ヤコン草
「分かったぜ。概要はここに書いてある通りだ。聞いた話によるとヤコン草は去年までは普通にとれたのに、今年は全然生えてないって話だ。しかも生えていたところに掘り起こしたような跡がいくつかあるらしい。動物の仕業なのかヤコン草に思わぬ効能が発見されて誰かが乱獲しているのか。ま、最悪現物さえ手に入れば原因はどうでもいいらしいけどな」
がはは、と主人は豪快に笑う。
「要は祭が出来ればそれでいいやってことだね?」
「そうなるな。これがオルクからもらったヤコン草の本来の群生地の地図だ。どうする? これ以上詳しい話を聞きたければオルクのところに行くのがいいだろうが、それともいきなり現場に行くか?」
オルクというのはおぼろげな記憶をさかのぼる限り、エルロンド王国時代には神官をしていた人物である。今、祭の頭取などを行っているということは降伏して帝国に順応してきたということだろう。
「とりあえず現場に行ってみようぜ」
リアが彼と会っても誰かが嫌な気持ちになる未来しか予想できなかった。だから俺はオルクに会いに行かないよう誘導する。
「それはそうだけどまずは草について調べた方がいいんじゃない?」
「う……」
リアの言葉は正論だった。
「主人、オルクさんはヤコン草について詳しそうか?」
オルクはヤコン草について無知であって欲しいという期待をこめて尋ねる。
「いや、祭で使う聖なる草ってぐらいしか。後は生えてる場所ぐらいしか知らなさそうだったぞ」
主人の言葉はあけすけだった。しかしそれなら良かった。俺は内心ほっと息を吐く。
「分かった。俺は図書館に行ってみる」
「じゃ、私が現地に行ってみるよ」
「お前は調べないのか」
「だって本とか読むの嫌いだし」
お前が調べようって言ったのに、と思ったがリアとオルクが会わないのなら正直それでいい。こうして分担が決まったところで俺たちは店を出る。
帝都の一番中心は帝が住む城だろう。その周辺に役場や貴族の屋敷、その他重要な建物が並んでいる。図書館はその中の一角にあった。
五階ほどはありそうな高さで貴族の屋敷にひけをとらない広さである。特筆すべきは屋敷などと違って飾り気のない直方体をしているところだろうか。隣に建つ美術館が建築技術の粋をこらして作られ、壁画や彫刻が所せましと散りばめられているのとは対照的である。まさしく本を並べるためだけの無機質な建物、という印象だった。
俺は入口の重たいドアを開けて中に入っていく。すると小さい部屋に受付があり、受付嬢の隣には二人の武装した兵士が立っていた。これだけの図書館だと貴重な物も多いのだろう。
「初めての者なんですが」
「では身元が分かるものを提示してください」
そこで俺は戸惑う。身分が分かるものなんてとっくの昔に処分したぞ。というか俺の身元がばれたらそれはそれでまずいんだが。しかし困ったな。
「すみません、冒険者なものでそういうのはちょっと……」
追い返されたらどうしよう、と思ったがそれを聞いた受付嬢はにっこりと笑い予想の斜め上のことを述べた。
「それでしたらご料金を払っていただければスタッフの者が必要な資料をお持ちいたしますよ。こちらの閲覧室はどなたでもご利用いただけます」
そういうシステムがあるのか。しかし考えてみれば合理的である。図書館としては貴重な資料が眠る書庫に怪しい者を入れたくないし、お金も欲しい。
来訪者としてもお金はかかるが、広大な書庫から自分で探すよりスタッフに依頼する方が目当ての資料は早く見つかるだろう。
「じゃあそれでお願いします」
「はい、ありがとうございます」
受付嬢が手元のベルをちりんと鳴らすとすぐに司書と思われる男が小走りでやってくる。
「どのような資料をお探しでしょうか」
「ヤコン草という草に関する資料です」
「ヤコン草でございますね、少々お待ちくださいませ」
司書風の男は愛想笑いを浮かべて去っていく。何か妙に対応がこなれているが、さてはこの図書館これで結構儲けているな。
しばしの間俺は閲覧室で待機した。長机二つといすだけが置かれた簡素な部屋で、三十人ほどは入れそうな広さだ。現在は三人の来訪者が熱心に読書している。待つこと三十分ほどだろうか。先ほどの司書が一冊の本を持ってくる。
「こちらでいかがでしょうか」
本には『植物大全』と書かれている。まあそうなるよな。ヤコン草がどんな草かは分からないがヤコン草で一冊本が書けるとは思えない。
「ありがとうございます」
「もし別の資料が必要でしたらまた申しつけくださいませ」
司書はぺこぺこしながら去っていく。司書というか、完全に客商売の人物だな。
俺は早速索引からヤコン草を探し、記されたページを開く。分類や絵が記されており、その次に俺が求めていることが書かれていた。
『ヤコン草
群生地:川の近くの日光が当たりづらいところ。
特性:狼が嫌う成分を分泌する。
人間との歴史:古くは狼避けのために集落の周辺に設置されることが多かった。そのため別名“境界の草”とも呼ばれる。狼が人里近くから駆逐されるとそういうこともなくなったが、現在でも昔の名残として集落の周囲に設置されたり祭祀に使われたりすることがある』
なるほど、そういうことか。それで祈年祭にも使われていたんだな。しかし群生地は川の近くの日光が当たりづらいところか。確かに見せてもらった地図でもそんなところだった気がする。ついでだし、場所も調べておくか。
「すいませーん、帝国周辺の詳しい地図もありますか?」
地図を求める者は多いのだろう、なんと販売用の地図まで用意されていた。こうして俺は料金を払い、ヤコン草の群生地の候補に〇をつけた地図を手に入れたのだった。帝都に冒険者が集まっていたころにはさぞかし儲かっていただろう。