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聖騎士

 その後俺たちは狼と戦った疲労を癒すためしばしその場で休息した。森の中はそこらに転がる狼の死体を除けば平穏そのもので、やはりここが何人をも通さない危険な森であったことを忘れさせる。

 俺は目を閉じて横になる。目を閉じると聴覚が鋭敏になり、周囲のかすかな音が聞こえる。生き物がほぼいないとはいえ、風で葉が揺れる音やどこかで流れる水音など、意外と音はあるものだ。


「……?」


 そんな音の中にかすかにだが人の靴音が混ざるのが聞こえる。俺は反射的に身を起こす。


「どうしたの?」

「足音がする」

「え」


 が、この会話が良くなかったらしい。俺たちの声を聞きつけたのだろう、足音は急に速くなってこちらに近づいてくる。


「こんな危険な森に来るなんて冒険者の類だわ。狼のことを調査してたら人がいたから助けにでも来てくれたんじゃないかしら」

「そうか」


 確かにこんな森の中に人がいたら助けてあげようという思考になるのが普通かもしれない。まあ、俺たちは助けられたい訳ではないが。そんな風に高をくくっていると足音の主たちが俺たちの前に現れた。

 その姿を見てさすがに俺は呆然とする。戦争にでも行くのかという重厚な鎧に燦然と輝く帝国国教会の聖印。


「レスティア……」


 ちなみにレスティアの傍らには前と同じように二人の供がいる。すぐに俺たちは高をくくっていたことを後悔する。いくら疲れていたとはいえ、逃避行の最中である以上身を隠しておくべきだった。


「おや、貴殿はいつぞやの」


 レスティアも俺を見て少し驚く。そして俺の後ろにいるオルフェイアを見て目を

かっと見開く。


「オルフェイア……殿」

「くっこんなところで……」


 オルフェイアは蒼白な表情で唇を噛む。帝国聖騎士と帝国から逃げようとするオルフェイア。確かに見つかってはいけない組み合わせだ。しかしレスティアはオルフェイアのことをどれくらい知っているのだろうか。


「オルフェイア殿、大臣は心配している。戻っては?」

「……私を追ってきたのかしら?」

「違う。私はただ狼の調査に来ただけだ」


 そういえば聖騎士の本業は魔物対応だった。くそ、なんて嫌な偶然なんだ。しかし事態は嫌な偶然だけでは済まなかった。


「それなら見なかったことにして帰ってもらえないかしら」

「私がこのことを大臣に報告して困るのはあなたでは?」


 レスティアの言葉にオルフェイアはさらに唇を噛む。オルフェイアの唇から一筋の血が流れ落ちた。オルフェイアが突然失踪した場合、大臣は妹を生かし続ける可能性が高い。

 しかしオルフェイアが帝国の者を振り切って逃亡した場合、それは明確な裏切りとなる。それでも逃亡してくれるならいいと考えて大臣は妹を生かすかもしれないが、生かさないかもしれない。


「おのれ……私はただ平穏に生きたかっただけなのにそれを邪魔して……」

「ちなみに帝国国教会は一つの疑惑を持っている。あなたの力は禁忌の対象との契約ではないのか、と。大臣は何かよからぬことに手を染めているのではないか、と。もし教会に一緒に来てもらえれば治療に全力で協力させてもらおう」


 そうだったのか。俺は教会の情報収集能力が思いのほか高かったことに驚く。


 レスティアの言い分は確かに筋が通っていた。教会が悪魔契約を治す(?)力があるのかは分からないが、おそらく手は尽くしてくれるだろう。そして、大臣がやったと明らかになれば大臣は罪に問われるかもしれない。


 俺はちらりとオルフェイアを見る。オルフェイアは唇から血を流したまま無言でレスティアを睨み続ける。レスティアの提案はオルフェイアの事情を知らない者が聞けば筋の通ったものだった。だが、オルフェイアの妹を治せるのは大臣だけである。


