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25.王家の本

お読み頂きありがとうございます。

切りどころが見当たらなくて長くなってしまいました。


ではお楽しみ下さい!

エンナントの数ある図書館の始まりであり、4大図書館の中でも他とは一線を画す存在の国立図書館。

その外観は最早図書館というレベルではなく、絢爛な美術館か神殿とも言える位の建物だった。

石造りの緩い階段を上れば正面に屋根まで貫く八本の大きな円柱がそびえ、その柱の奥にはこれまた大きなエントランスの扉が見える。

重厚なその扉の上には王族の馬車に彫られていたのと同じ獅子がこちらを睨むように彫られていて、いやでもこの場所が王家縁の由緒ある所なんだとわかってしまう。

扉の左右には図書館だというのに2人の衛兵が直立不動で並び、不審な人物が出入りするのを常に見張っていた。

もちろん今日のこの時間は殿下の視察で貸し切りとなっている為、出入りを見張るというよりも王子を迎える意味合いが強いだろう。


「おお、これは素晴らしい」


図書館に足を踏み入れ思わず声をあげたのはゼクソン伯爵だった。

首が痛くなるほど高く天井まで積み上げられたおびたたしい本だけでも圧巻なのに、それに劣らぬインパクトを放つのはこの図書館の内装だ。

本棚の1つ1つに施された彫刻などの装飾はどれも違う模様で、それを全て追うだけでもかなりの時間が掛かってしまう。

さらに天井いっぱいに描かれた美しいフレスコ画は、建造当時のエンナントの街の様子や人々の様子が色鮮やかに描かれていて、美術品としてだけでなく、歴史的観点から見ても貴重なものだった。

そして極めつけは入り口からまっすぐ奥に延びた通路の先に見える、本を携えた男性の大きな彫刻だ。

かなりの距離が開いているにも関わらず入場者を圧倒するその迫力に、先程のゼクソン伯爵のように声をあげる人が後を絶たないのだ。


「うわ…」


シャスティン殿下からも感嘆の声が上がる。

声には出さないがベスパーバ侯爵も初めて見る図書館に目を奪われているようだった。


「お気に召しましたでしょうか?こちらの図書館は古来の本をファンドールが賜ったと同時に建造された歴史ある建物なのですぞ」


皆が上を向いているうちに1人のつるりとした頭の老人が輪の中に入ってきた。


「オリバー先生!」


ギルバートが思わず声をあげる。

グレイのローブを羽織ったその老人はそのままシャスティン殿下の前まで進むとその場で片膝を突き、背の低い王子に目線を合わせ笑みを浮かべてこう述べた。


「申し遅れました。私は国立図書館の館長を務めさせて頂いております、オリバー・クロムと申します。本日はお忙し中、我が図書館に足を運んで頂き恐悦至極でございます。ギルバート様と館内を御案内致すべく参上致しました」


オリバーは膝を突いたままでシャスティン殿下に頭を下げた。


「其方が館長か。いきなり現れて驚いたぞ」

「皆様があまりに熱心にご覧になられていたので声を掛けるタイミングを外してしまいました」


オリバーは悪びれもなくはははと笑うと、そのまま立ち上り列の先頭に立つ。

なぜか憎めない不思議な雰囲気を持つおおらかな人物だ。


「さあ、では参りましょう。まず見て頂きたいのはこちらの棚でございます」


自分の庭といわんばかりに自分の案内したい方へと進んでいくオリバー。

あっけに取られていた皆はつっこみもせずぞろぞろとその後についていくしかなかたった。


館長というだけあって納められている本の種類や図書館の装飾品などの説明は懇切丁寧でわかりやすく、皆が感心した様子で歩みを進めていく。


「そしてこちらの像の人物はこの図書館が作られるきっかけとなった御仁でございます」


散々図書館内を引っ張り回し、ようやく辿り着いた場所はあの大きな彫刻の前だった。


「こちらの御仁は建国より3代目、今より400年程前に王であったサンスティナ王の弟君であるセーベルスティナ王子でございます」

「400年前の王子…」

「はい。当時の王国は国が出来たとはいえまだ周辺国家との諍いが絶えず、そればかりか国内でも権力闘争が盛んでございました。そんな中、当時の皇妃が双子の男児を産み落とします。それがサンスティナ王とセーベルスティナ王子です」

