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葛藤

「にしても私ってやっぱり父上に似てるのか。嬉しいけど不便だな」

「一応何か被るか」

「そうだね」


 俺たちは目深にフードを被って帝都を歩くことにする。

 帝都は来るべきイレーネの輿入れに向けて活気に溢れていた。これまで旧王国民はどこか肩身が狭そうに生きてきたが今は王国の料理や名物を売る店もかなり出来ている。大通りには出店が立ち並び、行きかう人々で満ちて俺とリアは歩くのにも苦労した。


「どうする? 何か買っていくか?」

「うん、久しぶりに鶏の包み焼きが食べたいかも」


 鶏の包み焼きというのは王国の料理で、鶏肉を野菜と一緒に甘辛いタレを絡めて包み、熱した石で焼く料理である。作る人によって入れる野菜やタレの味が違い個性が出る。


「俺もそれ聞いたらお腹空いてきた」


 俺もリアが復讐について考えているよりも、年頃の女の子のようにしていてもらう方が俺の心は落ち着くので賛同する。


「あ、いい匂い」

「でもすごい並んでるな」

「どうしよう、すごいお腹空いてきた。待ちきれないかも」


 そんなとりとめのない会話をしながら数分並んで俺たちは包み焼きを買い、近くのベンチに向かう。まあ、結局ベンチは空いてなかったが。


「仕方ない、立って食べようか」

「そうだね」


 包み紙を破くと香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。リアはふーふーと息を吹きかけているが、俺は熱いうちに口に入れようとする。

 が、そこで周りで話している旧王国民の会話が聞こえてくる。


「でも良かったな、これでようやく俺たちにも国が出来る」

「そうだな。全く、反乱やら何やらのせいで俺たちもずっと白い目で見られてたし」


 八年前、王国が滅びてからも散発的な抵抗は続いた。王都にはおらず辺境にいた王国に忠義を抱いていた武将や、生き残っていてやむなく降伏に同意させられた者などが残ってはいたため、帝国占領後も抵抗は発生した。それがなければ王国復興が早まった可能性は当然あるだろう。一般市民がそれを恨む気持ちは分からなくもない。

 が、彼らの発言を聞いてリアの表情はさっと変わる。


「……所詮こいつらにとって国の屈辱とかどうでもどうでもいいんだね」

「リア」


 王国を滅ぼした帝国に恨みを抱いているのは王国で重要な地位にあったものや実際に戦った兵士だけで、戦争に無関係な一般市民にとっては関係ない。もちろん戦争で国土が焼けるなどの被害はあったが、王国とて戦争のために徴兵や重税なども行っている。

 それにイレーネを中心とした働きかけで王国滅亡後も略奪などはあまりなく、それなりの統治が行われてきた。だから一般の王国民が帝国に恨みを抱く道理はない。

 が、リアは彼らの言葉に唇をかみしめる。


「……自分たちには関係ないからって。国のために戦った者を悪く言うなんて。どうせ今回の復興が帝国の靴を舐めるものだってこともどうでもいいんだよ」

「リア。それは言っても仕方ないだろ。気持ちを他人に強要することは出来ないんだから」


「……分かってるよ。でも、こんな話も聞いた。王都に初代アインハルト王の銅像あったでしょ? 帝国の役人は市場を広げるって言ってその像を撤去しちゃったんだって。それに対する王国民の反応がどうだったと思う? 市場が広がって商売が出来るとか、王都が繁栄するって喜んでたんだよ。ひどい話だよね」

「……」


 ひどい話だとは思う。ひどい話だとは思うが……。

 俺もそのような人々の気持ちはよく分かった。もし俺が王子ではなくただの兵士の子供とかだったら今頃どうしていただろうか。


「あーあ、なんか冷めちゃった。これあげる」


 リアは俺に包み焼きを渡す。俺はそれを黙って受け取った。とはいえリアの気持ちも分かる。自分が大切だと思っているものを他の人は忘れていく一方。俺にとっては呪いのようなものだが、それを他の人は忘れて生きていく。

