12.希望と絶望は隣り合わせ
お読みいただきありがとう御座います
今更ながら誤字脱字の報告に気付きました。
ご報告下さった皆様、大変ありがとう御座います!!
これからも読みやすい文を作っていけるよう精進させていただきます。
さて、サザノスも佳境に入ってきました。
ステアさんはお宝ゲット出来るでしょうか?
ではお楽しみください。
執務室に入ると、先程まで降っていた雨は止んだようで、雲間から顔を出した大きな月が窓の外で静かに光っていた。
その淡い光がちょうど執務室に差し込んで幻想的に部屋を浮かび上がらせる。
昼間は近づく事すら出来なかった執務机にまっすぐ歩みを進める。
あらかた仕事は片したのだろう。
散乱していた書類は綺麗に整えられ端に寄せられていた。
まずはそれらの書類を確認してみる。
決算の確認書、品質管理の依頼書、そして鉱山や各部署からの日報も入っていた。
これじゃない。
もっとこう密売の契約書とか、エジルブレンの関わりを示す証明書だったりを見つけたい。
申し訳ないと思いつつも引き出しも開けて探し始めた。
ない、ない、ない…
そりゃ大事な物は金庫とかにしまうよね。
怪しいのはこの鍵の付いた引き出しだけどさすがに開けられない。
ピッキングなんて出来るわけがないし。
とにかく他の場所も見てみようと書棚やチェストの方へ行ってみると、ふと昼間にはあった鉱山の見取り図がない事に気が付いた。
なぜ見取り図がないの?
自室に持って行って考察でもするのかしら?
私はその見取り図の貼ってあった板に近付いた。
四隅に銀の透かし彫りがされた角飾りが付いた黒い板だ。
目の前に立つと、どうやら雲が晴れたようで先程よりも一層強い月明かりが部屋に差してきた。
板の中央部に何かある。
さっきまでは見えなかったが小豆大の僅かな突起が見えた。
吸い寄せられるように指がそこへと近づく。
人指し指の先端が触れると、ポゥっと赤い光が灯った。
!!これは、魔法陣?!
そう思うのと同時に拳大の魔法陣が私の体の大きさまで一気に広がり、ゆらりゆらりと揺らめいる。
キタァァァァァ!!!
ヤバイの見つけたああああーーーーーー!!
何これ?どうなってるの!
私は興奮して震える掌を魔法陣の上に重ねてみた。
するとズルリと魔法陣の奥に手が吸い込まれる。
!!
奥に空間があるわ!
さっと手を引いて、次はそーっと顔を近づける。
モワンと魔法陣を抜けて目を開けると、そこにはゴツゴツした岩を掘って出来た天井の高いドームのような空間が広がっていた。
予想を超える景色に思わず顔を引っ込めて執務室に戻す。
あれは、多分だけど、どう見ても、鉱山内部よね。
ここは執務室なんだから、鉱夫とかが気軽にここから鉱山に出入りするはずないわよね。
冷静に、とにかく冷静に一旦考えをまとめよう。
昼に貼ってあった見取り図がなくなっていて、今この道が開いているということは、誰かがこの道を使用する為に見取り図を取ったっていう事だよね。
そして、この部屋でそんな勝手が出来る人物とは、―オーガン・ラインベルト ただ1人。
では、今この道を使って鉱山に入っているオーガンしかいないはず。
通常の入り口ではなく、人目を避けるようにわざわざ魔法陣まで使って行くなんてただ事ではなくない?