「!王子は双子だったのか!!」


驚きの声を上げたのはベスパーバ公爵だった。


「ええ、侯爵様ならお分かりかと思いますが、双子の王子の誕生は必ずしも喜ばれるものではありません。どちらかといえば後継者争いの火種になると忌み嫌われる存在で、大抵がどちらかの王子を手放すようにするでしょう。しかしながら皇妃と当時の王が(がん)としてどちらかを選ぶことはせず、王宮内で一緒に育てる事を決めました。王の周囲はいつか起こるであろう戦禍に怯えましたが、それとは裏腹に二人の王子はそれは仲睦まじくお育ちになられました」


スラスラと像の説明をしながらオリバーは像の正面まで移動し、首に下げていた鎖を手繰り寄せた。

その鎖の先には5センチ程の古びたリング状のペンダントが付いていた。


「いつしか兄であるサンスティナ王子が王位を継ぐことが決まり、セーベルスティナ王子は側近として兄の治世を支えていくことになりました。しかし二人の王子がそう望んでも周りの者が全てそれについて来てくれるわけではありません。王子達の意思を無視して弟を王に担ぎ上げようとする勢力が現れると、あっという間に王宮内は荒れ、さらにその隙を狙うように周辺国も侵攻してきたのです。そんな中、王が病床に倒れ急逝してしまうという事態が起きました。サンスティナ王子は王宮内を1つにまとめきれないまま王となり、セーベルスティナ王子と二人でどうにかして周辺国を退けることができました。しかし敵国の脅威は去っても、まだ王宮内には王に反対する勢力が渦巻いていたのです。その勢力はもはや弟を王に立たせたいという者ではなく、王家そのものに反旗を翻し滅ぼそうとする者になっていました。サンスティナ王はセーベルスティナ王子を継承の間に呼ぶとこう言いました。“この本は国を守る王の本である。万が一この本が奪われれば国はいとも簡単に敵国へと渡ってしまうだろう。しかし敵は何も外から攻めてくるわけではないのだ。セーベルスティナ、我が半身よ。お前にこの本を託したい。私に何かあってもこの本さえ奪われなければマグノリアが落ちることはないはずだ。”と」


オリバーはペンダントを握り締めると、真っ直ぐ前を向く精悍な像を見上げて一礼をする。

その後ゆっくりと像の台座に刻まれた文字を指でなぞり、その途中に彫られた円形のくぼみにペンダントを嵌め込んだ。


「本を託されたセーベルスティナ王子は当時彼の領地でもあったエンナントに図書館をすぐに建造すると、その深部に本を納め自分自身でしか開けられぬ封印を施しました」


文字が淡く光ったと思うと同時に台座の一部がゴゴゴゴゴと音を立てながら動きだし、台座の後ろから下へと続く階段が現れた。


「おお、階段が現れたぞ」


私とギルバート以外はペンダントを嵌め込んだ時から起こる不思議な現象に目を丸くさせている。


「これがこの図書館の成り立ちです。さあ、では古の本に会いに行きましょう」


オリバーはギルバートに道を譲ると、最後尾にいる私の前にやって来た。


「どうでしたかな?私の講義は?まだまだいけますかな?」


身体を半身だけ私に向けてコソコソと話しかけてくるオリバー。


「ええ、久しぶりに聞きましたがまだまだ現役ですわね」


私も初めてエンナントに来た時にこうしてオリバーに案内をしてもらったものだ。

あの頃わずかにあった髪の毛は全て無くなってしまったけれど、話の巧みさは衰えていないようだった。


「ではこの図書館の深部へとご案内させていただきます。狭いので足元にお気を付けてお進みください」


ギルバートはそう言うとカツン-カツン-と音を立てて階段を下がっていった。

螺旋の下り階段は狭い上に結構な段数があるので、ベスパーバ侯爵やオリバーにはちょっとキツイかと思う。

嫌みとかではなく純粋に老人は足腰にくるからね!

心配しているのですよ!!


…いや、他人事じゃなかったわ。


自分が階段を降り始めると足下がグニャリとふらついて慌てて壁に手を突いた。

ヒールを履いている私がもしかしたら一番危ないかもしれない!!

