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代償

「そう言えば、君も変名があるよね。さすがに街中で本名は呼べないし」


 シルイの街を出た辺りでリアがおもむろに切り出す。


「ああ、俺はカインと名乗っている。リアはいいのか?」

「うん。私は娘だし、王族じゃないしで王子に比べると格が落ちるからね」


 この地域では、男系相続が基本である。今回のイレーネの女王就任(?)も男の王よりは女の王の方がコントロールしやすいという帝国の事情かもしれない。そのため将軍の娘であるリアは大して捜索されなかった。

 とはいえ、何となくだがリアが変名を使っている姿はあまり想像がつかない。もし見つかっても今更捕らえられることはないのではないだろうか。


「ところでこのまま歩き続けたら一週間ぐらいで帝都につくと思うんだけど」

「そういえば結婚式までまだ一か月ぐらいあったな」


 帝都で三か月ほど余る計算になる。もちろん会場の下調べなど事前準備は必要なのだろうが。


「私、それまでにやってみたいことがあったんだよね」


 そう話すリアの横顔は普通の年頃の少女に見えた。亡国の将軍の娘という出生。病弱な身体。剣神に愛されるレベルという剣の才能。そのような重い荷物を背負って生きているようには、今だけはとても見えない。


「何だ?」

「冒険者!」


 リアは少しテンション高めに言う。その瞳はきらきらと輝いていた。もうちょっと少女っぽいものが来るかと思ったが、少年のような憧れだった。

 そう来たか。さっさと別れようと思っていたが、そう言われては別れるに別れられない。


「私も一回はどこかでパーティーを組んで依頼を受けてってやってみたかったんだよね」

「パーティーはどうすんだよ」

「君がいいなら、私は君とがいいな。さすがにいきなり見ず知らずの他人とは嫌だし、冒険者として経験もあるっぽいし」

「俺でいいのか」


 深く考えずに口に出して後悔する。何で自分から良くない話題に踏み込んでしまったのだろう。リアの顔が少しだけ真剣になる。


「うん、あんまり長い時間じゃないけど待ってあげる」

「……」


 やはり本当のところの狙いはそこにあったか。ただ冒険者をするだけでなく、俺と一緒にいることで俺に決意を固めさせようとしているのではないか。

 こいつは俺とでもいいのかもしれないが、俺はこいつとは一緒にいたくない。しかし、リアの方には俺を手放す気はないらしかった。久しぶりに再会した同じ立場の者ということで親近感を覚えているのだろうし、帝国への復讐という目的は誰とでも分かち合えるものでもない。


 思えば、ルーカスの病室を出た後もそうだった。このままではどんどん参加する流れになってしまう。こんな重大事に成り行きで参加させられてたまるか。だから俺は、


「それじゃ、せいぜい元気でな」


 と手を振って自然な流れで別れようとした。

 が、リアは俺の袖をつかむ。


「ちょっとちょっと、どこ行くの?」

「どこって俺は旅に戻るだけだが」


 しかしリアの目には絶対に離さないという意志が宿っている。


「いやいや、せっかくだし帝都まで一緒に行こうよ」

「いや、俺急に王都の方に行きたくなって」


 俺ははずみで適当な嘘をつく。エルロンド王国の王都グラントはここシルイからだと帝都とは逆の方向にある。ちなみに現在は帝国の代官が館を構え、エルロンド領統治の拠点としている。


「そういえば君冒険者なんだっけ。じゃあ帝都まで私の護衛をお願いしたいな」

「いや、お前俺より強いんじゃ……分かった」


 護衛、という言葉に俺は血を吐いているリアの姿を思い出し、結局それを受けてしまった。俺はリアにそこまで共感している訳ではない。しかしリアが志半ばで出会ったときのように倒れ、何の関係もない賊に殺されるのはたまらなく嫌だった。初めて出会った時血さえ吐いていなければ、と俺はリアを恨むしかなかった。


「ありがとう、それなら報酬は出すよ」


 リアがひらひらと金貨袋をかざして見せる。受け取ったら俺とリアをつなぐ枷が増えるだけと知りながらも俺は受け取ってしまった。ただの旅人になってしまった俺にとって金は貴重なものなのである。


「本当に金で一時雇われるだけだ。それ以上のことはしないからな」


 俺が釘を刺すと、リアは少し悲しそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。これで諦めてくれたのだといいんだが。


「着いたよ」


 そんなことを考えているとリアは行く手の村を指す。何でもない村だが、シルイから帝都へと続く街道にあるため、宿とその周辺だけは栄えている。リアは迷うことなく一番高そうな宿を目指す。俺がもらった報酬といい、意外と金には困っていないらしい。

 ちなみに、宿の代金は当然各自持ちなのになぜか俺の意見は聞かれなかった。リアも旅慣れているだろう、さっさと手続きをしてしまう。受付が終わるとリアは自然な流れで俺に手を振った。


