夜遊び
俺たちは宿の外にふわりと着地するとオルフェイアが先に立って歩いていく。さすがに帝都だけあって夜でも各所に灯りが灯っている。オルフェイアはその中でもひときわ明るい一角に向かって歩いていく。
そちらには酒場やバーが立ち並んでいて、夜でも人でにぎわっていた。いわゆる繁華街だ。さらに歩いていくと次第にカジノや、ホストや若い女が客引きするような店が増えてくる。繁華街から歓楽街に入っていっている。
「……一応言っておくが俺はイケメンにちやほやされて喜ぶ趣味はないぞ」
「分かってるわ。私はあなたと一緒に楽しみたいもの。それは今回はやめておくわ」
今回は、ていうことはそういうタイプの店に出入りしているってことか。何というか、遊び慣れてるんだな。こういうところに来てもそわそわしている感じが全くない。
「それはどうも?」
「今回は無難にカジノよ」
「無難なのか? 俺は賭け事には疎いんだが……まあ奢ってもらえるならいくら負けてもいいか」
「そう言われると腹立つわね」
やがてオルフェイアは一つの大きな建物の前で立ち止まる。
『ドリーム・ハウス』
とぴかぴか光る文字がでかでかと表示されている。魔法でも使っているのか、すごいな。外壁にはトランプ、ルーレット、闘鶏など様々な賭け事の絵が描かれている。オルフェイアは慣れているのかすたすたと中に入っていく。俺も慌ててオルフェイアに続いて入っていく。
中は玄関ホールのような空間が広がっており、勝ったと思われる客が陽気にしゃべっていたり、来たばかりと思われる客が何して遊ぼうか悩んでいたりする。壁にはこのお店で取り扱う賭け事の一覧から様々なコース(?)まで色んなことが書かれていた。コースって何だよと思ったが、例えばお金を払って場所だけ借りて、仲間内だけで遊ぶことも出来るらしい。
「ここはどちらかというと、真剣勝負をするカジノではなく遊ぶカジノね。もちろんやりたければディーラーや他の客と真剣勝負も出来るけど。今回は大敗されても困るから遊ぶコースにするわ。勝敗に関係なく、時間で定額よ」
「お、おう」
オルフェイアは慣れた口調で受付の人と話し、お金を払う。何かのコースを頼んだらしいが、固有名詞が多すぎてよく分からない。
周囲を見ると着飾った人ばかりなので、おそらくかなり高級なところなのだろう。やはりオルフェイアの正体がよく分からない。
「ではご案内いたします」
カジノ内にはたくさんの客が集うホールと、個室がいくつも続いている空間があった。俺たちは個室のうちの一室に通される。
個室は普通の家のリビングぐらいの広さで、テーブルの上にはトランプやルーレット、チップなどといった簡単な道具が揃っている。さらによく見ると壁際の棚には酒瓶が何本も並んでいる。俺は詳しくないが、おそらくピンキリだ。
俺が物珍し気にきょろきょろと室内を見渡しているとドアが開いて男と女が一人ずつ入ってくる。男は燕尾服を着た背の高いイケメンで、女はこの辺ではあまり見ない服をまとった美少女だった。
「やあ、オルフェイアちゃん。今回はお連れさんを連れてきてくれたんだね」
「彼はおまけみたいなものよ。私はあなたと遊びに来たの」
「ははは、そいつは嬉しいなあ」
オルフェイアとイケメンは歯の浮くような会話をしている。遊ぶカジノと言っていたがイケメンや美少女と遊ぶコースもあるのか。ちなみにオルフェイアは室内でも黒いマントを脱がないので見ているこっちが暑苦しい。
一方、美少女の方は俺の方を向いてにこりと笑う。
「初めまして。私はアキといいます」
「俺はカイン。初めてだがよろしく頼む」
本名を名乗るのが恥ずかしくて思わず偽名の方を口走ってしまう。どうでもいいが、オルフェイアというのは本名なのだろうか。
「初めてなのにこんなコースを頼むなんてお兄さんったらなかなか男らしい方なのですね」
