16.湖畔のエンナント
お読みいただきありがとうございます。
新章になりました!
舞台はエンナントに移ります。
これからは子どもも加わって話が動きます。
ではお楽しみください。
ファンドール公爵家が領邸を構える街 エンナント
マグノリアに色々な都市や街は数あれど、この街ほど特色の強いところはそうないだろう。
南にそびえるリズナ山脈を背にし、その雪解け水が流れ込むのは美しいレイトル湖。
王都に近い北側の湖畔にはこの領地を治める公爵領邸がまるで白亜の城さながらに建っていて、この領土の豊かさを示していた。
そしてエンナントの特徴といえばレイトル湖を中心に東西南北に1つづつ、計4つの大図書館と研究所がセットになって建っている事だろう。
そこには古くから本の知識や研究を求めて学者が集まり、その集まった人達によって大きさこそ違いはあるが更なる図書館や研究室が建てられ、それらの周りに学者を支える為の住宅や宿屋、飲食店、商店などが次々にできていって…と今の形にまで大きく発展してきたのだ。
そう、ここエンナントは山と湖の織りなす豊かな自然と、古くからある数々の図書館建造物が美しく調和した街であり、マグノリアが長年培ってきた知識が集まってできた”学術都市”なのである。
領邸の正面門からまっすぐに伸びた道の先にあるのが一番早く建てられた国立図書館。
4つの大図書館の中でも一際立派なこの図書館にはマグノリアが国として興った時からある重要な本が数冊納められている。
なんでも古くは王族であったファンドール家が臣下に下がる際に当時の王から託されたらしい。
ファンドール家の本来の役目は、これら国宝級の本の保管と管理だったのだ。
今も領主直系家族は10歳になると保管庫に行くための鍵の1つである魔力登録が義務付けられていて、私も結婚の時に一度だけエンナントに弾丸で来て登録したのは懐かしい思い出だ。
話は現在に戻って、先刻私とハリオットはサザノスから一日遅れでこのエンナントに戻っていた。
部屋ではミリアが荷解きをし、私はベビーベッドでお昼寝中のネイリーンを眺めながら侍女が淹れてくれた紅茶を飲んで一息入れている。
ハードだったサザノスを思い出しながらも、私はとりあえず一番最初に折らなくてはいけなかったフラグ折りが上手く行った事に安堵していた。
ギルバートも王都に戻って周りの反応を確認しないと何とも言えないが、今のところ自暴自棄には陥っていないし、私との仲も拗れていない。
これなら何かが起きたとしても持ち直して行けるだろう。
ファンドール家が冷え切って、ネイリーン達を取り巻く家庭環境が破綻してしまう未来は確実に回避できたと思ってもいい。
これでネイリーンがゲームのように我が儘になる原因からは大分遠ざけられたはず。
それでもゲームの強制力や自らの性格でひん曲がっていく可能性はまだあるから、今後はそれを注視していかなければならないけど。
私は起こさないようにようやく生えそろってきたネイリーンの栗色の髪をそおっと撫でた。
生まれたときよりも随分と大きくなって最近は寝返りが出来るようになってきたところだ。
プクプクのほっぺたに、むっちむっちの腕。
たった一日空けただけなのに随分と離れていたような気がするから不思議だ。
すくすくと成長を見せてくれるネイリーンが愛おしくて、これからもこの子が健やかに成長し幸せでいられるように頑張らなければなと改めて思う。
じゃあ次はこの後にくるイベントの対策をしていかなくてはね。
この後のフラグは…
王子との婚約かなぁー。
ゲームでネイリーンと婚約していたのはこの国の第一王子であるシャスティン殿下だ。
年はネイリーンと同じだがもう生まれているだろう。
年齢、身分、国のパワーバランス的にも最適なファンドール家令嬢との婚約は、王子が各婚約者候補達との面談を開始する5歳に話が上がり、10歳頃に正式に決まる運びだ。
学園に入る前にはすでに正式に婚約している2人なのに、婚約者が平民であるヒロインにちょっかい出されて掻っ攫われていくんだから、普通はキレてもしょうがない筈なんだけどね。
そこはヒロイン目線のご都合主義ゲームだ。
王子も周りの人々もいじめるネイリーンが悪いと軽蔑し、悪意を向けてくる。
ゲームのネイリーンはかなり歪んでるからしょうがないっちゃしょうがないけど、真っ当な親からすれば王子許すまじ!である。
うーん、この王子との婚約、潰せないかなぁ。
でも条件的に最適と判断されるからこちらからは動きようもないかな?
王命だったら断りようがないし。
そもそもネイリーンにとってこの王子はいい結婚相手なの?
ほいほい婚約者を捨てて違う女の所に行くような男だよ?
お金とかは心配いらないし、別に今更王族と縁を繋いで出世したいとか私もギルバートもないし。
ネイリーンが好きならしょうがないけど、婚約しなければ、普通婚約者でもない男が誰とどうなろうと関係ないよね。
自分よりも目立つヒロインが許せなくていじめるっていうのがゲームのネイリーンなら、それはこれから私が性格を叩き直して行けば良いんじゃない?
