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29.王子の爆弾

お読みいただきありがとうございます。


視察編、最終です。


どうぞお楽しみくださいませ!

まるで子ども達に引っ張られて遊びに行った森の花畑のように、色取り取りのドレスがホールの中央で舞っている。

この優雅で煌びやかな空間に初めて訪れた人なら、なんて華やかな世界なのかと目を真っ赤にして喜びそうなものだけど、主催者サイドの私に楽しんでいる余裕などはあまりない。


申し込まれるダンスの誘いを受けたりかわしたり。

その間、間に招待した周辺の貴族や有力者をベスパーバ侯爵やゼクソン伯爵に紹介したりと休む間もなく動き続けなくてはならないからだ。

王宮に関わりの深い二人と顔を繋ぎたいと思っている人はたくさんいる。

そんな彼ら達の間に立って仲介をする事は領主の役割なのだろうけど一苦労なのだ。


だからシャスティン殿下や子ども達を最初のダンスが終わるとほぼ同時に退席をさせたのは正解だったと思う。

もし殿下がいたならば、どれだけの人物が近寄ってくるか想像しただけで気が滅入る。

幼い王子にはちょっと荷が重いと思うし。

まぁ子どもの起きている時間を軽く過ぎていたからと言うのが一番の理由だけどね。


一方、私が大仕事を終えて自分の部屋に戻れたのは日付が変わる少し前だった。

すぐに休みたい気持ちを押して入浴だけは済ませると、そのままボスッとベットに倒れ込む。

いつだって幸せな気持ちにしてくれるフワフワの布団に包まると、あっという間に意識を持っていかれそうになった。


はぁー、疲れたわ。

やっと一番の山場が終わったわね。

足がもうパンパン…

ああ、眠い。


ウトウトとまどろんでいると聞き慣れた足音が近寄って来たので、少し目が覚める。


「お疲れ様、ステア」


さらりとした生地の夜着を着たギルバートは私の横に座ると頭上に一つキスを落とした。


「あなたもお疲れ様でした。大変だったわね、お互いに」


ねぎらうようにギルバートの頬を撫でるとまるで甘えた猫のように私の手にすり寄ってきた。


「ねえ、ネリィは婚約者候補から上手く外れるかしら?ベスパーバ侯爵以外の反応がいまいち掴みきれないのよ」


私の横に寝転んだギルバートにずっと気になっていた事を問う。


「そうだね。ゼクソン伯爵はネリィのことを聡い子だとは認識しているようだけど、殿下の婚約者として推すかは微妙な所だな。嫌悪がないだけで殿下にふさわしいと思っているかは別だろうし。彼は一見笑っていても腹の底では何を考えているか見せない案外曲者なんだよ」


へえー、意外な見解だ。

無害な弱い人ではなかったのね。


「ベスパーバ侯爵は逆にわかりやすいから安心だな。彼は王弟派の先鋒だからどうしても自分の娘を王妃に据えたいんだ。今回視察団に急遽入り込んできたのもネリィを牽制するためだと思うよ。まあ後は僕は普通に嫌われてる」

「やっぱりそうよね、最初からあの人はギルを目の敵にしている節があったもの。はぁーどうしても突っかかってしまうのよね、私」

「そうだね、わかりやすく挑発に乗っているね」


くっくっくっと愉快そうな笑みを浮かべるギルバート。

皆の前では困ったような顔で笑っているけど、本当は私のすることを楽しんでいるな。

彼もゼクソン伯爵と同様に腹の底では何を考えているのか分からないタイプだなと思う。


「面倒な事は早く片付くに越した事はないが、この件に関しては長い期間を見て決めていくんだろうし、今日明日の反応だけじゃ何とも言えないね。あとは殿下の意見も強いと思うしね」