アキはわざとらしく恥じらいながら頬を赤らめる。
遊ぶカジノ。
相手がイケメンと美少女。
頼むとちょっと相手が恥らうようなコース。
そこで俺はふと嫌な予感(ある意味いい予感?)に襲われる。
「ちょっと待ってオルフェイア。一体どんなコースを頼んだんだ?」
オルフェイアは楽しげにイケメンと乾杯していたが、俺の声に反応してちらりとこちらを向く。
「あら、言ってなかったかしら。いくら遊ぶカジノとはいえ、何も賭けないのはつまらないでしょ? でも実際にお金を賭けると大変なことになる可能性もあるから、あなたが勝つたびに彼女は一枚ずつ服を脱ぐのよ」
「は?」
「そういうの好きでしょ? じゃ、頑張ることね」
オルフェイアは当惑する俺を尻目にイケメンとの楽し気な談笑に戻る。そりゃ女の子が脱ぐのが好きか嫌いかで言ったら好きだがいきなりこんな状況に放り込まれても困る。
女の子は顔を赤らめているがある意味俺の方が恥ずかしい。
「……ちなみに、俺が負けるとどうなるんだ?」
「そうだねえ、じゃあお兄さんには負けるたびにこのお酒を一杯ずつ飲んでもらおうかな」
そう言って少女は一本の酒瓶を手に取る。このお酒はコース料金に含まれているのだろうか。まあいいか、どうせ俺の金じゃないし。
「なるほど、俺を酔い潰す気だな。で、何で賭けるんだ?」
「うーん、初めての方なら純粋に運の勝負の方がいいかな? ポーカー一回替えとかどう?」
「分かった」
ポーカー一回替えが純粋な運の勝負なのかはよく分からなかったが、オルフェイアは遊ぶカジノと言っていた。定額の勝負でイカサマされるとも思わないし、深く考えるのはやめておこう。俺は特に賭け事とかに詳しくないので何をやっても変わらない。
「じゃあ、配るね」
彼女は慣れた手つきでカードを繰り始める。この彼女が服を脱いでいくのか。
俺たちが着る服はコートなどの上着を除けば、大体首と袖に穴があいていてそこに首と手を通して着るような、貫頭衣のような服が多い。そしてズボンにしろ、スカートにしろワンピースを除けば上の服と下の服は別のパーツである。
が、彼女が着ているのは羽織る形状の服だった。俺たちが普通着るようなコートと違い、彼女のそれは足元まで届きそうな長さで、それを何枚か重ねて着ている。一番上に羽織っているのは本当に上着のようだが、その下から着ている服は腰の辺りで帯で束ねられている。変な言い方をすれば、頼りない服を帯で束ねることによって体が露出することを防いでいるということだ。
ボタンなどで留められている服と違い、ちょっと引っ張るだけで簡単に乱れるだろう。特筆すべきはそれだけでない。
ここまで脱がせることに主眼を置いて見てきたが、美しさという点でも悪くはなかった。一番上に羽織っている服は桃色だが、その下に着ているのは若草色の服である。そして襟元には中に着ている数枚の服が重なって見えており、若草色から空色へのグラデーションになっている。
そんなアキだが、とても可愛らしい顔立ちに愛くるしい笑みを浮かべており、髪に飾っている桜色の花がそれを際立たせている。
さて、そんな風に俺がアキを凝視している間にアキは五枚ずつのカードを配り終える。
「もしかして今私のこといやらしい視線で見てた?」
「気のせいだろう」
いたずらっぽい笑みを浮かべる彼女に俺は少し恥ずかしくなる。
「そう? じゃ、始めようか」
「おお!」
俺は俄然やる気を出した。まあ、やる気でどうにかなるような種目でもないが。とりあえず幸先良く、俺の手札には6のペアが出来ている。俺は三枚のカードを捨てて三枚のカードを引く。一方のアキは首を振って手札を全て捨てる。
「あ、ペアがある」
アキはほっとしたように8が二枚ある手札を広げる。だが、俺は三枚のカードから6を引き当てていた。
「スリーカード」
「な……いきなり負けちゃった」
