1.はじまり
はじめまして。ご覧頂きありがとうございます。
つたない文ですが、頑張って書いていこうと思います。
8/19 一部訂正したりしました。
夢があった
ようやく自立の一歩を踏みだして、思い描いた未来へと進んでいくはずだった。
手に入れたかったあの本、この本。
手が出なかったイベントのチケット。
中途半端にしか追いかけられなかった限定ガチャ達。
バイトに明け暮れても、所詮は学生。
稼ぎなんてたかが知れている。
自分の時間だって確保しなくては。
勉強とバイトだけで時間が終わってしまうなんてことになれば、それこそ元も子もない。
早く社会人になってまとまったお金を手に入れる。
出来るだけホワイトな会社に入り、目指すは定時帰宅!
実家には悪いが出来るだけ長く寄生させて頂きたい。
年を取るごとに両親の目線が冷たくなるだろうが、面倒は見るから多めに見て欲しい。
そして数年後。
ついに私は手に入れたのだ!
最低限の社会的責任を果たした、夢のオタク生活を!!!
短大を卒業し、地元でそこそこの優良企業に就職。
通勤だって自転車で15分とこれまたお財布にも優しい。
初めて給料を手にした日は、その足で秋葉原まで駆けていったものだ。
幸せだった。
ようやく手に入れた夢の生活。
給料のほとんどを推しと、萌えに貢ぎまくる!
日々整えられていく自室のディスプレイ達に歓喜が止まらない。
節度の範囲内だが、課金という投資だって増やすことができた。
人生の春をようやく迎え、次は夏の聖地に向けて日々一所懸命に生きていた・・・のに。
失念していた。
雨の中、傘を差しながら歩きスマホなんてするもんだから。
視界が遮られて、信号が赤だって気づかなかった。
お気に入りのドラマCDのヴォリュームが大きすぎるのもいけなかったに違いない。
気づけば、目の前には猛スピードで迫るトラック。
そのヘッドライトがまぶしくて……
◆
◆
◆
◆
◆
◆
——オギャァー!オギャァー!!オギャァーーー!!!
耳に聞こえてくる力強い泣き声。
まるで早く自分の存在に気づけとを私に訴えてくるよう。
「奥様っ!!産まれましたよ!!奥様っ!!」
うぅ、頭がぐらんぐらんする。
「おめでとうございます。玉のように美しい女の子のお子様ですよ」
……女の子……
ぼんやりとした頭がその言葉を認識すると、力みすぎてこわばった身体が少しづつほどけていく感じがした。
……えぇっと、なんだっけ?今何をしてたんだっけ?
ハァ、ハァと肩で息をして、周りをゆっくりと見渡す。
まず目についたのは、まるで給食当番のような白い割烹着と給食帽を被ったふくよかなおばあちゃん。
その周りにもぐるりと数人同じ格好をした女性がいて、皆一様にキラキラとした表情でこちらを見ている。
その内の一人の腕には、真新しい白いリネンにくるまれ、真っ赤な顔で泣く小さな小さな赤ちゃんが抱かれていて、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。
……女の子……あっ!!!
その赤ちゃんを見た瞬間、一気にもやの掛かっていた意識が現実に戻ってくる。
そうよ!私、出産していたのよ!!
そう、私の名前はステフィア・ファンドール。
マルグレオ王国にある公爵家の1つ、ファンドール公爵家夫人。
艶のあるまっすぐな栗色の髪に、意志の強そうな金色の瞳を持つ私の容姿は、正直、まぁ整った部類ではあると思う。
でも、誰もが目を引く絶世の美女かと言われればそうではない。
美人は美人だけれど、それほどでもない、当たり障りのない程度の美人なはずだ。
貴族学園で主人と出会い、卒業後すぐに結婚して早4年。
19歳で1人目の息子、ハリオットを出産し、21歳になった今、2人目の出産を終えたばかりだった。
1人産んだことによる余裕から軽く見ていた2人目の出産は思っていたよりも難産で、出産の瞬間には体力と気力も使い果たしブラックアウトしていたようだ。
そしてその瞬間に走馬灯のように見たあれは……
と、今はそれはいいのよ!
流れていきそうな思考を止めて、真横まで来た女性から我が子を受け取る。
まだうっすらとしか生えていない髪は私と同じ栗色だ。
瞳の色は確認したいけれど、まだ固く閉ざされていて確かめることはできなさそう。
口元は……私かしら?
