別離
「う……頭痛い、飲み過ぎた」
その後俺たちは夜が白み始めるまで飲み続けた。頭がくらくらして足取りも心もとない。シラもこういう商売をやっているだけあってなかなか強く、しかも酔った勢いでどんどん近づいてくるものだから俺はドキドキしっぱなしであった。
最終的にオルフェイアが「出よう」と言ってくれなかったら本当にやばかったかもしれない。
「良かった、楽しんでくれたみたいで」
オルフェイアの方は程よく楽しんでいたみたいで、酔ってはいるものの足取りは確かだ。
「楽しいというか必死だったが」
「確かに彼女はあそこでトップクラスの可愛さだからやむなしだわ」
俺だけかと思ったがオルフェイアも骨抜きのようだった。
「おかげ様でもうふらふらだ」
「悪いけど、あなたの相方の人に見つかると嫌だから宿までは送れないわ」
「それは俺も御免だ」
そう言って、俺たちは別れようとする。間際、彼女は俺の耳元でささやく。
「ねえ、今夜も一緒に遊ばない?」
「ああ」
俺は思わず肯定してしまう。シラに篭絡されたことは確かだが、それを差し引いても現実を忘れられる夜遊びは楽しかった。今夜も同じ店なのか、それともまた違うところなのか。どちらにせよ、楽しみだな。そんなことを考えているうちに気が付くと俺は意識を失っていた。
「……」
頭が痛い。それも猛烈に。そして吐く息が酒臭い。とても起き上がれる雰囲気ではないな、と思い俺は目をつぶる。今が何時かはよく分からないが、布団に包まれている以上宿には帰ったらしい。夜遅くまで遊んだから夜は明けているのではないか。
「おーきーろー!」
部屋のドアから叫び声とどんどんとドアを叩く音が聞こえる。音がどんどんと頭に響いて痛い。俺はそのまま布団を頭から被る。
「起きろって言ってるでしょ!」
すると俺が目を覚ましたことを察知されたのか、どんどんという音はどかんどかんという音に変化する。布団をかぶっていても音は頭に響く。これでは二度寝も出来そうにない。やむなく俺は頭だけ布団から出して叫ぶ。
「今日は調子悪いから休む!」
「え、調子悪いの!?」
急にリアの声が心配そうになる。ただの二日酔いだから心配されるとかえって辛いんだが。
「大丈夫? 入れて?」
まずい、部屋に入ってこられたら一発で二日酔いがばれる。さすがにそれはまずい。今夜はもう少し酒には気を付けよう。
下手なことを言うとかえって心配を深めることになりそうだと思った俺は寝た振りをすることに決める。昼まで寝れば酒も抜けるかもしれない。リアも俺が寝ていると分かればどこかに行くだろう。
「ちょっと? あれん……いやカイン? カインったら!」
どさくさに紛れて本名を暴露するなよ。とにかく俺は寝る! が、俺の狸寝入りは間違った受け取られ方をしてしまう。
「どうしよう……カイン、意識不明の重体だ」
そう言ってリアはどこかに走っていく。俺はさすがにまずいな、と思ったが体は泥沼にはまったかのように動かないし、何か考えようとすると頭はずきずきと痛む。
「寝よう」
俺は再び頭から布団を被る。が。
「何!? 重体の冒険者がいるだと!?」
「はい、ちょっと声がした後急に黙り込んで」
聞こえてくるのは宿の主人の声だ。まずい、宿の主人なら合鍵を持っているぞ。が、そこでいきなり頭痛が強まってくる。
冷静になれば逃げるなり謝るなり酒のにおいを消すなり対策を思いついたかもしれないが、俺は頭痛のせいで何も考えられない。ある意味本当に重体である。
「大丈夫か!?」
「う、あ、あ」
主人の声が聞こえるが喉ががらがらしてまともな声が出ない。くそ、喉まで酒でやられてやがる。俺は枕元にあった水筒をつかむがあいにく中身は空だった。昨夜(今朝?)帰った後飲んでしまったのだろう。
「よし、開けるぞ」
「はい、お願いします」
こうして主人は無慈悲にもドアを開けた。二人はのたうち回る俺を見て一瞬心配の表情になるがすぐに部屋に漂うにおいに気づく。
「酒くさ……」
「本当にありえないでしょ」
その後俺たちは色々あった。主人は呆れて去っていき、リアは水を請う俺の頭から「これで満足?」とバケツいっぱいの水をぶっかけた。
そのおかげで目が覚めた俺は昨夜の出来事をどう誤魔化すか悩んだ挙句、「人生に悩んでふらふらと一人で酒を飲みに行ったら酔い潰れた」という言い訳をした。人生に悩んでいたのはその通りなのでリアも疑いはしなかった。
まあ、信じたうえで怒っているのだが。
「別に一人でお酒飲みに行くのはいいよ。冒険者といえどもプライベートな時間はあるべきだし。でもそれで酔いつぶれて翌朝起きられないって何?」
「……すみません」
「一緒にいたらそのうち何かの覚悟を決めてくれるんじゃないかって思ったけど見込みが甘かったよ」
リアは心底失望したように言った。俺からすれば勝手に期待されたところもあるという思いはあったが、確かに俺が思っていた以上にクズだったことは認めざるを得ない。
「……おっしゃる通りです」
「そんな感じならもう別れようか。どうせ元々行きづりの関係なんだし」
それだけ聞くとただれた不倫関係のようにも聞こえる。だが、リアと別れるのは仕方ない結末のように思えた。俺がどうするかは分からないが、リアと一緒に復讐をすることだけはないだろう。それならリアと一緒にいるのはお互いにとって不幸だ。
「いいのか?」
「あーあ、王子なら心の底では帝国への復讐を望んでいると思ったんだけどな。復讐どころか何も決められず悩んで酒におぼれるだけだなんて」
リアは悪口を言いつつもどこか悲しそうな様子だった。本気で俺に失望しているのだろう。きっとリアは俺の王子という生まれに何かを期待していたのだろう。
俺にしてみればいい迷惑だが、一般市民の反応を見る限り生まれや置かれている状況によって帝国への気持ちが変わるのは事実で、王子である俺に期待するのは無理からぬことだろう。
「何とでも言え」
俺は冷たい声で言う。いい加減、リアと一緒にいて決断を迫られるのは嫌になった。
大体、俺が王子だからといって王国の再興や帝国への復讐に関わらなければならないという訳ではない。それこそ、どこか王国も帝国も関係ないところで自由に遊んでいてもいいはずだ。あまり行き来はないが、森の向こうには別の国々が広がっていると聞く。そこに行ってみるのもいい。
「これまで無理に連れまわしてごめんね」
ふっと、急にリアの口調が優しくなる。そう言うリアの声には少しばかりの真心が込められていた。
「……無能な王子で悪かったな」
俺も巻き込まれるのはごめんだという気持ちの他に、自分の不甲斐なさを申し訳なく思う気持ちもある。
「それじゃ」
こうしてリアとの呆気ない別れは終わった。解放感を覚える反面、寂しくもあった。ふと俺は、不治の病に蝕まれるリアに対して仮病を使ったのは良くなかったな、と思った。喪失感と罪悪感の中でどうしていいか分からなくなった俺は体が求めるがままに寝た。