「そうなのよ、なんだか殿下ネリィのことを気に入っていない?もっと嫌がってくれると思っていたのに」

「ネリィは可愛いからな-」


知ってるわ。

毒だ何だと言ってもあの子、可愛いのよ。


「可愛いは正義だものね」

「お、良いこと言うねえ」


親バカの私達はクスクスと笑い合って眠りについた。



視察二日目。

この日の予定は宴が遅くなることを想定して、少しだけ遅い時間から組まれていた。

いつもよりもゆっくり眠ることができたけれどもまだ眠いことは間違いない。

身支度に時間も要するのでギルバートよりも少し早く起きた私は、昨日一日中動き回っていてほぼ構えなかったマルクスの様子を見ようとミリアの元へと急いでいだ。

柔らかな朝の日差しが入り込む回廊を足早に進んでいると、中庭に聞き覚えのある楽しげな声が聞こえたので声の主を探す事にした。

そこには大人とは違い通常通りに起きて元気いっぱいの子ども達の姿があった。

ただ見えた子どもの影は3つ。

ええ、お察しの通り、そこには殿下の姿もありました。


「おはようございます、殿下。昨日はよく眠れましたか?」

「おはよう、ファンドール夫人。ゆっくり眠れたぞ。朝の散策をしていたらネイリーン達に会ってな。一緒に回らせてもらっているのだ」


知らぬ所で子ども達の交流は深まっていたようです。

殿下の後ろに付いているお付きに侍従に目を合わせると、そういうことですと頷かれた。


「そうですか。少し先に湖を一望出来る場所があるので行ってみてはいかがですか?朝の湖は綺麗ですよ」

「それはいいな」

「ネイリーン、ハリオット、ご案内してさしあげなさい。ただくれぐれも失礼のないよう気を付けるのですよ」


私の提案に子ども達は目を輝やかせた。


「わかりましたわ、お母様。シャス、こっちよ!」

「わかった、ネリイ」


殿下の手を引いて颯爽と駆け出すネイリーン。


シャス???ネリイ?

シャスって言ったよね、今??

そして殿下はネリイって言ってた。


聞き捨てならない声に急いでネイリーンの手を掴もうとしたけれど、もう目の前にネイリーンの姿はなく上げた手は虚しく空を切るだけだった。


あの子達ったらいつの間に愛称呼びに変えたのよーー!!


鳥のさえずりが響き渡る清々しい朝の中庭に1人取り残された私は、朝からの爆弾発言に青ざめた顔で立ち尽くしていた。






視察二日目は昨日回れなかった三図書館と研究所の視察と、エンナントの名所をぐるりと回る行程になっている。

昨日と違う点で言えば今日の視察は子ども達も参加することだろう。


屋敷内のサロンには視察に行く全員が集まって出発準備が整うのを待っていた。

ただサロンは今かつて感じたことのないカオスな空気に満ちていて、お茶を出したりしている侍女達の顔色は皆悪かった。


何故かって仰るのね?