……ぁあ、可愛いな
支えていないとすぐにグニャリと腕から落ちてしいそうな小さな小さな命。
「無事に生まれてきてくれてありがとう。私がお母様よ」
小さな頬にそっと頬ずりをすると、産まれたばかりの娘からはほんのり甘いにおいがした。
腕に抱いた軽いけど重い、命の重さ。
赤い顔をしてフエフエと泣いている娘の姿に思わず胸が熱くなって、自然と涙が浮かんだ。
「よくやったーーーー!ステアーーー!!」
バーーーーンっと重厚な扉にはふさわしくない開け方で扉が開くと、癖のあるシルバーの髪をなびかせた男がカツカツと足早にベッド脇まで駆け寄ってきた。
彼はこの家の主であるギルバート・ファンドール。
ファンドール公爵家の当主であり私の愛すべき旦那様だ。
「あああぁー愛しいステア!よく頑張ったね!!もう私は心配で心配で、うぅっ!!」
私が出産中ずっと扉の前に待機していたギルバートは、難産の為、予定よりも大幅に時間の掛かったこの出産に生きた心地がしなかったようだ。
私の横に腰を下ろすと、大仕事を終えたばかりの妻の頬に優しく唇を落とす。
「大丈夫よ、ギル。ちょっと時間が掛かってしまったみたいだけど、私もこの子も元気いっぱいよ。ほら、それよりもこの子の顔を見てあげて」
腕に抱いた産まれたての娘をギルの方に向ける。
「初めまして、小さなレディ。私が君のお父様だよ」
ギルバートは元々切れ長の目を更には細めて、私の腕に抱かれている娘を愛おしそうに見つめた。
「あぁ、可愛い。なんて可愛いんだ。天使のようだ」
まるで大事な宝物に触れるかのように、ゆっくりと優しい手付きで娘の頬をなでる。
窓から差す光が後光となって二人を浮かび上がらせる様子に、私は得も言われぬ感動を覚えた。
「君の名前はネイリーン。ネイリーン・ファンドールだよ。これから宜しく、私のネリィ」
ギルバートの笑みがより一層深まる。
「ネイリーン……素敵な名前。よかったわね、ネリィ……」
私もネイリーンの頬を撫でた。
「今回は本当によく頑張ったね、ステア。君のおかげで我が家に天使が舞い降りたよ。ありがとう。しばらくはゆっくり体を休ませるんだ。くれぐれも無茶だけはしないでくれ。今回はハリオの時と違って随分と君に負担が掛かっただろう。私はもう心配で心配で」
コツンと額を合わせると、ギルバートの翡翠色の瞳がうっすら涙で滲んでいるのが分かった。
本当にこの人は家族のことのなると涙もろいんだから。
外ではその切れ長な目から冷たい印象を持たれがちなギルバートだが、家族や気を許した相手の前ではどちらかというと天然で感情豊かな人間だ。
有能な尚書官として国で一目を置かれる存在なのに、家ではアットホームパパ。
こんな彼を職場の人間が見たら、目をひんむいて二度見するレベルだろう。
そんなギャップがたまらないのだけれども。
「ははうえー」
「ぼっちゃま!走ってはなりません!!」
「あ、はい。ごめんなさい」
キュッと足を止めて、ゆっくりポテポテとこちらに近づいてくるギルバートによく似た男の子。
さらさらのシルバーの髪に、私譲りの金色のくりっとした目。
2歳になった息子のハリオットだ。
「ははうえ、おつかれさまでした。うわぁー、この子が僕の妹?」
ギルバートの横からひょっこり顔を出し、にこにこと満面の笑みで妹を見つめるハリオット。
「なんか、赤くてお猿さんみたい。でもかわいいね」
小さな両手を口に添えてフフッと笑う顔は、ネリィとはまた違った天使だ。
「この子はネイリーン。ネリィって呼んであげてね。ハリオもこれでお兄様よ。仲良くできるかしら?」
「うん、ぼく、なかよくできるよ。よろしくね、ネリィ。いっぱいあそんであげるからね」
「ははは、それは楽しみだな、ネリィ」
やさしい家族の時間がそこにはあった。
はぁー、幸せ。
でもホッとすると体のあちこちがビキビキと引きつっているのに気付く。
ただでさえ長時間の出産で体力は限りなく0だ。
嬉しい家族との時間だけれど、このままではすぐ意識が飛びかねない。
そんな私の様子を察知したのか、「さて、」とギルバートがスッとベットから立ち上がった。
「本当はずっとそばにいたいのだけれどもね、これ以上いると昨日から仕事を任せておいたピートが倒れ込んでしまいそうだから私は一旦仕事に戻るよ。行きたくないけど」
眉をハの字に寄せ、両手をやれやれとポーズを決めたかと思うと、次の瞬間、背筋をピンと正して目線を周りに向けた。
「皆もよく頑張ってくれた。ありがとう。これからも我がファンドール家の為、より一層励んでくれたまえ!」
できる旦那は周りへの労いも忘れない。
「はいっ旦那様。これからも使用人一同、心を尽くしてお仕えさせて頂きます。」
「ではあとは頼んだよ、マーサ。また後で来る。ハリオ、お前も父と一緒に来るんだ。母上はお疲れだからゆっくり休ませてあげよう」
「はい、ちちうえ」
ギルバートは私の頬にもう一度キスをすると、そのままよしよしと頭を撫でてくれた。
「それじゃあ行くよ」
優しい微笑みを浮かべたギルバートはハリオットを連れて部屋を後にする。
今度は来た時とは違い、静かに扉を閉めて。
「さぁ、奥様。一旦ネイリーン様は預からさせて頂きますね」
侍女長のマーサがネイリーンを受け取ると、次々に侍女達が出産後の後処理に動き始めた。
「旦那様の仰った通り、奥様はゆっくりお体を休ませてくださいませ。本当に長時間のご出産、お疲れ様でござました」
そう言われると、ようやく大仕事を終えた実感が出てきたのか、ふーっと大きく息を吐いた。
それと同時にさっきまで頭の端に追いやっていた、出産時に見た映像が浮かんでくる。
……いや、あれは、そう、なんとなく察しはついている。
こことは違う風景。
私とは違う感覚。
でも、ひどく懐かしい気持ちになる。
あれは、そうきっと、今の自分になる前の記憶。
いわゆる前世の記憶であると言うこと。
出産をした瞬間、頭の中に一気にたたき込まれるように降ってきたモノは、膨大な量の前世の記憶だ。
—自分が、かつて、日本という国に住む「大村 結」という人物だった記憶—
まだステフィアさんの真価は発揮されてません。
もう少しするとはっちゃけてくれると思います。