「もちろん、大臣の元に帰ると言うならそれはそれで止めはしない。大方、大臣に何か弱みでも握られているのだろうからな」

「……」

「私を殺してもいいが。まあ、それが可能かどうかは置いておくとして。大臣があなたの仕業と気づけばどうなるだろうな」


 レスティアはさすがにオルフェイアが妹の命を握られていることは知らないらしい。こうなった以上、オルフェイアのとる方法は二つに一つ。レスティアを殺して証拠を隠滅するか、レスティアとともに帝都へ帰るかである。


 教会に行くか大臣の元に戻るかは、俺たちの決断をひっくり返すという点が同じである以上、些細な違いだろう。教会に事情を話せば妹も助けてくれる可能性はあるし、オルフェイアに掛けられた呪いのような悪魔契約もどうにかしてくれる可能性がある。


 しかし仮にレスティアを殺して完全に証拠を隠蔽したとしても、大臣は公平な裁判官ではない。オルフェイアの仕業と思ったら証拠がなくても妹を殺すことはあるだろう。その辺は大臣の人となりを知らない俺には何とも言えないが、何とも言えないからこそ俺は一緒に逃げ続けようとは言い切れなかった。


「なあ、ここは戻るしか」


 俺が小声でささやくとオルフェイアは俺を悔しさに満ちた眼で睨みつける。俺だってこの決断は悔しい。ようやく、ようやく主体的に俺は人生を決めたというのに。ようやく俺は心を許せる相方を見つけたというのに。ようやく俺は過去のしがらみから解放されたと思ったのに。


「……俺だってそんなの嫌だ。だが、過去のしがらみはなかったことが出来ても血の繋がった妹まではなかったことに出来ないだろう」

「そうね」


 オルフェイアは言葉少なにつぶやく。そしてしばしの間天を仰いで何かを考えると、意を決したようにレスティアの方を見る。その眼にはもう悔しさはなかった。あるのは、人生を自分で切り開くという決意と覚悟だけだった。


「残念ながら私は第三の選択肢を選ぶわ」

「第三?」


 この状況で他に選択肢があるというのか? 俺とレスティアの表情が戸惑いに包まれる。


「何だ」

「私は確かに禁忌の対象と契約している。それは理を捻じ曲げる力。試したことはないけど、あなたの記憶を捻じ曲げることも出来るに違いないわ」

「正気か?」


 そんな魔法の存在は聞いたことない。しかし悪魔との契約は魔術において未知の領域である。なぜなら契約者は皆不幸な末路を辿ったからだ。もしかしたらその魔法は叶うかもしれない。

 レスティアの目がみるみるうちに警戒の色に染まる。そして俺もそのような魔法を使うのは見てられなかった。


「おい、嘘だろ!? もうその力を使うのはやめると決めたはずだ!」

「それは悪いと思っているわ。でも私はもう決めた。私は自由になる。もう誰にも囚われない」

「オルフェイア!」


 が、俺はその言葉を、彼女の決意を否定できなかった。悪魔の力を使ってどのようなことが起こるのかは分からない。もしかしたら今すぐには何も起こらないかもしれない。

 だが、帝国に戻るのは確実にオルフェイアにとって嫌なことだ。それに帝国に悪魔契約を無理に解呪しようとすればオルフェイアの体に悪影響が出るかもしれないし、解呪がうまくいかなければ軟禁のような生活を強いられるかもしれない。どの道リスクはあるし、不確定要素が多すぎて可能性の高い低いも判断できない。

 だとしたらうまくいく可能性に賭けてみようというオルフェイアの気持ちを俺は否定出来ない。何より、俺もオルフェイアと一緒に逃げたい。


「それがあなたの決断か。確かに私も悪魔との契約を強要してくる大臣の元には戻りたくない。しかしいいのか。教会ならその契約からあなたを救えるかもしれない」

「笑わせないで。私を救えるのは……私だけよ」


 その言葉とともにオルフェイアは詠唱を開始する。それを見たレスティアは剣を抜き、ほぼ同時に俺も剣を抜いて二人の間に入る。


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