ルーカス
俺は特に用意もなかったが、旅をするとなれば最低限の支度は必要だ。旅支度と食糧だけ準備して早寝し、翌朝正門に向かった。リアはほぼ時間ぴったりにやってきた。
「おはよう」
と呑気に手を振ってくる。俺もあいさつを返す。
「いやあ、まさか君と本当に同盟関係になるとはね。あそこで別れたときは今生の別れだと思ったんだけどな」
「俺もそうは思わなかった。本当に……」
俺は思わずオルフェイアのことを思い出してしまう。
が、幸い俺が別のことを考えているとは気づかず、リアは珍しく感慨深げに語り始める。
「そう。私、ここ数日一人で色々考えたんだよ。今回で何も起きなければイレーネ姫の輿入れが実現して王国は完全に帝国の下に立つ。人々も完全にそれで納得する。もし何かするとすれば今回が最後のチャンス。とは言っても、主だった人はすでに八年前やそれ以降の反乱で死に絶えている。だから今回の主役はようやく成人ぐらいの年齢に達した私たち。死ぬ直前の私、これまで腐ってたルーカス、そして今まで迷っていた君、て考えると感慨深いよね」
確かに次世代の俺たちが色々思うところや事情はあれど、手を取り合って参加しているというのは感慨深い。
メンバーに加えられているが、ルーカスは一体何をしているのだろう。
「確かにそうだな。しかし本当にもう王国には帝国に抵抗しようって思う人は他に残っていないのだろうか?」
「基本的にはそうだろうね。そういう人はもっと早く討ち死にしてるから。でも、私の勘が確かなら神官長のモルド殿は恐らく何かを画策している。祭にちょっかいを出しているのも、もしかしたら帝国の油断を誘う作戦とかかもしれない」
モルドは王国最後の神官長だ。王国があった当時は抗戦派の筆頭だったと聞いているが、敗れてからは帝国への降伏交渉を行い、今も神殿で静かに王国の先祖を祀っている。これまで何度か王国で反乱が起こったときも頑なに沈黙を保っていた。反乱にも加担せず、かといって討伐にも参加せず、黙々と両軍の死者を弔っていた。
リアの勘が確かならモルドの心の火は消えておらず、何かのタイミングをうかがっているということだろうか。
「今回が最後のチャンスってことはモルド殿も動くのだろうか?」
「さすがにそこまでは何とも。敢えて連絡はとってなかったから」
なるほど。俺の中にはある仮説が思い浮かんだが、特に根拠はないので口に出すことはしなかった。そうだったらいいなというだけのことである。
そんなことを話しつつ俺たちはシルイに向かった。俺たちが戻ってくると相変わらずルーカスはベッドで寝ていた。
しかし別れたときと違い、傍らには松葉杖が立ててある。さらに傍らの机には書状が山積みになっている。これがルーカスがやる気を出した結果か。ルーカスは俺たちが入ってくるのを見ていぶかしげな顔になる。
「どうした? まさか俺に啖呵を切って出ていったはいいけどやっぱり結婚式に来賓として出席したくなって手を借りに来たとかじゃないだろうな?」
「わー、ルーカスって天才だね! 尊敬しちゃう!」
リアが白々しく手をたたく。それを見てルーカスは道端に落ちている糞でも見るような目になる。
「おいおい、そんなことちょっと考えれば分かっただろうに」
ルーカスは心底呆れている。俺も完全に同意なので何も言えない。
「私的には一般参列者の中から有象無象を薙ぎ払って帝のところまで行くつもりだったんだけど、彼がそれは大変だからって」
「当然だろ。そいつが常識人なんだよ。ていうかこいつも一緒に行くのかよ。というか誰だよ」
ルーカスの怒涛の突っ込みが続く。確かにルーカスの視点から見ると訳が分からないだろう。こうなった以上、ルーカスにも事情を打ち明けた方がいいだろう。
「実は俺は……第五王子のアレンだ」
「何だと!?」
ルーカスの目が点になる。まあそりゃそうなるだろうな。リアははあっとため息をつく。
「そうなの。これまではだめだめだったけど、やっと覚悟を決めてくれたんだ」
「色々あったんだ」
「確かに、リアと一緒に来たときから何かある人とは思ってたんだよな。まさか王子とは思わなかったが」
ルーカスはやれやれ、と頭をかく。
まあ、いくらリアの命を助けたとはいえ何の関係もない人はあの場に行かないだろうからな。
「もう訳分からないな」
「いいよ、もう。俺は王子とかじゃなくて今はただの復讐者だ」
ルーカスは首をかしげたが、やはり納得がいかなかったらしい。再び怒涛のごとく俺に突っ込みを入れてくる。
「いやいや、王子なのにあのときリアが帝を討つとか言い出した時関係ありませんみたいな顔をしてたのかよ。というか、王子ならただの復讐者じゃなくて新しい王になってくれよ」
こいついちいちもっともなこと言うな。うざい。
「うるせえな。俺は王子として帝国に恨みがある訳じゃねえんだよ。一人の人間として大臣を捕えなきゃいけない事情があるんだよ。大体あのときの俺の悪口を言う前にあのときのお前を思い出してみろよ」
「う……」
ルーカスは赤面して言葉を失う。やはり自分でもあのときの自分はひどいという自覚はあったんだな。
「はいはい二人とも、喧嘩はそこまで」
なぜか俺たちはリアに仲裁されてしまう。
「分かった。お互いもう前のことは忘れよう」
「仕方ないな。しかし王子も将軍の娘も重要人物なのにとんだ鉄砲玉になりやがって」
確かにそうだ。本当なら俺は王子を名乗って兵を挙げるべきなのだろう。もしまじめに兵を挙げて王国を再興しようとしている人がいたら申し訳ない限りである。
「とはいえ困ったな。リアはともかく、殿下はどうしようもないな。いきなり王子が来賓になるなんて無理だろ」
「そこを何とかしてくれよ。俺は大臣を捕えなければならないんだ」
「何だよ大臣を捕えるって。さっきから討つじゃなくて捕えるって言ってて気になってたんだが」
「大臣の魔法の腕が必要なんだよ」
ルーカスは今とても常識人なので魔神のことを話すのははばかられた。俺が詳細を話す気はないという意志を見せるとルーカスはまたまたため息をついた。
「なんか色々あって大変だな。となれば身分を隠して参加するしかないが、よく分からない者が来賓になるのは……そうか」
「何かあるのか!?」
「神官長のモルド殿も式に誘われているが固辞しているらしいと聞いていてな。モルド殿に頼んで代理にでもねじ込んでもらうか」
「俺、神官でも何でもないんだが」
ルーカスの話だとモルドが俺たちに協力してくれるのは当然のように語られている。やはりモルドも帝国に屈するつもりはないのだろう。
「そこは相談だな。ちょっと待っててくれ。とりあえずリアの分をイレーネ姫にお願いして、殿下の分はモルド殿にお願いして、と」
そんな訳で俺たちは書状が帰ってくるまでの間、ここに滞在することになった。