邪淫って、私がやったようなことを言うのかな。
これは……! 完全にキャラクターの試運転作品ですッ。
特に作品としての意図はないのじゃぁー!!
テーマの定期とかは特にしてないので、各々勝手に面白さを見出してもらえればと思います。
頑張れサエリ! フレフレ春樹くん!
君たちの未来に幸あれ!
やってしまった。
またやってしまった。
今度は、顔もろくに覚えていない、遠い従兄弟の男とネてしまった。
しかも、その男は、私が夜の世界を渡り歩けるように、何かの工作をしてやる、と取引を持ちかけてきた。
毒を含んだ蜜のような、甘い言葉。誘惑に駆られて、私は、その悪魔の取引に応じてしまった。
何も持っているものがなかったから、体で対価を支払った。
覚えてはいる。さっきまでの快感は覚えているんだ。
辛い現実を、全て、忘れられた。
忘れた、だけだった。
思い出してしまった。瞬きもしないうちに、明日の生活が、スケジュールが、【人畜無害な日常】のカワを被って、襲いかかってくる。
いじめに満ちた高校生活。シックで男性的なファッションをネタにしたいじりの数々。
また、おじさまとか言われて嗤われるのだろうか。
サエリの体は、そのことを思い出すだけで、だんだんと芯から震えていく。
ソレが明日に迫っている。
分かっている。 頭では理解していても、体が凍てつくように冷たくて、隣にいる男の温もりも、柔らかいリネンの布団も意味をなさない。
ネて、起きて、凍えて。喉が締め付けられるような思いをする。その繰り返し。そのせいで、はとこにいいオモチャにされた。
「……そうだね」
私は演じることに慣れてしまって、 一人でいる時ですら普通に話す。心がそんなことを望んでいないなんて、もう分かりきってるはずなのに。
求めた。この心を癒す何かを、隣で寝ているはとこに求めた。
「んっ、ちがっ、待って、んんっ」
返ってきたのは、貪るような噛みつくような口づけだった。
「だから、違うの!」
乱暴にならないように、男の肩を引き剥がした。
男は、この上なく心外そうな顔をする。
「何が、違うって言うんだ? お前はこれを求めてたんだろう?」
「だって……、私は」
「割り切りの約束、忘れたわけじゃないよな」
「っ……!」
ぐうの音も出ない。言い返せるはずがなかった。
サエリの心は、言葉の鉄串によってはりつけの刑に処された。
「そ、それは」
男は真顔で、なめつけるような視線をサエリに向ける。
「そう……、だけど」
手の甲を膝の上で握りしめ、絞り出すように、そう答えた。
それを、しっかりと確認した後、男は満面の笑みを浮かべる。
場違いなまでに、満面の笑みを。
「分かればいいさ」
サエリの膝元に10万円を叩きつけて。
「お前もこれで、オトナだな」
耳元、密かに囁いた。
----------------------------------------------
そもそも一体彼女は何者で、どうしてこんな惨めな目にあうようになったのだろう。
伝え聞くところによると、彼女の家は相当複雑な家庭事情を抱えていたらしい。
両親は、家業である興信所の経営を巡って長年不仲であり、別居している。彼女の妹は母親に引き取られ、旧姓を名乗っている。
サエリの両親は、どちらが、より自分に愛情を注げるのかを競い合うように彼女を育てたという。
きっと誕生日プレゼントの内容がかぶった日は彼女にとって最悪の一日になったであろう。
とは言え、両親はサエリに、なるべくお互いが不仲であることを目立たせるような真似はしなかった。
サエリが、両親のことを同じだけ愛している、と知っていたからだ。
楯城 冴悧。
それが彼女の名前だった。
その名前に偽りなく、頭の回転が速く、直感に長け、明るく素直でハキハキとしていて、一緒にいるだけですっと胸のすくような思いがする少女だった。
そう、ほんの数年前までは。
きっかけはほんの些細なことだった。
ニ歳年上の彼氏が、大学受験にかまけてかまってくれなくなった。たったそれだけのことだった。
サエリは、その日のことを克明に覚えている。
あれは、鉄骨が降るような雨が、一時も絶えない夜のことだった。
何の気なしにテレビを眺めながら、くだらないお笑い番組で笑っていた。
一瞬のことだった。
ゾワッ、と。 寒気にも似た欲求が、体を突き抜ける。
「ん? 体が。……参ったな」
