エピローグ
目を覚ますと俺は柔らかい布団の上に横たわっていた。真上には見慣れない天井。周囲を確認しようと体をひねると全身に激痛が走る。
「うっ」
「おはようございます」
俺の傍らに座っている女性はイレーネ姫だった。何だ? ここは天国か? が、その割には体が痛む。痛むということは天国ではないのか。
でもあの状況から俺は生還したのか? 何がどうなっているのかさっぱり分からない。確か俺はリアとともに帝城に討ちいって、帝を討ち、大臣に吹き飛ばされたんだっけか。そのことを思い出して俺はがばっと体を起こす。
「いてっ」
「まだ治療中なのですから激しく体を動かしてはいけませんよ」
姫が優しく俺をたしなめる。が、そんなことはどうでもいい。
「リアは!?」
出会った時は理解不能だった。一緒にいると圧力をかけられているようで不愉快だった。しかし同じ側に立つと心強く、可愛いところも結構あった。最後には運命との葛藤も知った。そんなリアのせいで、俺の目的は達成されなかった。
せいで、というと否定的に聞こえてしまうが不思議と悪くない気分だった。もしかしたら俺も心のどこかで、大臣を誘拐して脅迫してもオルフェイアを救うことは出来ないかもしれないと諦めてはいたのかもしれない。
それよりも今気になるのはリアである。俺が生きているということはリアも生きているのだろうか。短い時間ではあっても、それぞれ究極の目的を遂げるための過程を共にしたためか、強いつながりを覚えてしまったらしい。そんな俺の鬼気迫る表情を見てイレーネは顔を曇らせる。
「まだ目を覚まさないわ」
「会えないか!?」
おそらくだが、あのときリアの力がなければ俺は死んでただろう。あれはリアが意識してやったのかどうかは分からない。リアのことだから自分を助けるためにあれをしたのかもしれない。それはそれであいつらしくていい。だからこれでリアが死ぬなんてことは嫌だった。
「好きにするといいわ」
そう言ってイレーネは立ち上がって部屋を出る。彼女はなぜか助けてくれているが、俺やリアをそこまでよく思っていないのだろう、態度は素っ気ない。
ここが何の建物なのかはよく分からないが、どこかへ向かって歩き出す。リアが生きていると知って俺の中の何かが一安心したのか、急に現在のことが気になってくる。
「そういえば、あの後何があったんだ? ここはどこだ?」
「なら順を追って話すわね」
イレーネの話はなかなか衝撃的だった。
俺たちが狼を門に入れない決断をしてとりあえず帝都は守られたものの、実際は城壁の外で狼に襲われるのを待つ人々が数多くいた。それに気づいたイレーネは帝都の人々を保護するために活動を開始した。
わずかとはいえイレーネを護衛するための人数もあり、逃げ惑う人を保護することもある程度は可能であった。当然群れとなって押し寄せた狼はイレーネら王国の一行をも襲おうとした。
しかしなぜか狼たちはイレーネたちに近寄ろうとしてもそのまま通り過ぎて行ってしまう。原因はよく分からないが、狼たちに例外はなかった。イレーネはそれを奇貨として活動を続けた。
あの狼の大群に襲われる危険を冒して他国の人を救助するというイレーネの姿勢は常軌を逸していると言わざるを得ない。イレーネの両国融和への信念が固いものであることを俺は話を聞いて再認識した。
そんな中、俺とリアが城から吹き飛ばされてくるのを見てイレーネはとりあえず保護することにした。俺たちとイレーネは敵か味方かで言えば敵に近い関係だったが、まさか俺たちが帝を殺した直後だったとは思わなかったうえに、イレーネは俺とは違って優しい性格だったから倒れている俺たちも助けてくれた。
しばらくすると狼たちは帝都への侵入を諦め、去っていった。そこでイレーネは帝が王国の賊に討たれたことを知る。犯人を差し出して敵意がないことを示そうとしたイレーネだったが、家臣たちはそれでも帝国の報復を受ける可能性があると主張、半ば拉致するように姫を帝都から逃がしたという。
知らないところで第二の命の危機があったとは恐れ入った。確かに帝が死んだ以上、もはや犯人を差し出して済む問題ではない。
一方、狼の襲撃と呼応してルーカスとモルドは挙兵していた。モルドは王国に駐留していた帝国兵を襲い、ルーカスは金で集めた傭兵を率いて帝都の様子を見に来ていた。そこでイレーネの一行と出会い、お互い敵か味方か迷ったものの合流したという。それで、現在俺たちは医療都市として有名なシルイに逗留しているという。
