23.王子のエンナント視察
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なんと!ブクマが250人を突破しました。
ありがたいです。
さて、とうとう王子登場です。
かなり難産でしたね。
ではお楽しみください。
本日は空もシャスティン殿下の来訪を歓迎するかのように雲一つない気持ちのいい青空です。
私とギルバートは少し前から領邸の玄関ポーチに並び殿下の到着を今か今かと待ってます。
眼前に延びる国立図書館までの沿道には、紫地に銀で獅子の描かれたマグノリアの国旗が何本も規則正しく掲げられていて、それを境に人で溢れる沿道と人っ子一人もいない車道がくっきり分かれていた。
一目殿下の馬車の隊列を見ようと集まった人々の熱気は、まるで街を上げて祭りでもしているような騒ぎになっている。
エンナントに正式に王族が来るのも本当に久しぶりなのよね。
以前はヴァルブル国王の即位の後だったかしら?
図書館に納められている数冊の古の本の中には、王位継承の儀式時に王の元へ一時的に運ばれる物がある。
国を興した時に王都や王城の防衛の為に設置された国の根幹とも言える魔道具の使用許可書、兼取扱説明書のような重要な本だ。
継承式の前に王はその本にサインと血判を押し、根幹の魔道具に自身の魔力を込めた魔石を嵌め込む。
この儀式を通じて王は正式に国を先代の王から引き継ぐ事となるのだ。
そして継承式で王冠を授けられた王はその手に錫と本をそれぞれの手に持ち、自分が正当なる王位継承者である事を式場にいる皆に宣誓する。
ヴァルブル王の継承式に運良く参列できた私は、厳かな雰囲気の式場に響く、王の風格漂うあの宣誓を聞いて心が震えるほど感動したのを今でもよく覚えている。
一連の即位に関する行事が終わるとその本は、保管などの理由から他の古の本を保管しているファンドールの図書館に戻されるのだが、その時は王自らが図書館へ奉納するのが慣例になっていて、ヴァルブル王も十年前にエンナントへと足を運んでいた。
きっとこれが王族がエンナントに訪問した最後であろう。
それから十年後にあたる今回の殿下の訪問は、エンナントの住民にとっても久しぶりに王族を拝める機会だ。
しかもそれがまだほとんど王都以外では姿を見られない幼い王太子ともなれば、それはもう大騒ぎになるのも頷ける。
しばらく待っていると隊列の姿はまだ見えないのにも関わらず、奥の方からものすごい歓声が聞こえてきた。
それから間もなくして護衛の騎士の騎馬隊が角を曲がり姿を現す。
赤の紋様が入った黒の軍服に身を包んだ騎馬隊の隊列がこちらに迫ってくる様子は圧巻で、思わず私は唾を飲んだ。
すると先程よりも一層大きな歓声があちらこちらであがる。
殿下を乗せた馬車が現れたのであろう。
騎馬隊の影に隠れつつも角を曲がる時に見えたその馬車はさすが王族が乗ると言うだけあって、それは華美で気品に満ちていた。
白を基調にしてはいるが、あちこちに細やかな金の装飾が施されておりまるで動く美術品のようだ。
太陽に照らされた装飾はまばゆいばかりの光を放っていて、こちらから見ていると騎馬隊の中に光の玉が浮いているようにも見えた。
お忍びではない正式な訪問とあって、何から何まで王族の威信を遺憾なく発揮する隊列である。
私も王都住まいをしている時に何度か王族の隊列が街に出ている様子を見てきたが、今回のように自領に真正面から迎え入れるの初めての経験で、そこにはかつて感じたことのない他を圧するプレッシャーがあった。
これは失敗できないわ、本当に。
殿下の機嫌でも損ねたらネイリーン関係なく没落するんじゃないかしら?
私はすでに冷や汗をかいてしまいそうな気持ちになっていた。
自慢じゃないがそこまでメンタルは強い方ではないと思うのよ。
やけくそになって思わぬ力を発揮することはあっても。
今回は正式な訪問だし、やけくそになってはまずいけないもの。
はあぁーおそろしいぃー
そんなことを考えている内に隊列の先頭が邸内に入場し始める。
ふと横にいるギルバートと目が合うと、彼はフッと笑った。
「今日も一段と君はキレイだな、ステア」
!!!
