3.きっかけはどこだ
難産でした。
上手くまとめられてるといいのですが。
お楽しみいただけたら嬉しいです。
8/19一部訂正しました。
チュン チュン チュン―
窓の外で鳴いているのは雀のようで雀ではない、乙女ゲームオリジナルの鳥“カトラ”である。
大きさは雀サイズだけれども、色は艶のある深緑で、記憶を取り戻した私から見れば雀の鳴き声を持つ目白だ。
おはようございます。
前世を思い出して二日目のステフィアでございます。
心の中でガッツポーズを決めた後、張り詰めていたものが一気に緩んだのか、そのまま墜ちるように眠ってしまいました。
昨日は頭の中がごちゃごちゃしていたけれど、寝て起きた今は案外スッキリしていて、子どもじゃないけど寝ている間に脳がある程度勝手に整理してくれたのかな?なんて思います。
産後なので1週間程度は体の回復を考えてベッド生活になるのだけれど、今の私はダラダラなんかしている暇はないのだ。
まずはゲームの内容をできるだけ書き出して、今後折らなければならないフラグの確認と、その対策を考えていかなければ。
悪役令嬢になるには何かしらの原因があるはずだから、それを究明して1つ1つ丁寧に潰していかなければ!
サイドテーブルに置いてあるベルを鳴らして部屋の前に控えている侍女を呼ぶ。
「おはようございます、奥様。お加減はいかがですか?」
颯爽と現れたのは侍女長のマーサだ。
まだ30歳の彼女は若いながらも非常に優秀で、先代当主からその仕事ぶりを買われ、私達が公爵家を継ぐと同時にこの広い公爵家の侍女を束ねる立場になった程だ。
ロール編みでまとめられた黒髪に鳶色のキリッとした瞳が印象的な彼女は、できる女性の佇まいを見事にモノにしている。
しかし、仕事に情熱を注ぎすぎて自身の恋愛はからっきしのようだ。
どこかでいい出会いが訪れること願いたい。
「おはよう、マーサ。ゆっくり寝かせてもらったから気分はいいわ。それよりも、ちょっと書き物がしたいから準備してもらえるかしら?」
「ええ、かしこまりました。でもその前にきちんとお食事を摂ってくださいませ。ネイリーンお嬢様の為にもたくさん栄養を摂っていただかないと体がもちませんわ」
果実水を注いだグラスを私に渡しながら、にこやかにマーサは答えた。
起きたての身体に、さわやかな果実水が染み渡る。
「昨日は乳母のナナリーがネイリーン様のお世話をさせていただきましたが、奥様はご自分でできる限りお世話をしたいとの事ですし。私としましては乳母に任せても問題ないと思いますけれども」
普通の貴族の奥方は、乳母に子どもを任せて育てるのが一般的だが、私はハリオットを産んだ時もできる限り自分の力で育てることにしていた。
全く乳母の力を借りないと言うことではないけれど、授乳もしたし、おむつの交換もやっていた。
自分で産んだ子どもを、信頼しているとはいえ他人に放り投げる事に抵抗があったのだ。
今考えると、気が付かなかった根っこの部分に日本人として培った考えがあったのかもしれない。
だから今回も前もってハリオットと同じようにできる限り自分でお世話をすると伝えておいた。
本格的に子育てを始めるのは床上げが終わってからになるが、授乳はベッドでも出来るのでネイリーンの為にも栄養はしっかり摂らなくてはならなかった。
そういえば昨日のお昼から何も口にしてなかったっけ。
うう、そう考えたら急激におなかがすいてきてしまった。
なんで一回意識し始めると一気におなかってすくのかしら。
「私が寝てしまった後、ネリィは大丈夫だったかしら?私ったらあまりにも早く寝てしまって、せっかく会えたのに大して触れあうことが出来なかったわ」
さすさすと空腹のお腹をさする。
「それだけお産が大変だったということです。これからはいくらでも会えますわ。まだ寝ているようですので起きられたらすぐにお連れいたしますよ」
そうこう話している内に我が家の優秀な侍女達によってベットの上にコの字型のテーブルが置かれると、私の背中には背もたれ代わりのクッションが敷き詰められ、あれよあれよという間に食事が整えられていった。
わーい、私の好物のクロワッサンサンドだー。
それに、オムレツにスープ、サラダとバランスもいい。
「いただきます」と手を合わせて食べ始めると、「今のは何ですか?」マーサに不思議がられてしまった。
そうだったわね、こんな習慣は今までなかったわ。
言ってしまったことはもう取り消せないので、こうなったら強引に押し進めてしまいましょう。
「食べ物達への感謝を言葉で表していこうと思うのよね。ほら、命をいただくのだから「いただきます」よ。これからは子ども達にも日頃からあらゆるものに感謝をする気持ちを養ってもらおうと思ったの。なんていうのかしら、食育よ!」
うん、食育は大事だよね。
「食育……ですか。初めて聞きました」
もうこれ以上は突っ込んでくれるなと、私は黙々とクロワッサンサンドに食いついた。
さてと、食後の紅茶も済ませたことだし、取りかかるとしましょうかね。
テーブルの上には食事と入れ替わりで用意されたペンとインク、そして真新しいノートが1冊並べられていた。
私はペンを手に取るとノートを開き、縦に一本線を引いて、覚えているゲームの内容を年表を作るかのように書き出していく。
まずはここ、ヒロインが15歳で学園入学。
ここがゲームのスタートよ。
同じ学年にはネイリーンと、攻略対象であるの王子様とその側近くん。
それぞれを丸で囲んで分かりやすくする。
この辺で他の攻略対象と出会う分岐点があって。
次々に覚えている限りの事柄を書き込んでいく。
18歳で各ルートの断罪イベントがあってと。
ここではお約束の婚約破棄があるか。
あ、ネイリーンって王子様との婚約発表は何歳だっけ?
