28.親の心、子知らず
いつもお読み頂きありがとうございます。
今回からまたステフィアさん視点に戻りましたね。
会話が飛び交う回です。
ではお楽しみください。
エントランスの飾り良し。
会場の方は…うん、皆頑張ってくれたわね。ここも大丈夫。
あと料理はどうなのかしら?
楽団の控え室も一度覗きに行ったほうがいいわよね?
お客様を迎える時間が刻一刻と迫る中、私は見落としてる所がないか最終チェックをしながら邸内を歩き回っていた。
「奥様!あとはセドリック達がやりますからもう奥様自身の準備をして下さいませ」
いいかげん困っていますというような顔のマーサが私の前に立ち塞がる。
「でも自分の目で確かめないと気が済まないのよ」
「奥様はそんなに我々の事を信用なさっていないのですか?」
「いえ、そんなわけではないけれど…」
「ではもうご自分の事に専念して下さい。ホスト夫人の用意が済んでいない方が問題です!」
マーサにこれだけ言われてしまえばもう逆らうことは出来まい。
私は後ろ髪を引かれる思いで自分の控え室に足を向けた。
「さあ時間もあまりありません。ちゃっちゃとやってしまいますよ!!」
部屋に着くなり控えていた侍女達に取り囲まれあっという間に身ぐるみを剥がされる。
慣れているとは言え夜会用のドレスを着るのは一苦労だ。
いつもよりもきつく締められるコルセットといい、華やかさを求める化粧といい、普段は差し支えない程度でしか着飾らない私にはちょっとした苦行である。
「普段からもっと飾って頂きたいのですけれどもね」
そう言いながら一段とコルセットをきつく締めるマーサは絶対ドSだと思う。
うう、苦しいのよ、これ。
自慢の料理もこれじゃ少ししか入らない。
けれどもそうは言っていられないのはわかっている。
なぜなら今夜のドレスが体型のバレてしまうストレートラインのドレスだからだ。
サックスブルーのこのドレスは襟と裾部分がレースで出来ていてシンプルだけれども優雅な印象のドレスだ。
耳元と首に大粒のブルーサファイヤを揺らせば全体が引き締まった雰囲気になるだろう。
王族を招いての勝負ドレスという事で普段のふんわりとしたドレスとは違い、落ち着いた大人の装いを演出してみたのだが、今は少しだけ後悔しています。
でも一目見て気に入ってしまったのだからしょうがないわ。
そんな思いを巡らせている間にドレスを着せられた私は、今度は引っ張られるようにドレッサーの前に座らされると、前と後ろを侍女に挟まれ化粧と髪のセットを同時に取り掛かられる。
慣れた手付きで次々と私を飾り立てる侍女の手際の良さに感心していると、後ろの扉をノックする音が聞こえてきた。
「ただいま戻りました。お母様」
そこには王子の案内役という大仕事をやりきって清々しい表情のネイリーンと、どうしたのだろう、ネイリーンとは対照的に疲れ切った表情のハリオットがいた。
「お疲れ様でした、ネイリ-ン、ハリオット。きちんと殿下をご案内出来ましたか?」
声は落ち着いているが私の本心は前のめりだ。
どうだったのよ!
きちんと案内はもちろん、しっかりドン引きさせてきたんでしょうねぇ~!!
そう叫びそうになっているのを必死で止めている。
「ええ、案内は出来ました。ただ、あの」
ハリオットはネイリーンをちらりと見る。
「私の研究室にもご案内しましたのよ、お母様!もうめいいっぱい毒の素晴らしさについて語らせて頂きましたわ。最後は眠り薬を作るのをシャスティン殿下にも手伝って頂いてプレゼントしたのです!」
グッッジョーーーーーブ!!!ネリイー---!!!
それが聞きたかったの!
思った通りに暴走したようね。
よーし!!それでいい!!
「あら、皆様の前で毒なんて。大層驚かれたんじゃないの?」
思わず口元が緩んでしまいそうになるけれど、あくまでも平静を装って私は聞いた。
もちろん本音は「どうだ!皆は引いていたか?」である。
「ええ、ベスパーバ侯爵様もそのままで行きなさいと応援してくれましたのよ。私自信が湧いてきましたわ」
「ベスパーバ侯爵が?」
ネイリーンの口から出た意外な人物の応援に疑問符が付いた。
あら意外ね。
絶対嫌みったらしく「令嬢としてなっておらん」とか言ってきそうなのに。
「ゼクソン伯爵様は…あ、秘密ですわ。殿下はなんだか目が輝いてらしたのできっと毒の魅力が伝わったと思いますの。嬉しいですわ!」
何かしら、秘密って?
