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新たな出発

「え」


 オルフェイアは突然俺が出した怒りの声に驚いたようだった。


「病気の妹を人質にとって禁呪を強要したことも許せないが、帝国はそんなことをしなくても王国に対して圧倒的優位に立っていたはずだ。王国に勝つだけならわざわざ危険を冒す必要はないだろう。だから動機は大臣の私的な力への欲求だろう。やっていることも最低だが、動機も最低だ」


 俺は自分の国が滅ぼされていたことも恨みには思っていたが、今回の方が怒りは大きかったかもしれない。国が国を滅ぼすのは理由こそ色々あれど、世の常と言えなくはない。極端な話、何等かの奇跡が起きてエルロンド王国に帝国を圧倒する力が手に入れば王国が帝国を滅ぼしていた可能性もなくはない。


 だが、当時普通の市民だったオルフェイアの弱みを握って禁呪を身体に刻むというのは尋常なことではない。悪趣味な遊びのように思えて仕方なかった。自国の恨みは身体の奥にある疼きに過ぎないが、オルフェイアの件は今俺の感情を沸騰させるほどのことだった。


「俺が大臣を倒す」


 俺は思わずそう宣言してしまった。


「え、いやいや、ちょっと待って」


 オルフェイアは露骨に狼狽する。これまで何事にもやる気を見せなかった俺の変わりように心底驚いているようだった。


「大丈夫だ。俺が奴を殺してもエルトランド王国の復讐としか思われないだろう。妹さんに危害が加わることはないはずだ」


 俺の言葉にオルフェイアは静かに、だが毅然と反論した。


「いや、そういうことじゃなくて私は復讐なんて望んでない。曲がりなりにも妹が生きながらえているのは彼のおかげだし」

「だが!」


 俺は声を張り上げるがオルフェイアは手で制する。


「いいよ今更。自分を不幸にした相手に復讐するより、自分が幸せになりたい」


 オルフェイアの言葉は瞬間的に沸騰した俺の心に冷水を浴びせかけた。そもそもオルフェイアの秘密を知るまでの俺だって、リアが帝国に復讐するということを聞いてもちっとも嬉しくなかった。


 それに俺と会ってからのオルフェイアは俺を現実を忘れさせるような遊びに誘ってくれた。その時の彼女はそれが真の幸せと言えるのかは人によるにせよ、遊んでいる間は楽しかったということだけは事実であった。


 もし俺たちがただのお金を持っている旅人として帝都を飛び出せば、かりそめの幸せは日常となる。オルフェイア一人ではそれは難しいかもしれない。だが、隣に誰かがいれば。そして今現在、それは俺しかありえない。


「オルフェイアは、俺と一緒にここを離れれば全てを忘れて幸せになれるのか?」


 俺が尋ねるとオルフェイアは小さく、しかし確固とした意志を込めてうなずいた。


「分かった。それなら俺も過去のことは全部捨てる」


 大臣への恨みとオルフェイアの幸せ。俺はぎりぎりのところでオルフェイアの幸せを選んだ。俺の恨みのせいでオルフェイアの幸せを壊すのはやはり間違っている。


 そんな俺の言葉にオルフェイアは安堵した。俺もそんな彼女を見てほっとする。こうして俺たちの心と心の繋がりはただの遊び仲間からもう一つ深いところまで達することが出来た。


「ありがとう。でも、私の体に刻まれたこの力は捨てていけない。だからそれがどんなものか、見て」


 オルフェイアは部屋の隅に申し訳程度に置いてある花瓶を指さす。


「ほどけよ」


 オルフェイアが唱えると花瓶はさらさらと粉のような物質に変わり崩れていく。中に差さっていた花はことりと倒れた。

 そして俺は同時にオルフェイアの体に描かれた魔法陣がどす黒く光ったこと、そしてよく分からない違和感が体を駆け抜けたことに気づく。さらに花瓶が崩れ去った後、オルフェイアの魔法陣が少し変化した気がした。


「何だ今のは」

「これが私の力、『運命歪曲』。物事の理を捻じ曲げる能力。まあ、おおざっぱすぎて何が出来て何が出来ないかはいまだによく分からないけど」


 物事の理を捻じ曲げる能力。それが本当なら何でも出来そうだ。そして調べようにも、恐ろしくて試しに使ってみる、なんてことはなかなか出来ないはずだ。今俺に見せてくれたのも俺との関係を重く見て知って欲しい、と思ったからだろう。