「じゃ、明日またここでね」

「おやすみ」


 そう言って俺は部屋に戻ろうとするが、集合時間を決めてなかった、と思い出して踵を返す。

 リアの姿が見えて声をかけようとして、なぜかリアが宿を出ていくのが目に入った。別にそのまま声をかけても良かったのだが、なぜか俺は声をあげるのをやめてしまう。


 リアは俺が隠れて見ているとは露知らずに軽く鼻歌を歌いながら夜道を歩いていく。俺はついつい木立や建物に身を隠しながらリアの後を追う。リアは宿の外の旅人で賑わう市を抜け、寝静まった住宅街の間を歩き、村の外の草地に出ていく。これ以上は身を隠す物がなくて追いかけられないな、と思ったとき。リアは立ち止まって剣を抜いた。そして虚空に向かって素振りを始める。


「えい、やっ、せいっ!」


 リアの素振りは剣を振っているというよりは舞を舞っているように見えた。掛け声がなければ本当に剣舞か何かと勘違いしてしまったかもしれない。リアの剣筋は洗練されて美しく、月明りの中を舞う妖精のようだった。そして剣が振るわれるたびにリアの長剣は月光を受けてきらきらと光った。


 なるほど、ここまでの腕を与えられたのなら病弱になるのも仕方ないかもしれない。リアの剣舞に俺は勝手に納得してしまうほどだった。そんな素振りが百を超えたかなというころ。リアは手を止めて俺を見た。


「誰?」


 じっと見ているうちに隠れる意識が消えてしまったせいだろうか。とはいえ俺も声をかけようと思っていたので出ていくことにする。


「俺だよ俺」

「やだなー、盗み見なんて」

「だってこそこそ出ていくから」


 リアは言葉に反してそこまで嫌そうではない。例えて言うならテストの点数を見られてしまったけど結果はまあまあ良かった、みたいな感じだ。

 だから俺は率直に尋ねてみる。


「だが、何でわざわざ隠れて? 素振りぐらい堂々とやればいいだろう」

「私、出来れば努力家より天才肌だと思われたいんだよね」


 リアはそう言いつつ、さっと目をそらしたのを俺は見逃さなかった。彼女はあっけらかんとした性格を装っているがかなり気は強い。八年前に将軍相手にだだをこねていた光景はいまだに忘れられない。そういうリアが目を他人と話しててそらすというのはちょっと驚くことだった。何かあるのだろう。


「お前、かなりの腕の持ち主だよな。今のもそうだが、それだけの腕を身に着けるには相当な努力が必要だろう」


 八年前、剣を抱いて抗戦させてくれと喚いたリア。病んでいてなお賊を一閃するほどの腕。俺に見せずにする素振り。唐突なアガスティア帝打倒の宣言。


「八年前からずっと、復讐を胸に秘めてきたのか」

「うん」

「だが何で単独での復讐なんだ? 姫の輿入れの件があるとはいえ、王国の抗戦派が他にいない訳ではないだろう。普通は誰かと協力して兵を挙げるとかそういう方向になる気がするんだが……」

「だから私は協調性ないからそういうの嫌なんだってば」


 リアの視線は定まらない。実際協調性はなさそうだが、多分それは本当の理由ではないのだろう。


「将軍の娘の言葉ではないな」


 俺が言うとリアははあっとため息をついた


「全く、自分の人生適当に生きてるくせに妙に鋭いんだから。はいはい、話すよ」

「……」


 俺は自分の人生を適当に生きているという言葉にダメージを受けるが、リアは観念したように話し始める。


「私は不治の病でもう寿命が短いんだ。それを知ったのは数年前。それまでは王国の反乱軍と一緒にいたけど、それが分かってからは面倒になっちゃって。だって、兵を挙げて王都を占拠して帝国と戦ってってなったら何十年もかかるかもしれないでしょ? その途中で死ぬくらいなら最初から短期決戦しかない」


 そう言ってリアは剣を見つめる。

 聞きたくないことを聞いてしまった。


「……そんなに近いのか」

「うん。今回の輿入れがなくても遠からずやるつもりだった」

「……そうか」


 これは俺が優柔不断だからかもしれないが、俺は人というのはそんなに簡単に覚悟を決められないものだと思っている。だからリアが若年なのに妙に覚悟が決まっていて驚いたものだが、俺は納得した。死期が迫れば誰でも人生の意義について考えざるを得なくなる。


 そしてたどり着いた結論が帝殺しだったのか。確かに残り少ない寿命の使い道としては一番ふさわしいのかもしれない。

 俺は先ほど軽々しく質問してしまったことを後悔する。リアの境遇は俺が思っていたよりもさらに重いものだった。


「ずっと心に秘めていたとはいえ口に出したのはあいつがあまりにダメだったからだけどね」

「そうか」


 俺にはそうとしか言えなかった。確かにリアの決意には悲壮感があるがだからといって俺が手伝ってやろうという気持ちにはならない。リアはとてつもなく重い荷物を背負っているが、それはリアの荷物でしかない。普通ぐらいの寿命があるであろう俺が手を貸す理由にはならない。

 その後もリアは素振りを続けたが、俺は先に宿に帰った。

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