誘い
話の区切りの都合で前章の末に微妙に話を増やしました。すみません。
その夜、俺は宿のベッドの中で悶々としていた。帝国への復讐に燃えるリア。王国復興のために努力してきたイレーネ。帝国民と王国民の融和を望むオルク。彼ら彼女らの想いはそれぞれ共感するが、両立はしない。
そして王国王子という本来中心に立つべき俺は、誰の理想にも心の底からは気乗りしない。誰かの理想のために誰かの理想を踏みつぶしていくほどの覚悟は出来ない。
しかし、事態は刻一刻と迫っている。あと三週間もしないうちに輿入れは行われるし、その時リアは動くだろう。俺は……
そのとき、窓に何かがこつん、と当たる音がした。ちょうど眠れないでいた俺は音に反応して窓の外を見る。再び窓に何かがこつんと当たる。小石だ。
誰が投げているのかと思えば、窓の下にいたのは相変わらず黒ずくめの装束に身を包んだオルフェイアだった。特に殺気は感じなかったので、俺は困惑しつつも窓を開ける。
「おい、俺はお前のこと誰にもばらしてないぞ」
あまり関わり合いになっているところを知られたくない相手だった俺は声を潜めて言う。
「聞いたわ、あなた王国の忘れ形見らしいわね」
「自分のことはばらすなって言っておいて俺のことは調べやがったな」
さすがに俺は怒る。とりあえずこいつを罵倒してやろうと、人差し指を室内に向け入ってこい、というジェスチャーをする。
オルフェイアは何かを唱えると静かに舞い上がり、窓からふわりと入ってくる。普通にドアから入ってこず、あえて魔法で入ってくるということが自慢されているようで余計に腹が立つ。
話の流れによってはこのまま斬ってやろうか、と思いつつ俺は窓を閉めてオルフェイアの言葉を聞く。
「いいじゃない。それよりもうすぐ姫の輿入れという時期に王国王子が帝都に潜んでいるということは、そういうことなの?」
俺は勝手に正体を調べられた上にちょうど聞かれたくなかったことを聞かれ、思わず剣に手をかける。よし、斬ろう。こいつなら斬っても悪魔契約のことを話せば無罪になるはずだ。
「お前、それ以上ごちゃごちゃ言うなら斬るぞ」
俺の剣幕にあてられたか、オルフェイアはふっと真顔になる。
だが続く言葉は容赦なく俺の心をえぐるものだった。
「ふーん。その反応、秘密を知られたから斬るって感じではなさそうね」
「だったら何だ? ちょうどむしゃくしゃしてたところだ。相手になるぜ」
苛々していた俺は八つ当たり気味に言葉を投げつける。
が、オルフェイアの口から飛び出したのは斜め上の言葉だった。
「いや、そんな気はないわ。ねえ、私が奢るからちょっと遊びにいかない?」
「は?」
俺は唐突な提案に困惑する。というかさっきから全く会話が成立してないんだが。こいつは俺の言葉にきちんと返答すると死んでしまう病にでもかかっているのだろうか。
「何で俺がお前と遊びに行くんだ?」
こいつの中ではいつの間にか俺たちは仲良しこよしの関係になっていたのだろうか。
「詳しいことは知らないけど、あなたは人生に挫折しているか迷っているかに見えるわ。私も似たような状況なの」
「藪から棒に何だ」
こんなやつでも人生に挫折するか迷うことがあるのか、と感心する。
しかしオルフェイアはしゃべっている内容に反して真顔である。
「遊んでいればその間は嫌なことも忘れられるわ。一緒にどう?」
彼女の誘いは唐突だが、様子を見ている限り本当に俺を誘ってくれているように見える。もしかしたら秘密を知った俺を消すために罠を仕掛けているのかもしれないが、それなら宿の俺の室内ではやらないだろう。
だが、本当に俺を誘ってくれているのなら根本的な疑問がある。というか疑問しかないとも言える。
「何で俺を誘うんだ」
この問いに対し彼女は簡潔かつ俺を納得させる答えを返す。
「決まってるじゃない。自分と同類が隣にいると安心するからよ」
「決めつけるなよ」
知ったようなことを言われて腹が立ったが、オルフェイアの素性を知らないので「違う」とは言えない。
「ああ、あと勝手に正体調べたお詫び?」
「絶対後付けだろそれ」
とはいえ、彼女と夜遊びするのもいいか。どこに連れていくのか知らないが。何かの罠かもと思わない訳ではないが、だとしたら罠にかけたやつに言ってやろう、俺は王子ではなくただの無気力な男だから手間をかけるだけ無駄骨だ、と。
それに殺されることがあっても終わりのない葛藤から解放されることには間違いない。そして一番の理由としては俺が現実に嫌気が差して逃避したかったことだろう。そんな捨て鉢な気持ちもあって俺はオルフェイアの誘いに乗ることにした。
「せいぜい楽しませてくれよな」
「来るんだ。やっぱり同類じゃない」
オルフェイアが少し嬉しそうな顔をするのが腹立つ。
「うるせえ」
オルフェイアは俺に向けて手のひらを差し出す。俺がその手を掴むと、掴んだ俺の体ごとオルフェイアの体は浮き上がった。急にこいつが来たことばかりに気を取られていたがよく考えるとすごい魔法だな。