「明らかにやばい力だな」

「そうよ。さて、王国を滅ぼしたオルテガは考えた。もう私の力なんて必要ないけど、だからといって野に放つことも出来ないし、悪魔契約を他人に施したなんてことが露見したら失脚程度ではすまない。開き直ったオルテガは私を飼い続け、稀に思い出したように政敵の暗殺や反乱の鎮圧を私にさせた。私は妹の治療のために大臣の言いなりになり続けた」


 やはりあいつの個人的なことに使われていたのか。

 なるほど。それなら毎晩夜の街を遊び歩くのも、それだけのお金を持っているのも分かる。自分のしていることがおかしいと気づいてはいてもどうすることも出来ずに悶々としていたのだろう。図書館で悪魔契約について調べていたのも現状を変える糸口を探していたためだろう。


「でももう疲れたわ。オルテガが恐れているのは私が歯向かうこと、もしくは悪魔契約に手を染めたことが白日の下にさらされること。暗殺の手駒とかなら私以外にも大勢いるし、護衛も武力も彼の思いのまま。だから私は書置きだけ残してあなたと一緒に逃亡する。『私は遠方へ姿を消す。帝国には二度と関わらない。妹が生きている間は』と」


 なるほど、それなら大臣も妹の治療を続けてくれるかもしれない。もしオルフェイアが必要な手駒なら追手を放って妹の治療を盾に脅迫してくるかもしれないが、オルフェイアの話が本当なら大臣も彼女を放置する可能性が高い。

 大臣もいつ爆発するか分からない爆弾を抱え続けているよりはどこか遠くに捨てる方が気楽なはずだ。それはそれで許せないことではあるが。


「何というか、俺とは比べ物にならないな。勝手に仲間意識を抱いていたことが申し訳ないぐらいだ」


 確かに俺は過去に酷い目に遭ったものの、逆に言えば今背負っているものはほぼない。一方のオルフェイアは肩にずしりと重荷を抱えて生きている。


「どうかしら。悪魔契約って聞くと恐ろしいイメージだけど別に私が呪いでどうこうなってる訳でもないし。待遇もいいと言えばいいし。それで、あなたはどうなのかしら。私もあなたが王子であることしか知らないわ」

「俺は……」


 俺はここまで出会ってきたこと、そして葛藤について話す。正直今の話を聞いた後に俺の悩みを話すのは深刻さが違って申し訳ないのだが、オルフェイアは真剣な顔で聞いてくれた。


「情けない話だろ?」


 オルフェイアは妹の治療を諦めるか、悪魔と契約するかの二択を迫られていた。しかし俺は別に何もしなかったところで直接俺に不幸が訪れることはない。オルフェイアに比べれば贅沢な悩みである。

 が、全てを聞き終えたオルフェイアはそんな俺にも優しく微笑んでくれた。


「そうね、でも私の場合は悩むことはなかったし、背負っているものも私と妹だけ。でもあなたは中途半端に決定権がある。あなたの決断で全てが変わる訳ではないけど多少は物事が変わる。それに王子として国のことを背負わされている。一概に私より楽とは言い切れないわ」

「ありがとう」


 まさか俺のためにフォローまでしてくれるとは思っていなかった。俺は少しだけ気が楽になる。そういえば、今まで俺は孤独だった。ましてや、俺の苦悩を肯定してくれる人なんていなかった。復讐の念を持ち続ける者か、割り切って生きていく者ばかりだった。そう思うと、なぜか目の前の景色がにじんで見える。


「ちょっと、そんな泣くほどのこと?」

「いや、済まない……」


 俺の口からそれ以上の言葉は出てこなかった。そんな俺を見てオルフェイアも少しだけ優しげな表情になる。オルフェイアの方もさっきの俺と同じように、俺たちの関係が深まったことを感じてくれたのだろう。

 しばらくお互い無言のまま寄り添っていたが、気が付くと朝日が部屋に差し込んできていた。話し込んでしまい、かなり時間が経っていたのだろう。


「あら、もうこんな時間ね。するのはまた今度のようね」


 オルフェイアはいたずらっぽく笑い、身支度を始める。


「今度するのかよ」


 俺もそう言いつつ支度を始めた。

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