譲りの強い忠誠心でクロードは、ネイリーンに代わって過酷な採集作業に励んでいるのだ。

その甲斐あって二人の絆は深く、クロードはネイリーンの相棒としてなくてはならない存在になっていた。


研究室に荷物を片付けると、ネイリーンは直ぐさま蜂の毒を検出しようと動き出す。


「だめですよ、お嬢様。奥様に呼ばれていたでしょう。もうお時間です。」

「ええぇーこれからが本番じゃない?少しくらい遅れても大丈夫よ。取るだけだから!」

「ダメです。お嬢様の少しは人の少しをすぐに越えます。奥様の用事が済んだらいくらでもやっていいですから今は我慢して下さい」

「私の楽しみがああ!!」


しょんぼりとうなだれるネイリーンを猛獣使いのクロードが上手く誘導し二人は邸内に戻っていった。



私の前には一通の手紙が置かれている。

4年前と同じ白い上質な封筒に例の威圧感たっぷりな封蝋の押された封筒だ。


とうとう来ましたか。

いえ、やはり来たわね、が正しいかしらね。

個人的な物は来ていたけれど、正式なものはこれが初めてね。

ネイリーンと殿下の約束は聞いていたけど、少しは忘れてくれるのではなんて思っていたのは甘かったわ。

最大のフラグはそう簡単には折れないって事なのかしら?

ああ、いやだ。


「奥様、眉間の皺が深すぎですわよ。これでも飲んで落ち着いてください」


察しの良いマーサがテーブルの上に芳しい香りを放つハーブティーを淹れて置いてくれた。


「そんなひどい顔をしていたかしら?」

「それはもう」


私は重たい気持ちを体から出すかのように大きく息を吐いてから、ティーカップを手に取りハーブティーを口に付けた。


「あら、これは良いわね。味も良いし何よりも香りが素晴らしいわ」


狙った通りの反応をしたのだろう。

マーサは満足そうに微笑んだ。


「この手の手紙がいつか届くのはどこかで覚悟していたけれど、実際に来てしまうとやはり嫌な物よね。はあー、これからまた忙しくなるわ」


こんな愚痴をポロリとこぼせるのも長年心を許してきたマーサの前だからだ。

私の気持ちにいつも寄り添ってくれるマーサの存在は屋敷だけでなく私にとって欠かせない存在だった。


「今度またエレイナを連れてきてちょうだいよ。疲れた時の癒やしは赤ちゃんに限るわ」


エレイナとは去年生まれたマーサの二人目の子どもだ。


なんと!あの視察の後ほどなくして、とうとうマーサも結婚し子どもを授かったのです。

誰と結婚したのか想像つきますね!

そうです。

あのミリアを狙っていた護衛のゾルディクスです!!


森での一件以来、お互い気になっていたようでゾルディクスが猛アタックしてきたんだとか。

何も出来なかったミリアの反省が活かされたようね。

年齢も同世代だということもありトントン拍子で話が進んで、あっという間に結婚へと駆け上がっていったのだ。

結婚の報告を聞いた時は感極まって私、泣いてしまいました。

腕は立つけどちょっと抜けているゾルディクスと、しっかり者のマーサは相性も良いようで幸せな結婚生活を送れているようです。

出産を機にマーサは家庭に入ってしまうと思っていたけれど、奥様の侍女は譲れませんと忙しい侍女長の座だけは降りて私専用の侍女として今も仕えてくれている。

本当にありがたい存在だ。

夫婦揃って公爵家にガッツリ仕えているので、子ども達の世話はもっぱらゾルディクスの実家に頼んでいるようで本当に頭が下がります。

手当とかたくさん付けるからね!


そんな訳で今も変わらずマーサが側にいてくれて私を支えてくれているのだ。


「奥様、ネイリーン様がいらっしゃいました」


扉に控えている侍女から声が掛かる。

その声とほぼ同時にガチャリとネイリーンとクロードが部屋に入ってきた。


「ごきげんよう、お母様。どのようなご用事ですの?」

「ネリィ、入ってきて早々に用件を聞き出すのはおやめなさい」

「私も忙しいのですよ。早く戻って大黒蜂をいじりたいのですから」

「大黒…はち…」

「お嬢様!ダメですよ、言っては!」


…相変わらずな娘だわ。

もうね、蜂とか蛇とかのワードが当たり前すぎて驚くのも疲れてきたわ。

大方どこからか蜂を入手してきたのね。

うんうん、よかったよかった。


毒草に興味を持ち始めた当初から予想していたように、植物だけにはとどまらず生き物まで手を出すようになっていたネイリーンに、最初の頃こそ集めてきた物に驚いたり焦ったりした私の感覚も、今では大分麻痺してきたようで大抵の事は流せるようになっていた。

慣れとは本当に恐ろしい物だ。


「まあいいわ。そこに座りなさい、ネリィ」


私に促され前の長椅子にふわりと腰を下ろすネイリーン。

その所作だけは文句の付けようがないほど完璧だ。

なぜなら毒に暴走しそうになる毎に、このマナーを身に付けたらねとか、この所作が出来たらねとか条件を出してきたので、早く毒を触りたいネイリーンはこの人参方式にまんまとはまり、令嬢として必要な物はすでに身に付けていた。

