26.ネイリーンという女の子1 sideシャスティン
お読み頂きありがとうございます。
なんとーーブクマ登録が300を越えました!!ありがとうございます。
今回は初の別視点。
王子さんです。
お楽しみ下さい~
ファンドール公爵領国立図書館の視察を終えて、ようやく僕はギルバートの屋敷でくつろぐことが出来た。
途中でベスパーバが本を父上に頼んで王宮に移動させようとか言ってきたのには驚いた。
そもそもそんな事に僕は興味もないんだから言ってこないで欲しい。
ギルバートもオリバーも笑顔だったがあれはきっと相当怒っていたと思うぞ。
僕はいつも大人に囲まれながら生活しているから、笑っていても本当は怒っていたり、泣いていたりしているのを知っている。
僕だってそうだからだ。
本当はだらけたいし、堅苦しい言葉もやめにしたい。
でも父上も、母上も、乳母やゼクソンさえも「お前は次の王だから人の前に立つ時はいつも毅然としていなければならない。」って言うんだ。
僕って言うのもダメだし、甘えたことをするのもダメ。
背筋を伸ばして前を向いて、いつだって王子として、次の王にふさわしい振る舞いをしていなくちゃならないんだって。
そうしていると皆が喜んでくれるから僕も頑張れるけど、ちょっとだけ疲れてしまう日もあるんだよね。
でも今回のファンドールへの旅は楽しみにしていた。
だって父上が王になった証の本を見られるから。
ゼクソンから聞いていたから、あの本がどれだけマグノリアにとって大事な物なのかは知っていたし、簡単には見られない本だっていうのもわかっていた。
何百年も前、国が始まった時から伝わってきた本。
そんな本を見られるなんて僕はわくわくしながらファンドールに行く日を待っていたんだ。
そしてようやく見られた本は僕が思っていたよりもずっと大きくて重そうで。
この前見た図鑑くらいはあるんじゃないかな?
赤い皮表紙は所々痛んでいるように見えたけど、何百年も前に出来た物としてはとても綺麗に見えた。
きっとあのケースには特別な仕掛けでもしてあるのかも知れないな。
あの本に父上もサインをして王になったんだと思うと思わずジッと見つめてしまった。
いつか僕もこの本を持ってマグノリアの王になるんだろう。
その時は父上みたいに立派な王になってみせるんだ。
思いを巡らせているとテーブルに置かれたグラスの氷がコロンと音を立てので僕ははっと我に戻る。
右隣にはいつものようにゼクソンが僕の様子を見ていた。
ゼクソンは僕の家庭教師だ。
いつも僕を見て笑ってばかりいるが悪い奴ではない。
勉強を教えるのは上手いし、何よりも父上のような王になるには何が必要かを教えてくれるんだ。
ゼクソンは僕と目が合うと笑顔を浮かべて一言こう言った。
「楽しみですね、お子様方が来られるのが」
そうだ。
これからハリオットとネイリーンと一緒に屋敷内を回るんだった。
僕は誕生日を迎えた春から何人か貴族の令嬢と会う事になった。
左に座るベスパーバの娘とももう何度か会ったことがある。
僕より何歳か年上の子だったり、ようやくおしゃべりが出来るようになった子もいた。
母上達は誰が一番気に入ったのかとか、誰なら仲良くできそうだとかをいつも聞いてくるけど、どの子が一番とかはない。
だってどの子も顔は違うけれど同じなんだよね、僕に対する態度がさ。
僕の言ってる事に頷いてばかりで、何を聞いてもおもしろい答えなんか返ってこない。
皆同じに見えるんだ。
ああ、ただまだおしゃべりを覚えたばかりのあの子は違うかな?
