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イレーネ

 シルイに滞在しているとルーカスは毎日書状を受け取ったり書いたりしている。その間をぬうようにして松葉杖をついてしっかりリハビリ。とても寝たきりで不満しか言っていなかったルーカスと同一人物には見えないぐらい生き生きとしていた。俺はルーカスの努力を見るにつれ申し訳なさが増していく。

 とはいえ俺に出来ることがある訳でもなく、仕方なく剣の練習をして過ごすうちに数日が経った。


「おーい、返事が来たぞ。とりあえずリアはオルバルド殿の忘れ形見ということで来賓席での参列が認められた。そして殿下は……」


 ルーカスが一枚の手紙を持ってきて、俺とリアに告げる。

 俺はごくりと唾を飲み込む。


「神官長の養子のカイン殿として参加するようにと」

「誰だよそいつ!」


 思わず声が出てしまう。エルトランド神殿では妻帯を禁じていないが、歴代の神官長は慣習として国に身を捧げるために独身を貫いてきた。そのためモルドも妻はおらず、当然実子もいなかったため養子をとったのだろうが、俺は聞いたことがなかった。国の中心にいたのは八歳までだし、それ以降特に王国に関心はなかったから仕方ないのだが。


「八年前、神官長は戦争で孤児となった男児を一人拾い、養子として育てているそうだ」


 神官長のポストは世襲ではないから神官長の養子はただの一般人である。公式の立場は何もない。まあ国が滅びてるから公式も何もないが。俺が知らなくても無理はない。そういうやつがいることは分かった。


「で、俺がそいつに成りすまして参加すると?」

「そうだ」


 ルーカスは真面目な表情でううなずく。が、いきなりそんなことをしてうまくいくとは思えない。


「いくらそいつが無名の人でもいきなり俺と入れ替わったらさすがにばれるだろう」

「ひどい言い草だな。モルド殿の話によるとアレン殿下とはよく似ているとか」

「モルド殿とはしばらく会ってないのによく分かるな」


 俺はそう言ってふと考える。俺は父王に似ているとよく言われた。なぜなら王の実子だからだ。レスティアも俺を見て会ったことがあると錯覚していたがそれはおそらく父と似ているせいだろう。


 そんな俺と似ている人物で、しかもモルドが八年前に拾ったということは。やはりモルドは王国再興の野望を捨ててはいなかった。王国復興には言うまでもなく王が必要である。俺の男の兄弟は全員死んだと思っていたのだが、隠し子でもいたのかもしれない。


「……ごほん、まあ細かいことはどうでもいい。だがそれなら王国は安心だな」


 別に王国がどうなろうと構わなかったが、なくなるよりは再興してくれる方がいい。俺は改めてモルドを尊敬する。


「モルド殿も色々隠し玉を持ってるらしいから、お前たちの使命が成功すれば割と楽しくなりそうだよ」

「ま、そのとき私たちはこの世にいないけどね」


 リアが笑えない冗談を言う。


「俺は生きるからな? そうなればお前も晴れて若宰相だ」

「嘘だろ……でもそうか」


 ルーカスは俺の投げやりな言葉にうなずく。もし俺たちの企てが成功して王国が再興されればその中枢に入るのは当然決起した者たちである。

 しかしリアは死ぬだろうし、俺もオルフェイアの件をどうにかしないといけなくなるので残るのはモルドやルーカスぐらいだ。モルドが大臣になるのかは知らないが、ルーカスが国の中心に入るのは間違いない。


 そういえば、仮にモルドやルーカスの手で武力による王国が再興された場合、イレーネら帝国に頭を下げた者たちの処遇はどうなるのだろうか。まあ、俺が気にする話でもないが。


「でもカインか。奇しくも、アレンの変名と同じで良かったね」

「確かに。これで名前を間違えてばれるとかいうことがなくてすむな」

「ちょっと、もしそんなばれ方したら許さないからね」

「冗談だ」


 リアとルーカス、リアと俺は少し前までピリピリしながら話していたのが嘘のように打ち解けていた。同じ目的を持つということはこうも人と人との連帯を強めるのだろうか。こうして俺たちの企ては着々と進んでいくのだった。もっとも、政治的なツテを持たない俺たちはルーカスにおんぶにだっこだったが。



 一週間後、シルイにイレーネ輿入れの一団がやってきた。今回の挙式はイレーネの結婚だけでなく、帝国と王国の条約調印も行われる。この条約調印により王国は名目的には独立を遂げ、実質的には帝国に完全に屈服する。


 精力的なリハビリのおかげでどうにか歩けるようになっていたルーカスは俺たちをイレーネ一行のところまで案内する。本心は王国の武力による再興でいっぱいなのだが、直前までベッドで寝ていただけなので和平派と思われているのだろう、イレーネ一行はルーカスを全く疑っていないように見える。


 イレーネはやってくる俺たちを自ら出迎えてくれた。八年振りに見るイレーネは美しい女性に成長していた。長く伸びた美しい髪、気品のある表情の中に見える優しさ、フリルがふんだんにあしらわれたドレスは見る者を魅了する。今更イレーネに会ったところで何も思わない、と思っていた俺は思わぬ成長に意表を突かれる。


「姫様、このたびは式に招いていただきありがとうございます」


 俺が頭を下げたのは演技だけではなかった。一方のリアは一瞬睨みつけるように目を細めたがすぐに温和な表情に戻る。


「私もお招きいただきありがとうございます」

「そんなにかしこまらなくてもいいわ。私たちは一緒に王国を再建する仲間なのだから」


 姫の声は優しく、少し申し訳なくなる。


「リアさんも来てくれて嬉しいわ。オルバルド将軍の一人娘で、今まであまり顔を見せてくれなかったから、てっきり平和的な王国復興には協力してくれないのか思っていたわ」


 イレーネの言葉は正鵠を射ている。常人ならばリアに鎌をかけているのかと疑われるところだが、イレーネの言葉は誠実さに溢れていて、本当にリアが来てくれたことを喜んでいるようだった。


「私は……」


 リアが言葉に詰まる。作戦のための芝居と割り切っていても嘘がつけないのだろうか。らしいと言えばらしい。そんなリアの姿がイレーネには感極まっているように見えたらしく、イレーネは嬉しそうに目を細める。


「そう。良かったわ。カイン殿もモルド殿によろしくお願い。……やはりモルド殿は私に反対?」


 さすがにイレーネもモルドが帝国に膝を屈する形での復興に反対であることは察しているらしい。


「……言えません」


 今更『父上も大賛成です』などと言っても仕方ないので俺はこう言うしかない。


「そう。でも二人にも覚えていて欲しいのだけど、私は絶対に両国の和平と王国の復興を成し遂げるわ。絶対に」


 イレーネは静かにそう宣言した。俺は心にやましいことがあるせいか、その宣言は自分に向けたものに感じられた。ちらりと横を見るとリアは悲しそうな顔でイレーネを見つめていた。絶対に分かり合えないことを改めて知って、思わず本音が顔に出てしまったのかもしれない。


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