「これは、行くしかないわよね、ステフィア」
自分自身に確かめるように呟く。
フゥっと息を吐いて、さっきからうるさい心臓の上に手を置いた。
これはもしかしたら千載一遇の大チャンスかもしれないわ。
こんな夜更けに鉱山に入るなんて何かあるに違いない。
私は魔法陣の前に立ち、ギュッと拳を握りしめ、一気に赤い揺らめきの中に入った。
ドーム状の空間は下の方にオレンジ色の間接照明が灯っていた為、暗くはなかった。
物音がまるでしないので自分の動く音すら耳につく。
私は今履いているのがヒールではなく、ペタンコの室内履きで本当に良かったと思った。
ドームには何個かアーチ状の入り口あって、その奥には坑道が続いているようだった。
多分ここは坑道と坑道が重なる分岐点のような地点なのかもしれない。
それらの道の一本だけがここと同じように明かりが灯っていたので、私は迷わずその道に入っていった。
坑道の広さは大体3メートル四方でそれほど大きくはない。
鉱夫達が懸命に掘り進めているのだろうが、道を目的として掘っているわけではないのでゴツゴツと足元が悪く、気を抜くと転んでしまいそうだった。
それでも慎重に音を立てないように奥へと進む。
すると真っ直ぐ伸びていた坑道の先がグルリと右に方向を変えているのが見えた。
曲がり角の手前まで近づくと、今までは感じなかった人の気配を確かに感じ、私の体に緊張が走る。
角で一度止まり、少しだけ顔を出して様子を探る。
すると、そこには執務室に置いてあった魔道具を手にしているオーガンの姿があったのだ。
居たっ!オーガン!!
私は叫んでしまいそうになる口を手で押さえて必死に堪える。
それにしてもなぜ水脈を調べる魔道具を持っているのか。
まさかただの水脈調査だったりして。
いや、本当に調査だったとしてもこんな夜中にやる?
私達が来たからこの時間ってこと?
それならちょっと罪悪感を感じてしまう。
オーガンの立っている場所はちょうど坑道の終着地点のようで、そこから先に道はなかった。
けれども何かを見通すようにオーガンは真っ直ぐ岩の壁の面を見つめている。
急にガツっと杖のような魔道具を地面に刺すと、トラウザーズに付いたキーチェーンから赤い魔石を取り出した。
あれは、ハリオットの言っていたレディロウ?
見える限りキーチェーンに赤の魔石はあれ1つだけだ。
ハリオットの言う泡とかは確認しようがないが、きっとあれがレディロウなんだろう。
オーガンはレディロウに自分の魔力を捻じ込むように額の前で握り締める。
魔力を吸いとったレディロウは、だんだん禍々しい血のような色の光を放ち始めた。
オーガンは一度レディロウに目をやるとニタリと満足気に微笑み、その魔石をゆっくり魔道具にある窪みに嵌め込んだ。
その瞬間カッと辺りが赤く染まる。
私はあまりの眩しさに思わず目を瞑った。
少しして恐る恐る目を開けてみると、そこには不思議な光景があった。
先程までは何の変哲もない岩の壁だった所が、まるでレディロウの血の色のペンキを塗ったかのように赤く染まっている。
点々と飛沫を飛ばしたような所から、ベッタリと塗りたくったような場所まで様々と。
そんな壁の前でオーガンは足元に置いてあったA4サイズ程のバインダーを手に取ると、挟んであった紙に何かを書き込んでいた。
よく見ると書き込んでいる紙は坑道の見取り図の一部のようで、微かに見えた書き込みは昼間に見た見取り図の書き込みと同じであるのがわかった。
―はい、こちらを見てオーガン様が今後どの様に掘り進めていくかを決めております。―
昼間にディノンが言った言葉が蘇る。
あの時の見取り図に書き込まれていた見た矢印やチェック印。
そして謎だった赤い丸印。
あの時ディノンはなんて言ってた?
―これは…オーガン様が予想する鉱脈の走り方ですね―
違う、予想なんかじゃない。
あの赤い丸印はこのレディロウで浮かびが上がった模様だ。
どのような仕組みなのかはわからないが、水脈調査の魔道具にあのレディロウを使うと鉱脈を見つけることが出来るんだ!
ということは、エジルブレンでしか採れない貴重な魔石レディロウをきっとオーガンは何らかの繋がり(ここではディノンの可能性が大かな)で手に入れ、それを水脈調査の魔道具に転用して鉱脈を発見していると。
大量に採れるようになった鉱石の一部をレディロウの見返り?という形でエジルブレンに流すことになってる…とかそんな所かしらね?
