15.それすらも糧にして
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さて、とうとうサザノス編も最後です。
お楽しみ下さい。
バタン―と執務室のドアの閉まる音がこだまする。
ひっそりと静まり返る部屋の中には私とギルバートしかいない。
「ギルバート…」
ようやくここにきて私はギルバートに声を掛けることが出来た。
隣りに座るギルバートに顔を向けると、彼は未だにオーガン達が出て行った扉を真っ直ぐ見つめていた。
彼は何を思いその扉を見続けているのだろうか。
全く動かないギルバートの胸中を思うと胸が痛い。
「信じていたかったんだがな…」
ポツリと溢すようにギルバートが口を開いた。
「一月前にピートからオーガンの事を聞かされ…証拠も突き付けられ…罪を犯している事は分かってはいた。…だが…それでも…」
堰が切れたようにポロポロと彼の口から言葉がこぼれ落ちてくる。
机上できつく握り締められていた彼の手がゆっくり解かれ、そのままその手が彼の顔を覆っていく様子を私は黙って見ていた。
「どうしても私は、何かの間違いだと、信じていたかったんだ…」
微かな嗚咽が私の耳に届く。
「ギルバート…」
私は右手を彼の震える肩に添え、もう片方の手で背中を出来るだけ優しく撫でた。
―信じていたかった―
当たり前である。
長年信じてきた相手が、自分の知らない所で自分を裏切り、自国を憎み、いくつもの法を犯していたのだ。
まさかあいつがと思うに決まっている。
「オーガンはいつから私を憎んでいたんだろうな。もしかすると学生の頃ですら私を疎ましく思っていたのかもしれない。オーガンから見れば私など、のうのうとただ生きている甘ったれの跡継ぎでしかなかったんだからな。そんなあいつの気持ちも知らずに、ずっと友人面をしていた私はなんと愚かなのだろうか…私は自分が情けない…」
オーガンが鉱山で叫んでいたことを思い出す。
懸命に努力を重ねても報われなかったオーガンの心がいつ歪んでしまったのかは私にはわからない。
どうしてそこに寄り添ってくれる誰かがいなかったのだろうか。
ギルバートは友人として傍にいたのだろうが、オーガンにとってギルバートは”寄りかかれる友人”ではなく”次期公爵”というそれこそオーガンの言っていたレッテルが邪魔をして、自身よりも上だと線を引いてしまったのかもしれない。
もがいてももがいても抜け出せない蟻地獄のように、そこに足を取られ続けたオーガンはいつしか自分の周りを全て破壊して外に出ることを選んだのだろう。
それはマハルトにも言えることなのかも知れない。
真っ正面から自分自身と向き合ってくれる存在がいなかったことが、この2人を狂わせてしまった大きな原因だと、私は思うのだ。
私の隣で必死に声を押し殺して泣くギルバート。
本編ではオーガンに裏切られ、周りの人からは揶揄され、家族ですら彼を見捨ててしまう。
そして1人殻に閉じこもって壊れていく様は、先程この部屋を出て行ったオーガン達の姿と重なる気がした。
そう、孤独が人を確実に破滅へと追いやるかのようにだ。
なら、私のすべきことは決まっている。
私は俯くギルバートの頬を両手で挟み込み、自分の方にグイッと向かせた。
「ギルバート。確かに貴方は愚かな所もあるかもしれないわ。オーガンの苦しみに気づけず向き合いきれていなかった。オーガンがこうなった要因は確かに貴方にもあると思う。でもね、誰もが他人の全てを分かるなんてできる訳がないのよ。それは私も同じ。今だって私は貴方の心の中が分かるわけじゃない」
ジッとギルバートの赤くなってしまった瞳を見つめる。
「だから私は出来るだけ貴方の傍にいる。どれだけ愚かだと他の人が笑っても、どれだけ貴方のことを嫌いな人がいても、私だけは貴方の傍にいる。貴方の心を覗くことは出来ないから、私は私が思う貴方を信じて、ずっと貴方の手を握り続けるわ」
私はニッコリと笑顔を浮かべるとギルバートの頬に添えていた両手を外し、今度は彼の手の上にそれを重ねた。
