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温もり

 その夜のこと。俺が剣の手入れをしていると宿のドアがこんこんと叩かれた。不意に俺はオルフェイアのことを思い出して心がぐらりと揺れる。だめだ、心を強く持たなければ。


「だ、誰だ?」

「私」


 短い声だったがリアのものだった。そしてそれに続く小さな咳が、声の主が本当にリアであることを示す。


「どうした」


 昼間ずっと一緒にいたのにこのタイミングで何か話すことでもあるのだろうか。ともあれ、俺はドアを開ける。そこに立っていたリアはいつもよりやや儚げだった。いつもは覚悟を決めた故の明るさという鎧をまとっているが、鎧を脱ぐとこんな感じなのか。リアは神妙な表情俺を見つめると、いつもと違う低い声で言う。


「ねえ、さっきは流したけど、やっぱりアレンの話聞かせて欲しい」

「どうした急に」


 俺はリアの態度の変化に驚きながらリアを部屋に招き入れる。リアは妙にしおらしかったが、俺の部屋に来るのにも剣を手放さないところはやはりリアだった。

 もしリアから剣を奪い取ってしまえば、リアはそのまま動かなくなって死ぬのではないか。そんなことさえ思わせた。


「仲間の事情を聴いておきたいって言うのは普通のことでしょ」

「いや、いつもならもっと楽しそうな感じか有無を言わせない感じで聞いてくるって思ってな」

「私のこと何だと思ってるのよ。まあ心境の変化はあったんだけど。私さっき血を吐いてさ」

「!?」


 言われてみればかすかに口元に赤いものがこびりついている。リアはさっき夕飯食べてきてさ、みたいなテンションで言うが、リアの雰囲気がここまで変わるということはかなりひどいものだったのだろう。

 が、リアは俺の心配するような態度はうざったく感じるらしい。リアは俺の表情の急変を見て慌てて笑顔を作り、手を振ってみせる。


「大丈夫、それは薬を飲んだらすぐ治ったから。そんなに過剰に心配されると逆にやりづらいし。でもさ、死が近づいてると思うと急に寂しくなっちゃって」

「らしくないな。帝を殺そうとしているやつの言葉とは思えない」

「放っといてよ。それとも、話したくない?」


 俺の言葉にリアはわずかにむくれる。リアもそんな気持ちになることがあるとは。俺の中のリアは色んな意味で人間から乖離した存在だったが、やはり彼女にも人間らしいところがあったらしい。


「ねえ、最初に再会したとき君は変装までしてたし私と一緒にいてもうっとおしそうだったけど私は結構嬉しかったんだよ」

「同じ立場の人と会えたからか?」

「それもそうなんだけど、もしかしたら仲間になってくれると思ったから」

「!」


 そこで俺は言葉に詰まる。あのとき俺は自暴自棄に生きていたからそんなことまでは考えもしなかったが、リアは一人で復讐をしようとしていた。

 彼女は協調性がないからとか言っていたが、普通に考えて一人よりは仲間がいた方がいいだろう。だが、仲間になってくれる人の条件はかなり限られている。だからあんなルーカスにもお見舞いに行く程度には気にしていたし、俺にも執着していたのだろう。


「それは悪いことをしたな」

「いや、私こそあのときは自分のことばかりで君の気持ちとか考えてなかったから」


 リアも少しだけ申し訳なさそうに頭をかく。今夜のリアは今までのリアと同一人物とは思えないぐらいだった。それを見て俺はリアに全てを話すという決意を固めた。今の俺ならリアと通じ合えるのではないかという思いもあった。


 今までは別にそういう人がいないことに何の感情も覚えなかったが、オルフェイアのことがあったことで俺も心境が変わったのだろう。一度心境を打ち明けられる相手が出来てしまうと、それが当たり前のように思えてしまう。しかしどうせもうすぐ復讐して死ぬというのに、つくづく因果なものだ。


「分かった、話す。あのときの俺が人生に迷っていたのは覚えているな? そんなとき俺の目の前に現れたのがオルフェイアだった……」


 こうして俺はオルフェイアとの話を始めた。さすがにリアが相手なので可愛い女の子を脱がせようとしたくだりや、可愛い女の子がお酒をついでくれる店のくだりはぼかしたが、ほぼ全てを語った。


「……そしてオルフェイアはレスティアに大魔法をかけようとした。魔法は成功しそうだったが、そのときオルフェイアの体は魔神に食われた。もしくは魔神になった。俺は復讐に燃え上がりそうになったが、大臣を殺して何かが解決する訳でもない。だから大臣を捕えてオルフェイアを元に戻させる」

「……」


 話を聞き終えたリアはしばらく沈黙する。


「結局、俺はどうしようもない人間なんだよ。現実から逃げようとして、それに失敗してようやく人生を賭してやりたいことが出来た。ただそれだけだ」


 俺の言葉をリアは否定も肯定もせず、とつとつと語り出す。


「そんなことがあったんだね。私はさ、これまで他人に興味なんてなかったんだ。自分の力と寿命。それを知っていたからひたすら剣の腕を磨いた。知り合いは剣の師匠にルーカス他王国の残党ぐらい。前はもう少し会って話したりもしてたけど、あるとき、彼らと会っていても心の渇きは消えないって気づいてね」


 きっと彼らもリアとは温度差があったのだろう、というのは彼女が語らずとも容易に想像がついた。


「今みたいに復讐以外には興味なくなっちゃって。そんなあるとき、イレーネ姫の婚約を知った。この婚約が成立したら独立国家としてのエルトランド王国は死ぬ。だから私は帝を殺す決意をした。最後だからルーカスの顔も見ておこうと思って。それが君との出会い」

「そうだったのか」


 正直想像とあまり変わらないと言えば変わらない。


「私も父の死とか、祖国の滅亡とか、他の人たちの反乱の失敗とか、そして病気とか色々あって心が渇いてたんだ。でも、復讐を決意してからはそれが不思議と潤った。何でもない一日でも、復讐のために剣を振っていればその間だけは心が潤うんだよね」


 分かるような分からないような心境だ。もし仮にオルフェイアが魔神になるとかではなく、きちんと死んでいたら俺もそのような心境になったのだろうか。なったような気もする。


「だからあんまり他人とも関わりなく生きてきたんだけど、やっぱりそれも寂しいなって。せめて近づいた人のことぐらい、少しは知りたいなと思って」

「言われてみれば俺も他人のことなんて全然知らなかったし興味もなかった」


 それを変えてくれたのもオルフェイアである。


「でも笑っちゃうね、いざ語ってみると私の人生なんて数分で語れるぐらいの中身しかないんだから」

「俺も似たようなものだ。空っぽの人生を送ってきた」

「そう。私たち、意外と似た者同士だったんだね」


 俺たちはしばらく無言のまま一緒にいた。お互いこれまで一人でいることなんて何ともなかったはずなのに、気が付けば俺たちは別れることに寂しさを感じていた。

 今まで一人で生きていたが故に他人の温もりに対する耐性がなかったからだろうか。それとも仲間というのはこういうものなのだろうか。結局、その日は結構夜更かしした。

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