推測の域だけどなんとなくオーガンとエジルブレンを繋ぐ線が1本通った気がする。
隠し通路からこのレディロウまでの情報をそれとなくピートかギルバートに落としていけば、優秀な彼らならすぐに私よりも詳しく調べ上げてくれるだろう。
よし、じゃあ気付かれないうちに退散しましょう。
バレたりしたら元も子もないからね!
私はクルリと踵を返す、と
「やはり来ましたねぇ」
冷たく低い声が私の上から降ってきた。
目の前には青地に銀糸で美しく刺繍されたジャケットが見えるが、固まってしまった私は目線をあげ
てこれが誰なのかを確認する事ができなかった。
「昼間の様子から何かを探っているのではと思って、夜に罠を仕掛けてみれば、面白いようにスルスルと嵌まりましたねぇ」
ジャケットが横にくしゃりと歪む。
「ファンドール公爵夫人?」
ゆっくりと上から落ちてきたは、金の髪にグレイの瞳を冷たく光らせたディノンの顔だった。
「ディ…ノン」
ゴクリと唾を飲む。
ドクドクと全身の血が勢いを付けて巡っているのを感じるのに、指先は凍えるほど冷たかった。
「少々お遊びがすぎますよ、夫人。危険な所には近づかない、貴方も子どもにそう教えているでしょう」
言葉は優しいのに、耳に入ってくる言葉は全く温度を持ってはいなかった。
それが却って今のこの状況がいかに逼迫しているかを思い知らせてくれる。
「あのオーガンが持っている魔石はレディロウなの?」
私は打開策が思いつくまでに時間稼ぎに、気になっていたことをディノンにぶつけた。
「!!驚きました。あれがレディロウだとよく気が付きましたね」
やはりレディロウで間違いないようだ。
「優秀な魔石学者が教えてくれたわ」
こんな状況でもハリオットの事となると自然と笑うことが出来た。
「あぁ、ハリオット様ですね。あの年であれだけの知識とは、将来は恐ろしい物ですね」
本当にそう思うわよ。
声には出なかったが心の中で激しくディノンの意見に同意した。
「それで、あの魔石は貴方がエジルブレンから持ち込んだと思って宜しいのかしら?」
ディノンは”おや?”という表情を浮かべたが、その後何かを納得したようですぐに鋭い刃のような瞳で私を睨み付ける
「それもハリオット様の入れ知恵ですかね?ああ、やはりダメですね、知りすぎている。そうですね、あのレディロウは私がエジルブレンから持ってきた物ですよ。赤の魔石を手に入れる代償としてオーガン様に差し上げました」
「赤の、魔石?」
「おや?そこまでは気が付かなかったようですね。あのレディロウは赤の魔石を共鳴させる働きがあるのですよ」
知るわけがない。
私はあくまで推測で鉱脈を見つけられると思っていただけだ。
赤の魔石を狙っているだなんて…
ここで赤の魔石の特性を思い出す。
「動」「強い力」「躍動」 全てがエネルギッシュな特性だ。
そして魔石は特性に合う魔道具に嵌め込むとより大きな力に生む。
仮に赤の魔石を兵器に組み込んだとしたら……
兵器の持つ力をめいいっぱいまで引き出すことが出来るだろう。
これがエジルブレンの狙いか!!
カチリとピースが嵌まった感じがした。
エジルブレンはマグノリア侵略に伴う軍備増強の為に赤い魔石を大量に欲しがった。
そして狙ったのがよりにもよって敵国のサザノス鉱山だった。
なんて図々しい!!
私の顔色がみるみる青くなっていくのを愉快そうにディノンが見ていた。
「大方の想像は付いたようですね。さて、ファンドール公爵夫人、どうやって死にますか?」
!!!!
衝撃的な言葉だった。
そんな言葉なのにディノンはどこに出掛けるかを聞いているかのように飄々と尋ねてきた。
私は思わず後ろへと後ずさる。
ここから逃げなければならない、本能が言っている。
すると後ずさった先で何かにドンとぶつかる衝撃があった。
「オーガン…」
そこには先程まではこの先で図を記していたはずのオーガンの姿があった。
まずいわ、これは本当にまずい!
どうすればいいの?