甘いかなぁー
無理なのかなあー
私は一人悶々とした気持ちでひたすら紅茶をすする。
すると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
ミリアが扉へ駆け寄り、用件を聞いてから私の元へとやってくる。
「奥様、メイデルテン様がいらっしゃるそうです。お通ししても宜しいですか?」
「メイデルテン様が?もちろんよ。すぐにお通ししてちょうだい」
メイデルテン様とはギルバートの叔父にあたり、代々王都に暮らしている領主に代わり領地を統括してくれている領主代行の方だ。
このファンドール領邸の仮の主人という所である。
何度か顔を合わしたことはあったが、ゆっくりと話をしたのは先日エンナントに入った日が初めてだった。
背の高い美丈夫の叔父様は、ギルバートと同じシルバーの髪だが艶を消したマットな質感の髪だ。
家系なのだろうか細く知的な瞳はキャメル色で、ダダ漏れする色気で満ちている。
ハッキリ言って好み!!
年上独特の余裕のある所作と相まって、そんじょそこらの若造には出せない魅力に溢れていた。
自分の中でギルバートが1番なのは変わらないが、観賞用としては秀逸の一品なのだ。
ポスターがあったら部屋の天井に貼って、毎晩寝る時に見下ろされたい感じ!(わかるかなぁー)
しばらくするとメイデルテン様が焦った様子で部屋に入ってきた。
「おかえり、ステフィア。無事で何よりだ」
この言葉を聞いて私は、あぁサザノスの事を聞いているんだな、とわかった。
「ただいま戻りました。急な外泊となりまして本当に申し訳ございません。ネイリーンはご迷惑お掛けしておりませんでしか?」
私は謝罪をしてから、メイデルテン様に席にお掛けいただくよう促す。
「いや、外泊のことはセドリックから連絡が来たので問題ない。あの雨なら帰らないで正解だ。何かあってからでは遅い。それよりも大変な事になったみたいだな、サザノスは」
やはりもう知ってらっしゃいますね。
「ええ、今ギルバートもサザノスに駐留して指揮を執っております。メイデルテン様にはこれから何らかの形でご迷惑やお力添えをいただく事になるかと思われます」
「そうか」
私はまだ帰ってこれないギルバートに代わり、私がわかる範囲での事をメイデルテン様に話した。
オーガンとマハルトによるエジルブレンへの密売や、これに関わる不正の数々。
そして昨日発覚時に起こった事の顛末など全てだ。
メイデルテン様は全てを聞き終わると、目を瞑り上を見上げた。
きっと情報の整理や今後起こり得る事を考えているのだろう。
やがて顔を元の位置にすと、私をジッと見据えてこう言った。
「ステフィア。これはあくまで私の考えだがな、お前達、しばらくはここで暮らしてみてはいかがかな?」
………
「え?」
一体どういうことだろうか、私の思考が停止する。
「自領での反逆行為だ。いくら領主自らが関わっていないとしても周りはそれを許さないだろう。反逆者を捕まえれば良い問題ではない。だが、犯罪に気付き逮捕に至った事は評価出来る。これは良かった」
メイデルテン様の口調も内容も厳しいものだ。
私が思うよりもファンドール家の立場は難しいらしい。
「だからな、周りが何かを言い出す前に領主自らが謹慎を言いだすんだ。領土管理が不十分だった非を素直に認めて、今後は同じ過ちを起こさないためにも王都からエンナントに居を移し、領土管理を徹底するといってな。ギルバートは今回の件でどちらにせよ王に直接説明をする機会があるだろう。その時に王に直訴すればいい」
な、なるほど?
自主的な謹慎ですか。
これが通れば他から罰を言い渡されることもなく、ファンドール家の面子は保てたまま反省を表すことが出来る。
王都から離れることによりギルバートを疎ましく思う連中とも距離を離すことも出来るし。
あれ?なかなか良い案なんじゃないでしょうか?
それになによりも王都から謹慎で離れれば、ネイリーンと王子との面談もなくなるし、婚約者にあがる確率も減るんじゃない?
ナイス!!
ギラギラの欲望渦巻く王都で育つよりも、エンナントの豊かな自然と知識の中で育った方が伸び伸びと健全に育ってくれそうだし。
そうよ!どこかのハイジさんみたいに野山駆けずりまくって育てば純真無垢な子どもになれたりするかもしれないじゃない!?
「メイデルテン様!!素晴らしいお考えですわね!私、乗りますわ、その案!」
「そう言ってくれて良かった。ギルバートを落とすならまずステフィアからだからな。あいつには私から話をしてみよう。明日こちらに帰ってくるんだろう?」
なんか馬みたいな扱いをされた気がするが気にしないでおこう。
とにかくメイデルテン様の案には大賛成だ!