SNSのチョコレートトークで、久しぶりに彼氏に電話でもすれば気が紛れるかと思い立った。
彼はサエリに同時告白した男子達の内の一人で、なかば妥協して選んだ彼氏でもあった。
本当に好きな後輩は、春樹は、もう転校してしまっていて、いなかったけど、サエリは、その実直で誠実な人柄に、次第に惹かれていった。
「ま、昔のことだけどね。ええっと、《最近連絡取れてないけど、調子どう?》……っと」
ピロリン♫
「ええと、《ごめん、受験のことで頭がいっぱいすぎて、もうどうしたらいいかわからない》……。は? これ、どういうこと?」
《助けてくれないか、サエリ》
スマホを握る手が、一層引き締まる。
私に何の相談もなく、一人で自分を追い詰めておいて、最後の最後になんて虫のいい。身勝手ながらも、そんなことを考えてしまっていた。
「私だって」
気づけば。
「私だって、ともくんに助けて欲しいよ」
気づけば、思いもよらない言葉が漏れていた。
言えない。言えるわけがない。こんな身勝手なことを考えてしまっていても、それでも彼のことが好きだから。
私が苦しくても、我慢しなくちゃいけないんだ。
だけど、いくら待っても彼は戻らない。大学に受かるにしても落ちるにしても、彼と通う学校は別になってしまう。
今我慢したところで、どの道、彼とはお別れしなくてはいけない。
受験で追い詰められてる彼の姿を見送りながら、私はなんと声をかけられたらいいんだろう。
何もかけてあげられる言葉がなかった。
その後のことは思い出したくない。思い出せない。
ただ一晩中必死に自分を慰めたことを覚えている。
誰にも言えない、自分だけの暗い過去。
ただ、笑い飛ばされてしまうであろう、ありふれた話。
必死に自分を慰めて、なだめてきた。
今は転校してしまった後輩の春樹のことも思い出して、 彼とまた付き合えたらなんて思ってしまった。
今、付き合ってる彼氏がいるのに、春樹のことを考える自分が許せなかった。
苦しみを手放せず、悶々とする毎日に次第に疲れていく。
でも。
それでも。
とうとう我慢できなくなって。
一人では、飽き足らずに、他の男と不貞を働いてしまった。
しかも、よりによって、はとこと。
その日から、自分の中の何かが壊れた。
自分の、良心というものが亡くなってしまった。
当然、彼氏のともくんとは自然消滅してしまって、もうめっきり会っていない。
あんなに好きだった彼を、失ってしまった。
今までは、周りに好かれようと努力してきた反面、それを疎んじる子たちも多くいた。
意識が高い、とか、きらきらぶってる、とか。
知ったような口を利く人は、後を絶たなかった。
それでも彼がそばにいてくれるだけで十分だった。
「身勝手だったのかな」
サエリは唇を噛む。悔やんでも悔やみきれない。 過去に戻ることはできないが、否、戻れたとして自分にいったい何ができたというのだろう。
不毛な話だ。何の価値もないくだらないおとぎ話。
そんなことより、今は疲れていたから、本能が本当に欲しているものが欲しかった。
今まで彼氏やまわりのために、必死に女の子らしくなろうと頑張ってきたけど、もう、疲れた。
着たい服を着て、食べたいもの食べて、寝たい時に寝て、シたいときにスる。
「……まるで動物みたい」
ホテルのエントランスから一歩踏み出し、憎たらしい青空を睨みつけた。烈日照りつける空の下、自然とくすんだ笑い声が喉の奥から湧いて出る。
------------------------------------------------
サエリは、十日ぶりに家に帰ってきた。
何度男とベッドを共にしても、私の心は満たされなかった。
もはやこうなってしまえば、恥を忍んででも家族に助けを求めるしかない。思いつめて、サエリは家に帰ったのであった。
「ただいま」
だが、なぜか鍵が開いていて、いともたやすく入れてしまう。
1階の板の間から、両親の話し声がする。
普段二人が会うことはないのに、とサエリは訝しみながら板の間の襖からそっと中を覗いた。
「……えっ」
そこには私の仏壇が飾られていた。
ちゃぶ台に向かい合って、両親が静かに話をしている。
「もっと、お互いのことを考えなくちゃいけなかった」
「……そうだな」
どういうこと? もうそのことを考えるのはやめてしまったんじゃないの?