「オーガンやマハルトにはそうやってくれる人がいなかった。彼らは孤独で、寂しくて、それで歪んでいってしまったわ。貴方はオーガンを信頼しているからと放置していたけれど、彼からすればサザノスに置いて行かれたようなものだったのよ。叫びそうになる時に頼れる相手もいなくて、どうしようもなくなった彼は全てを憎んでいってしまったの。これが貴方がオーガンにしてしまった一番の罪よ」
この言葉にギルバートの表情が苦しそうに歪む。
でもそういうことだと思う。
お願いをしておいて「後は任せた」と放り投げるのは、「放置」という無責任な行いでしかない。
難しい案件を任せるなら上司にあたるギルバートが、部下にあたるオーガンのフォローをするのは至極当然の話である。
前世の会社運営だってそんなもんだ。
フォローも出来ない上司なんて無能でしかないのだ。
「ギルバート、貴方はこれからも公爵という立場からあらゆる問題に直面し、様々な判断を迫られることがあるでしょう。公と私が混ざりこんで苦しむ事はこれからもあるかもしれない。でも、覚えていて欲しい。貴方は1人で立っているわけではないの。ピートやセドリック、マーサにシーネ、頼りないけれど私やハリオット、ネイリーンだっているわ。公爵という立場を代わってあげることはできないけど、貴方が悩んだり迷ったりした時に一緒に考えたり悩んだりする事はできる。今回のように貴方のダメだと思う所を諫めたりする事はできる。だから…」
私は椅子から立ち上がり座っているギルバートをギュッと抱きしめる。
そして胸の位置にあるふわりと柔らかなシルバーの髪を撫でながら呟いた。
「貴方が貴方を見放さないでいて」
オーガンの闇を気づけなかった自分を。
自分の忙しさにかまけて放置を許してしまった自分を。
友人に裏切られるような情けない自分はいらないと、弱いギルバート自身を放り出さないで欲しい。
「私は貴方の傍にいるわ」
ギルバートをオーガン達のように孤独になんかさせない。
彼らのように1人で墜ちていくのなんてさせられるわけがない。
無意識にギルバートを抱きしめている腕に力が入る。
そんな腕の中にいるギルバートの肩がまた少しだけ震えた。
彼はすぐ私の腰に手を回し、応えるようにその力を徐々に強くしていく。
「ありがとう、ステア」
消え入りそうな小さな声が腕の中から聞こえた。
まだまだお互い公爵として人として未熟な部分もあるだろう。
それなら、その未熟な部分を糧にして、今まで以上に大きく成長していきたいと思う。
ゲームでは語られなかったギルバートを私は知っているし、そんな彼を私は愛しているのだから。
しばらく抱き合っていたら大分落ち着いたようで私を抱きしめていた腕がゆっくりと解かれた。
私も同じように彼を解放すると、少しだけ気恥ずかしそうな表情のギルバートが現れた。
「大丈夫?」
心配で首を傾げてみると、ギルバートは「ああ」と微笑んで返してくれた。
よかった、自暴自棄には陥っていないみたい。
私はとりあえずホッと胸を撫で下ろした。
「明日だが、私はもう一日ここで後処理をしていくから、君とハリオットは先にエンナントへ戻ってくれ」
もう思考を現実に戻したのか、ギルバートがそう告げる。
いきなりの管理者とその秘書の逮捕だ。
サザノスは明日凄まじい衝撃に包まれることは間違いなかった。
ここの元締めでもある公爵がいるのだから、後処理も直接指揮を執った方が良いに決まっている。
「わかったわ。あまり無理はしないで…と言いたいところだけれどそうもいかないでしょうね。体調を崩さない程度に頑張って」
「悪かったな、休暇が潰れて」
申し訳なさそうにギルバートはしているけれど、私的には結果オーライである。
まさかこんな形で決着が付くとは思ってもみなかった。
「気にしてないわ。あ、それよりもなんで私に見張りがついてたの?いつから?」
張り詰めていた空気が緩んだ途端、オーガン達の尋問中に出た疑問を思い出したので聞いてみる。
「ん?…実はあれはピートの指示だったんだよ。君が最初にサザノスを指摘した時に今までにない表情をしていたのを気にして、何か企んでるんじゃないかと言ってきたんだ。誘導されている気がするから、サザノスに入ったら君が何をするか見張らせておいた方がいいってね。私はそんなことはないだろうと言っていたのだが…。まさか君が1人でやらかすなんて思わなかったよ。なんでそんなことしたの?」
おおっとヤバい!!質問返しされた!!