「な、今言うことかしら?」
「そんなに緊張しなくても私達は殿下が恙なく予定をこなせるように手伝えば良いだけさ。いつもの君なら何の問題もない。まあ君の最大の心配事はあのことだろうけど、そこは子どもに任せよう」
ギルバートの緊張感のない態度に肩の力が抜ける。
どうやら私の緊張を解こうと言ったことらしい。
あっけにとられる思いもあるが、ここはありがたくその気遣いを頂戴しておこう。
「そうね、別に取って食われる訳ではないし、それなりで頑張るわ」
「そうそう。その意気で今日も頼むよ」
ガラガラガラ ―
近衛兵に囲まれた殿下を乗せた馬車が私達の目の前で止まる。
白馬六頭に引かせた馬車は遠目からでは分からなかったが、扉に国旗にも描かれている王家の紋章の獅子の姿が彫られており、それがちょうど今、目の前にあるのでなんだか獅子に睨まれているネズミの気持ちになった。
御者が直ぐさま駆け寄り扉を開けると、まず最初に出てきたのは殿下の世話を任されているであろう私よりも少し年上に見える侍従であった。
御者が流れるような動作で馬車と同じようにあつらった踏み台を降り口に設置するとすぐさま後ろ下がっていく。
すると侍従も一歩後ろに下がり頭を下げ始めたので、後に続くように私はドレスを摘まみギルバートと一緒に腰を曲げた。
カツン、カツンとまだ重さのない足音が踏み台を降りてくる。
「出迎えご苦労である。面を上げよ」
上に立つ者の強い口調とは裏腹にまだ幼い少年の声が私に届く。
指示通りに顔を上げるとそこにはかつて画面上で食い入るように見つめてきた人の面影を残す少年の顔が目の前にあった。
!!!!
あぁー面影あるねー!!!
そうこの色よ!このアメジストを埋め込んだかのような綺麗な紫の瞳!
そして髪型に違いはあるけれどキラキラ、サラサラのブロンドヘアー!
くっきり二重の目は幼いせいでゲームの2割増しくらいの大きさがあるが、大人になった顔を知っている私は容易にその顔の中にかつての面影を感じることが出来た。
「遠路はるばるようこそお出で下さりました、殿下。私がファンドール公爵領、領主を勤めさせて頂いておりますギルバート・ファンドールでございます」
私が殿下の顔を凝視している間にギルバートが胸に手を当て丁寧に挨拶をする。
金髪の髪をさらりとなびかせたシャスティン殿下は「うむ」とでも言いそうな頷きで答えると私に視線を合わせた。
「お初にお目に掛かります、シャスティン殿下。ギルバートの妻、ステフィアと申します。以後お見知りおき下さいませ。」
不意に合わせられた目線に弱冠慌てつつも、私は優雅にシャスティン殿下に向かってカーテシ―をし、これでもかというほどの営業スマイルをお見舞いしてやった。
「では邸内へ御案内致します。どうぞこちらへ」
ギルバートが応接室に足を向かわせると、それに続くように殿下と侍従がついて行き、私はその後ろに続いた。
貴賓を持て成す時にのみ使われる我が家で一番贅を尽くした応接室に殿下を通すと、それぞれ改めて自己紹介を交わす。
上座に座る殿下の席の左右には、今回の視察の付き添いを命じられた中年の貴族と、重鎮感たっぷりの貴族が1人づつ座った。
さすがに幼い王子と侍従でだけで視察が行われるはずもなく、付き添いとネイリーンとの対面を監視する役目を担っているのであろう。
一人は温厚そうな顔付きの、ゼクソン伯爵。
聞けば殿下の家庭教師を務めているそうで、気心の知れた相手がいた方が良いと今回同行者として選ばれたそうだ。
そしてもう一人は……
私は知らなかったんだけど王城内で何かとギルバートを目の敵にしていたというベスパーバ侯爵。
四年前のサザノス事件の時にも、謹慎で事態の収束を図ったファンドールを最後まで“甘い”と訴えた人物らしい。
深い皺が刻まれたの侯爵は、席に着いてからも何か粗でも探すかのように部屋中を舐め回すように見ていた。
高貴な身分の御仁にあるまじきその様子に、まだ事情を知らないとはいえ私はちょっと、いやかなり引いてしまっていた。
殿下ならともかく厄介そうな方がいらしたわね。
ゼクソン伯爵は無害を顔に貼り付けたような方なのに。
「本日はこの後昼食を摂って頂き、その後、今回の視察のメインとなる国立図書館へとご案内させて頂きます。古より伝わる貴重な本もございますので是非ご覧になって下さい。夜にはエンナントの知識人も集めた歓迎の宴がございます。何か気になることがあればその場で何なりとお申し付け下さい」
ギルバートが今日の予定を軽く確認すると、シャスティン殿下が後ろに控える侍従に何かを確認し始めた。
侍従との会話が聞こえたのか、横に座るゼクソン伯爵が微笑みながら殿下と侍従に間に入って話し始めた。
??
