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病床

 数日後。俺はぼんやりと星空を見上げていた。噂によると聖騎士レスティアは森の中で魔神と戦い這う這うの体で逃げ帰ったという。俺はそうなると思っていたとはいえ、その報告を確認してほっとする。しばらくは式典があるため帝国も大規模な討伐軍を編成することはないだろう。


「寒い」


 風呂で火照った体が夜風で冷えていく。俺は宿に戻ることにした。俺たち一行は近くの街の宿に寝泊まりしている。俺とリアは一応隣室だ。だから俺は部屋に戻るとき、必然的にリアの部屋の前を通る訳だが。


「げほっ、げほっ、げほ!」


 部屋の中から激しくせき込む声が聞こえる。


「リア!」


 思わず俺は叫ぶ。


「カイン……私はだいじょごほ、がは、がはっ、うおえ」


 リアはさらに激しくせき込む。しかも最後には何かを吐くような音まで聞こえた。大丈夫とは言っているが、全くそうは聞こえない。

 一瞬、心臓が何者かにわしづかみされたかのように心が締め上げられる。そして黒い霧に包まれていくオルフェイアの姿が脳裏を横切る。もうあんな思いをするのは嫌だ。その一心でドアノブに手を掛ける。


「リア!」


 ドアを開けようとするが施錠されている。


「見ないで! 大丈夫、薬さえ飲めばすぐ……ごほ、ごはっ!」


 部屋の中の雰囲気からリアがただならぬ状態であることは伝わってくる。今回は暴漢に襲われて薬が飲めないという訳でもないだろうから薬を飲んでも治っていないのではないか。

 ついこの間、俺はオルフェイアを失ったばかりだ。リアとはオルフェイアほどの心の繋がりはないと思っていたが、俺の心は思った以上に揺れていた。

 医術の心得がない俺が入ったところでどうにかなるとも思えない。しかし見過ごす気にはなれなかった。


「うるさい! 俺たちが出会った時すでにお前の情けない姿は見てる!」

「そんな、」


 俺は剣を鞘ごと抜いて力任せに鍵の辺りを殴る。バキッと音がして鍵が壊れた。ドアがぶらーんと中に開き、暗闇の中真っ赤な床に横たわってせき込むリアの姿が見える。なぜかその姿は幻想的なほど美しかった。俺は消える直前のろうそくを思い出し、そのイメージを慌てて脳内から振り払う。


「もう……だめって言ったのに」

「最果ての地に住む七つ首の龍よ、リアにその旺盛な生命力を分かちたまえ」


 俺の魔法が効いたのか、リアの血色が少し良くなり、咳が治まる。おそらくは一時的な効果だろうが、俺はひとまず安堵する。ふと俺はリアが左手に薬の袋、右手に剣を掴んでいるのに気が付く。薬は分かるのだが、なぜ今剣を掴んでいるのだろうか。


「ところでその剣は?」

「もしダメそうだったら私を殺そうと思って」


 そう言ってリアは剣を抱いた。


「何だと?」


 私を殺す。何というか、うまく言葉では言い表せないが自死とはニュアンスが違うと感じた。


「私ね、死ぬことは怖くない」


 いつもは天真爛漫、無邪気といった言葉が似あうリアだったが今はすっかり弱弱しい声でしゃべり始める。


「でも、畳の上で死ぬのは死ぬほど怖い」

「死ぬ死ぬ言い過ぎてよく分かんねえよ」


 分からないと言いつつ俺は何となく分かってきた。リアは“殺される”ことは嫌ではないが、“死ぬ”ことは嫌なのではないか。

 なぜそうなのか、と聞かれたら俺は自信を持っては答えられない。リアに流れる武人の血のせいかもしれないし、病に対する強烈な敵愾心のせいかもしれないし、もしくは短い寿命という運命を拒否したいということかもしれない。


 俺が全てを投げ出すことで王子という運命から逃れようとしたように、リアは殺されることで“寿命が短い”という運命から逃れようとしているのかもしれない。リアの無謀な計画も、もしかしたらそういう無意識の現れかもしれなかった。


 この前リアは死が近づいて寂しくなったと言った。それは本当は死ではなく逃れられない運命が近づいてくることに対する恐怖だったのかもしれない。


「そうだね。でもいいこと思いついた。私がもし結婚式までに死にそうになったら私を斬ってよ」

「何言ってるんだ」

「そしたら、私最後の力を振り絞って反撃するから。やっぱり、最後は斬り合いの中で死にたいな」


 相変わらず、リアの言うことは無茶苦茶だった。というかそもそも勝てる気がしない。


「俺はお前を斬っても何も嬉しくねえよ」

「違うよ、私じゃなくて死を斬るんだよ」

「……」


 リアの言葉に俺は何も反応出来なかった。なるほど、リアを斬ることは死を斬ることなのか。

 俺はリアのことが嫌いだった。なぜなら俺に逃れられない運命を押し付けてくる存在だと思っていたからだ。だが、リアもまた運命から逃れようと必死で奮闘しているのだ。そう思うと、たまらなく親近感がわいた。気が付くと、俺はリアを抱き寄せていた。


「お前が死にそうになったら、帝の御前まで放り投げてでも連れてってやるよ。そこで存分に斬り合って死ね」

「ありがとう。信じてみるよ」


 そう言ってリアは俺の腕の中で弱々しい笑みを浮かべた。俺はそんな彼女をついいとおしく思ってしまった。

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