2.母 決意する
ご覧頂きありがとうございます。
ちょっとづづ、物語が動き始めます。
お楽しみください。
8/19 一部訂正しました。
よーし、ちょっと落ち着こう。
そして整理しよう。
まず、私の前世であろう大村結は短大を卒業後、無事就職を果たした21歳。
うんうん、今の私と同じ年ね。
もしかして今日が命日だったりして?
前世を終えたタイミングで覚醒したのかしら?
だとしても、出産した瞬間ってないわ。
おかげでネリィ誕生の感動瞬間が、グルグル回る頭のせいでわけわからなくなってしまったし。
えーと、それで彼女(いや、私か?)は、生活のほぼ全てを愛すべき萌え達に捧げる、いわゆる「オタク女子」だった。
アニメ、漫画、ゲームと幅広く網羅し、萌えを感じたキャラクターには全力投球で追い掛けてたっけ。
公式だけには留まらず、2次創作だってもちろん手を出したし、彼×彼のBLだって大好物だった。
とにかく!順風満帆のオタクライフを送っていたけれど、不幸にも事故に遭ってその生涯を閉じたと言うことだろう。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん・・いきなり死んでごめん・・・
いや、ちょっと待って。
やばいっ!私の部屋にはかつて自分の妄想をいかんなんく詰め込んだ黒歴史本の数々がそのまま放置されたままだ。
あれは決して人の目に晒していいものじゃない。
ああ、しかもようやくコンプリートできたあの推しキャラのグッズ達!
私のお宝達はどうなっちゃうのよっ。
処分されちゃうの?
ああああああーーーーなんてことーーーー
いくら思ってもすでに転生済み。
でも思い出してしまったことで、前世での思い残しが悔やまれてしょうがない。
しばらくは、あれもやりたかった、これも欲しかったしとやり残した事の多さに頭を抱えたが、程なくしてもうしょうがないことだと悟りを開き、次は現在の自分について考えるようになった。
今の私は前世と違ってマグノリア王国の公爵家夫人。
実家だって侯爵家と血筋だって文句はない。
地位もあって、お金もあって、容姿も美人。
うん、けっこう勝ち組だな。
パッと見、知的系イケメン夫のギルバートとの仲も申し分ないし、可愛い息子のハリオットに、たった今天使のような娘のネイリーンも増えた。
今まさに順風満帆。
これで我がファンドール家はますます繁栄していくだろう。
ん?……マグノリア王国……ファンドール公爵家……ネイリーン……??
なんだろう、頭の中で何かが引っかかる。
これまでこの世界で21年生きてきたのだし、今更なことなのに。
なんだろう、どこかで聞いたことが、いや、もっと関わりが深い、…やったことがあるような??
ステフィアは目をつぶったまま軽く首を傾げて、現在と過去の記憶を掘り起こす。
「ネイリーン・ファンドール…」
思わずこぼれた娘の名前。
周りの侍女が聞いていたら、産まれたばかりの娘の名の響きを確かめる微笑ましい光景だろう。
「ネイリーン…はっ!!!」
突如、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
いや、まさか…
いや、でも思い出せば思い出すほどピッタリとパズルがはまっていく。
そう、今生きているこの世界が、前世で自分が最後にはまっていた乙女ゲーム「ときめき!ラブスクール」の世界と同じということが。
舞台はマグノリア王国にある貴族学園。
王都の名を冠した「ヴァーパス王立貴族学園」はその名の通り15歳から18歳までの貴族の子女が集まり、国を治める立場である貴族の在り方や教養を叩き込む場だ。
それと同時に、貴族のみが持つ魔力の扱いを学ぶ場でもあった。
貴族は多かれ少なかれ皆魔力を持っていて、地位が高ければ高いほどその保有量は高い傾向にあった。
国や領地を治める者はこの力を使って、城や要塞などの守りを固めたり、災害を感知して防いだりするのだ。
もちろん、それだけでなくあらゆる所で魔力は使われ、それ故に貴族の特権階級は生まれることとなった。
そんな中、ヒロインは平民ながらも魔力を持つという極めて稀な存在で、ある事柄からその存在を国が知ることとなり、保護と管理を兼ねて学園に入学するという所からゲームはスタートする。
ヒロインは学園内外で出会う王子やら騎士やらの攻略対象と様々なイベントを繰り返し、愛を掴み取るのだ。
そしてそんな恋愛ストーリーで大事なのは、2人の仲を邪魔する悪役令嬢の存在だ。
ヒロインのことを悪役令嬢がギッタンギッタンにいじめ抜いてくれるから、それに打ちひしがれるヒロインを助けるヒーローの存在がより際立つのだ。
人を惹きつけるストーリーには、その分プレイヤーからの憎しみを一身に受ける悪役が欠かせない。
このゲームにおける、最悪の悪役令嬢の名は、
―ネイリーン・ファンドール
マグノリア王国の数ある公爵家の1つ、ファンドール公爵家の令嬢。
やばい、やばい、やばいぞ、これは。
この家の名前は「ファンドール」だよね!