ちなみに、帝都では狼の撤退後大臣は素早く権力を掌握した。大臣の声明によると『狼を操り帝都を混乱させ、それに乗じて賊が城に侵入。帝を討ったものの激闘の末私が成敗した』とのことらしい。
他にリーダーシップをとる者もおらず、あの場にいた者は大臣以外全員死んでいたため、帝国は簡単にまとまった。それを知ったルーカスは反撃を恐れて撤退し、帝国領への侵攻よりも王国領を固めに向かったという。
「何というか、もう誰が敵で誰が味方か訳分からねえや」
「そうね。でもこれだけは言えるわ。帝国との戦端を開いたあなたたちには王国の中心に立って帝国と戦う義務がある、と。私はそっち方面には疎いから」
「……」
イレーネは素っ気なく言った。
俺は全くそこまで考えていなかったが、確かにイレーネの言うことは正論だった。しかも俺は腐っても王子である。王国が帝国と戦うなら俺が王になるべきだ。俺は突然降ってきた真実に呆然とするしかない。俺はオルフェイアを救うという個人的な目標しかなかったというのに。前にルーカスに似たようなことを言ってびっくりされたがまさか俺がその立場になるとは。
「だから帝都を脱出するときあなたたちを帝国に差し出していかなかった。もらった命と思ってせいぜい王国を再建して欲しいわ」
イレーネの声は冷え切っていた。もしかしたら真相を知って俺たちを狼の餌にしなかったことを後悔しているのかもしれないが、王国の後継者を残す方がいいと判断したのだろう。
「お、おう」
俺にはそれしか言えない。
「その後私は真実を色々知った。狼の帝都乱入を企んだのはモルド。実際の手引きはあなたたちで、帝を暗殺したのもあなたたち。で、帝国は大臣が早々に権力を掌握したわ。そしてこれは今回の件と関係あるのか分からないけど、森の方には魔神を崇拝する謎の勢力が誕生しているらしいわ」
イレーネは知らないが、その魔神はこの件と密接に関係している。俺の考えていることなど知らずにイレーネは話を続ける。
「私は帝都で無事だったからこそ、“奇跡の姫”とか呼ばれちゃってるけどそういうの勘弁だから。せいぜい皆の邪魔をしないよう引っ込んでるつもりよ」
姫は長年努力して積み重ねてきたものが一気に崩れ去り、ひどく疲れているようだった。ずっと和睦のためにしてきた努力をどちらかといえば味方寄りの人々に一斉に跡形もなく破壊されたのだ。疲れるのも、引退するのもやむなしだろう。ある意味俺とリアが武器の持ち込みを禁止されたときの気持ちと同系統かもしれない。
それに、これから王国では抗戦派が力を握る。そこで姫が人気を持っていると王国は割れる。
「でも、なぜ無事だったんだ?」
「ああ、それ? モルドが私たちの荷物に狼が嫌いな草を大量に隠してたのよ。笑わせるわ、私のやろうとしたことを全部めちゃくちゃにしてくれた癖に私をまだ使おうとするなんて」
モルドにとって俺とリアは帝と刺し違えて死ぬ計算だったのだろう。だったら王国を継ぐのはやはりイレーネである。そのイレーネに“奇跡の姫”という付加価値をつけて新女王にしようと思ったのだろう。
そんなこと一ミリも本人は望んでいないだろうに、何という恐ろしいことを企む男だ。そしてイレーネが固辞したら隠し玉の王子を王位につけるつもりだったのだろう。
「ちなみに、祈年祭ってあるでしょ? あれは昔狼を追い払うためにされていた祭が豊穣を祈る祭に変わって続いてるものなの。モルドは帝都の祈年祭にも圧力をかけてたらしいわ」
「なるほど」
確かに祭ではヤコン草を使うと言っていた。帝都でそんな祭が行われればモルドの企みは失敗したかもしれない。しかし狼が突撃したということは、結局祭は失敗したか草が十分に集まらなかったかどちらかだったんだろうな。
「さて、着いたわ」
イレーネはとある一室の前で立ち止まる。
「私は別にいいから。特に無事であって欲しいとも思わないし」
「そうか」
姫はそれまでの温和で優しい性格から考えると嘘のような暴言を吐いているが、俺たちがしてきたことを考えるとどんな思惑があったにしろ姫には命を救われただけましと思える。もし俺がイレーネだったら腹いせに俺たちを狼の中に放り込んでいただろう。
「ありがとう」
「全く嬉しくない」
イレーネが顔をしかめて去っていき、俺はドアを開ける。