気付かなければどうと言う事ないことも一度気づいてしまうともうどうしようもなくなるもんです。

この場でずっこける訳には絶対いかないプレッシャーも加わって、私は誰よりも慎重に一歩一歩階段を下りる羽目になった。


遅ればせで目的地に到着した私をギルバートが確認すると、彼は目の前にある今まで見て来たどの装飾よりも一層複雑に彫られた扉に向かい手を伸ばす。

扉の中央には大きな魔石が埋め込まれていて、ギルバートの魔力を感知すると自動的に扉が開かれた。


「この部屋に入るにはファンドール家の者がいないと扉を開けることが出来ません。さらにファンドール以外の者が入るときには前後をファンドールの者に挟まれなくては何人たりとも入ることが出来ません。今回は私が前に、後ろには我が妻のステフィアがおります。間違えても我々から離れないでください」


そうです。

私がノコノコとここまで付いて来たのも、さっきオリバーが最後尾でなく私の前に来たのも、この入室制限のせいです。


ギルバートは皆に注意を促すと国立図書館の最深部、古の本の納められている部屋へと入っていった。


そこは豪華な図書館内や先程の複雑な模様の入った扉とは違い、一切の装飾は見当たらない部屋だった。

あるのは部屋の中心に階段状の四角い台と、台を囲むように配置された4本の背の高い燭台。

そして台の中心には灯に照らされた私の腰の高さほどの台座がどっしりと構えている。

台座の上には透明のガラスケースのようなものが置いてあって、その中に国の要とも言える魔道具の本や、他の古から伝わる本が納められていた。


無駄の一切ない無機質な部屋は他に目移りする物がない分、台座に安置された本の存在感がいやおうなしに大きく感じられ、いるだけでとても厳かな気持ちになってしまう。

入室している誰もが同じ様に感じるのであろう、シャスティン殿下を始め、全員が緊張した面持ちをしていた。


「シャスティン殿下、どうぞお近くでご覧ください」


ギルバートが台座に手を向けると、誘われるようにシャスティン殿下が台座に近寄っていく。

ちょうど殿下の目の高さに本があるので、大人よりもより一層本が近くに見えるだろう。


「真ん中にある本がいずれシャスティン殿下がその手にお取りになる国の魔道具の本です。そしてその右隣にある本はセーベルスティ様の手記。左隣の本は建国当時に王家と君臣関係を結んだ家々との誓約書でございます。いずれも当時の様子を知る大変貴重な資料であり、ファンドール家が代々守り続けてきた宝です」

「これが、いずれ私が手にする本か…」


まだ5歳という幼い年齢でありながらも王になるべく生きてきたシャスティン殿下は、しっかりとその胸に自分が王となる日を自覚しているようだった。

小さな手でケースに触れるとまじまじと本を眺めている。

いつか来るこの本を手にする自分の姿を思い描いているんだろう。


「殿下、いずれ手にするのですから王に進言して王宮で安置してはいかがですか?」


はい、ぶっこんできましたよー、ベスパーバ侯爵!!


いきなりのベスパーバ侯爵の進言に私を始め、皆が驚愕する。

相反してベスパーバ侯爵は気持ち悪いぐらいの笑顔を浮かべてシャスティン殿下の後ろに立っていた。

その笑顔はいつぞや見た“お主も悪よのぉ~”とわめく悪代官の顔にそっくりであった。


「え…いや…」


可哀想に、さすがの殿下も何と答えて良いものか分からない様子だ。


「魔力認証を施せば王宮内でも十分安全に保管できるでしょう。由緒正しき本を曰く付きのファンドールの手元にいつまでも置いておかなくてもいいではありませんか」


ドヤ顔でギルバートを睨み付けてくるベスパーバ侯爵。


なんなの、このあほ侯爵。

こんな所で言うことじゃないんじゃない?


あまりの失礼な物言いにカッと体が熱くなる。

その勢いのまま罵ってしまおうと口を開こうとした。


「その「はははは、分かっておられませんね、ベスパーバ侯爵」


私の言葉を遮ったのは笑い声とは対照的に凍えるような目をしたオリバーだった。


「先程、私が説明した内容をお聞きになっていましたか?」

「なっ!!無礼な!」


侯爵という高い身分の者が一介の図書館の館長に笑われたのだ。

ベスパーバ侯爵は真っ赤な顔をしてオリバーを威嚇する。


「魔道具の本は王宮に置いておくものではないと私の説明を聞いていれば分かると思うのですがね」


オリバーはふぅむとわざとらしく顎に手をやり困ったものだというような顔をしていた。


「オリバー先生、そこまでです」


喧嘩腰のオリバーを制したのはギルバートだった。

ただ彼の顔もまた笑みは湛えているが、以前によく見せたそれは冷たい目をしている。


あーあーもう怖いよー!!