てゆーかピートってどんだけ人のこと見てるの?
もう怖い!!有能すぎて。
「え?なんか、ピンッと来たのよね!悪い予感がするぞーってね!!興味本位だったのだけれどまさかこんなことになるんなんてね!!私も驚いたわ!!天の啓示だったのかしらね!!!ほほほ」
言い訳としては苦しいかな?
無視、無視、無視だ、あとはもう。
「ふーん、だけどあんな行動は危険すぎるからもう二度としないと約束してくれ。ナイフを向けられている君を見た時、生きた心地がしなかった」
「ごめんなさい、もうしないわ。約束する」
向かないって分かったしね!!!
「うん、分かってくれればいいよ。さぁ君はそろそろ部屋に戻った方がいいね。送ろう」
そういってギルバートが立ち上がると、丁度いいタイミングでセドリックが戻ってきた。
「ああ、セドリック、いい所で戻ったね。ステアを部屋まで送ってもらえるかい?」
かしこまりましたと頷くセドリックを連れてようやく私は執務室を後にした。
◆
◆
◆
「ねぇ、セドリック」
「はい、なんでしょう」
「もうきっとそうなんだとわかっているのだけれど…」
「はい」
「”夜鷹”ってさっきの黒装束の人よね」
「はい、そうです」
「彼は、ウチの何なのかしら?」
セドリックと歩く廊下でこちらも気になっていた事をぶつけさせていただいた。
通常運転中のセドリックはいつものように淡々と答える。
「奥様は知りませんでしたね。彼…というか彼らになるのですが、代々我がファンドール家に仕えている影ですよ。今日姿を現したのは夜鷹の当主ですね。影は何人かいるのですが人前に出て来る者はいつも1人だけなので、出て来る者を”夜鷹”と呼んでおります。夜鷹を動かせるのは公爵家当主と筆頭執事だけですが、私も次期筆頭としてすでに顔繋ぎは済ませております。奥様も今後このような事態に気付かれた時はまず旦那様かピート、もしくは私に言って下さい。夜鷹に探らせます」
「分かったわ。何かあったら知らせることにします」
本当になんかすみません。
もう無茶しませんので。
そんなことがないのが一番なんですけどね。
しかし”夜鷹”か。
まぁいるよね、公爵家位になればそういう裏で動く諜報員みたいな人達も。
今後のフラグ折りの為にも個人的に繋いでおきたい気もする。
時間が取れたらギルバートに相談してみようと思った。
そうこうしている間に部屋の前に着く。
長かった一日もようやくお終いだ。
この部屋を抜け出した時は、こんなに急転直下で事が動くとは思わなかった。
明日のことを考えると重苦しい気持ちになるけど、一先ずお疲れ様と自分に言いたい。
「奥様」
ドアを開ける寸前、セドリックが口を開く。
「この度は奥様の機転によりオーガン様やマハルト様の企みに気付くことが出来ました。旦那様は今、断腸の思いでしょうが、奥様が居て下さればきっと乗り越えていけると思っております。ファンドール家に仕える者としてお礼をさせていただきます。ありがとうございました」
セドリックは柔らかな笑みを浮かべお手本のようなそれは美しいお辞儀をしてくれた。
たくさん迷惑を掛けた私に感謝を述べてくれるなんて、私の胸は熱くなる。
没落フラグ折りの為にした事だけれども、それはファンドールに関わる全ての人の未来にも繋がっているんだ。
誠心誠意尽くしてくれている彼らの為にも、決してゲーム通りになんてさせてはならないと思う。
「こちらこそ、本当に貴方には助けられました。ありがとう。これからもどうか、私達を支えてくださいね」
私も感謝を込めて頭を下げた。
「では、お休みなさいませ」
「おやすみなさい」
こうして、私のサザノス訪問は終わった。
終わりましたぁ~!!宣言通りに終われてよかった。
執務室に1人残ってるギルさんは1人窓の外見て燃え尽きてそうです。
きっとこの後は徹夜。セドリックももちろん徹夜。
昼寝しといてよかったね!!
さて次回はエンナントからかな?
お楽しみです。