 

 だとしたら俺ぐらいは王国を覚えている側に回ってもいいのではないか。

 帝国への復讐……してみようか。俺の中で初めてそれが選択肢として現れた瞬間かもしれない。俺という存在がいるのに王国のことが忘れられていくのは辛かった。もちろん、改めて選択肢として検討してみるとやはりそれはばかげたものだったが。


 その後しばらくリアは無邪気に騒ぐ旧王国民にいら立ちを露わにし続けたが、見ていられなかったので、俺はリアを半ば強引に冒険者ギルドに連れ込む。


 冒険者ギルドというのは冒険者に向けた仕事の依頼を人々(中には国や役人からの依頼もある)から集め、冒険者との間を仲介する施設である。さらに宿や食堂、旅の道具を売る店など冒険者に必要な機能がセットでついていることが多い。


 帝都の賑わいとは裏腹に冒険者ギルドは空いていた。帝都は帝国のおひざ元。言うなればこの付近で一番平和な場所である。そんなところに冒険者の需要がある訳はない。特に冒険者のような定住性が低い人々はさっさと別の場所に行ってしまうのだろう。


「お、新入りか。最近は珍しいねえ」


 主人と思しき髭を生やした大柄な男が俺たちを見て少し驚く。顔には傷があり、昔は現役だったのだろう。

 そこでようやくリアは気を取り直し、主人に笑顔で応じる。


「うん、帝都に用があってね。でも、ちょっと時間あるから一仕事こなしていこうかと思って」

「そうか、それは助かるな。最近平和だから冒険者の数は減っているんだが、今は依頼が三つもあってな」


 そう言って主人は壁の貼り紙を指さす。


『タイトル:魔物の動きがおかしいから探って欲しい

依頼主:オルテガ(帝国大臣)

報酬:金貨二十枚

概要:このごろ帝国周辺に普段は見かけない狼が棲みついている。ただのはぐれ狼なのか、周辺に狼が増えているのか、それとも大移動なのか。理由を調べて欲しい』


『タイトル:祭りを手伝って欲しい

依頼主:オルク(祈年祭の頭取)

報酬:一人金貨三枚

概要:祭りに必要なラコン草という草がなぜか見かけない。とってきて欲しい』


『タイトル:祠を調べて欲しい

依頼主:イレーネ(旧王国姫)

報酬:一人金貨二枚

概要:このところ旧エルロンド王国周辺に奇妙な祠が建っている。誰がどのような目的で建てているのか、また祠にどのような機能があるのか調べて欲しい』


「とりあえず三つ目は没だね。今から王国に戻るのはちょっと。祭りの手伝いか……」


 姫の輿入れと同時期、帝都では〈祈年祭〉という祭が行われる。これはエルロンド王国、さらにいえば王国が出来る前から伝わる祭でその年の豊作と人々の健康を祈るという、言ってはなんだがありふれた祭である。

 王国が滅びた後、戦場として荒廃した王国を捨てて豊かな帝国に移り住んだ者も多く、彼らが帝都で昔ながらの祭を催しているという訳である。その由来を聞くとリアが微妙に嫌そうな顔をしているのも何となくうなずける。リアにとって祖国を捨てた人たちが催す祭を素直に喜べないのだろう。


 だが、一つ目の依頼は依頼主が帝国大臣である。そんなやつの依頼を受けるのも業腹だ。それにさすがに大臣本人と会うことはないだろうが、帝国関係者と接触するのはさすがにまずい。


「ま、冒険者の依頼だし適当にやろうぜ? 冒険者は依頼を受けるとき損得以外のことは深く考えないって」


 俺は冒険者への偏見丸出しのフォローを入れる。もし信念を持って依頼を選んでる冒険者がいたら謝りたい。


「そうだね、でもやっぱり大臣は嫌かなあ。草とりにいこっか」

「そうだな。という訳で主人、俺たちは祭の手伝いの依頼を受ける」


 こうして俺たちは受ける依頼を消去法で決めたのだった。

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