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仮面舞踏会

 こつこつ、と窓を叩く音で俺は目を覚ました。幸い頭痛は治まっているが頭が働くようになったせいか昼間の出来事がフラッシュバックし、喪失感に襲われる。


 俺はリアの存在を振り払うように頭を振り、窓の外を見る。そこにはオルフェイアがふよふよと浮いていた。相変わらずどうでもいい場面でハイスペックな魔法を使っている。

 今回は石ではなく直接指でノックしていたようだ。俺はそれを見てよろよろと起き上がり、窓を開ける。


「随分早寝のようね」


 開口一番皮肉を言われる。もしかしたらオルフェイアは俺とリアが別れたことを何か察しているのかもしれない。


「どうだっていいだろ」

「冗談よ。で、開けてくれたってことは今夜も来るってことよね?」

「そうだな」


 俺は昨夜のようにオルフェイアの手をとり、夜の街に繰り出す。俺の喪失感などとは無関係に街は今日も明るかった。


「ちなみに、どこか行きたいところはある? 別に昨日のところでもいいけど」

「任せる。おすすめの場所に連れていってくれ」

「捨て鉢なのね。いいわ、それならいいところがある」


 オルフェイアが向かった先は小さいお城のような建物だった。色とりどりの灯篭でライトアップされ、極彩色に塗られた外壁が浮かび上がる。


「はい」


 入口でオルフェイアは仮面を渡す。目元と顔の上半分だけを隠す小さいもので、仮面舞踏会などでよく使われているイメージである。ということはもしや。


「仮面舞踏会?」

「そうよ。あなたも自分じゃない自分になりたいんでしょ?」


 オルフェイアも簡素な仮面をつける。当然この程度の仮面では知っている人の顔を見ても見分けはつく。

 しかし中では誰もがお互いを知らない人として扱っていた。それは確かに今の俺が求めるものだった。


「よく分かってるじゃねえか」


 そうだ、俺は王子でさえなければ普通に人生を送れたものを。

 俺の言葉にオルフェイアはかすかに同情する。


「……そこまで肯定されると何とも。ま、せいぜい楽しみましょ」

「そうだな」


 ちょっとした門のような入口をくぐると中の方から騒がしい音が聞こえてくる。受付の着飾ったお姉さんにオルフェイアが一言二言話しかけるとあっさり通される。

 相変わらずオルフェイアは夜の街ではなじみらしい。それだけ遊んでいるということは大量のお金を持っていて現実にやりきれない想いを抱いているということだろうか。

 俺は悪魔契約、というワードを思い出したがすぐに頭から振り払う。


 会場に入ると、人々が騒ぐ声と耳をつんざくような音で演奏される音楽で耳が痛くなる。こんなところに長くいたら頭がおかしくなりそうだ。

 中はホールのような空間になっており、そこではたくさんの着飾った男女が手を取り合って踊っている。演奏に合わせて踊っている者もいればそうでない者もいるし、隅の方にはいすとテーブルがあって、談笑したり食事をしたりする者もいた。奥の方は軽い舞台になっており、着飾った男女が躍っている。


「じゃ、しばらく楽しんで」


 オルフェイアはそっと手を振って俺と別れる。俺はしばらくホールの中を所在なげに歩く。すると一人の仮面をつけた美女が歩いてきて、俺に手を差し出す。誰だかは分からないが俺は手をとる。演奏はポップでテンションの高い曲で、美女は俺の手をとるといきなりステップを踏み始める。俺は踊りなど全く知らないと思っていたが自然と相手に合わせて足が動く。


 そういえば幼いころにダンスも一通り習ったような気もする。こんなところまできて自らの出自を思い出させられた俺は嫌な気持ちになる。

 だが、相手に合わせて体が動いていくのは快感だった。相手もいきなり誘った俺がついてこられていることに少し驚いているのが仮面の上からでも伝わってくる。


「あなた、なかなかやるじゃない」

「初心者だからよろしく頼むぜ」

「こんな初心者がいたらたまらないわ」


 しばらくの間俺たちは曲に合わせて無心で体を動かした。全く知らない相手だが会場の雰囲気と、曲と、そして相手と一体になって動くのは気持ちよかった。

 やがて曲の切れ目なのか演奏が止まる。お互い自然と手を離す。美女は俺に向かってほほ笑むと手を振った。


「楽しかったわ。じゃあね」

「こちらこそ」


 こういう関係性も意外と悪くはないものだな、と俺は思う。

 さて、俺も次の相手を探すか。次に演奏された曲は一転してゆったりしたバラード調だった。爆音なのでいまいちゆったり感はないが。俺がうろうろしていると同じようにうろうろしている少女を見つける。