「ええ、その予定ですわ。何から何までありがとうございます」
私とメイデルテン様は固い握手を交わし、ギルバートの意見は無視して具体的な事についてあれこれと語り合った。
そして翌日の夜。
サザノスでの処理をある程度終え戻って来たギルバートと私は、寝室内の応接セットに2人で向かい合って座り話し合いの場を持った。
まずは大まかなサザノスの処理についてギルバートから報告を受ける。
実はオーガンとマハルトもギルバートと一緒にこちらに居るらしい。
こちらに居るといっても屋敷の地下牢に繋がれているのだが。
そして数日は滞在するはずだった予定を切り上げて、ギルバートも明日一緒に王都に戻り王城へと引き渡すそうだ。
事情の説明や検証を行い、王から判決を言い渡されるらしい。
オーガンは多分、処刑になるだろうとの事だった。
ギルバートがいくら温情を示そうとも、王に掛け合おうとも国を裏切る行為に情けは掛けられない。
彼もそれが分かるのでその現実を受け入れるしかないだろう。
これがオーガンのした事の報いであり、それはそのままギルバートの報いでもある。
私はそんな彼を全力で支えるからと言ってあげるしか出来なかった。
マハルトはあれでもエジルブレンの貴族であるから、こちらで処刑とは難しいらしい。
この事をエジルブレンに訴えたとしても、マハルトが勝手にしでかした事だと知らぬ存ぜぬで通されるだけだろうとの事だった。
あちらにとってマハルトは失っても痛くもない駒だったのだろう。
マハルトは嫌いだが、そんな風にマハルトを扱うエジルブレンに怒りが沸いた。
国と国なので私個人がどうのこうの出来たりはしないが、一発ぶっとばしたくなる思いだった。
マハルトはきっと一生どこかの牢の中で繋がれたままの人生を終える事になるだろう。
そして2人の犯罪が発覚したサザノスはそれはそれは大混乱だったらしい。
鉱夫達から絶大な信頼を得ていたオーガンだっただけに、その裏切りに皆生気が抜けたようになってしまったらしい。
しかし、ギルバートは幹部の中からオーガンに心酔していた1人を新たな管理者にあてがった。
確かにオーガンは国を裏切った大罪人だが、サザノスに起こした改革は決して悪いものではない。
オーガンの残した成果を継ぎつつも、新たなサザノスを示していこうと宣言した若い管理者がいれば皆をまた奮い立たせてくれるだろう。
今後は公爵家も最大限のサポートをしていくとギルバートも皆の前で約束をし、後の細かいことはまた近い内取り決めることを決め、今日エンナントに戻ってきたそうだ。
そして次は謹慎についての話し合いだった。
「叔父上から話を聞いたよ。ステフィアは賛成だそうだな」
ちらりとギルバートに目線を合わされて、何だかどぎまぎしてしまう。
ギルバートはこの案に反対だったのだろうか。
私は急に不安になってしまった。
「え、えぇ。ファンドール家の為にも、また反省を示す為にもこの案が最適かと思っているわ」
ちょっとだけギルバートの様子を窺うようにゆっくりと答える。
「……ふぅー」
!!なに?やっぱりダメだった??
するとギルバートは俯き加減で話し始めた。
「すまないね、ステア。王都を離れるはめになって」
ん?なんで謝ったの?
「何の落ち度もない君や子ども達を領土に縛ることになる。煌びやかな社交界とも距離が出来しまうだろう。結婚して今まで君が築いてきてくれた社交界での人脈も一旦はなくなってしまうかも知れない。エンナントが悪い場所とは思わない。ここは私が誇る我がファンドール領一の街だ。だが…」
ああ、この人は私達が王都から離れることがマイナスだと思っているのね。
「私、エンナントが気に入りましたの。王都よりもずぅっとです。子ども達の成長も王都よりこちらの方が伸び伸びとできると思いますわ」
私はわざとらしくツンとすました貴婦人のようにギルバートに目配せをした。
そしていきなり態度を変えた私に戸惑っているのがわかると、今度はこれでもかと表情を柔らかくして笑って見せる。
「ギルが何の責任を背負おうとしているのかは分かりませんが、私は自分の意思でここに移りたいと望んでいるのです。許可して下さいますか?」
そうです。子育てはエンナントでしたいのだ!
あわよくばこのまま王都に忘れられてもいいほどだ。
あまりにも楽しそうに笑う私を見てギルバートは一旦止まってしまったが、すぐに表情を緩めてそれはとても嬉しそうに笑った。
「まったく、君には本当に適わないよ、ステア。じゃあ、謹慎という名の引っ越しをするとしよう。私もしばらくはゆっくりしたいからな」
「ええ!!」
エンナントの寝室で、私達夫婦2人はそれはそれは希望に満ちた謹慎生活を始めることを決めたのだった。
イケおじ、メイデルテン。
声も渋いと思われます。
お引っ越しも勢いが大事ですかね?
ではまた次回〜