24.お花の妖精(仮)
お読み頂きありがとうございます。
ステフィアさんの親バカっぷりが徐々に出てきましたね。
ではお楽しみください。
「お初にお目にかかります、シャスティン殿下。ギルバート・ファンドールの息子、ハリオット・ファンドールと申します。以後、お見知りおき下さい」
食堂に移動すると、中で待機させていたハリオットとネイリーンがそれぞれ殿下に挨拶をし始めた。
最初に挨拶をしたのはハリオットだ。
かつては様々な場面で自由気ままに振る舞いシーネや私の胃を散々苦しめた彼だったが、今はもうそのような素振りは一切なく、しっかりと臣下の礼を尽くした挨拶をやってのけてくれた。
夏仕様であつらえたブルーのジャケットとキュロットに、白のベストを合わせた爽やかな衣装がよく似合っている。
幼児から少年へと成長した姿を前に、部屋の隅に控えていたシーネと私の目頭はじーんと熱くなった。
後先考えず突っ走ってばかりだったハリオットもようやく落ち着いてきたわね。
子どもの成長ってほんとに一瞬だわ。
ひとまずハリオットはこれで一安心と。
私はシーネとアイコンタクトを交わしお互いの胸中を慮った。
「お初にお目にかかります、シャスティン殿下。同じくギルバート・ファンドールの娘、ネイリーン・ファンドールと申します。この度はお目にかかれまして大変光栄でございます」
ハリオットに続いてネイリーンが挨拶をする。
可愛らしいカーテシーを披露するネイリーンに一人を除いた部屋の誰もが目尻を下げた。
はい、100点満点のご挨拶です。
もう可愛い!!うちの子本当に可愛い!!
幼さゆえのあの少しあどけない所作も含めて100点です!
嫌われるのが最終目標だし、こんなところで評価を上げなくてもいいのだけれど、公爵家の令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない教養は身に付けさせている。
今回も王子との対面に合わせそれはしっかりと教育をしてきたので、その成果にはどうしてもテンションが上がってしまうのだ。
本日のネイリーンは藤色の花柄スモッキングワンピースを着ている。
そう、王家のカラーである紫に敬意を込めてセレクトした一品だ。
腰で結んだ大きなリボンとふんわりと広がるスカートがとても上品かつ華やかで、まるで花を運ぶ妖精のようだった。
こんな可愛いネイリーンが目の前に来ればシャスティン殿下もそりゃポーっとなってしまいますよね。
もうそれはしょうがない。
元々の素材もいいので、磨けばどうしても光ってしまうもの。
でもいいの。
綺麗なバラには棘があるように、ネイリーンには容姿では庇いきれない毒愛という特殊な嗜好があるのだもの。
「可愛いのに残念な子だな。」を狙っているんだから、ここはもう可愛いを通して構わないわ。
「其方がネイリーンか…」
シャスティン殿下は食い入るような視線でネイリーンを見ると小さく呟いた。
「ハリオットとネイリーンには後程世話になると聞いた。その時は宜しく頼む」
すぐにジッと見ていた目線をプイっと外し尊大な態度を取る殿下だが、その頬は林檎まではいかないが桃くらいにほんのり染まっている。
あれは照れていますね。
確実に照れを隠している態度です。
殿下の側でニヤニヤとしているゼクソン伯爵ではありませんが、わかりやすい殿下の態度にまたもや腹筋崩壊の限界を感じます。
私はどうにか意識を逸らそうと着席した子ども達それぞれの顔を窺った。
ハリオットは大人の溢れるこの食堂内を笑みを絶やさず眺めている。
笑顔の裏で何を考えているのかは分からないが、この状況下で笑っていられるとはなんとも天晴な子だ。
一方ネイリーンはすでに挨拶という大一番をこなした安堵からか、心ここに非ずとばかりにボーっと上を向いていた。
ネイリーン!駄目よ!
戻ってきなさい!!
笑いは飛んだが、今度は一気に青ざめる。
4歳のネイリーンにはこの空間に興味を引かれる物などない。
王子様だろうが国のお偉いさんだろうが一切関係ないのだ。
元々うちの子は興味のある物には突っ走るくせに、興味をそそられない物には無関心になる傾向がある。
ぬかったわ!