あの子とはそもそも会話が成り立っていないしね。
そうそう自分の事になるとすごい話をしてくる子もいたな。
一つ上のベスパーバ侯爵の子だ。
あの子は逆に僕の話はまるっきり聞いてなかったっけ。
ある日、父上が最後にもう1人会わせたい子がいるって言っていたのがネイリーンだ。
ゼクソンも父上もネイリーンとはよーくよく会って話してみろと言ってきた。
そう言われるとなんだか僕もネイリーンに会うのが楽しみになってくる。
ネイリーンはヴァーパスに住んでいないからすぐに会うことは出来なくて、夏を待って会いに行くことになった。
王の本を見に行くついでらしいけど、ネイリーンに会えることが決まって僕は嬉しかったんだ。
父上があんな風に言う子なんて他にはいなかったからね。
一体どんな子なんだろうって気になっていたんだ。
「お初にお目にかかります、シャスティン殿下。同じくギルバート・ファンドールの娘、ネイリーン・ファンドールと申します」
僕よりも小さい女の子が城に来る貴族みたいにしっかりと挨拶をしてきた。
顔を上げたネイリーンの瞳は吸い込まれそうなほど大きな緑の目で、思わず僕は見入ってしまう。
フワフワと揺れる髪とスカートがまるで風に舞う花のように揺れていた。
一目でネイリーンに魅せられた僕はその後は照れてしまって禄に目を合わせられなくなってしまった。
でも食事中に何度か話を聞くことは出来た。
なんでもネイリーンは花が好きだそうだ。
パッと花畑の中に座るネイリーンが思い浮かぶ。
うん、似合っているな。
出来れば僕も一緒に花畑に出掛けてみたいとも思った。
そんな事を思いながら摂る食事はとても楽しくて、時間があっという間過ぎていく。
すると食堂を出る時にハリオットとネイリーンが揃って僕の前に来てこう挨拶をしてくれた。
「後程、私達で邸内を案内させて頂きます。それではお気を付けて行ってらっしゃいませ」
そして今がその時だ。
-コンコンッ
「失礼致します。」
ダークブラウンの髪をした背の高い女性が扉を開けると、その奥からハリオットとネイリーンが姿を現した。
「お帰りなさいませ、シャスティン殿下。図書館はどうでしたか?」
ハリオットは礼をすると期待に満ちた目で僕を見てきた。
わかってるよ、どうだ!っていいたいいんだろう。
あんなすごい図書館はヴァーパスにはないもんね。
「想像以上に素晴らしかったぞ。王の本も見られて嬉しかった」
「それはよかったです。お疲れでなければ邸内をご案内させて頂きたいのですが大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。宜しく頼む」
ゼクソンとバーパスにも目をやると、2人とも大丈夫だと頷いてくれたので席を立つ。
「ではご案内致します」
小さな案内人のネイリーンがトコトコと僕達を先導してくれた。
僕が知っているのはこの応接室とそこから少し離れた場所にある食堂だけだ。
図書室、礼拝堂、あとはその途中に寄った中庭とちょっとしたギャラリー。
場所に着く度にハリオットとネイリーンが緊張しながらも一生懸命に説明をしてくれる。
ネイリーンなんかは途中で何回か固まってしまう所もあったが、すぐにハリオットがフォローを入れていて仲がいい兄妹なんだなと羨ましくなった。
僕には姉弟がいないからね。
エンナント領邸内は城と比べればどれも小さいが、その分趣向が凝らされていて城と違った面白みがあり、なんといっても窓の外に広がる湖のある景色はヴァーパスでは感じることのない開放感で溢れている。
キョロキョロと辺りを見回しながら案内されていると、ふと庭園の隅にちょっと趣の違う小さな屋敷を発見した。
「あれは何だ?」
僕は他の建物には見られないターコイズブルーの窓枠のある家を指差して聞いてみた。
「あれは私とネイリーンの研究所です」
??
研究所だと?
僕よりも年上のハリオットならまだしも
「ネイリーンの、か?」
「ええ、私の大切な研究所ですわ!!」
かぶせ気味で答えたその声は先程までの緊張した声ではなく、やや興奮してるような大きな声だった。
「気になるようでしたらご案内致しましょうか?」
「うむ。其方らが何を研究しているのか興味があるぞ」
「では参りましょう!!すぐに行きましょう!!」
ネイリーンは一体どうしたのだろうか。
明らかに生き生きとし始めたぞ。
一体この僕よりも小さい子があそこで何をやっているんだろう。
研究所とか言ってネイリーンの遊技場なんじゃないかな?
きっとそうだ!
だからこんなに嬉しそうな顔になったんだ。
僕を案内すると言いつつ自分がそこで遊びたいだけなのだろう。
大人っぽく見えてもネイリーンはまだまだ子どもなのだな。
スキップでも踏んでしまいそうな足取りでどんどん先に進んでいくネイリーンに、僕はやれやれと思いながらも可愛いなと笑ってしまった。
するとハリオットがスススと僕の横に並ぶと少し眉を下げ困った表情をしながら僕に言う。
「研究所なのですが、見るのは大丈夫ですが危険な物が多いので決して備品などには触らないようにお願い致します」
危険?
上れないような大きな遊具でもあるのだろうか?
「私の研究所はまだいいのですが、ネイリーンの研究所にあるものは指一本触れてはいけません。約束して下さいますか?」
なんだ、なんだ?
