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病弱な剣士

 目の前に賊だった死体が三つ転がっている。

 殺すほど憎かった訳でもないが、殺す気でかかってくる三人を無傷で捕らえるのも難しい。

 それよりも今はリアだ。色んな意味で彼女は大丈夫だろうか。視線を向けてみると、俺たちが戦っている間も地面に倒れてぐったりとしていた。


「大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄ると幸い息はあった。

 身を寄せた俺にリアは絞り出すようにして何かを口にする。


「……を」

「何だ!?」

「薬を……」

「薬?」


 そこで俺は近くに転がる彼女のリュックから小さな包みがはみ出しているのを見つける。それを拾ってみると果たして「薬」と書いてあった。

 俺は包みを開く。中には白い粉が少量入っている。俺はそれをリアの口元に近づける。


「それ」


 突然、リアは噛みつくように袋に口を近づける。そんな彼女は鬼気迫る表情に血走った目をしている。まだそのような気力が残っていたとは。

 あっけにとられる俺を尻目に彼女は包み紙ごと中の粉を咀嚼した。飢えた者が肉を貪るがごとく、渇いた者が水をすするがごとき獰猛な様子である。薬を飲み干したリアはぺっと包み紙を吐き出す。そしてしばらく目をかっと見開いていたが、やがてゆっくりと上体を起こす。


「はあ、はあ、危ないところだった、ありがとう」

「大丈夫か?」

「薬さえ飲めば大丈夫だよ」


 息は荒いものの彼女の血色は良くなっている。俺はほっと息をついた。リアも窮地を脱してほっとしたところだったが、何気なく俺の顔を見たリアははっと驚く。それと同時に俺は戦っている途中に頬かむりが取れていたことに気が付く。


「……アレン……殿下?」


 リアは信じられない、というように目を丸くする。

 それは俺が生きていたことが信じられないということなのか、たまたま助けてくれた人が俺だったことが信じられないということなのか。


「今は殿下じゃないけどな」


 俺は気まずくなって思わず目をそらす。が、リアの様子を見ていると驚きが徐々に喜びに移り変わっていくのが感じられる。

 俺はそれに嫌な予感を覚えたが、どうすることも出来ない。


「わあ、まだ生きているとは思わなかった! しかもこんなところで会えるなんて!」

「すごい奇遇だな」


 リアは俺との再会に無邪気な喜びを表す。今さっきまで倒れていたに関わらずテンションが高い。

 俺もまさか道でばったりリアと出会うなんて思わなかった。しかし俺の方はどちらかというとネガティブな驚きである。

 だから俺は俺が嫌な方向に話題を持っていかれないように話題を向ける。


「でも大丈夫か? すごく体調悪そうだが」

「大丈夫、今のはちょっと発作が起きただけだから」

「いや、あんまりそうは……」

「それよりアレンは今は何をしているの?」


 が、俺の反論は途中でリアに遮られてしまい、あまつさえ一番聞かれたくない話題を持ってこられる。だから俺は明白にうろたえてしまう。


「……冒険者を」


 俺はかろうじてそれだけ答える。

 冒険者というのは要するに何でも屋である。一般に危険度が高い仕事を引き受けてくれるフリーの旅人(一つの街や拠点にとどまっていてもいいが、よりいい仕事を求めて移動する者が多い)を指して使われる。俺はただ放浪しつつお金がなくなれば適当に仕事を受けるだけだが、広い意味では冒険者と言えなくもない。


 が、リアが本当に聞きたいのは俺の職業ではないだろう。王国を復興するのか。帝国に復讐するのか。そういうことを聞いているというのは何となく分かった。

 八年前の記憶ではリアは死んでも帝国と戦い続ける人物に見えたし、今のリアの目にも炎が灯って見える。人生において何かを強烈に追求する者だけが灯す気迫の炎が。

 俺はそんな彼女の意図を察した上で冒険者だと答えた。だから俺は目を合わせられない。


 案の定、リアは微妙な表情をする。しかしそれ以上は聞いてこなかった。そして愛想笑いを浮かべると話題を切り替える。


「私はシルイの街にいる知り合いのお見舞いに行くところだよ。ルーカスって覚えてる?」

「……確か大臣の孫だったっけ」


 シルイというのはまだ王国があった時代、帝国の対王国前線拠点だった都市だ。戦争が続いていたおかげで医療技術が発達し、病院が多い。今では戦争のことは忘れられ、医療研究都市のようになっているとか。


 ルーカスとはほぼ会ったこともないが、大臣にそういう名の孫がいたことはかろうじて覚えている。ちなみに、大臣も帝国との戦いを続け、最後に燃える城で死んでいった一人である。


「そそ。王国要人の忘れ形見同士付き合いがあるんだけど、あいつ魔物と遭遇して勝つには勝ったけど骨折して」


 魔物というのは人ならざるもの全般を指す呼称である。ただの動物から、魔力を帯びて変質し強い力を持つ物、知能を持つ物まで存在する。ただ、この付近はアガスティア帝国が圧倒的な軍事力で治めているため動物ぐらいしか魔物が出ることはない。ルーカスは野生の狼にでも遭遇したのだろうか。


「それは災難だな」

「あいつひねくれてるところもあるからまじめにリハビリしてないらしくて、それでお見舞いに行こうかと」

「へー」


 俺はルーカスの性格までは知らないので適当に答える。王国とか帝国とかの関係者というだけでどちらかというと会いたくはなかった。

 するとそんな俺の反応にリアはむっとした表情になる。


「ちょっと、今病人のくせに他人のお見舞いに行くんだ、とか思ったでしょ」

「いや思ってねえよ」


 言われてみれば確かにそうだが。さっきから思ってたがこいつかなりフレンドリーな雰囲気で接してくるな。まあ王国要人の忘れ形見同士としては身内みたいなものかもしれないが。俺とこいつの間にはかなりの温度差がある気がする。


「いいんだよ、私は。薬さえ飲んでればしばらくは元気だから」


 一瞬リアはどこか遠くを見るような目つきになる。


「?」


 とはいえ、確かにこうしてしゃべっているとリアは普通に元気そうに見える。一時的な発作か何かなのだろうか。


「何の病なんだ?」

「分からない。でも、私は剣神に愛されていると言っても過言ではない才能がある。もしかしたら、それは私の健康を対価として捧げて得られたものなのかもしれないね」

「そんなことってあるのか」


 この世界には神は何柱もいる。例えば、王国では王国の始祖が神として祀られているし帝国でも始祖が祀られている。その他にも山の神や海の神、そして有象無象の神まで様々な神がいる。その中に剣神という存在がいてもおかしくはない。そう思わせるぐらいにはリアの剣技は見事だった。


「……そうだ、そういう訳だからアレン……殿下も一緒に行こうよ」


 今まで散々タメ口でしゃべっていた癖にリアは思い出したように殿下をつける。が、俺は殿下という敬称にただのむずがゆさだけでなく嫌悪感を覚える。今の俺にとって王子という生まれは枷でしかない。


「殿下はいい。国がなくなった以上俺はただの旅人だ」

「そう? じゃあアレンも一緒に来て。あいつ腐ってるから一緒に励ましてやって欲しいんだ。あと助けてもらったお礼もしたいし」

「そっちがメインかよ。まあいいぜ」


 どうせ目的もないしな、とは口に出さない。しかしよく考えるとリアと一緒になるのは気まずいな。大体、俺は他人を励ませるほど前向きに人生を生きていない。だがそれをリアに説明するのも嫌だし、先ほど倒れたばかりの彼女を一人にするのはさすがに忍びないということもあって、俺は適当についていくことにするのであった。


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