挨拶に力を注ぎすぎてその後の行動にはあまり注視していなかった。
どうするべきかハラハラとネイリーンを見ていると、ハリオットが何やらネイリーンに囁いた。
その途端、ネイリーンの顔に生気が蘇る。
何やら壁に飾られた絵画を見ているようだ。
どうしてあれを見て復活したのかはよく分からないがとりあえず難は乗り切った。
後でハリオットに確認しようと思う。
フーッと胸を撫で下ろしている内に、給仕係が食前酒を注いで回っていた。
もちろん殿下を含めた子ども達にはフレッシュなジュースを用意してある。
全員のグラスに注がれると、ギルバートがグラスを手に持ち立ち上がった。
「本日はこのようにシャスティン殿下を囲んで食事が出来ますこと大変嬉しく思います。ささやかではありますが、ファンドール領で採れる食材をふんだんに使った料理を用意させて頂きました。殿下のお口に合いますかは不安もございますが、お楽しみ頂ければ幸いです。ではシャスティン殿下の御為に、乾杯!」
「「乾杯!」」
用意してあったコース料理は概ね好評のようで、これはどこの産地だとか、この味付けはどうだとかと会話が弾んでいた。
殿下はゼクソン伯爵やギルバートにこれから訪ねる図書館についてあれこれと聞いていたが、その流れでハリオットやネイリーンにも声を掛ける。
「ハリオットとネイリーンは図書館に行ったことはあるのか?」
「はい、殿下。国立図書館だけでなく他の図書館へもよく行きます。私は魔力関連専門の第一図書館に行くことが多いです」
「魔力か、私も興味があるな。ネイリーンはどうだ?」
シャスティン殿下に呼ばれたネイリーンははにかみながら答える。
「私は植物などの専門の第二図書館が好きですわ」
「植物…ネイリーンは花が好きなのだな」
シャスティンはきっとたくさんの花に囲まれたネイリーンを想像しているのであろう。
愛でるような目でネイリーンを見ている。
はい、盛大な勘違い発生でーす。
残念ながら花は花でもそれ全部毒持ってますからねー。
でも私も通った道ですのでお気持ちはよくわかりますよ。
ね、普通はそう思うのよ。
フラグ立ちましたね(笑)
メインのフィレステーキに入れたナイフとフォークが震えないよう抑えるのに必死だ。
今から本当に楽しみだわ、屋敷案内が。
叶わないけどシャスティン殿下が引き攣る瞬間をジッと見ていたいもの!!
私はその時は歓迎の宴の準備で忙しく、悔しいが同行することが出来ない。
こればっかりはごねても、怒ってもホスト夫人としての役目を放り出すわけにはいかないので大人しく諦めよう。
やっぱりカメラの開発…いや、ムービーが欲しい。
ああ、早くハリオットに研究させなくては。
この萌えが多い世界では見逃したくない瞬間が多すぎる。
私は頭の中にしっかりとハリオットに発注する魔道具のことを刻み込んだ。
「国宝と言える古の本を王族以外で管理するのはいかがと思いますけどな」
和やかな雰囲気に水を差すしゃがれた声が食堂に響いた。
子ども達は何のことだとキョトンとしているのに対して、大人達は皆ピクッと瞬間動きを止め、ゆっくりと声主の方に視線を向ける。
-やはりきたか。
何かやらかしそうな人物だと思っていたので焦るというよりも妙に落ち着いていた。
もちろん、その人物とは素知らぬ顔でワインに口を付けている小柄な男性、ベスパーバ侯爵だ。
「何か言ったか?ベスパーバ?」
部屋の空気が変わったことに気が付いたのか、シャスティン殿下がベスパーバ侯爵へ問う。
「いえ、国の宝をいくら公爵家とはいえ罪を見逃すような家に任すのはいささか不安に思っただけですよ、殿下。さあ、続きを食べてしましましょう、冷めてしまいます」
「あ、ああ」
殿下の奥に座るゼクソン伯爵の目が大きく見開いたのがよく見えた。
この人はファンドールとベスパーバに挟まれたいわば緩急材のような役割も担っているのだろう。
どういういきさつでベスパーバ侯爵が視察団に加わることになったのかはわからないが、傍目から見てもこの組み合わせでは何か起こる事は想像できる。
きっとそんな事態になったらお前が取り成せとでもいわれているに違いない。
でもこんな食事の場でいきなり食って掛かるなどとは思ってもみなかっとその表情が雄弁に物語っていた。
「そうですよ、殿下。料理は温かい内が一番美味しいですからね」
張り詰めている空気の糸を緩めるようにギルバートの穏やかな声が、戸惑っていたシャスティン殿下を包む。
「ベスパ-バ侯爵のお考えももちろんあると思います。それでもなぜファンドールが国の宝の守人に選ばれているのかは、この後の図書館の視察で分かることですからご安心なさって下さい」
ギルバートの言葉が面白くないのか、ベスパーバ侯爵が不愉快な顔を浮かべた。
「それは楽しみですな、殿下」
「ええ、楽しみにしていて下さい、侯爵」
お互い笑みは絶やしてないが、見えない火花がバチバチと飛んでいるのが私には見えた。
ゼクソン伯爵もそうなのか、魂の抜け掛かった顔で必死に笑っていた。
空気の読めない大人は嫌われますよと、教える人がいれば良かったのに、じーさま。
珍しくギルも挑発にのってます。
よし、殴り合いをさせてみようか、いや、やめておこう。
では次回!!