それで、ついさっき私が産んだ娘の名前は、ギルバートが嬉しそうにつけた名前は、「ネイリーン」
「ネイリーン・ファンドール」 はい、ワンストライクです。
さらにこの国の名前は「マグノリア王国」 ツーストライク。
ちなみに私が18歳の時に卒業した学園の名前は「ヴァーパス王立貴族学園」
…スリーストライクッ!!アウトーーー!!!
「嘘でしょぅ…」
まるで枯れてはらりと落ちる葉っぱのように言葉が落ち、私はがっくうなだれた。
前世を思い出したと言っても、まさか自分が乙女ゲームに転生しているなんて、ちょっと頭が付いていかない。
しかもヒロインに転生ならまだしも、悪役令嬢の、しかも母だなんて、どんな設定なのか。
私は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「奥様?どこか苦しいところでもおありですか?」
明らかに様子のおかしい私を、マーサが心配そうに見つめる。
「いえ、大丈夫よ。一気に疲れが出てきたみたいで、眠くなってしまったの」
いけない、ここでは私は女主人。
いくら動揺しているからと言って、明け透けに感情を表に出していい人間じゃない。
「そうでございますか。間もなく片付けも終わりますのでゆっくりお休みください。ネイリーンお嬢様もこちらでお預かりしますわ。ご安心ください、奥様が起きられましたらすぐにお連れいたしますから」
ネイリーンは私のすぐ横のベビーベットで大人しく寝ていた。
途中で部屋の音にびっくりしたのか、手足をピクッとさせる様子がなんとも可愛い。
ジッと見つめていると、ほんのわずかに目が開き、隙間から翡翠色の瞳が確認出来た。
ギルバートと同じ色の瞳だ。
娘の中に愛する夫との繋がりを見つけると、じんわり胸が熱くなる。
この子が悪役令嬢になるなんて。
ゲームの中のネイリーンはヒロインにあらゆる手を使って嫌がらせをし、王子ルートの最後では嫉妬にかられてヒロインと王子をその手にかけようとする。
結局ヒロインがお約束で覚醒して事なきを得るが、悪役令嬢は投獄、処刑となり、ファンドール公爵家も一気に没落していくのだ。
王子以外のルートでも、自分以上に目立つ存在を許さないネイリーンは執拗にヒロインをいじめ抜き、やがてそれを攻略対象から断罪され、投獄、国外追放に遭う。
もちろん、ネイリーンの保護者たるファンドール公爵家も道連れである。
どう転んでもネイリーンとファンドール公爵家の破滅は免れない。
ゲームならこんな結末は気にも掛けない。
どちらかといえば、いなくなって清々する展開だったけど、当事者からすればとんでもないことだ。
これが今隣で天使のようにスヤスヤと眠る娘の未来なの?
そしてギルバートやハリオット、いえ、この家に関わる全ての者達の未来は没落一直線ってこと?
ううん、だめ。そんなこと、絶対にさせない。
私はうん!と心の中で力強くうなずいた。
ゲームがなんだ!
こんなに可愛い子を悪役令嬢になんかにさせない!
しかもこの公爵家が没落なんて、絶対にさせてたまるか!
私が記憶を取り戻したことは何か意味のあることに違いない。
何が何でも娘をまっとうな令嬢に育て上げて、全てのフラグをたたき折ってやる!!!
スピスピと眠る愛娘を前に、私は見えないガッツポーズを決めた。
前世の結ちゃんの影響か、ステフィアさんの思考がどんどん淑女から外れていってますね。