何かしら
今の所で何か引っかかるような所ってあったけ?
「何かございましたか?」
同じように思ったのであろうギルバートがゼクソン伯爵に尋ねる。
「ああ、すみません。殿下がね、フッ、ファンドールのご令嬢とはいつ会うのかと、フフッ、申されまして」
いや、笑いすぎではなかろうか。
にしても殿下!
ネイリーンに会うのを心待ちにしすぎてない??
一体どう言ってここに来たのだろう?
「先程の、予定の中に、ッフフ、ファンドールのご令嬢との予定がないので、ヒッ、焦っておられるのです、フフフ」
あーもうキチンと言葉が入ってこない!!
前言撤回。
ゼクソン伯爵は決して無害ではなかった。
「そのように笑うな、ゼクソン。父や其方らが出立前に口うるさく申していたではないか。ファンドールの娘とよくよく対面するようにと!」
ちょっと赤面し、わなわなと大きな目を吊り上げた殿下がゼクソンに向かって語気を強めた。
やだ可愛いわ、この王子。
完璧王子も5歳ではまだまだ子どもね。
上質な衣装を身にまとい、生まれながらの王族オーラを放つ殿下は、黙っていれば恐れ多く話しかけづらい雰囲気を持っているが、ひとたび言葉を放てば幼い年相応の姿が垣間見える。
前世で憧れた王子の持つ以外な側面に私の心はなんだかホンワカしていた。
「この後の昼食の席には同席させて頂きます。図書館視察にはまだ同行させる事はできませんが、視察後には殿下に邸内を案内するよう申し付けてありますので、その時にお声を掛けて頂けたら嬉しく思います」
険悪になりそうな空気を察知してギルバートがすかさずフォローに入れる。
こういう気遣いはさすがである。
以前届いた手紙にはネイリーンの案内をつけるようにと催促されたが、由緒正しき図書館の案内を4歳児が行えるはずもない。
故に、図書館の視察はギルバートが、その後の邸内やエンナントの案内にはネイリーンも参加させることになっているのだ。
「…そうか、この後に会えるのか。わかった」
表情を和らげた殿下の横でゼクソンが口元を押さえて必死に笑いを堪えている。
目の前で繰り広げられるややカオスな空間に本当はお腹を抱えて吹き出したいが、それをやったら一貫の終わりな気がするので必死に微笑んで堪えた。
もうやめて、ゼクソン様…
しかし、殿下を挟んで座るベスパーバ侯爵の顔が一切笑っていないのに気付くと、そんな気持ちも一気に引いていく。
ふー、これは危ない組み合わせだわ。
ゼクソン伯爵に思わずつられて態度が崩れてしまいそうになるけれど、ベスバーパ侯爵の感じを見てると、ゼクソン伯爵につられて笑ったら後で王に報告されそうだ。
平常心、平常心よ、ステフィア。
石になるのよ!!
当たり障りのない会話を心掛け、なんとかその場を乗り切っているとセドリックがギルバートに耳打ちをする。
「昼食の準備が整ったそうですので、食堂に行きましょう」
この言葉に先程まで仏頂面だったシャスティン殿下がパッと顔を上げる。
いやいやいや、そんなにネイリーンに期待されても困るんですけどね…
どんどん出す人物が濃い。
ゼクソンさんは書いてる途中にいきなり笑い始めて作者もビックリです。
では次回はごたいめーーん。