部屋の中は簡易的な神殿になっていた。中央に祭壇があり、そこで一人の男が膝まずいて祈りをささげている。その横にはベッドが一つあり、少女が寝かされている。だだっぴろい広間がこの二人のためだけに存在しているようで少し不釣り合いな部屋だった。
「ん、これはアレン殿下」
祈りをささげていた男がこちらを振り向く。そうだ、この男こそが今回の黒幕(?)のモルドだ。見た目はどこにでもいる冴えない中年のおっさんだったが、八年間耐えがたきを耐え忍び、遠謀をめぐらせていた男。そう思って見つめてみると底知れなさがある。
「モルド殿。何て言っていいか分からないが、ありがとう?」
別にモルドは俺のために遠謀をめぐらした訳ではないのだろうが、何か言うとすればお礼しか思いつかない。
「いえ、私はただ役目を果たしただけです」
モルドは俺に対して深々と頭を下げた。
なるほど、今回の遠謀も王国に忠義を尽くす者ならしてしかるべき役目という訳か。そう考えるとモルドの忠誠心は恐ろしい。
「殿下こそよくぞ生還してくださった。これで王国は安泰でございます」
そう言ってモルドは恭しく頭を下げる。確かに、帝を暗殺した王子なら次代の王にふさわしいだろう。俺が王として立てば帝国に反発する者や王国に懐かしさを覚える者はついてきてくれるに違いない。モルドは本心から安堵したように言う。だが俺にとって王国の未来はどうでも良かった。
「リアは?」
「ずっと祈りを捧げておりますが、こればかりは……。外傷はないのですが、なぜかは分かりませんが体が相当衰弱しております。ここからは神の匙加減かと」
そう言ってモルドは再び両手を合わせる。寝ているリアはぴくりともしない。これが剣神の加護を得た代償なのだろうか。よく分からないが、俺は一つだけリアを起こす心当たりを秘めて近づいていく。
モルドは神の匙加減と言っているが、要は本人の気合次第ということだろう。それだったらリアの心を刺激するようなことを言えばいいのではないか。リアの華奢な手を握るとその手は今にも死にそうなぐらい冷たかった。
「リア……」
「 」
当然リアはうんともすんとも言わない。だから俺は大事な事実を告げる。
「リア、帝は討ってやったぞ」
本当なら帝の首でも枕元に転がしてやりたかったが、残念ながら手元にない。が、俺の言葉を聞くとリアの瞳がぴくりと動いた。それを見た俺は心当たりが確信に変わる。
「リア、アガスティア帝は俺が討った」
するとリアはゆっくりと目を開ける。
「う~ん、それは私の獲物だったのに……」
「惜しかったな。それにあそこまで行けたのは紛れもなくお前のおかげだ」
俺は優しく語り掛ける。
リアは少し寂しそうであった。
「まさか、それで目を覚ますとは……リア殿はまさしく復讐の鬼だ」
横でモルドが感心し、ほろほろと涙を流す。モルドにとってリアは紛れもなく救国の英雄の一人なのだろう。
そんなモルドを尻目に、リアは上体を起こすと今までになく優しい調子で俺に語り掛ける。
「ねえ、私の生きる理由奪った責任、とってくれる?」
「お、おう」
リアの声に俺は思わずドキリとして弾みでうなずいてしまう。しかしリアはどういう責任を求めているんだろう。が、それを聞く前にリアは満足げに目を閉じて、今度はすやすやと寝息を立て始めたのだった。
これは俺の直感であるが、リアの体からは以前までのオーラのようなものが失われており、命を長らえた代わりに剣神の加護を失ったのだろう。
こうして俺の復讐劇は終わり、あれほど嫌った王子としての責務をこなさなければならない日々が訪れるのであった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
世界観は結構気に入っているんですが、いかんせん主人公とオルフェイア周りのストーリーがあれすぎて爽快感が全くないのですが、この話の主人公はやっぱりこれじゃないといけないという気持ちになったのでこのまま行きました。
主人公が帝国への復讐なり和解なり明確な意志を持っていると、どうしても周りの人が敵or味方にしか見えなくなるので世界の魅力が損なわれるのではないかと思います。
最後ですが、評価よろしくお願いします。ブクマも出来ればつけたままにしておいてもらえると嬉しいです。また、ログインなしで感想書けるよう設定しておきますので何か思った方は是非。