でも思っていたよりも皆の反応がいい気がする。
まさか受け入れられてしまったとか?
それはいけない。
ああ、見ていたわけではないからイマイチ感触が掴めないわ。
やきもきする私を落ち着かせてくれたのはハリオットだった。
「いや、引いてたよ殿下は。というか皆引いてたよ、絶対。いきなり生成し始めるしさ!殿下にも手伝わさせた時なんかもう僕生きた心地しなかったんだからな!」
ネイリーンのポジティブ思考をハリオットがきっかりと遮った。
ふくれた表情とその怒気を含んだ声に私はこちらが真実なんだと安堵する。
よかったー。
皆きちんと引いてくれたのね。
よしよし、これならネイリーンがいかに王子の婚約者にはふさわしくないかおわかりいただけたわよね。
「ハリオット、ありがとう。貴方がいてくれるから安心して任せられたのよ。お疲れ様」
本当にそうである。
ネイリーンの暴走はある程度想定していたけれが、もしも想定外の度を超えた行いをし始めたら絶対に止めるように前もってハリオットには言っておいた。
殿下に毒をけしかけたりとか、勢い余って目の前で毒の効能確かめたりとか、とにかく毒本体を手にするようなら止めなさいとお願いしていたのだ。
しかしながら止めはしないがハリオットがこの言いようなのでかなりギリギリのラインをネイリーンは責めてきたんだろう。
本当にお疲れ様としかい言いようがない。
しかしそうよね、今スルーしてしまったけど案内中に生成し始めるっていうのはさすが思いつかなかったわ。
しかも殿下に薬作りを手伝わせるってどういうことよね?
引かせる行動としてはナイスだけど、殿下の態度によっては完全にアウトじゃない?
危なかった… 危なかったわよ!!
よかったわ、また違う所で没落するところだった。
ネイリーンの暴走の威力に今更ながら肝が冷える思いがした。
絶妙な場所をすり抜けていくわね、この子は本当に。
まぁとりあえずの目的は達成できたようだし、何のお咎めもなさそうだし、今はもう良しとしよう。
「さぁ二人もそろそろ準備をしなくてはならないわ。シーネとナナリーについて着替えてらっしゃい」
二人はそれぞれ私に一礼をすると乳母達に連れられて部屋を後にした。
さてと、これは歓迎の宴で何を言われるのか、ちょっと怖いわね。
私はドレッサ-に映る完全武装済みの自分を睨みながらこれから宴という戦場に赴く気を一層引き締めた。
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シャスティン殿下を歓迎する宴は舞踏会というよりも晩餐会形式で行う。
煌めくシャンデリアに照らされた艶やかな大広間の上手には殿下や私達が座る長テーブルが並べられ、そのテーブルから真っ直ぐ縦に2列に来賓用の長テーブルが並べられている。
各テーブルは美しい花と金細工で出来た格式高いキャンドルが飾られ、磨き抜かれたカトラリーが整然と置かれていた。
夏の太陽はまだ沈みきっていないが既に刻限。
会場内には、色取り取りの華やかなドレスやスーツに身を包んだエンナントの有力貴族や4大図書館の館長、研究所の所長などの招待客が着席している。
最後に入場する私達と視察団ご一行様は広間へと続く扉の前で声が掛かるのを待っていた。
何度やってもこの入場って緊張するのよね。
皆に一斉に注目されるあの感じがどうもダメ。
マーサのお墨付きだから身だしなみは大丈夫でしょうけど。
待機をしている列の先頭にはシャスティン殿下とギルバートがリラックスした笑顔で談笑していた。
場慣れをしているのか羨ましいくらい余裕のある二人である。
私の横にはベスパーバ侯爵が何とも読みづらい表情で立っていて、後ろにはゼクソン伯爵とメイデルテン様が並び、最後尾には子ども達がいた。
「シャスティン殿下、並びにファンドール公爵夫妻が入場されます」
騎士の言葉が会場に響くと皆が一斉に席を立ち広間の奥にあるこの扉に注目しているのがわかった。
「では行きましょう」
セドリックが扉を開けるとワッという歓声と拍手が起こる。
前を行く二人はそれに応えるように手を軽く上げながら進んでいった。