私、このままだと殺される。
没落回避の為に動いていたのに、死んじゃったら何にもならないじゃない!!
恐怖と悔しさでじわりと涙が零れそうになる。
「奥様、どこへ行かれるのですか?貴方のようなじゃじゃ馬がギルバートの妻だなんて、彼も可哀想なことです。まぁそれも今少しですがね」
オーガンは哀れみの目を浮かべながらも口元は嫌らしく笑っている。
「おあいにく様!彼はこんな私をそれはそれは愛してくれているわよ!その私が消えて疑われるのは今屋敷にいない貴方達じゃなくて?」
口は震えているけれど私は毅然とした態度でオーガン達に言い返した。
「ふっ、哀れなものですね」
ディノンが薄ら笑いを浮かべながら私に近寄って来る。
「私は貴方がここに来るようにわざと動いていたと言ったでしょう。執務室までの道で誰にも会わなかったのは何故だと思いますか?執務室に鍵が掛かっていなかったのも誰のせいだと思いますか?貴方の知らない所で私は見回りの者に貴方が屋敷をふらついているのを目撃させています。見回りの者には貴方を追うように指示を出しましたよ。まあ貴方が執務室に入る所までは見えていないでしょうが。彼からしたら執務室の扉はいつも固く閉ざされているのでまさか貴方がそこに入り込んでいるとは思っていないでしょう。追いつけなかった、見失ったと思っているかも知れませんね。そしてここで貴方が死んでいたとしても、管理棟からここまで正規の道でどれくらい掛かると思いますか?あの魔方陣の道を知っているのは私とオーガン様だけです。すぐに戻って一晩誰かと仕事でもしていれば、私達が貴方を殺す時間などないことは明白なんですよ」
くっ、なんということなんだろう。
屋敷が静まりかえっていたのも、執務室に上手く忍び込めたのも全部ディノンの手の平で転がされていたなんて!
確かに上手くいっているなとは思っていた。
鍵が開いているなんてあり得ないと思ったもの!
悔しくて悔しくてギュッと握れるだけ拳を握った。
「下手な好奇心で探るからいけないのですよ。そして我が儘を気取ってそれを隠すことさえしないなんて全く愚かです。ディノンが夜中にも動くかも知れないから罠でも掛けましょうなんて、馬鹿な事をとは思ったがまさか掛かるなんて。さあ、おしゃべりもそろそろ終わりにしましょうか。私はこんな所で終わる訳にはいかないのでね。邪魔になるような者は排除させていただきましょう」
いつの間にか私の背は壁にぶつかっていて、オーガンとディノンが並んでにじりにじりと距離を詰めてきている。
「ギルバートにはもっと大人しい従順な女性を薦めておくから安心するといい」
オーガンは私の片腕を掴む。
痛いっ!!!
あまりの力の強さに焼け付くような痛みが走った。
離して欲しくて力一杯腕を引いたけれど、オーガンに掴まれた腕はビクリとも動かなかった。
そうこうしている間に、ディノンにもう片方の腕を取られる。
ああ、もう終わりだ…
恐怖で目を瞑ることさえ出来ない。
全身が心臓なんじゃないかと思えるほど、自分の心音が煩いほど耳に付く。
私の腕を掴んでいないもう片方のディノンの手が、私の首元にゆっくりと迫ってくる。
その手の平は彼の魔力なのだろうか。
黒い靄がまとわりついていた。
「さようなら、公爵夫人様」
そう言ったのは二人の内、どちらだったのだろうか。
不思議と自分の心音以外の音が全く聞こえなくなった。
スローモーションのように近づいてくる黒い靄を見つめながら私はゆっくり目を閉じる。
ギルバート!!ハリオット!!ネイリーン!!
走馬燈のように私の愛する人達の顔が浮かんだ。
―ギルバート!!助けてっ―
私はここで初めて祈るように心の底から助けを求めた。
調子乗るからこうなっちゃたのよ、ステアさん。
さて、大ピンチのステアさんは一体どうやってピンチから抜け出せるのか!
もしかしたら、次回で終わってしまうのか??
次回こうご期待!!