私的な言動は目をつぶるとして、公の場では一端のレディとしてどこに出しても恥ずかしくない武装はすでに装着済みなのだ。


「さて、ネリイ。4年前に貴方がシャスティン殿下と交わした約束は覚えていますか?」


向き合って座るネイリーンに視線を合わせ私は問う。


「4年前…ああ、王宮に会いに行く約束ですわよね。覚えておりますわ。ここにはない素材を見せてくれる約束ですもの」

「ちょっと違う気もするけれども概ねあっているからいいわ。そう、その約束を果たさねばならない時がやって参りました。これをご覧なさい」


私はネイリーンの前にあの曰わく付きの封筒を差し出した。

ネイリーンは封筒を手に取るとペラリと裏返し、そこにある封蝋を見て「ああ」と一人納得する。

そして中に入っていた少し厚手で金の唐草模様に縁取られた紙の内容を読むとあからさまにめんどくさそうな顔をした。


「なんで夜会に出なくてはならないのでしょうかね?こんな約束はしていないのですけれど」

「それについては別紙にてこう示されていましたよ。王妃選定の最終試験として候補一同にシャスティン殿下と一緒に夜会に出て頂くとね。そこであらゆる方面でテストされるのでしょう」

「私、王妃なんて興味もないので欠席でいいんじゃないかしら、お母様?」


ネイリーンはじとっと私を見上げる。


「私も欠席したいところだけれど無理ね。これは王家からの正式な招待状なのよ。嫌だから行きませんなんて断ることは出来ないの。命令みたいなものなのよ、これは!」


私も自分で言いながら思わずはぁーっと深いため息が出てしまう。


しかもこれ、家族全員での参加なのよね。

なんでまた私達も招待されているのかしら?

まあ子どものネイリーンを一人で参加させる訳にもいかないのだけれど、もうめんどくさいったらないわ。


「というわけで3ヶ月後、王都に家族全員で行くことになりました。ネイリーン、今日はこれからドレス作りの為の採寸をするわよ。あと王家の前に出ても大丈夫な様にもう一度おさらいの為にマナー指導とダンスの先生を付けることになったからしっかりご教授願いなさい」

「ええ!無理ですわ!!私これから蜂の研究を」

「残念ね、貴方がしてきた約束ですもの。選ばれなくてもいいけれど王家の前で醜態をさらすことは公爵家令嬢として許されないわ。今日から頑張りましょう」

「いいいやああああ!!」


この世の終わりかのように打ちひしがれるネイリーン。

その後ろでは必死に笑いをこらえているクロードがいる。


クロード、あなた笑っていられるのも今のうちなのよ。

研究が出来なくて暴れ牛化するネイリーンのしわ寄せはきっとあなたに全部いくわ。


「さて、私も動かなくては。ハリオにも伝えなくてはいけないし。あ、ネリィ、これは殿下から貴方に直接送られた手紙です。読んでおきなさい」


私はテーブルに突っ伏したネイリーンに預かっていたもう1つの封筒を差し出した。

むくり起き上がりふくれっ面のネイリーンがやけくそなのだろうか、その場で手紙を開封して読み始める。

するとまさにパアアアっと雲間から晴れが覗くかのようにみるみる目を輝かせ始め、手紙を持つ手も小さく震え始めた。


こちらの手紙は私的なので私は内容を知らない。

一体何が書かれているのかしら?

私はネイリーンの様子を一変させた手紙の内容が気になった。


「お母様、今すぐ王都に参りましょう!さあ、今すぐ!!」

「!!お、落ち着きなさい、ネイリーン。何をいきなり言い出すの。無理に決まっているでしょう」

「無理です、お母様。今すぐ行きましょう!!」


殿下からの手紙を放り投げガバッと私の両手を掴んでくるネイリーン。

そのまなざしは痛いほどキラキラと輝いている。


一体何なのよ!!

思わず私は引いてしまった。


「えーっと何々?王都に滞在中、其方の望みであったヴァーパスの素材を集めておく。王宮の研究施設の許可も取ったから楽しみしていろ、だそうです。これですね、奥様」


ネイリーンの落とした手紙を拾い上げたクロードは淡淡と主の手紙を勝手に拝読する。

クロード、それはやってもいい事なの??

まあもう今はいいや。

それよりも殿下!!しっかりネイリーンにエサを投げつけたね。

一度しか会っていないにも関わらずよくわかってらっしゃる!さすがだわ。


「きゃー!王宮の施設よー!!」


目の前でクロードの手を引っ張り踊り始めるネイリーンを前に、私はどうやって公爵家の品を落とさず王妃の試験だけ落ちれるのかという難題について考え込んでいた。


9歳ネイリーン。暴走がひどいです。

クロードとの主従が増えてくのかな?


では次回もお楽しみに!

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