ははーん、さてはネイリーンのお気に入りの人形やらがあるのだろう。
「大丈夫だ。私とて小さなネイリーンの物を勝手に取ったりなどはせぬ」
「ゼクソン伯爵とベスパーバ侯爵も必ずお守り下さいね」
「ああ、わかった」
ゼクソン達も何だか分からないという顔だな。
しかし彼らは大人だから子どもの物など見向きもしないさ。
「安心しろ、ハリオット」
私は自信に満ちた顔でドンと自分の胸を叩いた。
「ハァ…とうとう来てしまったか…。ネイリーンがな…堪えられるかな…」
ハリオットが小さな声でブツブツと何か言っていたが内容までは僕の耳には届かなかった。
ネイリーンは後ろの事などお構いなしにずんずんと先に行ってしまう。
少し歩くとレトロな雰囲気の小さな洋館が見えてきて、その玄関ポーチには“アトリエ研究所”と大きな看板が掲げられていた。
「まずは僕の研究室をご案内します。こちらです」
おお、これはすごいな。
ハリオットは魔力に興味があると言っていただけあって、魔石や魔道具が部屋中に点在している。
壁の黒板には理解不能な数字が列を作っていて、その前の作業台には作りかけであろう魔道具が置かれていた。
「おもしろい式ですね、これは。何を作っているのですか?」
黒板の前で顎をさすりながら目を細めるのはゼクソンだ。
彼は貴族でありながら学者も兼任している。
だからこそ私の家庭教師に選ばれたのだ。
「これはこの部分に入れた物を遠くへ飛ばす魔道具です。片手でここを引くと勢いよく中の物が飛び出します」
ハリオットはゼクソンの質問に嬉々として答え始める。
思考が似ているのだろう。
あっという間に2人で魔道具談義に花を咲かせ始めた。
そんな中ネイリーンはというと、よくここにも来るのだろう。
勝手知ったるとばかりにどこからか持ってきた魔石を机の上に並べ始める。
「ネイリーンはこれが何だか知っているのか?」
「ええ、もちろんです。これはペスキー、この緑のはノノです」
正直私には正解なのかはわからない。
「合っているか?ベスパーバ?」
さっきから微動だにしないベスパーバに聞いてみる。
「え?あ、あぁ合っていると思います、よ…じょ、常識です」
「常識なのか!!私は知らなかった!!」
「!!いえ、殿下は他の事で忙しい身ですからよいのですよ!!こんな事は分かる者に任せていけばよいのです」
そう言われてもショックが隠せない。
ネイリーンでも知っている常識を知らずに過ごしているのかと思うと何とも情けない。
城に戻ったら勉強だ。
「ゼクソン!城に戻ったら魔石を教えてくれ」
「…おや?どうされました?自ら勉強などと珍しい」
ゼクソンが私の方へ戻ってくる。
「いや、この魔石の名が分からなくてな。ベスパーバにこんなのは常識だと言われたのだ。」
ゼクソンは机に置かれた魔石を見た後、チロリとベスパーバを見た。
「いえ殿下、そんなことはないのですよ、いいのです、常識など」
ベスパーバは何故か焦っているようだし、ゼクソンはため息をつくし、私の無知のせいでこうなっているのかと思うと出さないが涙が出そうになる。
「まあいいでしょう。では城に戻りましたら詳しくお教えしますよ」
「頼むぞ、ゼクソン」
ゼクソンはそのままベスパーバの方へ歩みを進めるとすれ違いざまに何かを言っているようだった。
その瞬間ベスパーバの顔が引き攣ったように見えたが、そんなことは次のネイリーンの言葉でどうでもよくなった。
「次は私の研究室を案内しますわ。皆様、ついてらいして下さいませ」
ついて行った先は“薬学研究室”と書かれた看板が下げられた部屋の前だった。
「こちらが私の研究室ですわ!この部屋の中は私の大事な大事な宝物達でいっぱいですので、勝手に触らないで下さいませ」
くるりと僕達の方に振り返り、口酸っぱく注意をしてくる様が微笑ましい。
取らないから大丈夫だよ。
そう思わず言ってしまいそうになる。
「ではどうぞ、お入りになって!!」
扉が開かれ室内に入る。
人形かな?女の子だから宝石とか?いや、花が好きって言ってるから花束とか?
「え……」
そこには僕が思っていたネイリーンの研究室とは全く異なる部屋が広がっていた。
壁にギッチリと埋められた棚には大量の瓶、瓶、瓶…
それ以外にあるのはあまり見慣れない金属の機具や様々な形や大きさのガラスの容器。
黒板の前の黒い机の上には枯れた花の束がいくつも袋に入れられ並べられている。
花はあったな、花は。
ただ枯れ果てている。
その異様な光景とこの部屋が作り出す雰囲気があまりにマッチしていて、恥ずかしながら背筋に冷たい物を感じてしまった。
ゼクソンもベスパーバも言葉が出てこない。
ハリオットだけはそんな僕達を見て生気の抜けた笑みを浮かべている。
そんな僕達の中でただ1人だけ、ネイリーンだけが満面の笑みだ。
「ネイリーン…其方の研究室とは何を研究しているのだ?」
僕の言葉にネイリーンはよくぞ聞いてくれましたね!!!とでも言うかのような勢いで私に近づいた。
「フフ!!私の研究はですね」
「うむ、其方の研究とは…」
「毒です!!」
花の妖精かと見紛うような笑みでそれはそれは嬉しそうに告げる。
「………ど…く?」
ネイリーンから飛び出た言葉がいまいち頭に入ってこない。
「はい!!毒です!!!」
再び同じ単語を告げるネイリーン。
どく…どく………
「「毒だと!!!」」
3人分の絶叫が研究室にこだました。
来ましたー-!!
カミングアウト?っていうのかな?
生き生きしてるネイリーンとか書くときは面白いです。
次回もシャス視点が続きます。
では!!また次回!!!