夜遊び・続く
そんな訳で今日は少し早めに部屋に戻り、不貞寝気味に早寝していた。単に昨夜の夜遊びのせいで眠かったというのもあるかもしれない。気分は憂鬱だったが、眠かったせいか意外と早く夢の国に旅立ってしまう。
「こっちにおいでよ。こっちは楽しいよ」
夢の国のうさぎが俺に向かって手招きする。
「こっちってどっちだよ」
「こっちはこっち。現実じゃない世界」
「そんなところがあるならさっさと連れて行けよ」
が、俺の言葉にうさぎたちの表情は豹変する、
「おい、うじうじしてるだけのクソ野郎が偉そうな口きいてんじゃねえよ。これでもくらえ」
うさぎたちはあろうことか石を投げてくる。俺はとっさに両腕でわが身をかばうが石は次々と飛んでくる。
「痛っ」
俺は右手に石を受けた痛みで跳び起きた。見慣れた宿の室内の風景を見て今のが夢だったと思い知る。が、俺は右手の下に夢の中でしか投げられていないはずの石が落ちているのを見て驚愕した。無論俺は石を持ち帰って一緒に寝ている訳ではない。
思わず窓の外を見るとそこにはオルフェイアが漂っていた。オルフェイアがこちらに小石を投げると、石は窓にぶつかる寸前で消滅し、俺の目の前に出現する。
「痛っ! ていうかそんなすごい魔法こんなくだらないことに使ってんじゃねえよ!」
俺は窓を開けて突っ込んでしまう。
が、オルフェイアは俺の様子など全く意に介さない。
「いいじゃないそんなこと、どうでも。それより今夜もどう?」
オルフェイアは俺に艶然とほほ笑みかける。その一言で俺はオルフェイアの意図を察してしまう。そして即答する。
「行く」
「それは良かったわ。昨日は女の子の服を脱がせることに夢中になっていたようだから、それ以外の良さも教えてあげる。私があなたを矯正しないと」
そう言ってオルフェイアはくすくす笑う。なぜ昨夜はあんなに熱中してしまったのだろう。あのときのオルフェイアの引いた視線を思い出すたびに俺は恥ずかしさで死にそうになる。
「うるせえ」
「否定はしないのね」
残念ながら、夜の街で退廃的に遊び呆けるということの楽しさを俺は知ってしまった。それは現実に背を向けるがゆえに生まれる背徳感とも合わさった喜びなのだろう。
俺はオルフェイアの手を握り昨日と同じようにふわりと窓から地面に降りて夜の街へと向かう。
「それでどこに行くんだ?」
「俗に言う、“可愛い女の子がお酒をついでくれる店”よ」
「お、おう」
聞いたことはあるが一人で行くのも抵抗があって今まで行ったことはなかった。もちろん、一緒に行くような悪友もいない。一度行ってみたいなと漠然と思ってはいた。オルフェイアはそういう店にも慣れているのだろう、上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いていく。
やがてオルフェイアは一軒の店の前で立ち止まった。馴染みなのだろう、オルフェイアが立ち止まると客引きの女の子(結構可愛い)が手を振る。
「あ、オルフェイアさん! また来てくれたんですね!」
どの店も大して変わらないと言ってしまえば身も蓋もないが、女の子はきらきらしたイヤリングやネックレスとシースルー気味の生地の白いワンピースで着飾っている。当然丈はかなりぎりぎりだ。昨日のアキに比べると、より直接的にエロい。
「シラちゃん、元気だった?」
オルフェイアは俺と話すときの澄ました顔ではなく、まるで彼氏と付き合ったばかりの女のようにゆるみきった表情を浮かべて話している。正直見ていて辛い。
「はい! それにしても連れの方ですか? 珍しいですね!」
シラちゃんと呼ばれた少女が俺の方を見る。
「そうね。今日は彼のこともよろしく」
「分かりました! でも殿方を連れてくるなんてちょっと妬けちゃいます」
「何言ってるのよ。私はいつもシラちゃん一筋よ」
「きゃあ、嬉しい」
何だこいつらと思わなくもないが、看板娘をしているだけあってさすがにシラちゃんは可愛い。そういう訓練を積んでいるのか天然なのかは知らないが、今も手を頬にあてて嬉しい、というポーズを自然にとっている。昨夜の娘とは違うタイプで可愛い。
「じゃ、入りましょうか」
そう言ってシラはごく自然に俺の腕に自分の腕を絡ませる。そして彼女の薄い生地のワンピースを通して柔らかな胸の感触が俺の身体に押し付けられる。と同時にちょうど俺の顔の下にある彼女の髪から何とも言えないいい匂いが漂ってくる。俺は数分とたたずに彼女の虜にされてしまった。
シラは俺たちを個室に案内した。オルフェイアはどうするのかと思ったが、いつの間にかもう一人女の子がいて、早速酌をさせていた。
「とりあえず何か頼みましょう」