わかるでしょう。


目の前でいきなり愛称呼びをしだした二人を前に、困惑顔のギルバートとゼクソン伯爵。

その横で顔を真っ赤にして憤っているベスパーバ侯爵。

そしてもはや笑うしかない私がいるからよ。


「ふ、不敬だ。殿下を愛称呼びするなどと」


唇をブルブル震わせながら文句を付けるベスパーバ。

至極まっとうだと思う。


愛称呼びとは親や恋人、親友などごく許された人にしか許されない行為だ。

私で言うとステアと呼ぶのは最早ギルバートと私の両親、義両親くらいだろう。

それを昨日会ったばかり娘が、しかも国で最も尊い子であるシャスティン殿下にしているのだから、目をひんむいてしまうのもしょうがない気がする。


「固いことを言うな、ベスパーバ。私からそう呼ぶように頼んだのだ」

「いえ、だからといって一介の貴族の娘に許して良いものではありませんぞ」

「殿下などと固い言い方で呼ばれるのが気に入らんだけだ。よいではないか、それくらい。親しい友人だ」

「それくらいとはとんでもない。友人とは申せど殿下の御名を軽々しく呼ぶなどあってはならないのです」

「いやだ!」

「殿下っ!!」


おおおおお…

どちらも譲りませんね。

この問題の当の本人であるネイリーンさんは目の前のことなど気にならない様子でさっき摘んできた花をクルクル回して眺めています。

大物です。


「まあまあまあ、お二人とも落ち着いて」


珍しくゼクソン伯爵が間に入る。


「ではこうされたら良いのではないですか?時と場合を守って、いわゆる公の場では今まで通り敬称で呼ぶことを約束されては。あくまで私的な場のみ殿下が許されたという事で愛称呼びを許すと」


ぐぬぬと本音はきっとそれすらも嫌なんだろうけど、あそこまで頑になっている殿下が折れるとも思えず、しかたなくベスパーバも首を縦に振った。


「約束出来ますか?ネイリーン嬢」


優しく微笑むゼクソン伯爵を前にネイリーンはようやく花から目を離しこくりと頷いた。


「わかりました。屋敷にいる間だけにすればいいですね?」

「簡単に言うとそういう事です」


おおー初めてゼクソン伯爵が役に立った瞬間だ。

しかしあの2人、私の予想に反して打ち解けすぎではないかな。


私の、計画は、あくまでも、婚約者に、ならない事なのよーー!!


お似合いねーなんてのんきな事は言っていられないのだ。

うう、怖い。

怖いのよ、見えない所でどうにかしてゲームのストーリー通りに進めていこうと働く強制力が!!

嫌みったらしくて目の敵にされているから嫌いだけど、こうなりゃベスパーバ侯爵の手腕に期待するしかない。

彼も殿下の愛称呼びに今まで以上に危機感を持ったことだろうし、王都に戻った際には盛大に、許せる範囲で、ネイリーンの悪口を言って婚約者から外して欲しい。


頑張れ!!ベスパーバ!!


その後、無事に始まった視察は順調に進み、エンナントの名所などにも案内することができた。

せっかく遠路はるばる来て頂いたのに図書館だけなんてさみしすぎるものね。

風光明媚なこの街には他にも見所はたくさんあるのだ。

歴史的建造物も、豊かな自然を感じられる場所も。

殿下も王都では見ることのない物に触れて目を輝かせ喜んで頂けた。


二日間という短い視察だったが実りのある有意義な視察であったと思ってもらえれば幸いだ。


「世話になったな。ギルバート。今度は其方が王都に来るといい」


帰りの馬車に乗り込む前、シャスティン殿下が別れの挨拶として私達家族一人一人に声を掛けてくれる。


「ステフィア。暖かいもてなし嬉しかったぞ」

「もったいないお言葉でございます。道中の安全をお祈りしております」


私は軽く裾を摘まんで挨拶した。


「魔道具が出来上がったら是非知らせてくれ。楽しみに待っている」

「いい報せができるよう精進いたします」


この二人の相性も良さそうだ。

魔道具を楽しみにしているなんて言われてハリオットのやる気にますます火が着くだろう。


「約束忘れるなよ。待っているからな」


??

何の話だね?


聞き捨てならない殿下の言葉に耳がピクリと反応してしまう。


「忘れておりませんわ。約束ですもの」


ネイリーンの答えに殿下の顔が破顔する。


ねえ、なんでそんなに殿下は喜んでるの?

ネイリーン、あなた何を約束しているの?


「では出立!!」


掛け声と共に殿下達の豪華な隊列が動き出す。

馬車の中の殿下は最後にもネイリーンを見て手を振っていた。


ねえ、何があるの?

もう、怖いんだってばーー!!


殿下と交わしたネイリーンの約束を聞いて、ガックリと肩を落とすことになるのは、殿下のあの長い隊列が見えなくなるまで待った後だった。



もうちょっと掘り下げようかと思いましたがこんな感じで視察編おしまいです。


さて、次回はまた時間が進みます。


ではまた次回!

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