そう言ってアキは少し頬を赤くしながら羽織っていた服を脱ぐ。わざとなのかは分からないが、ためらいがちにゆっくり脱いでいくので露出が増えた訳でもないのに妙になまめかしい。
「もう、そんな食い入るように見つめて……お兄さんのエッチ」
「き、気のせいだ」
そんなに食い入るように見つめてしまっていたか。
「はい次、次行くよ!」
今度は俺の手札はノーペアで、初手でペアを持っていたアキが勝った。
「やった! じゃあ今度はお兄さんにこれを飲んでもらおうかな」
アキは嬉々としてお酒を注ぐ。お酒は透き通るように透明だ。俺は意を決して口をつける。喉の奥にじんわりとした熱さが広がる。多少強い酒だが、思っていたほどではない。俺は実は酒に強い。俺はコップに残った酒を一気に飲み干す。一瞬だけ頭がくらりとしたが大丈夫だ。
「なかなかやるね。でもまだ始まったばかりだから」
「それはこっちの台詞だ」
そこから俺は二回負けを重ねた。程よく酒が回り、ほろ酔いぐらいの状態になるが思考はしっかりしている。そこで待望の二勝目を収める。
「もう、せっかくそのまま行けるかと思ったのに」
アキは唇を尖らせると帯を緩める。そしてためらいながら服の裾を上に引っ張っていく。すると下からは少し青に近い色合いが出てくるのだが、その丈が少し短くなっていくのを俺は見逃さなかった。
彼女の白くてきれいな足が見えて俺は息を呑む。これは脱がせば脱がすほど短くなっていくのでは? 最後まで行けば一体どうなるのだろう。そんな俺の食い入るような目にアキは帯を整えながら少し嫌そうな顔で見つめ返す。
「もう、これで最後だからね」
「それはどうかな」
それぞれ、別な意味で士気が上がる。俺はアキを脱がすため、アキは俺をさっさと酔い潰すため。しかし俺たちにとってこのポーカーは本当に運対決だった。それこそ残酷なほどに。
そこから俺とアキは何度かずつ負けを重ねた。俺は本当に酔いが回って頭がくらくらしてきたが、別に頭をフル回転させなくてもこのゲームは戦える。
一方のアキも俺が思っていたよりも着こんでいたためか、なかなか全裸まではいかない。ちなみに、後で俺は結構本気で彼女を全裸にしてやろうと思っていたことに軽く死にたくなった。
俺は座っているのもやっとの状態で何度目かの勝利を収め、アキはするすると服を脱ぐ。空色の服の下からはインナー寄りのものと思われる白い服が現れる。丈は膝上まで短くなり彼女のきれいな足がはっきりと見える。
そして彼女の形の良い脚のラインもくっきりと見える。アキはそんな俺の視線から身を守るように両手で体を抱く。
「く、まさかここまで追い詰められるなんて。でもお兄さんももうそろそろ限界みたいだね」
「さあ始めようか、最後の戦いを」
俺が言ったときだった。俺の肩がぽんぽんと叩かれる。
「何だよ」
振り向くとそこにはちょっと引いた様子のオルフェイアが立っていた。
「あんなこと言って、すっかり熱中しているじゃない」
「し、してねえよ」
慌てて取り繕うが、アキは目の前でクスクスと笑っている。オルフェイアの方は少し憐れみすら浮かべていた。
「そろそろ時間よ、もう出ましょう」
「え、これからが本番なのに」
「でもあなた、これ以上飲んだらまずいわ。明日もあるでしょう?」
「つ、次こそ勝つ。だからあと一戦だけ……」
「ちょっと、初日でそこまで深みにはまるとはさすがの私も引くわ。余計に連れ帰った方がいい気がするわ」
「そんな! あと一戦、あと一戦だけ!」
「また今度ね、お兄さん」
アキがほっとしたようにひらひらと手を振る。俺は何か猛烈にもったいないことをしたような気持ちになりながらオルフェイアに引きずられるようにして連れられる。
「全く、そこまで帰るのが惜しいならいいことを教えてあげる」
「何だ」
「彼女、ああ見えてあと二、三枚着てるから」
「!?」
そこで俺の意識は途切れた。