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憤怒

「オルフェイア……」

「おそらく彼女は悪魔の力を使い過ぎ、魔神に体を侵食された」


 レスティアはかすれた声でつぶやく。


「どうすればいいんだ」


 俺は先ほどまで敵対していたことも忘れてレスティアにすがってしまう。

 今はわらにもすがる思いだった。


「倒すしかないだろう」


 が、レスティアは無情にも言い切る。言外に、オルフェイアがおとなしく帝都に戻らずに悪魔の力で抵抗したことを責めるような気配があった。俺はそれが無性に苛立たしい。


「倒すしかないって、そんなこと言うなよ!」


 彼女の言い方だと、オルフェイアが魔神になった訳ではない。魔神はただオルフェイアを食い殺しただけだ。

 だが、俺にはそうは思えなかった。いや、思いたくなかっただけかもしれない。オルフェイアはまだ生きていて、一時的に魔神という形になってしまっているが、頑張れば戻ってくるのだと。


「だから私は教会に来ないかと誘ったのだが。魔神の呪いで死んでしまった者を戻すなんて時を巻き戻すレベルの芸当が出来なければ不可能だろうな」

「くそ!」


 だがレスティアの言うことはどうしようもなく正しかった。その言葉が俺に容赦なく突き刺さる。俺を誘ってくれたオルフェイアはそのせいで呪いが発現してしまった。俺のせいとは言わない。俺たちはただ、自由になりたかっただけなのだから。


 だが、だからこそ俺の中にどうしようもない無力感、飢餓感、怒り、焦燥、その他様々などす黒い感情が湧き上がってくる。俺に希望をくれたオルフェイアがもういないこと。自由になるため奮闘したのにその結末はあまりに非業のものだったということ。

 そして、自由になったはずの俺の心にはどうしようもない喪失感が生まれてしまったこと。


「足りない」


 これまで俺は外の世界に対する不満ばかりだった。しかし今の俺は心の中にぽっかりと喪失感があった。それを埋めなければ。そうしなければ、俺は解放されない。そのためには、俺たちを踏みにじったやつを絶対に許さない。


 レスティアは何も悪くないということは理屈では分かっている。俺たちは皆それぞれの目的に向かって懸命に努力しただけだ。レスティアも目的自体は崇高なものだろう。

 憎むべき者がいるとすれば魔神、いや大臣だ。大臣がどこまで知っていてこのような力をオルフェイアに与えたのかは分からない。だがこの力が魔神に関係するものであることや、魔神が邪悪な存在であることは分かっていただろう。


 結局、オルフェイアは自らを縛る運命から逃げきれなかった。だがそれは力及ばずというよりは全て大臣のせいだ。誰でも俺たちには辛い運命から逃げようとする権利はあるはずだ。だが、オルフェイアの権利は踏みにじられた。俺は奴を絶対に許さない。


「うおおおおおおおおおおおおお!」

「絶望するのはいいが、今は目の前のあれを何とかするのが先だろう」


 その一言で俺は我に帰る。そうだ、オルフェイアは魔神になったものの、元に戻すことが出来ないとは限らない。特に帝国最高峰の魔術師である大臣なら。レスティアは時を戻すことが不可能であるかのように言ったが、オルフェイアが使っていた悪魔契約の魔法なら出来ないとは言い切れない。そして大臣は悪魔契約の第一人者である。大臣以外に悪魔契約の知識がある人物がいるのかは知らないが。


 そう思うと俺の心は急速に冷えていった。第一、大臣を殺したところでオルフェイアが戻ってくる訳ではないし俺の恨みは大臣の殺害だけで満たされない。

 となれば俺のやることは一つ。大臣にオルフェイアを元に戻させる、それだけだ。まあ元に戻させたら用済みだから処分はするが。そう決まると頭の中が澄み渡っていくのを感じる。目的に向けて一番近い行動は。


「あれはオルフェイアだ。俺は討伐しない」


 問題はレスティアを俺が討つか、放置して帰るかだが。

 俺の言葉にレスティアは激怒する。


「おい、絶望するのは勝手だが人として魔神討伐に協力すべきではないのか? それに奴が君の大切な人を奪ったんだぞ」


 俺の思考を乱すようにレスティアの罵倒が響く。俺はオルフェイアを元に戻すのに一番勝算がある行動を考える。


 そもそもあれがオルフェイアでなかった場合どうにもならないのでその可能性は除外だ。

 だからあれはオルフェイアであるとする。次にオルフェイアを倒そうとしているレスティアだが、レスティアをオルフェイアと協力して討とうとしても、オルフェイアの意識が魔神になっているのであれば俺はオルフェイアに殺される可能性すらある。命が惜しい訳ではないが、俺が死んでは目的は達成されない。

 レスティアを放置していけばオルフェイアを討ち果たしてしまうだろうか。俺は先ほどの情景を思い起こす。


「おい、何とか言ったらどうだ」


 レスティアの声を無視して俺は思考を続ける。

 レスティアのカウンターマジックは全くオルフェイアに通用していなかった。あれを見る限りオルフェイアはレスティアより格上に見える。ある程度魔力を消耗した今の彼女では勝てないだろう。

 つまり、ここはオルフェイアを救うにはその場を離れるのが最善だ。冷え切った俺の心はそんな結論を出した。


「そいつはオルフェイアだ。俺は元に戻す方法を探す。お前も放置してもらえると助かる」

「そんな馬鹿な!」


 レスティアは絶句する。が、もしオルフェイアを元に戻すことが出来ず帝国に災いをもたらすとしても俺の知ったことではない。むしろもたらして欲しいとすら思う。


「糞、覚えておけよ」

「知るか」


 レスティアは俺に捨て台詞を吐いてオルフェイアに剣を構えた。聖騎士というだけあって見上げた根性ではある。俺はオルフェイアの勝利を祈りつつその場を離れた。

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