私とベスパーバ侯爵も後を追うように歩みを進め入場すると、今日の会場内はエンナントの知った顔で溢れていたのでいつもよりは緊張せずに済んだ。
中央の席には殿下とギルバート。
私は殿下とベスパーバ侯爵に挟まれる形で着席する。
ギルバートの隣にはゼクソン伯爵、メイデルテン様と続き、ハリオットとネイリーンはそれぞれ両端の席に着いた。
給仕達が慣れた手付きで全員のグラスにシャンパンを注ぐと、グラスを手に持ったギルバートが静かに立ち上がる。
「今宵は10年振りに王家の方がエンナントに赴いて下さった栄えある日であります。王の本を抱えるエンナントは古の頃より王家と深い繋がりがありました。それはこのマグノリア王国の守護者であらせられる王を共に守り抜くという誓いです。数百年の時が経とうともこの思いは変わる事はありません。ファンドールの民にとってこの誓いこそが何よりの誇りであります。私はファンドールの民を代表してこれからも王家と共に歩んでいくことをシャスティン殿下の御前で今一度誓わせて頂きます。ではシャスティン殿下と王家の繁栄を心より祈って…そしてようこそエンナントへ!乾杯!!」
「「乾杯!!」」
楽団による優雅な調べに乗せて会場内には楽しげな声があちらこちらで響き渡る。
次々に運ばれてくる食事に舌鼓を打ちながらしばらくは和やかな晩餐が進んでいた。
しかしデザートを口にしている時に、隣の殿下が目をこすり始めたのに私は気付いた。
「今日は一日お疲れ様でございました、殿下。少し早いですがもうご退席なさいますか?」
気丈に振る舞っていてもまだ体は5歳の王子の身を案じて私は尋ねる。
「まだ大丈夫だ。馬車でゆっくりしていたしな。それよりも今日は本当に楽しかったぞ!図書館もこの屋敷も目新しいことがたくさんあった」
殿下のこの言葉に私はネイリーンがしでかした事を思い出し思わず引き攣る。
「先程はネイリーンが殿下に研究の手伝いをさせてしまったようでして、誠に申し訳ございませんでした」
「何だそのことか。私は気にしていない。城ではあのような事はさせて貰えなかったから逆に楽しかったぞ」
ああよかった。
殿下の逆鱗に触れていなかったようだ。
私はひとまず胸を撫で下ろす。
「何かあったのですかな?」
殿下と私の会話の内容が気になったのか横からベスパーバ侯爵が割って入ってきた。
「ああ、ベスパーバはあの時にはもういなかったな。其方が出て行った後、ネイリーンが眠り薬を生成し始めてな、私も手伝ったのだ」
「何ですと?!」
ああ、この人の耳には入れたくなかった。
というかいなかったってどういうことなのよ。
私は気まずさに苦笑いを浮かべつつも眉を顰めるベスパーバと顔を合わせた。
「ネイリーン嬢は本当にお転婆がすぎるようですな。まさか殿下に手伝いをさせるなどと。ただでさえ口には出しづらい研究をなさっておいでなのに」
あからさまな嫌みをついてくるベスパーバ侯爵にカチンと来つつも間違ってはいないので笑うしかない。
そしてやっぱりネイリーンの研究に嫌悪の感情を持っているのがわかりある意味ホッとした。
「ご心配をお掛けして申し訳ありませんわ。でも意外ですわね。先程ネイリーンと話した時にはベスパーバ侯爵様から研究について激励を受けたと聞いていたのですが、間違いだったでしょうか?」
私の予期せぬ応酬にニヤリと深い笑みを浮かべたべスパーバが答える。
「いえ応援はしておりますよ、稀に見る聡明なご令嬢の未来を。ただ殿下の御身に関わる事となれば別ですな。まさか殿下のお手をお借りするなど本来ならあってはならない事でしょう」
「ええ、それは本当に不徳の致すところでしたわ。よく言っておきます」
あくまでも優雅に、にこやかに返す。
たとえ背後に虎と龍が睨み合いをしているのが見えようとも、あくまで友好的に今はいるのだ。
「しかしながら公爵令嬢に毒の研究を容認するなど誠に驚きましたな。ギルバート様は本当に心が広い。ファンドール領は豊かなだけあって娘一人行き遅れなどになっても何の問題ないのですなあ、羨ましい」
こんにゃろ、どんどんと言うようになってきたな!!