「あたし、本当にあなたの仕事が手伝いたかっただけだった」
「俺こそ、意地張ってごめん。業界人のプライドが云々とか、ほざいている場合じゃなかった。本当にすまない」
お父さんら仕事がうまくいってなかったように見えたのに。プライド、くじけていなかったんだ。
「あたし、サエリに、本当の意味で寄り添えてなかったんだと思う」
そんなことない。向き合えていなかったのは私の方だ。
もうこれ以上、二人が苦しんでる姿を見たくなかった。
そう思ったらたまらなくなって、サエリはふすまを素早く開いた。
「サエ、……リ。 サエリ、なの?」
「お父さん、お母さんっ! ただい」
肌と肌がぶつかる乾いた音が、板の間に大きく響いた。
「お母、さん」
サエリの頬が紅く腫れ、彼女の母の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「話は全部聞いてるわ。あなた、夜に外を出歩いて、いろんな人とセックスしたんだって?」
「ごめん、なさい」
「言いたいことがあるのなら言ってみなさい。それによっては許してあげる」
頬の腫れと共に顔から火が出るような思いで、サエリはひとつだけ尋ねた。
「邪淫って、私がしたようなことを言うのかな」
降参と、諦めが滲み、生気が失せた顔。
ギュッ、と。
サエリは、父に抱きしめられた。
「バカなことを言うな」
「…………」
「お前は道を間違えただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そして父はゆっくりと腕を解く。そして、床の間の布団をどけにいった。
「さあ、こっちに来なさい。つらかっただろう。父さん、サエリの好きなものたくさん用意したよ」
「……お父さん」
母が戻ってきて、サエリの手をとった。
「……お母さん」
「あなたの心が満たされないというのなら、母さんたちが満たしてあげるから、もう、危ないところに行かないで」
確かめたい。二人のその言葉が本当なのか、確かめたい。
だからサエリは、二人に手を引かれて、板の間を訪れた。
そこには。
懐かしい人達がいて、何通かの手紙が置いてあった。
「……久しぶり。元気だった?」
「はる、き」
昔、転校してしまった後輩の春樹と、幼い頃から面倒を見てくれた森川のおじさんがいた。
「森川先生まで。……どうして」
「いやー、まさか、サエリちゃんが精神病になるなんてねえ。 先生びっくりしちゃったよ。大変だったでしょう」
「俺もそれ聞いて、いてもたってもいられなくなって、今回の招待に来させてもらったんです。全部、先輩のご両親が手配してくれたんですよ」
そう言って、春樹は机の上に置かれた何通かの手紙を手にとった。サエリの視線が自然とその手紙に向く。
「先輩のお母さん、アロマセラピーとか看護師の勉強したんだって言ってました。もしら先輩が帰ってきたら、絶対に勉強したことを生かすんだ、って言ってました。これ、半分は資格証なんですよ」
「たまげたもんだよなあ。ここまでする親なかなかいないぜ? ったく、見上げた根性だよ! ガハハッ!」
そう言って森川のおじさんはジョッキを呷った。精神病院の院長をやっているせいか、酒は精神に毒だと分かっているのだろう。夕方にもなるのにオレンジジュースのジョッキから、つり上がった口元を覗かせる。
その余裕綽々な態度に、わずかばかりながらサエリは動揺してしまう。
「まー、そう慌てなさんな。先生がサエリちゃんをきっちり治してあげるからね」
「……森川先生」
サエリは、感極まった。情けない顔を見られないように、大きく頭を下げる。
「まっかせなさい! ガハハハハッ!」
「俺も、先輩のこと立ち直るまで絶対支えるって約束します。 だから、もう、自分を見捨てないでください」
「ありがとう」
二人の言葉に、返すべき言葉。
「本当にありがとう」
それは心からの感謝だった。
他のみんなが顔を合わせて微笑み合う。
「「「「おかえりなさい、サエリ」サエリ」先輩っ!」サエちゃんよ!」
「ただいまっ!」
サエリは、泣きながら笑いかけた。