そもそもこの婚約がいけないのよ。
王子との婚約がなければ、ヒロインとそこまでぶつかることはないんじゃ…
いや、違うか。
ネイリーンは自分を頂点としたピラミットに君臨しているから、自分以上に学園で目立つヒロインが気に入らないんだった。
だから、王子ルートとかじゃなくてもヒロインをいじめることには変わらない。
じゃあ一番の破滅原因は、ネイリーンの性格って事だよね。
何があってあそこまで歪むんだろう。
ネイリーンの事情、事情…
くるくると指でペンを回して考え込む。
本人は気付いていないが、遠目からバッチリその動作をマーサをはじめとした侍女達に見られていて、皆がその器用な動きに驚いていた。
ネイリーンはゲームだと、小さい頃からあの性格だった。
ということは、育った環境があれを生み出したんだよね。
ネイリーンの実家、すなわちこのファンドール家。
…そうそうっそう。
丸めた拳をポンともう片方に手の平に落とす。
ゲームのファンドール家って確か家庭崩壊しているんだよね。
冷え切った夫婦関係。
父は仕事はするけれど家には寄り付かず、サロンに入り浸る日々。
たまに帰れば、ヒステリックに叫ぶ夫人になじられて喧嘩ばかり。
長男はそんな両親に耐えかねて部屋の中に閉じ籠もり、家族みんなから見放された状態の幼いネイリーンはその反動から、誰かに構って欲しくて我が儘な振る舞いをするようになる。
確かファンブックで掘り下げられてたっけ。
悪役にだって、そうらならざるを得ない理由があるって。
宇宙戦艦ヤ○トのデ○ラーじゃないが、バックグランドがあってこその悪役です!って書いてあったっけ。
でも夫婦仲って、今別に悪くないしね。
どちらかって言うとかなり良好だよね。
ラブラブだと思いますよ。
ギルバートはちょっとアレな部分はあるけど優しいし、頼りになるし、男前だし。
ギルだって私のこと愛してくれてるって自信を持って言える。
今は産後だから一緒に寝ていないけど、いつもは同じベットで寝るくらいだし。
何かがこれから起こるのか?浮気か??
DVに目覚めるとか…んーーーー、
そんな気配はないけどなーーー。
眉間に皺を寄せて、うなりながら目を瞑る。
……
思い出した!!
「宝石事件」だ!!!
飛び上がったように目を開く。
侍女達もつられてビクッとなる。
ファンブックに付いていたゲーム年表の始めの方に「宝石事件」ってあったわ、確か。
ファンドール公爵領内にある鉱山の管理者が引き起こした国を揺るがす大事件だ。
マグノリア王国でも有数の鉱石や魔石の採掘地である鉱山の管理者が、密かにその鉱石や魔石を隣国エジルブレン王国に流していた事件。
エジルブレンとマグノリアは表向きは同盟国として友好を結んでいるけれど、曲者国家であるエジルブレンは裏でマグノリアへの侵攻を画策しているとの噂が絶えない。
そんな国に強力な武器製造には欠かせない鉱石や魔石を密売しているのだから、マグノリアからしたら立派な反逆行為だ。
独自の情報網で調べ上げた国はギルバート自身は関知していないと掴んだが、万が一を考えて領主を抜きにした王直属部隊による逮捕劇となった。
管理者は逮捕時にギルバートの指示だと責任をなすりつけようとしたが、王はギルバートに反逆の意思なしと判断し、管理者だけを極刑に処した。
だが仕事場である王城内や、社交界からギルバートの領内管理責任能力について揶揄する声も多く、それ以降肩身の狭い思いをすることになる。
夫を支えるはずの妻もまた、顔を合わせれば夫の責任を責め、自身も体調を崩してふさぎ込んでいくこととなる。
この事件をきっかけにファンドール公爵夫婦の仲はこじれて一家は歪んでいくんだ。
おう、思ったよりも重いな。
となると、わたしが目下折らなくてはいけないのは…ココっ!!
この「宝石事件」の阻止だ。
うんうんとノートに「宝石事件」と記しペンでグルグルと丸を付ける。
「マーサ!」
「はい、お呼びでございますか?」
「ピートに時間が空いたらこちらに来るよう伝えておいてくれないかしら?」
「かしこまりました」
マーサが近くにいた年若い侍女に目をやり頷いて見せると、若い侍女は言葉を交わさずとも部屋を後にした。
さぁ、じゃあ没落フラグを折っていきましょう!
目標物発見しました。
照準を定めます!