私は盛大に心の中で舌打ちをした。
「おほほほ、本人が望む事を応援するのは親として当然の務めですわ。毒だ何だと偏見で判断するのは愚かでしょう。心根が腐っていないければどんなに鋭い刀を持っても振るう事がないのと一緒です。有難いことに娘は本当に純粋で真っ直ぐに成長しておりますから安心ですのよ」
「それは何よりですな。しかしながら国を担う立場となれば話は別ですぞ」
「あら嫌だわ。最初からそんな物には露ほど興味もありませんのよ。侯爵様は担っていく気概がおありなのね。そのお志だけは見習いたいわー。おほほほほー!」
「ははははー!」
まさしく狐と狸の化かし合いとはこの事だろう。
ただならぬ雰囲気を醸し出す私とベスパーバに、離れた席のギルバートとゼクソンは貼り付けたような微動だにしない笑顔でいた。
「その辺にしておけ、ベスパーバ。ネイリーンの事を悪く言うのは私が許さんぞ。ファンドール夫人もすまなかった。ネイリーンはまあ変わっているとは思うが、悪い考えを持っていないのは分かっている」
この場を御せる唯一の存在である殿下がピシリとベスパーバを窘める。
本当に良く出来た王子だ。
にしてもネイリーンの事をどう思っているのか正直微妙な所だ。
庇ってくれているから悪い印象ではなさそうだけれども、変わっているというのはわかっているみたい。
……婚約者候補から外してくれそうかというと……どっちだろうか。
でも間違いなくベスパーバは反対するだろう。
あとはもう一人の付添人、ゼクソン伯爵の感触が分からない。
席もちょっと遠いので話す機会に恵まれていないのよね。
ギルバートが探ってくれていればいいけど。
デザートが下げられた所で一度晩餐会を締めることになる。
この後はテーブル席の奥のスペースでダンスパーティーだ。
ダンスの一曲目は一番地位に高い者が踊るしきたりがあるので、ここでいうと言わずもがなシャスティン殿下だ。
そしてこの王子の相手を務めるはももちろんネイリーンしかいない。
二人とも正式な社交界デビューは済ませていないが、殿下を差し置いて私達が踊るのはどうしても憚れたので今回のみ特別ということで1曲だけ踊ってもらうことになった。
幼い二人が手を取り合ってホールの真ん中へと進む。
その堂々たる姿は考えたくないが将来の王と王妃の風格を漂わせていた。
楽団が一番簡単なワルツを奏で始める。
ダンスを習ったばかりの子がまず覚える基本の曲だ。
視察が決まる前からダンスのレッスンはさせていたけれど、こんな大舞台に娘を送り出す親の気持ちはいつだって失敗しないかとハラハラ・ドキドキである。
そんな私の心配もよそに二人の可愛らしいダンスに皆が笑顔になった。
クルリとターンを決める度にネイリーンも殿下もそれは楽しそうに笑い合っている。
やだ、なんかお似合いだわ。
でもダメなのよ。
ネイリーンの為にはここで婚約者のフラグは折っておかなきゃならないの。
うう、似合っているだけにもったいないけどね。
そう葛藤する私の事情などお構いなしで踊る二人の間ではこんなやり取りをしていた。
「ネイリーン、其方、私の妃になるか?」
「お断りしますわ」
「!!何故だ?国で1番偉い女になれるのだぞ」
「1番偉いとかいりませんし、私は研究でいっぱいです」
「城に来れば国中から何でも手に入るぞ。其方の研究もし放題だ。ここにはない植物もヴァーパスにはたくさんあるぞ?」
「…それは気になりますわね」
「そうであろう!」
「じゃあ殿下が花嫁を選ぶ時が来ましたらその時考えますわ。今はエンナントを離れる気はありませんの」
「わかった。約束だぞ。私の妃を選ぶ時がら来たら私に会いに来るんだからな!」
「ええ、その時には一度伺いますわ」
「よし、あとネイリーン。私の事はシャスと呼べ。私も其方をネリィと呼ぶ」
「なぜですの?」
「其方とは対等でありたいのだ。殿下などと呼ばれたくない」
「…よく分かりませんが分かりました。シャス」
「!!よし、それでいい、ネリィ」
またしても折りたかったフラグを勝手にしかも盛大に立てられてるとは、この時の私には知る由もなかったのです。
ステフィアさーん、勝手に約束してますよーって教えてあげたくなりますね。
ではまた次回~。