シラがメニューを広げる。ジュースやお酒、軽い食事まで色々載っているが当然のように値段は書いていない。
「今日はオルフェイアさんの奢りだから何でもいいですよ。私はこれにしちゃおっかな」
そう言ってシラはカクテルの一つを頼む。しかしお酒の名前を見ても半分以上よく分からない。といって、せっかくこんなところに来て普通にビールとかを頼むのも嫌だ。
「何かおすすめはあるか?」
「そうですね……これなんかどうでしょう。結構強いですがすっきりしてて飲みやすいですよ」
「じゃあそれで」
実は俺は酒には少し自信がある。どうせ飲めるんだったら強いのを飲んでやろう。
シラが注文すると二人分のお酒はすぐに運ばれてきた。
「わー、これなかなか飲めないんです」
シラは目をきらきらさせて薄いピンク色のお酒に口をつける。そしてうっとりとした表情を浮かべる。俺も自分に運ばれてきた透明のお酒を飲む。
「お」
口当たりはよくごくごくと飲めるが、のどを通過すると濃厚なお酒が広がっていく感じがする。これはごくごく飲んでしまわないように気を付けた方がいいかもしれない。
「どうです? あ、交換しましょう」
そう言ってシラはお互いの前にあったグラスを入れ替える。そしてためらいなく俺が口をつけたグラスに口をつける。あざといな。
「くぅーっ! さすがに強いですね!」
俺も動じない風を装ってシラが飲んだグラスに口をつける。一口飲むと口いっぱいにむせ返るような甘さが広がる。だが、そんな強烈さに惹かれて俺は思わずもう一口飲んでしまう。
「お兄さんもそれの良さ分かります? なんかもう頭の中まで甘くなってしまいそうで、それがいいですよね」
「そうだな、ありがとう」
俺はグラスを返す。そしてふと向こうは何をしているんだろうと思ってオルフェイアの方を見る。
するとすっかり酒に酔って顔を赤くしたオルフェイアは酌をする女の子の胸を触っていた。それを見た俺の顔が赤くなる。何やってんだあいつは。そしてシラは目ざとくそんな俺に気づく。
「ねえ、お兄さんもいいことしたいですか?」
「……いや、別に」
俺は嘘をついた。したくない訳はない。
「本当に?」
シラはいたずらっぽく上目遣いに見上げてくる。これ以上はやめろ。
「ほ、本当だ」
「ふ~ん。でも私はいいことしたいな」
そう言ってシラはぎゅっと体を俺に寄せてくる。シラの柔らかいふくらみが腕に押し付けられ、俺は思わず頭がくらりとする。このまま押し倒して襲ってしまいそうにならなくもないが、懸命に抑える。
「お前は誰にでもそんな風に言うのか?」
感情を抑えようとして俺はつい野暮なことを言ってしまう。
俺の言葉にシラは頬を膨らませた。
「ちょっとそれひどくないですか? 私、お兄さんだからそう言ってるんですけど」
サービスと分かっていてもそう言われて悪い気はしない。俺は自分に嫌気がさしつつも聞かずにはいられなかった。
「こんな俺のどこがいいんだよ」
「目です」
シラは即答した。ここで少しでも逡巡されたら俺の気持ちも冷めたかもしれなかったが、シラはプロだった。いや、もしかして本当に俺に惹かれているのかもしれない。そう思わせる真剣さだった。
「俺の腐ったような目が?」
「はい。私が一人占めして、囲っておきたいです。私の手の中でなら腐ってもいい」
シラは真剣な瞳で断言する。さすがに俺も何も言い返せない。
「だから、このまま私に全てをゆだねてしまいません? きっと楽になりますよ」
そう言ってシラは俺の体をぐいっと抱き寄せる。俺の鼻腔を彼女の甘い香水の香りがくすぐる。
「楽に……」
今の俺に彼女の言葉は魅力的過ぎた。俺は全てを投げ出して楽になりたい衝動に駆られる。そう、このまま彼女のものになれば……。
いや、だめだ。いくら人生に嫌気がさしたからといってここで流されるのはさすがにどうなのだろうか。というか、昨日のあれで俺は反省したじゃないか。同じ過ちを繰り返してはならない、と俺は懸命に自分に言い聞かせる。
「いや、やっぱり遠慮しておく」
「私、自分に素直じゃないのは良くないと思うんですよ。お兄さんのここ、こんなに高鳴ってますよ」
そう言ってシラは俺の胸に手を当てて妖艶に。確かに俺の心臓はばくばくしているが、やはりこのまま流されてしまう訳にはいかない。昨日のあれであんなに恥ずかしくなったのだから、今日ここで流されたらおして知るべしだろう。
「こうなったら先に潰してやる。今のお代わりだ!」
「お、私に挑んでくるとはさすがですね。受けて立ちましょう。その代わり、負けたら私のものになってもらいますよ?」
「いいだろう、俺は誰かのものになるような器じゃないんだ!」
最後のは俺も何を思って叫んだ言葉かよく分からなかった。
二年前の自分は何を思ってこの話を書いたのか(困惑)