「良ければ、どうだ?」

「私初心者だけどいい?」


 少女は緊張しているのだろう、か細い声で答える。正直聞こえるかどうかかなりぎりぎりの音量だ。


「いいぜ」


 俺も仮面舞踏会に関しては俺も初心者だったが相手が俺はあえてそれは言わないことにする。相手の少女が不安そうにしているので俺がリードしてやろうという気持ちが無意識に芽生えていた。俺は優しく手を差し出すと彼女は震えながら手を取る。


「まずはステップからだな。俺に合わせて足を動かしてみてくれ」

「は、はい」


 彼女はたどたどしくではあるが俺の足元を見ながら足を動かす。が、すぐに隣の人に足を引っかけてよろめいてしまう。よくあることなのだろう、彼女が謝ると相手は笑って去っていく。


「俺の足ばかりを見ていても危ないぞ」

「は、はい」


 俺は今度は彼女の周囲に気を配りながら踊りを続行する。そして彼女が周囲とぶつかりそうになるたびにさりげなく手を引いて避ける。そんなこんなで数分ほど踊っていると彼女も前を向いたまま簡単なステップが踏めるようになる。


「そうそう、いい調子だ」

「ありがとうございます」

「足が自然に動くようになると楽しいだろう?」

「はい、勇気を出して来た甲斐がありました!」


 少女は少し顔を紅潮させる。それから少し彼女と踊っていると曲が終了した。何となく周囲が曲の変わり目ごとに相手を変えているので俺も彼女の手を離す。


「ありがとうございました、他の方とも踊ってみます」

「ああ、楽しんでこいよ」


 そう言って彼女は表情を輝かせながら人波に消えていく。彼女の笑顔を見て俺もほっこりした気持ちになる。さて、俺も次の相手を探すか。


 そんな感じで何人かの相手と踊ると、少し体に疲れを覚える。中には兵士か何かをしていそうな鍛え上げた肉体の男や、貴族かもしれないと思われるしゃべり方の女もいたが、俺たちはそういうことには一切触れなかった。

 ちゃちな仮面ではあるが、そんな仮面のおかげで俺たちは自分ではない誰かになれたような気がした。


 そういえば今日は何も食べてなかったな、と思い出して隅のテーブルに座って料理を頼んだ。運ばれてきたサンドウィッチを食べていると、俺の前に仮面をつけた一人の女が現れ、俺を踊りに誘うかのように手を差し出す。というかよく見ればオルフェイアだった。


「もういい時間よ。最後に一曲どう?」

「時間が経つのは早いな」

「そう、夜の遊びは辛い現実を忘れる一時の夢でしかない」

「分かった。それなら一緒に忘れよう」


 オルフェイアにどんな事情があるかは知らないが今はそれはどうでもいい。俺が今オルフェイアに惹かれているかと言われるとおそらくそうではない。俺はただこの時間に惹かれているだけだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。俺はオルフェイアの手をとって曲に合わせて体を動かす。


「なかなかやるじゃない」

「やってみると思ったより楽しかったぜ」


 俺たちはしばらく手を取り合って無言で踊った。俺たちの思いは同じだった。言葉はなくても、嫌な現実を忘れるために俺たちは踊る。もっとも、単に決めきれないだけの俺と違い、オルフェイアはもっと辛いものを背負っている可能性はあるが。


 とはいえ、そんなことは些末な違いだった。俺たちは曲に身を任せ、無心で踊った。俺とオルフェイアは一体となり、さらに会場全体とも一体になった。俺は巨大な揺り籠の中で揺られるような気持ちで踊った。

 が、夢のような時間はあっという間である。すぐに曲は終わり、会場全体が我に返ったような雰囲気になった。


「ところで、この舞踏会の風習を知ってる?」


 踊りを止めると、まだ名残惜しそうな顔をしながらオルフェイアが話しかけてくる。


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