オリバー先生もギルバートも絶対にキレているじゃない!!

殿下の前よ!!抑えて、抑えて!!

こんな時はゼクソン伯爵……

って、なに白目をむきかけてるのよ!

貴方が間を取り持つ役目でしょうが!!

しっかりなさい!!


青い炎が揺らめく目の前の光景に泣きたくなった。


ギルバート!キレちゃダメよ。

大人の対応をするのよ!!


私はありったけの眼力をギルバートに向けて送る。


「ベスパーバ侯爵。オリバー先生も仰いましたがこの本は王宮に移すことは出来ません」


私の睨みが効いているからなのかはわからないがギルバートの声は穏やかであった。


「何故出来ないかと申しますと、王宮には王位継承権のある人物が集まっているからです。仮に王宮に本を移動させ王族にしか開けられない封印も施したとしましょう。王位とは必ずしも長子が引き継いでいく訳ではない為、封印を解除する鍵も複数の人物に持たさなければなりません。万が一、王が倒れた時に誰も鍵を持つ人物がいないなんて事にならない為です。その結果どうなるのか。正当な王位継承権を持たない者が勝手に封印を解き、王位を継いでしまうという可能性が出てくるのです。王宮とは王の血を引く者が住まう場所。隙を突いて王の地位を簒奪しようと目論む人物がいるのは悲しいことに史実が証明しています。どのような封印を施そうと、それを勝手に破れる人物が近くにいるというのは脅威にもなるのです。サントスティナ王はこのマグノリアの安寧を心から望んでいました。セーベルスティ様にこの本を託されたのは不本意な王位継承を阻止するためです。不埒な輩に国を取られてしまうのを少しでも防ぐ為にわざと王宮からこの本を出したのです」


そう、この本を奪われる事はマグノリアが滅んでしまう事に直結する。

王にはもちろん賢王もいれば愚王もいるだろう。

しかしながら国を統治する王を勝手に名乗ることは許されない。

あらゆる脅威に晒されてきたこのマグノリアの王を今名乗るには、王の指名と、それを支える議会の承認の二つが揃わなければ許されないのだ。


「セーベルスティナ様の子孫である我々ファンドール家は直系にしか明かされぬ封印の解除法を以て、その番人の役割を担ってきました。そしてこの解除法を授かる替わりに我々はこの本に名前を記す権利を放棄したのす。ファンドール家はこの役割を自分たちの誇りとして生きています。私達は王と議会の承認が揃わない限りこの本を外に出す事はありません。ベスパーバ侯爵の仰るように私自身には問題もあるかとは思いますが、それとこれとは話は別です。どうしても私の力が劣ると言うのであれば、王直々に領主の任を解いてもらっても構いません。そして別の者を領主に立て、その者にこの任を全うしてもらうだけです。さらに言うならばここの封印方法は失われた魔術の一つで、今はもう同じ封印を施すことは出来ません。ここ以上の封印方法を用意できなければ王宮に本の管理など任すことは出来ません」


ギルバートは晴れやかな顔できっぱりとベスパーバ侯爵に告げた。


「ぐっ…」


ベスパーバ侯爵が悔しそうに声を詰まらせる。

ギルバートを牽制したいが為に考え無しで言ったことなのだろう。

殿下まで巻き込んだくせに、徹底的に論破されてざまぁである。


「何よりもサンスティナ王が国の宝を自身の弟に託した思いを汲んで頂きたいのです」


ニコリと微笑むギルバート。

よし、勝ったな、とほくそ笑む私。


「もういいか、ギルバート、ベスパーバ。私はここエンナントに王の本があることを嬉しく思っているぞ。遙か前から受け継がれてきた伝統だ。近くに置きたいなどという独善的な事など考えてもおらんしな」


…一番この中で大人だったのはもしかしたらシャスティン殿下なのかも知れない。

恐るべし5歳児。

さすが完璧王子!!


にしても……

ゼクソン伯爵はいい所、見せてくれないなー……

大人の中に1人いる王子様。

早く子ども同士でのんびりさせたいですねー。

次回は出来るかな??


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